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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
230/303

エピローグ 日常への帰還

「フーンフーン、フフフーフーン」


 日の光のみが差す真っ暗な一室。窓から光を背に浴びるは一人の女性。


 腰まで伸びた長い金色の髪に切れ長のまつ毛、どこか日本人離れした西洋の美人に近い整った容姿。薄手ではあるも夏に入るこの時期に毛皮の黒いコートを羽織り、上機嫌であろうか鼻歌を歌いながら自身の爪に赤いマニキュアを塗っていた。


 マニキュアの道具などが置かれた小さなテーブルの先には二人の男。


 一人は女性に向かって片膝をついた状態で(ひざまず)き、一言も発さずにただ(こうべ)をたれている。


 もう一人の男も口を開かず黙した状態ではいたが、正座の姿勢ながらも身体は前のめりに傾いており、その顔には薄暗い部屋の中でも見て取れるほどに大量の汗をかいていた。暑いからではない――目の前の女性と相対する事への緊張で、全身が発汗していたのだった。


「独断で会長様を前に無礼をはたらき、一般人(カタギ)()り合った末の敗北……どころか、部下の暴走を抑えられずに発砲を許し、恥を晒したうえでの撤退……んん、極道としてこれ以上ない見事な失態ね。……責任(ケジメ)を取る覚悟はできているのかしら――八咫孫一?」


 目線すら送ることなく、しかし発する声音(こわね)は聞くだけで背筋を震わすほどの圧が込められている。


「こ、今回の事はオイラがわ、悪かったんス……! ケ、ケジメを取るのはオイラが――」


「テメェは黙ってろ、正人ッ!!」


 顔を上げ、必死の形相を見せる舎弟を大喝で制止するは彼の兄貴分である孫一。彼は地に膝をつけたまま懐に手を伸ばし、鞘に収まった短刀(ドス)を取り出す。


「この八咫孫一、いつでも小指を切り落とす(ケジメをつける)覚悟はできております」


「あ、兄貴……⁉︎」


 絶句する舎弟をよそに、孫一は今にも鞘を抜きかけないほどに強くドスを握りしめ、目の前の女性を力強い瞳で見つめ続ける。


 そんな彼の強い覚悟を秘めた瞳に見つめられた女性は、しかしまるでお笑い番組を観ているかのように盛大にその姿を笑い飛ばした。


「アハハハ! 冗談よ、ジョーダン。本気で指落としてほしいだなんて思うわけないじゃない? 私様(わたくしさま)、これでもグロいの苦手なの知ってるでしょ?」


 女性は塗り終えたマニキュアにふぅっと息を吹きかけ、変わらず興味がないかのように彼らに視線を送らぬまま言葉を続ける。


「というか、ヤクザの古臭い慣習とはいえ、ケジメのために指切り落とすのって私様は理解できないのよねぇ。社会復帰への困難ってただの嫌がらせにしかならないし、単純な機能低下のうえに、小指なんてもらったって一銭にもなりゃしない。そんなの、私様が求めてると思う?」


「……出過ぎた真似でした。申し訳ございません」


 孫一はそう言って、静かにドスを懐に戻す。そこでようやく、女性は二人に視線を合わせた。


「まあでも……銃器の取り扱い一ヵ月禁止はさすがに痛手ね。烏丸組の収入源はもっぱら()()だもの……」


 女性はテーブルに置かれたマニキュア用の道具の隣に置かれた二丁の鉄の塊のうち一丁に手を伸ばすと、それを正人の額にへと向ける。


「バーン」

「ヒッ――⁉︎」


 実際には銃弾は放たれなかったが、それでも正人は身体を震わしてのけぞり、鼻水をたらして目を見開いた無様(ぶざま)な表情で銃口を見つめる。


「そうね……正人だっけ? あなた、その薄汚い金髪剃って丸坊主にしなさいな。それぐらいなら機能低下にも繋がらないし、何より私様と同じ金髪っていうのが前々から気に入らなかったのよね」


「は、はひぃ……」


「寛大なご処置、感謝いたします」


 孫一の言うように、彼の舎弟の暴走行為の罰としては剃髪(ていはつ)は軽いものであろう。正人的には金髪は彼のアイデンティティでもあったため、彼に対する尊厳への陵辱と考えればその罰も十分に重たいものではあった。


「でも、また同じような失態を犯したら、次は本当にその小さな脳みそ詰めた頭骨に穴を開けてあげるから、その覚悟をもってこれからも私様のために働いてね?」


「しょ……承知いたしました……」


 すっかり意気消沈してしまった正人は、萎縮してただ頷くことしかできなかった。その様子を女性は満足げな表情で眺め終えた後、タバコに火をつけて口にくわえながら、手に持った銃を解体してマニキュアを塗った時と同じように、鼻歌を歌いながら手入れを始める。


