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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
223/322

第32話 仁義なき決闘〜諏方VS孫一〜⑧

『――三巨頭の一人になれ、黒澤諏方』




 夕焼けが淡い紫に染まる逢う魔時(たそがれどき)


 城山市と桑扶市――二つの町を一望できる狭間山の丘にて、二人の少年がフェンスに身体を預けている。


銀狼牙(シルバーファング)の結成、そしてリーダー決めからまだそれほど時間は経っていないが、まあ今の貴様になら十分につとま……おい、あからさまに嫌そうな顔をするな』


『いやだっておかしいだろうよ? シルバーファングが結成されてまだ一週間だぜ? そんな結成したてのチームのリーダーが三巨頭なんざ、他の不良たちへの示しってやつがつかねーんじゃねえのか?』


 卑屈気味になっているリーダーに対し、眼鏡の少年はため息をつきながら人差し指で眼鏡の位置を正す。


『……フン、頭が悪いくせに人並みに悩んでるフリでもしているつもりか?』


『あ? 一応オレもマジメにだなぁ……』


『これは現三巨頭でもある蒼龍寺葵司と園宮茜、両名の推薦を受けてのものだ。それに、三巨頭の()()()()()()のは貴様の責でもあるのだぞ?』


『ぐっ……()()()()()()お前がそれを言うかよ……』


 銀髪の少年の呆れ気味なため息とともにしばしの無言の時間が流れ、合わせるように吹きつける穏やかな風が二人の少年の髪をゆらゆらと揺らしていく。


『……貴様自身が認められないのだろう? 貴様の実力が、あの二人に並ぶものではないのだと』


『…………』




『黒澤諏方……俺は貴様が、いずれあの二人を超えられるものだと目算している』




『…………は?』


 眼鏡の少年の言葉が信じられないというように、銀髪の少年は目を見開いて彼を疑念の視線で見つめる。


『……テメェがオレを褒めるなんざ、明日は槍でも降るんじゃねえか?』


『無論、貴様一人ではなし得ない偉業だ。だが――貴様には俺がいる』


『……っ!』


『俺が貴様を不良の頂点(テッペン)へとのし上げる。元来、俺は上に立つような人間ではなく、誰かを支えるナンバーツー程度が(しょう)に合っているからな』


『孫一……』


 フェンスから身体を離し、レンズの奥に光る切れ長の瞳で、孫一はリーダーとなった少年を見つめ返した。




『月並みな言葉になるが、テッペンを取れ、黒澤諏方。俺と……シルバーファングのメンバーなら、貴様にいずれ蒼龍寺葵司を超えさせてやる……!』




   ◯




「オラァッ!!」

「ハァッ!!」


 互いの拳がぶつかり合うたびに、大地が呼応するように大きく振動していく。


「ラァッ!!」


 諏方の右拳のフックで孫一の左頬を殴り飛ばし、


「アァッ!!」


 孫一の左拳のアッパーが諏方の脇腹をえぐり、


「ゴラァッ!!」


 さらに諏方は右脚を振り上げて孫一の顔面を蹴り上げ、


「ダァッ!!」


 孫一の左肘が諏方の腹部を穿つ。


 交互の攻撃は着実に互いの身体にダメージを蓄積し、吐瀉される血で周辺の砂利は赤く染まっていった。


「ハァ……ハァ……」

「ハァ……ハァ……」


 全身の痛みは肉体の限界を訴え、意識も薄らいで視界がぼやけていく。それでも両者は倒れない。かすかに残った気力のみが、倒れかかる二人の身体を支えている状態であった。


 荒い呼吸は脳に十分な酸素を回さず、感情をあらわすという思考すら欠如していくはずだというのに――諏方はその顔に笑みを浮かべていたのだ。


「……ずいぶんと楽しそうだな、黒澤諏方?」


「楽しい……? ああ、そうかもな……」


 銀髪の少年は()()()と同じ姿で、あの頃には滅多に見せなかった笑顔のまま頭上を見上げる。


「……思えば、()が若返って以降はいろんな敵と戦ってきた気がする。魔法使いの詐欺師だとか、バリアを使う魔法使いだとか、怪物になったマッドサイエンティストやら……それに半グレやマフィアなんかとも戦ってきた」


