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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第29話 仁義なき決闘〜諏方VS孫一〜⑤

 大地の振動が収まり、庭園(戦場)は再び人の息遣いだけが支配する世界へと変わる。


 向かい合うは二人。身体はすでに死に体ながら、それでも立ち上がって呼吸を整える銀髪の少年。


 対するは左腕以外傷一つ付かないながら、気の反動で内側が壊れかけた眼鏡のスーツの男。


 見た目だけなら明らかに少年側の劣勢ではあるのだが、それでも二人から感じ取れる気迫は未だ衰えず、勝負の行方を容易に想像させることができなかった。


 とはいえ、両者とも間違いなくダメージは蓄積されている。次の接触次第で、決着がつく可能性は十分にありえた。




 ――――




「ふぅぅ……ふぅぅ……」


 そんな中、二人を見つめる白鐘の呼吸がわずかに乱れ始める。彼女だけではない、闘いの行方を見守る何人かのヤクザ(ギャラリー)たちの方が、闘っている本人たちよりもむしろ緊張で過呼吸気味になっていたのだ。


「っ……」


 息を吐き出すたびに肺に痛みが伴う。乱れる呼吸は脳に上手く血を運ばず、身体を支える膝の力が入らずに倒れてしまいそうだった。




「――大丈夫よ、白鐘ちゃん」




 後ろに倒れそうになる少女の身体を、彼女の叔母である青葉が支える。


「青葉叔母さま……」


 額に汗を浮かびながら後ろを振り返る姪っ子を励ますかのように、青葉は優しげな笑みを彼女に見せる。


「諏方お兄ちゃん……あなたのお父さんは、きっと勝ってくれるわ。だから……信じましょ、あなたのお父さんを」


 教師の時とは違った、家族に向ける優しげな彼女の声音(こわね)にいくばくか癒されて、白鐘の呼吸も静かに落ち着いていく。


「はい……青葉叔母さま……」


 互いに手を優しく握り合い、二人は強い意志が灯ったその視線を再び傷だらけの銀髪の少年へと向け直した。




 ――――



「…………」

「…………」


 睨み合う二人はあまりに静かであった。呼吸は音を立てず、身体の内側を循環していく。


 互いに相手をいかにして倒すか、今も策を巡らせているのか――真意を知るのは本人だけ。


 次の交戦で決着がつく可能性がある以上、必勝でなければならない。


 致命傷を与える――それだけでは足りない。地に伏せ、起き上がれないほどのダメージでなければ、勝利はおとずれない。


 そういう面で見れば、今有利であるのは間違いなく孫一の方であろう。


 蓄積されたダメージは明らかに諏方の方が上であり、今こうして立っているだけでも全身の痛みが彼の意識を少しずつ蝕んでいる。放っておけば、再び気を失ってこの場で倒れかねないほどだ。


 膠着状態を維持しているだけで、勝利は孫一のものとなってしまうであろう。








 必然――先に仕掛けるのは諏方からとなった。








「ラアッ――!」


 雄叫び、地を蹴り上げ、瞬間的に孫一との間合いを詰める。


 普通の人間ならば、一瞬で目の前に近づいた相手に対して冷静に対処できる者は少ない。だが孫一はすぐさま放たれた諏方の拳を的確にかわし、彼との距離をわずかに離していく。


「まだまだあッ――!!」


 さらに二撃、三撃――しかし、やはり諏方の拳は空ぶるばかりであった。


「……考えを巡らす時間を少しは与えてやったつもりだが、やることは結局闇雲に殴り続けるだけか? それとも……これもまた貴様の策の内か?」


 他人から見ればがむしゃらに殴っているようにしか見えない諏方の攻撃も、孫一は油断なく警戒している。


 先ほどよりいささかスピードは落ちているものの、それでも一発一発の威力は意識を飛ばすほどの力を十分にそなえているであろう。ゆえに、一度たりとて拳をまともに受けるわけにはいかない。




 いつ仕掛けてくるか――。


 あと何発拳が放たれるか――。


 どこで呼吸が乱れるか――。


 この連撃そのものに意味はあるのか――。


 こちらからはどのようにして反撃するか――。




 孫一は攻撃をかわしている間にも思考を巡らせる。相手の真意は未だ読めずとも、この打撃の応酬に意味がないとは思えなかった。


 ――先ほどの彼は痛みで隙を作るフリをして、わざと攻撃を受けた後のカウンターを狙っていた。


 同じような作戦に出るほど頭がないとは思っていないが、それも込みで彼が仕掛けるのを孫一は待ち続ける。


 一撃、また一撃――彼の戦闘データと気の流れを読み取ることで自然と身体は彼の攻撃をかわしていく。


 このまま打ち込み続けても、体力を消耗するのは瀕死である諏方の方が大きい。無策で殴り続けるだけでは、自身の弱った身体を追いこむだけの自殺行為にしかならない。




 ――ならば必ず、黒澤諏方はどこかで変化を見せるはず。その変化を見逃さぬよう、全神経を彼の動きの観察に集中させる。




「ぐっ……⁉︎」




 諏方の表情に苦悶が浮かび、拳を打ち込み続けた彼の足が止まる。


 先ほど以上に苦しげであったが、わざと隙を作って相手に攻撃を仕掛けるよう誘導させる――その作戦は、以前諏方本人が実行したものと同一であった。






 ――なんだ? 何を企んでいる……?