「たしかにあなたたちの失態は本来看過するべきものではないのだけれど、それ以上の情報を持って帰って来てくれたのだもの。だから、私様は軽い罰であなたたちを許してあげるの」


 軽めの口調で言葉を綴りながらも、銃を手入れするその手のこなしは洗練されたもので、彼女がどれほどに銃の扱いに()けているのかがその動きだけで理解させられる。


「情報……ですか?」


「ええ……かつて伝説と称された『三巨頭』の一人、黒澤諏方――魔法という存在は眉唾ではあったけれど、そんな彼が若返ったという孫一ちゃんの情報が正しいのなら、これ以上の朗報はないというものよ」


 銃を見つめるその瞳、上気した表情、息遣い――その全てが艶美(えんび)であり、見る者を蠱惑させる大人の色気を纏わせていた。


 だがそのような雰囲気に惑わず、それ以上に孫一は彼女の言葉に軽い衝撃を受けた。




「黒澤諏方を存じていたのですか――烏丸組長……⁉︎」




 組長と呼ばれた金髪の女性は銃から視線を外し、孫一を見つめると妖艶(ようえん)と邪悪が混ざったような()みを浮かべて――、




「もちろん存じ上げているわよ。だって――私様はあの伝説の決闘の『目撃者』だもの」




   ◯




「シ、シロガネさんがスガタさんの特攻服を直しておりますッ⁉︎」


 蒼龍寺邸から帰宅した日の夕方――夕飯の準備をほとんど終えた白鐘は、疲れて部屋で寝ている父を待つ間、裁縫道具を取り出してリビングのソファにて父の特攻服を縫っていたのであった。


「別に驚くほどの事じゃないでしょ、シャルちゃん? ていうか、お父さんの特攻服が破れるたびに直してたの、あたしなんだけど」


 呆れの視線で見つめられるシャルエッテは、しかし未だに目の前の光景に驚く様子を見せている。


「こういう闘う時に着る服って、自然に直るものだったんじゃないんですね⁉︎」

「それはアニメの見すぎよ、シャルちゃん……」


 ツッコミに疲れつつも、白鐘は白い布に針を通す手を止めない。料理と同じように裁縫の方も手慣れているのか、ボロボロになっていた特攻服が少しずつ修復されていく。


「……でも服を直すぐらいなら、修復魔法でパパッとやった方が早――アダッ⁉︎」


 突然シャルエッテの後頭部に衝撃が疾り、振り返ると白鐘と同じように呆れ顔になっているフィルエッテが(ケリュケイオン)を握って立っていた。


「シャル……あなたはもうちょっと空気を読むことを覚えなさいって、ワタシ何回言ったかしら?」

「あうー……」


 シャルエッテはケリュケイオンで叩かれたであろう頭を両手でさすりながら、まだ納得がいってないのか抗議の視線を姉弟子に投げかける。


「いい? こういう手作業はただ直すだけじゃないの。時間をかけて、直す人の気持ちが物に込められてゆく大事な儀式なのよ。直すだけならそれこそ人間だって機械を使った方が早いわ。でもね……白鐘さんはああやって丁寧に自分の手であの服を直すことによって、諏方さんへの感謝の気持ちをあの服に込めているのよ」


「…………あの、そうマジメに解説されると恥ずかしいのだけれど……」


 すっかり顔を真っ赤にしてる白鐘に気づき、フィルエッテはあわてて手を振る。


「ご、ごめんなさい! つい真剣に語ってしまって……」


 解説される事は恥ずかしがりつつ、しかし白鐘はフィルエッテのその言葉自体は否定せずにいた。


「むぅー……わたしだってスガタさんを治癒魔法で治す時とかは、ちゃんと感謝の思いを込めてますよーだ」


 すっかりムクれてしまった妹弟子に、フィルエッテは仕方ないなぁっといった表情を浮かべて彼女の頭を撫でる。


「そうね。魔法というものはそれぞれの構造は複雑だけれども、『思いを込めて念じる』というのが共通理念だものね。そういう意味では、手作業と魔法もなんら変わらないものなのかもしれないわね」


 魔法は神秘であれど、何かに思いを込めるという意味では実に単純なものである――フィルエッテは魔法をそう解釈し、語る。


「……あたしはさ、お父さんやみんなと違って戦えるわけじゃない。だから、こうして自分でもできることでみんなを支えてあげたい――それぐらいしか多分、あたしがみんなにしてあげられることはないからさ……」


 白鐘は当然魔法を使えるわけでもなく、戦闘方面で父や二人を助けることができない。


 かわりに、料理や裁縫などの家事でみんなの生活を支えるのが自分のできることであるのだと、彼女は頑張ってきたのだ。




 ――それは、父が若返ってからの話ではない。他の家と違って母がいないと認識したその日から、娘は自分にできることで父を支えるのだと幼心(おさなごころ)にそう誓っていたのだった。




