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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第28話 仁義なき決闘〜諏方VS孫一〜④

 ガラガラと破片の崩れる音に、何人かの息遣いが混じる。


 憧憬の眼差しで見つめられる眼鏡のヤクザと、青ざめた表情で見下ろされる銀髪の少年。周囲の反応は、若返った元不良少年と現役インテリヤクザの戦況を端的にあらわしていた。




「さて、凡夫ならばここいらで結となるが……おぬしの極地は果たしてここまでになるのかのう、黒澤諏方?」




 ただ一人、杖を地に刺す老獪(ろうかい)は感情の見えぬ瞳で二人を見つめていた。




 ――――




「…………ガハッ!」


 血を吐き出したのは倒れている少年の方ではなく、優勢であるはずのヤクザからであった。


「や、八咫の兄貴⁉︎ なんで一回も攻撃をくらってない兄貴から血が⁉︎」


「おそらくは気を使いすぎた反動だろう……気は体内に内包された気力を呼吸と筋肉を流動する事で練り上げる。使いすぎれば筋肉や内臓に負担がかかり、身体を蝕む毒にもなる。……ただでさえ若頭は泰山組長との連戦続きなんだ。これ以上の闘いは若頭の身体が耐えきれねえ……!」


 舎弟たちの心配をよそに、孫一は冷静にスーツからハンカチを取り出し、赤くなった口元を拭う。


「ここまで俺を追いつめたのは褒めてやるが……もう立ってくれるなよ」


 目を細め、かつての戦友(とも)であった銀髪の少年を見下ろす。目元は髪で隠れているが、身体はピクリとも動かない。誰の目から見ても、彼が立ち上がる事はもうないであろう。






 だが――、






「立って! お父さんッ!!」






 ――ただ一人、力強い声で彼を呼びかける少女がいた。






 少年と同じ銀色の髪をたなびかせた少女は、目に涙を溜めながらも、声が枯れそうなほどに大きな声で父を呼ぶ。


「白鐘ちゃん……」


 青葉、そしてシャルエッテやフィルエッテですら諏方のあまりに壮絶な倒れように言葉を失うなか、白鐘だけは諦めずに声をかけ続けた。


「お父さん! ……今までずっと勝ってきたじゃない……あたしたちを助けるために命を懸けて、それでも勝ってきたじゃない……今回は自分のための闘いだからって、負けるなんてあたしは許さない……だから! お願いだから立って! お父さんッ!!」


 さらなる声援。それでも、やはり父親の身体は反応しない。


「……諦めろ、黒澤白鐘」


「っ……!」


 横から口を挟むは、眼鏡を人差し指で押さえる敵のヤクザだった。


「死なない程度に抑えたとはいえ、本来ならば二度と死んでいるほどのダメージが与えられたのだ。……今すぐ病院に運べば、奴の回復力なら一週間程度で目を覚ます。だから――」


「――あたしは諦めません。お父さんの強さをあたしは信じてるし、たとえ他の人が諦めても、あたしは最後までお父さんがあなたに勝つ事を信じます……!」


 彼女は視線を孫一から父親へと戻し、また立ち上がるよう叫ぶ。


「君はもっと聡明だと思っていたのだが……いや、肉親相手ならば冷静さも欠こう。おい! 誰か二台目の救急車を呼べ」


 他のヤクザたちに向けて声を大きくする孫一。そんな中、白鐘の父への声援は続く。




「お願いお父さん! お願い…………お願いだから、立ち上がって! パパァッ!!!!」




 ついには涙を流し、それでも声を送り続ける銀髪の少女。


 少年の身体は、やはりピクリとも動かない。そんな彼のやられた姿を、そして声をかけ続ける少女を見つめて、孫一の頭にある風景がよぎる。




 ――その日は、真っ赤な夕焼けが目に焼きついたのをよく覚えている。




   ◯




『――き! ――――にき!』


『…………っ』


 ――うるせえよ。


 心の中で悪態をつきながらも、誰かが叫んでいるような声は耳にいやに響いた。


 朦朧とする意識。身体は言うことを聞かず、まるで神経が通っていないようにピクリとも動かせない。




 ――決定的な敗北であった。




 叔父を殺すために鍛えた身体はその役割を果たせず、有り余った力で桑扶高校に転校したその日の内に四天王最強と呼ばれた男を倒し、それより格下であるはずの眼鏡をかけた別の四天王に諏方は敗れた。


