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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第30話 仁義なき決闘〜諏方VS孫一〜⑥

「ガハッッッッ――!」


 地響きが鳴るほどの破壊力を伴った黒澤諏方の拳によって、八咫孫一は腕ごと地面に叩き落とされたのであった。


 砂利の敷き詰められた地はクレーターのような大きなへこみが広がり、その中心にて孫一の身体が横たわる。瞳は閉じられ、か細く息を吐き出しているが、見るからに気を失っていそうであった。




「「「っ…………」」」




 困惑という名の沈黙が広がる。ヤクザたちは目の前の光景をすぐさまに処理しきれず、ただ呆然と口を開くことしかできなかった。


 誰も声が出せぬまま一分が過ぎてゆく。たった一分ではあるが、その何倍もの時間が経過したかのように錯覚してしまう。


 横たわる孫一は起き上がる気配を見せなかった。地を割る一撃をその身に食らったのだ。全身の骨が砕かれ、絶命してもおかしくない破壊力ではあったが、囁くようなかすかな吐息が彼の生存を伝えてくれる。


「な、なぁ……あのまま烏丸組の若頭が起き上がらなきゃ、黒澤しろ――じゃなくて黒澤諏方の勝ちって事でいいんだよな?」


「そ、そうなるよな……」


「てことはよー……黒澤諏方が勝ったら、青龍会が烏丸組に乗っ取られずに済むって事じゃねえか!」


 その声を皮切りに、烏丸組を除くヤクザたちは歓喜の声を上げ始める。


「オラァ! 立つんじゃねえぞ、烏丸組の!」

「カッケーッス! 諏方さん!」

「立つんじゃねえ! 立つんじゃねえぞ⁉︎」




「「「立つな! 立つな! 立つな! 立つな!」」」




 青龍会所属のヤクザたちは諏方の勝利を確信し、昂揚からはしゃぎ回り、銀髪の少年を祝福する。立ち上がるなという願いの声は希望に溢れ、一方で烏丸組のヤクザたちにとってはそれは呪詛のように耳に響いた。


「ウソだ……兄貴が……八咫の兄貴が負けるわけがねえ……!」

「……そうだ! 若頭が負けるわけがねえんだ……立ってくれ、若頭ッ!!」


 尊敬する兄貴を鼓舞する声は、果たして本人に届いているであろうか。


 大量の歓喜と少しの悲壮の声が混じり、場は混沌と化す。その中心にて諏方は荒く息を吐き出しながら、倒れる孫一を黙って見つめ続けていた。



 ――――



 黙し、倒れた敵を見つめ続ける少年()の姿を、白鐘は同じように黙って見つめている。


「……このままスガタさんの勝ちになるのでしょうか……?」


「わからないわ……ワタシたちにできるのは、ただ諏方さんを見守ることだけ」


 すでに結界を解いていたシャルエッテとフィルエッテの二人は、白鐘たちよりも少し後方で闘いの行方を見守る。


「……大丈夫よ、白鐘ちゃん。このまま八咫さんが倒れていたままでいれば、あなたのお父さんの勝ちよ」


 優しく姪っ子の手を握る青葉。そんな彼女の手を握り返しつつ、しかし白鐘は父の表情を見て素直に今の状況を喜べず、複雑な感情が心をかき乱していた。


「お父さん……」




 ――――




「ハァ……ハァ……」


 立ち続ける諏方もまた、満身創痍であった。幾度となく殴られた身体は所々腫れ上がり、それ以上に内側の内臓や筋肉がズタズタになって、骨にも数ヶ所にヒビが入っている。呼吸に時折血の味が混じり、ダメージや気を使いすぎた反動で脳が焼き切れ、目の前の景色も薄らがかっていた。




『立つなァー! 立ち上がるなぁッー!!』

『そのままくたばっちまえッ!!』




 怨嗟にも似たヤクザたちの声も、どこか遠くに聞こえる。


「フゥー……」


 深めの呼吸一つ。気を体内に循環し、痛みを少しでもやわらげる。拳を握り、また呼吸一つ。そして諏方は大きく口を開けて――、








「――さっさと立ち上がれよ、八咫孫一ィッ!!!!」








 ――庭園内の歓声をかき消すほどの怒号を上げたのであった。


「「「…………」」」


 場は一気に静まり返り、少ししてまた困惑の声が所々に噴き上がる。


 このまま孫一が立ち上がらなければ、諏方の勝ちは確定していた。にも関わらず、喉が焼けるような痛みに耐えながら彼は、目の前で倒れているかつての友を呼びかけたのだ。


「俺が知ってる八咫孫一は、たった一発殴られただけで気を失うような、そんなヤワな野郎じゃなかったはずだぜ⁉︎」


 諏方が孫一を呼びかけるたびに、ヤクザたちはより混乱を増していく。なぜ彼は倒れている敵を呼びかけ、立ち上がらせるよう声をかけ続けているのか。それは自らの勝利を放棄するような蛮行同然の行いだった。