 そんな白鐘の思いを聞いて、しかしシャルエッテとフィルエッテはなぜか、互いに顔を見合わせてクスッと笑い出した。


「な、なんかおかしなこと言った、あたし?」


「ああ……いえ、ごめんなさい。でも、少し勘違いをしていますよ、白鐘さんは」


 フィルエッテはシャルエッテと比べて、この家に来てからまだ日が浅い――それでも彼女は見てきた。




 ――父のためにマフィアを相手に臆せず立ち向かったこと。


 ――闘うかを迷った父の思いを汲み、その背中を押してあげたこと。


 ――父を利用した祖父(ヤクザ)を相手に、正面から怒りをぶつけたこと。




 それ以外にもフィルエッテがこの家に来る以前の事を、彼女はシャルエッテから聞かされている。


 ――そしてフィルエッテは確信していた。




 諏方やシャルエッテ、そして彼女の周りにいる人たちはみな彼女の存在そのものに支えられ、だからこそ彼女のために戦ってこれたのだと。




「諏方さんもシャルも、みんな白鐘さんのことが大好きなんですよ。あなたという存在があるからこそ、みんなも全力で戦える。だから、それぐらいしかだなんて言わないでください」


 ――そしてそれはまた、自分にも当てはまる思いなのだと、フィルエッテは改めて確信したのだ。


「白鐘さんが白鐘さんらしくいること――それだけで、みんなの助けになっているのですから」


 フィルエッテのまっすぐな思いを吐露され、白鐘はほんのりとまた顔を赤らめ、針を持ってない左手の指で頬をかく。


「きょ、今日のフィルエッテさんは恥ずかしいことをけっこうストレートに言うね……あ、お父さん起きたみたい」


 階段の上から物音がして、父が起きた事を察知する娘。ほどなくして、シャツに短パンとラフな格好の父親が実に眠たげな表情で階段から降りてきた。


「ふああ、おはよう……ん? お、また特攻服編んでくれてたのか。いつもすまねえな、白鐘」


「別に。暇つぶし程度にやってあげてるだけよ。で、すぐにご飯にする?」


「そうだな。体力使いすぎて腹減っちまってら」


「じゃあ、今から仕上げに入るわね。……そうだ。せっかくだからお父さんの若い頃の話してよ? あの八咫さんって人とお父さんが何してたか、気になってたのよね」


「うえー、勘弁してくれ。別に、アイツともそこまでたいした付き合いなんかしてねえし……」


「はいはい、お父さんの主観は聞いておりません。話さないならご飯抜きにするよー?」


「ぐあああ! それこそ勘弁してくれええええ⁉︎」


 焦る父に心底楽しげに笑う娘――そんな二人を見つめながら、フィルエッテは隣に立つ妹弟子の手を力強く握る。


「フィルちゃん?」


 振り向いた先にあった姉弟子の表情は、固く何かを決意したかのように見えた。


「シャル……ワタシはたしかに黒澤家に来てまだ日が浅いけれど、それでもこの日常をワタシは尊く思ってる」


「…………」


「でも、きっとこの日常を壊そうとする人がこれからも来る。ヴェルレイン様……それに、他にももっといろんな敵が……」


「…………」


「ワタシ、この日常を守りたい。諏方さんに白鐘さん……二人の笑顔を、ワタシは守りたい」


「…………」


「だから……これからも一緒に戦ってほしいの、シャル。ワタシたちを家族と呼んでくれた、あの二人のために」


 握りしめる手がさらに強くなる。――答えはわかっている。それでも、妹弟子がなんと返事してくれるのか、それを聞くまで少しばかりフィルエッテは緊張を感じてしまった。




「――もちろんですよ、フィルちゃん。わたしたちなら、魔女だってきっと倒せます」




 屈託のない満面の笑みで、彼女は姉弟子にそう返す。あまりにも彼女らしい回答だなぁっと、フィルエッテは思わず少しだけ吹き出してしまう。


「それは言いすぎ。…………そうね、ワタシたちならきっと――」


 魔法使いの少女たちは互いに手を握りしめ合う――なんでもないこの日常を守ることを心に誓いながら、遠くないであろう『魔女』の襲撃を迎える覚悟を二人は決めたのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回で『仁義なき決闘編』は完結となります。

久々のバトルメイン回、楽しんでいただけたなら幸いです。

プロット段階ではそれほど長くないお話だったのですが、まさか今回が2番目に長いエピソードになるとは自分でもビックリしました。

若い頃の諏方や孫一、そして葵司や茜の物語もいずれ書ければとは思っていますので、よかったらそちらも楽しみにしてください。


次回からは新章『日傘の魔女編』がスタート。

3章から長く暗躍してきた日傘の魔女がついにメインとなる回が来ました。

『あたパパ』の最初のシーズンを締めくくる大事なお話でもありますので、これまで以上に気合いを入れて書ければと思います。

諏方とヴェルレイン――果たしてこの二人がついに闘うことになるのか、どうかその結末を見届けてください。

お楽しみに!

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