 圧倒的な実力差――身体はいくら鍛え上げていても、誰かと闘う経験に乏しかった彼が敗北するのは道理であった。


 熱い――廊下の冷たい床に倒れたはずの身体を、広がる紅い液体が濡らしてとても熱く感じさせられる。


 薄れる意識――その後の記憶を、彼はよく憶えていない。


 ――ただ、誰かが自分を呼ぶような声だけは、記憶のすみのうちにかすかに残っている。




「負けないでください、兄貴ぃッ――――!!」




 ――平均的に見ても背の低い自分よりさらに小さい身体の、およそ不良どころかどちらかといえばいじめられっ子に近いような、なぜこの学校にいるのかよくわからない少年。


 ――転校初日にも関わらず、自分を兄貴と慕ってくれた少年。


 彼の少し甲高い声が鼓膜を震わす。その後の記憶はないので、のちに孫一たちから聞かされる事になる話から想像することしかできなかったが、ああ――もし本当に彼らの言う通り、気を失ったあの後立ち上がったのだとしたら、それは――まぎれもなくあの時の、のちの第一舎弟となる少年の声のおかげなのだろう。








『――お願いだから、立ち上がって! パパァッ!!!!」








 ――あの夕日が紅く輝いた日と同じ声援が、この世で最も愛おしい娘の声が、遠くから聞こえるような、そんな気がした――。




   ◯




「っ……⁉︎ …………パ……パ……?」


 ゆっくりと――本当にゆっくりと時間をかけてだが、ガレキの下に埋もれていた少年の身体が、震えながらも確かに立ち上がった。


「なっ……本当に立ち上がっただと……⁉︎」


 孫一は驚きを隠せないでいた。


 先ほど彼が言った通り、諏方は二度死んでもおかしくないほどのダメージを負った。蓄積された痛みは、動かすだけでもさらなる激痛を訴えるはずであろう身体でなお、彼は声をあげることなく立ち上がったのだ。




 ――だが、同じような光景をすでに彼は一度目にしている。




 高校時代、学校の秩序を乱しかねない異分子を大人しくさせるために、放課後の渡り廊下で彼は今と同じ姿をしている少年と闘っ(ケンカをし)た。


 その日も銀髪の少年は、しばらく立ち上がれないほどのダメージを負った。なんてことはない。当時の孫一は死刑執行人のように、秩序を乱す存在をその手で粛清してきた。


 その日は珍しい転校生が相手だったとはいえ、同じように下したはずの少年はしかし、意識を朦朧したままながらも確かに立ち上がったのだ。




 ――それと同じ光景が目の前に広がる――。






 娘の声援を受けてかは定かではないが、黒澤諏方は再び、死に体であるはずの身体で立ち上がったのだった。






「へへ…………わりぃけど、まだ決着はついてないぜ、八咫孫一……」


「っ……」


 冷静沈着な孫一が珍しく、怒りをあらわにした表情で歯噛みし、目の前で立ち上がった奇跡を睨む。


「いい加減しつこいぞ、黒澤諏方……!」


「娘から声援(モーニングコール)をもらったんだ。これで起きなかったら、娘に嫌われちまうだろ?」


 一度目の前の敵へと向けていた視線を、娘にへと向け直す。


「ありがとな、白鐘……お前の声のおかげで、立ち上がれた」


「お父さん……」


 白鐘は腕をこすって涙を拭う。先ほどまで悲痛であった彼女の表情には、安堵の笑みが浮かんでいた。


「あたし……お父さんが負けたら許さないんだから……!」


「はは……なら、お父さんも頑張らなくちゃな……!」


 ゆっくりとだが、一歩前へと踏み出る諏方。他のヤクザたちは唖然とした表情を隠せず、シャルエッテたちは白鐘と同じく安堵した笑みを見せ、老人は不敵に笑う。


「黒澤諏方……!」


 眼鏡を押さえる指を中指に変え、怒りを交えた瞳で前方を睨みつける孫一。


「そんな顔すんじゃねえよ。これはテメェの失態でもあるんだぜ、孫一……テメェが最初から殺す気で打ちこんでいたら、さすがのオレでも立ち上がれなかったかもしれねえ」


 一歩、また一歩前進する諏方。死にかけのはずの彼の異様な気迫に何かを感じたのか、無意識に孫一の足が後ろへと下がろうとする。






「オレをカタギと思わねえんじゃなかったのか⁉︎ 手を抜くんじゃねえよ、孫一ッ!! オレに勝ちてえなら、殺す気で来やがれッ!!!!」






「――っ⁉︎」


 下がりかけた足を踏みとどめる。


 呼吸一つ。悲鳴をあげている肉体に鞭を打ち、気を練り上げ、そこに今まで以上の怒りを纏わせる。


「そうだな……礼を欠いた。貴様と相対するならば、殺す気でいかなければ嘘だな」


 ――何度目かの大地の振動。


 限界近くを迎えながらもなお研ぎ澄まされた孫一の気に、確実に相手を殺すという確かな殺気が入り混じる。




「貴様の指摘通り、今度は殺す気でいく……死にたくなければせいぜい耐えてみせろ、黒澤諏方ァッ!!」

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