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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
日傘の魔女編
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プロローグ 魔法使い狩り

「ハァ……ハァ……ハァ…………!」


 鳥や虫たちのさえずりが響く真夜中の山中。木々が生い茂る獣道をローブを羽織った女性が一人、必死の形相で駆け抜けていった。


「どうして……」


 女性は走ってる間も、しきりに後方に目を向ける。まるで熊などの獣に追われているかのように、女性は背後に近づく気配から少しでも遠ざかろうと足を動かす。時折草木の枝が腕や足を引っ掻いて傷がいくつもついていくが、もはやそのような些事に構っている暇などなかった。


「どうして、私が……」


 走りながらも、頭を駆け巡るは不可解な現状への恐怖。本来ならばありえない事態。境界警察ならともかく、なぜ彼女が――、




「どうして……どうしてBランク程度でしかない私が、Sランクの()()()()に襲われなきゃならないのよッ⁉︎」




 ――境界警察は独自の基準で、危険度の高い魔法犯罪者をSからEまで六段階にランク分けしている。いくつかの魔法犯罪のうち、人間界への許可のない不法入界は特に重罪とされており、これを犯した者は問答無用でBランク以上に位置づけされる。


 ――そして、Sランクに名を刻む魔法使いは現状四人のみ。それぞれが『魔女』の名を冠した者たちであり、彼女らは魔法犯罪者として最高位のランクに位置し、危険視される存在であったのだ。




「ハァ……ハァ……!」


 魔法使いは痛む足を止めることなく、息を切らしそうになりながらも逃げ続けていた。その間にも、彼女を追う気配はあわてずゆっくりと、暗闇の木々の間を優雅に歩いていく。


「…………クッ⁉︎」


 進んでいくうちに木々を抜け、魔法使いは開けた場所へと出る。


 城山市と桑扶市、二つの町が見渡せる狭間山の丘。登山者の休憩場所や観光客の憩いの場であるベンチのある広場に魔法使いは一人、足を踏み入れてしまったのだ。


 時刻はすでに深夜を回っているため、当然彼女以外に人の姿は見当たらない。視線の先には、柵一つだけが仕切られた断崖絶壁。


 もはや逃げ場などない――いや、正確には横の方に走ればまた森に入ることはできるし、たとえ断崖絶壁であろうと飛行魔法が使える彼女には関係などなかったのだが――、


「ヒッ――⁉︎」


 ――距離を離していたはずの追跡者は、すでに振り向いた先に立っていたのだった。


「人間と比べても基礎体力の少ない魔法使いにしてはよくも魔力を使わず、ここまで逃げおおせたものね。でも――」


 追跡者である魔女はゆっくりと足を踏み出し、木々の影から月明かりの下へと、その姿をあらわす。日の光もなく、雨も降らない夜の闇の中で、魔女は一人()()をさしながら――、




「――鬼ごっこはここまで。これ以上付き合ってあげるほど、私も暇じゃないのよ」




 ――『日傘の魔女』は冷淡な眼差しで、目の前で震えている魔法使いを見つめていた。


「ぐっ……チクショウッ!!」


 魔法使いは追い詰められた事による逆上で、無謀だと悟りながらも自身の渾身の魔力を込めた魔力砲を魔女相手に放つ。


 それを日傘の魔女はその場から動くことなく、開いたままの日傘を盾のように自身の前方へとかざし、それだけで彼女の魔力砲をあっさりと弾いてしまった。


「あ……あう……あ…………」


 一般人相手であれば全身を焼き尽くすであろう魔力砲ですら、魔女相手にはいとも容易(たや)く防がれる現実を目の前にして、魔法使いは絶望に息を切らしながらあとずさりしていく。


「……境界警察のランク分けもガバガバね。いくら人間界に不法入界したからって、それだけであなたのような未熟者がBランクでいられるんですもの」


 再び日傘を頭上にさし、魔女はゆっくりと魔法使いに向かって歩を進める。


「なんでよ……なんでBランク如きの私を、魔女がわざわざ狙うのよ⁉︎」


 逃げながら口にした疑問を、魔法使いは改めて本人を目の前にして問いただす。


 魔女は一度立ち止まるとしばらく無言で彼女を見つめ、呆れたようにため息を吐き出した。


「あなたがこの人間界に来た理由は何かしら?」


 魔法使いの問いはしかし、同じく問いで返されてしまう。


「レ……魔女の宝玉(レーヴァテイン)のためよ……人間界に来る魔法使いなんて、たいていがレーヴァテインを手に入れるためでしょ……?」


 原初の魔女の魔力が封じ込められているとされる宝玉。その宝玉が城山市のどこかにあるとされ、近年は多くの魔法使いが城山市に身を潜めている。彼女もその大勢の中の一人に過ぎなかった。


 魔女からすれば取るに足らないはずの自身をなぜ追いかけているのか、彼女の頭はその疑問に埋め尽くされていたのだ。


「そう……あなたがレーヴァテインを狙うように、私もまたレーヴァテインを求める者。なら、私たちは同じものを奪い合うライバル同士だとは思わない?」


「ライ……バル…………?」


 思わぬ単語を耳にし、魔法使いの疑問符がさらに増殖した。そんな彼女を見つめる魔女の瞳に、再び氷のような冷たさが帯びる。




「――そう。同じものを求める以上、私たちはライバル。そこに魔女と魔法使いとしての差違(さい)などありはしない。そしてライバルであるのなら、相手を蹴落とそうと思うのは当然の心理ではないかしら?」




「そ……そんな…………」


 あまりにも理不尽な理屈。だが圧倒的な実力を持つはずの魔女はどれほど自身より下等な魔法使いであろうと、同じレーヴァテインを求める存在は脅威であると認識していたのであった。


「……いやだ……十年近く境界警察から逃げ延びてきたんだ……私はまだ……私はまだ死にたくないッ!!」


 自身の限界まで引き出した魔力で再び魔力砲を放つ魔法使い。それを目にし、魔女はまたため息をつく。


「愚かね。私の『日傘魔法』の特性は知っているでしょうに……」


 呆れながらも魔女は、日傘を握る自身の手に力をわずかに込めるのであった。




   ◯




 静まり返り、風の吹く音だけが耳に心地よく響く。魔法使いの姿が消え、一人残された魔女は日傘をさしながら、柵の手前にまで歩み寄る。


 視線の先にある二つの町。電灯のほとんどが消えた城山市と、ギラギラと光を灯した桑扶市――まるで陰陽のように二つの色で断絶された二つの町は、魔女にとってすでに見慣れた景色となっていた。


「人間界に来てから数十年……時間の概念が違うとはいえ、魔法界(むこう)では取るに足らなかった時の流れが、人間界(ここ)ではこんなにも長く感じられるなんてね……」


 感慨にふけるも、これから視線の先で何が起こるかを暗示するかのように、その瞳はあまりにも冷徹であった。




「時は満ちました。さあ、総仕上げといきましょう――私の夢の実現のために」

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