 すでに一度失敗した作戦。それを連続で同じように仕掛けるなど、短慮にもほどがあった。だがそう思わせる事すら彼の作戦だとしたら――。


 そう考慮しつつもしかし、孫一は右拳に気を集める。


 狙うはガラ空きとなった丹田。再びそこに孫一の気を撃ち込めば、蓄積されたダメージと合わせて諏方は今度こそ立ち上がれなくなるはず。




 だが――孫一が右拳に込めた気は少量であった。




 たとえ強く気を込めたとて、先ほどと同じように諏方が丹田に気を盾のように練り上げれば、またも孫一の一撃はやわらげられてしまう。


 ならば今回の拳は最低限の威力にとどめて、より致命傷を与えられるタイミングまで気を温存させる。ただでさえ孫一の身体は気を使った反動で蝕まれているのだ。これ以上派手に気を使えば、先に彼の身体の方がもたなくなってしまうであろう。


 だからこそ、確実な一撃を打ち込めるその時まで気を温存させる。妥協は許さない。諏方の言葉通り、孫一は今度こそ彼を殺す気で殺意を研ぎすませた。


 この右拳はあくまで布石。意識は相手に攻撃を当てる事にではなく、動きを見極め、確実に相手を仕留めるタイミングを逃さぬ事だけに集中させる。


「フンッ――!」


 放たれる孫一の一撃。気を温存させたとはいえ、それでも大型トラックの衝突レベルの威力はある。まともに受ければ、まず全身骨折は免れないであろう。


 もちろん諏方の身体に張った防御用の気で威力が落とされる事は承知済み。たとえ防がれても戸惑うことなく冷静に、次の相手の出方をうかが――、








「ゴフッ――――」








「なっ――?」


 伸ばした拳の先の感触に、孫一は戸惑いを隠せなかった。


 諏方の腹部と孫一の拳の間には障壁のようなものはなかった。つまり――彼は気を纏っていなかったのだ。気を防御のために展開するようなことをせず、彼は相手の一撃を直接身体で受け止めたのであった。


 固い腹筋にめり込む孫一の拳は、彼の全身を伝って身体の内側を崩壊していく。人によっては痛みでショック死しかねないほどの一撃は確かに、諏方の身体に打ち込まれた。


「馬鹿な……⁉︎ 俺の一撃を気も纏わずに食らうなど――」






 ――ここまで言葉にしてようやく、孫一は違和感に気づき始める。


 諏方の右拳に気がうず巻いているのを感じ取る。先ほどよりも多いなんてものではない。二倍――いや三倍以上の気が、彼の拳の周りを廻転していたのであった。






 たとえ痛みで意識が薄れている可能性はあったとしても、諏方が孫一の攻撃を防ぐための気を練らなかったなどあり得る事ではない。致死となる攻撃を防ぐ行為を怠るほど、人間の生存本能というのは簡単に鈍るものではないのだ。


 ではなぜ、諏方は身体に防御のための気を展開しなかったのか――その答えは、彼の拳が示していた。






「貴様、わざと身体をガラ空きにして、防御に回す分の気まで拳に集中させたなッ――⁉︎」






 口元に血をたらしながら、ニヤリと笑みを見せる諏方――彼の表情は、何よりも説得力のある返答であった。


「くっ……!」


 何を仕掛けられても戸惑うまいと冷静に徹しようとした心構えはしかし、予想以上の混乱の前に十分な隙を与えしまった。


 もうかわすにはあまりにも時間を置きすぎた。頭を瞬時に切り替え、すぐさま彼の一撃を受け止めるための気を再び左腕に集中させる。


 諏方も孫一の気の流れを感じ取った。身体を少し動かすだけでも絶命するのではないかと錯覚するほどの腹部の痛み。だが――それらが彼の拳を止めるための理由にはならなかった。






「オラアアアアッッッッ――――!!!!」






 今にも気を失いかねないほどの激痛。薄れる意識を気合いで無理やり繋ぎ止めながら、諏方は飛び上がって残った全ての気を纏った拳を振り下ろす。






「ガアアアアアアッッッッ――――!!!!」






 諏方の(こぶし)と孫一の(うで)がぶつかり合う――。二人の攻防に呼応するように、大地がまたも激しく揺れていく。


 膝を地につきながら、腕そのものを壊しかねない一撃に耐える孫一。


「くっ……舐めるなよ、諏方ッ! 貴様の拳など、俺は耐えてみせ――」








「知るかあああアアアアッッッッ――――!!!!」








 大地以上に鼓膜を大きく揺さぶるほどの雄叫び。


 諏方はさらにわずかに残っていた気を振りしぼり、全てを拳へと乗せていく。







 ――そして、限界を突破した拳は気を纏っていた孫一の腕ごと押し潰すように、地面をめり込ませるほどの威力で彼の身体を地に叩き倒したのであった。

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