 諏方は『黒澤四郎』となってからの戦いを振り返る。実にバラエティに富んだ敵たちと彼は戦いを繰り広げてきた。時に苦戦する事も多くはあったが、それでも諏方は大切な家族を守るために彼らに勝ち続けてきたのだ。


「これまで俺が戦ってきたのはよ、白鐘はもちろん、シャルエッテたちや青葉ちゃんたち――俺の大切な人たちを守るための戦いだった。みんなを傷つけさせないためなら、俺は自分の命すら惜しまずに戦ってこられた……」




「お父さん……」

「スガタさん……」

「諏方さん……」

「諏方お兄ちゃん……」



 大切な家族たちの声を背に受けながら、諏方はその視線を屋敷の方へと移す。


「今も俺は、碧の愛したこの家を守るために、お前と闘っている。でもさ、この闘いはちがうんだよ、今までと……」


 顔を下ろし、まっすぐ瞳を孫一へと向け――、






「――やっぱり楽しいや、お前と闘う(喧嘩する)のは」






 ――まるで子供のような、満面の笑顔を見せたのだった。


「ああ、ちくしょう、楽しいなぁ……終わらせたくないなぁ……お前との喧嘩」


「…………」


 家族のために戦ってきた男の独白――それを笑うでも貶すでもなく、ヤクザの男は人差し指で眼鏡を正しながらまっすぐに彼の言葉を受け止める。


「そうだな、俺も大義をもって貴様と闘っているはずなのだが……ああくそ、認めよう…………俺も貴様と、こうして喧嘩するのを楽しいと思えてしまっている」


 不良時代、滅多に笑みを見せなかった二人の男たちは今、お互いに笑い合っていた。




「でも…………そろそろ終わらせなきゃだな」


「ああ…………そうだな」






 ――瞬間、尽き果てかけていたはずの互いの気が高まり、身体を纏っていく。気は肉体をゆっくりと循環し、やがてその全てが右腕へと集約していく。






「次の一発が最後」


「この一発で立てた者だけが、この闘いの勝者だ」


 今日何度目かの大地の振動が、この場に立つ全ての人間の身体を揺らしていく。それは気の高まりに耐えかえぬという訴えか、それともこの闘いの結末を迎える事への興奮か――、








 ――やがて大地の振動は静まり、








「オラアアアアアアッッッッ――!!!!」

「ハアアアアアアアッッッッ――!!!!」








 ――二人は大きく大地を踏み締めて走り出し、気を込めた拳を互いの顔面へと打ちつけていった。








「ガハッ――!」

「グハッ――!」


 共に身体が吹き飛ばされ、地を転がっていく。


「お父さんッ⁉︎」

「八咫の兄貴ッ⁉︎」


 ギャラリーたちの声が叫ばれるなか、彼らの身体は血の輪組(リング)の外まで飛ばされていった。二人の全身は血と無数のあざ、そして泥と砂にまみれてすっかりボロボロになってしまっている。


「ぐぐ……くっ……」

「ぬぐ……うっ……」

 

 二人共に息はある。だが、すぐに立つにはもはや体力はほとんど残っていなかった。


「「「っ……」」」


 二人の周囲に立つギャラリーたちはすっかりと言葉を失い、しかし倒れた二人をまっすぐに見つめ、どちらが立ち上がるかを見守っている。


 無限にも思える長い長い時間――脈打つ鼓動は口から出てしまうのではないかと錯覚させ、今にも吐きそうになるのを誰もが必死にこらえた。








 ――そして、








「「「ッ――⁉︎」」」


 周囲にどよめきが起こる。()()の男がゆっくり立ち上がるのを、彼らは声を押し殺して見つめ続けていた。











「――――おとう……さん…………!」











 歓喜の混じった少女のか細い声。











 ――――立ち上がったのは、黒澤諏方の方であった。











「ハァ…………ハァ…………」


 息が上がり、目の前の光景は蜃気楼(しんきろう)のようにあまりにも薄い。


 だが、少年の身体を支えていたのは、間違いなく力強く踏み出した脚だった。






「…………()()の勝ちだ、八咫孫一」






 静かに、倒れたままの相手を見下ろしながら勝利を宣言する諏方。孫一もまた、身体を動かせないながらも――、






「……ああ、認めてやるよ…………俺の負けだ、黒澤諏方」






 彼は敗北を認める。その顔には、敗者のものとは思えないほどに穏やかな笑みを浮かべていた。

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