 だが諏方はそんなヤクザたちの混乱を意に介さず、さらに声をかけ続ける。


「テメェがなんのためにテメェんとこの組長を会長に推薦しようとしているかもわからねえし、そもそもオレは青龍会のいざこざに興味なんざねぇ。でもよ……テメェのその覚悟は、オレに一発殴られただけで折れちまうようなものなのかよ⁉︎ テメェはその程度の覚悟で『青龍の翁』に挑んだってのかよ、あ? 違うだろッ!!」




「…………」




 いつも人を小馬鹿にしたような笑みでいる蒼龍寺源隆が、珍しく真剣な表情で諏方を無言で見つめている。


「……立てよ……テメェの全力は、こんなもんじゃねえはずだろ、孫一⁉︎ 立って最後までオレと闘いやがれッ!!」


 そこまで叫んでようやく諏方の肺活量が限界を迎え、また呼吸が荒れていく。


 それでも彼は言い切った――立ち上がれと、この程度で倒れているんじゃないのだと。


「…………」


 声を上げられてなお、孫一は立ち上がる様子を見せない。


 立ち上がるか倒れ続けるか――立ち上がるなと叫んでいたヤクザたちもみな言葉を失い、ただ黙って孫一を見つめ続ける。




 どれほどの時間が経っただろうか――永遠に思えた時間はしかし――、






「……………………っ」






 ――ピクリとわずかに手を動かした孫一自身が、時計の針を動かした。




「…………たくっ、おとなしく寝かしてくれていれば、黙っても貴様の勝ちだったろうに……」




 呼吸の音が大きくなり、腕、そして脚が動かされる。よろよろと弱々しくはあったが、八咫孫一はゆっくりと立ち上がった。


「負けず嫌いのくせに、勝ち方にこだわるのは貴様の悪い癖だな、黒澤諏方」


 呆れ気味な笑みを浮かべて、孫一は人差し指で眼鏡の位置を正す。不思議と何か憑き物が落ちたかのように、刺々(とげとげ)しかった雰囲気もわずかに柔らかくなっているような感じにも見えた。


「ハッ、お互いまだ余力が残ってるつーのに、相手が気絶して立てなくなりましただなんて、そんな勝ち方でオレが納得できるわけねーだろ?」


「……まったく、歳を取ったならもう少し打算というのを覚えてほしいものだな」


 ぺっと口に溜まっていた血を砂利に吐き出す孫一。


 彼が立ち上がったという事実に、ヤクザたちの中から落胆の声も上がる。しかしそれすらも二人の耳には入らない。もはや互いのことにしか彼らの目には映らず、呼吸を整えつつ相手を見つめ続ける。


「……とはいえ、お互いに気はほとんど使い果たしたはずだ。今残っているわずかな気で、貴様はまだ闘いを望む気でいるのか?」


「上等さ。気はわずかでも、お互い拳を振る余力はまだ残ってるだろ? ……こっからは小細工なし。全力で殴り合おうぜ」


 右の拳を孫一に向けて突き出す諏方。最後にとことん殴り合おうという彼の意思表示である。


 それを察した孫一は呆れのため息を吐き出す。


「……まったく、考えもせずに殴り合おうなどと野蛮がすぎる。だが――」


 一歩彼へと近づき、突き出された拳に自身の拳を重ね合わせる。


「――そういう貴様の思いっきりの良さは、ついぞ嫌いにはなれなかったな」




 ――――




 二人が拳を突き合わせ、再びヤクザたちの間に緊張の空気が流れる。決着がついたという安堵から一転、またもこれから起こるであろう激闘を想像するだけで身体がこわばり、息をするのすら忘れてしまいそうだった。


「白鐘ちゃん……」


 少女の手の平を握る青葉の手がわずかに震えているのを白鐘は感じ取り、今度は彼女が叔母の手を優しく握り返す。


「……多分、次が二人にとっての最後のぶつかり合い。あたしは最後まで見届けます、青葉叔母さま」


「っ……!」


 先ほどまで父を心配していた少女の表情は、いつのまにか父を信頼する精悍な顔つきに変わっていた。


「そうね……私も諏方お兄ちゃんを信じるわ、白鐘ちゃん」


 姪に勇気づけられ、青葉もまたこの闘いを最後まで見届ける事を改めて決心する。




 ――――




「…………いくか」


「…………ああ」


 決着をつける前に交わす言葉は互いにわずかのみ――それで十分だった。


 拳を離し、一歩を踏み出し、そして――、




「オラアアアアッッッッ――!!」

「ハアアアアアッッッッ――!!」




 ――互いの顔面へと向けて、二人は拳を勢いよく振り出した。

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