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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第27話 仁義なき決闘〜諏方VS孫一〜③

 諏方と孫一の決闘を観戦するヤクザたちは、目の前の光景に開いた口が塞がらないでいた。


 人智を超えた二人の超スピードによる殴り合いはわずかながらに見慣れつつはあったのだが、明らかに致命傷となる一撃を受けた小柄の少年が血を吐きながらも立ち上がったという事実に、彼らは目の前の二人が本当に同じ人間であるのか疑いすら感じた。




「ハァ…………」




 ただ一人、対峙する眼鏡のヤクザだけは敵の立ち上がる姿に焦ることなく、むしろ呆れ気味にため息をついていた。


「思い出したよ、貴様の一番の強みを」


 ――何度だって見てきたはずだ。どれだけ傷を負おうと、諦める事なく立ち上がるこの男の姿を――。


「パワーでもスピードでもない……諦めの悪(タフ)さだったな」


 一瞬だけ昔を懐かしむような表情を見せるも、孫一はすぐさまキリッと瞳を鋭くし、口から血を垂れ流したままの少年を見据える。


「ハァ……ハァ……」


 諏方は胸を自身の拳で殴り、身体から無理やり孫一の気を追い出す事で内臓を食い荒らされる致命傷は避けられた。とはいえ、まったくのダメージがないわけではない。純粋な相手の拳と、気を追い出した際に与えた自身の拳のダメージは、今立ち上がっているのが不思議なほどに強い痛みを全身に訴えている。少しでも気を抜けば、すぐさま気絶しかねないほどの痛みの蓄積。


 それを諏方は気合いだけで耐えていた。潰れかけた内臓は絶え間なく血を吐き出させるが、体内の気を循環させる事で少しずつ身体の内側を回復させていく。


 形勢は未だ不利。拳を放つ気力は残されているが、それも当たらなければ意味がない。


 いかにして攻撃を当てられるか――諏方は呼吸を落ち着かせている間にも、どう闘うべきか思考を巡らせている。




「…………」




 孫一もまた、鋭い視線で相手を見つめたまま動かないでいた。


 自身から仕掛ける奇襲が通じるのは一度まで。そこで倒せなければ、以降は警戒されて拳は通らなくなるだろう。不用意に仕掛ければ、逆にその攻撃を逆手に取られてカウンターを受けかねない。


 いかにして攻撃を当てられるか――彼に突きつけられるは同じ命題。


 ――互いの一撃が致命傷となる以上、どちらが攻撃を当てられるかがこの決闘の行方を左右するものとなろう。






 ――静寂がおとずれる。大きく吐き出される少年の呼吸の音だけが、見ている者の鼓膜を小さく響かせていた。








 何時間にも感じられるほどに重い静寂の時。それを破るように先に動いたのは――――諏方からであった。








「らあぁあッ――!!」


 足を大きく踏み出し、一気に距離を詰めて拳を握り、風のような速さで放つ。


「――フンッ」


 だが孫一はやはり冷静に、諏方の一撃をかわす。


 二撃、三撃――諏方はさらに拳を放つが、そのことごとくが孫一にかわされていった。


単純(ワンパターン)だな。すでに貴様の情報(データ)は揃っている。同じような攻撃では、一生俺に拳をぶつけることはできないぞ」


 最低限の動きで諏方の拳をかわしつつ、挑発にも近い言葉を彼に浴びせていく。その言葉で相手の動揺を誘えれば良し――最悪、少しでも相手の動きが乱れればそれで十分であった。


「――――ぐっ」




 しかし、諏方の身体を鈍らせたのは孫一の言葉ではなかった――蓄積された肉体へのダメージが、彼の動きに隙を作らせてしまったのだ。






 そして――孫一はその隙を見逃しはしなかった。






「フンッ――――」


 諏方の攻撃を流れるようにかわしていた身体をその場で固定するように地面へと大きく足を踏みつけ、孫一は再び右拳を引き絞る。




「今度こそ――終わりだ」


 気を纏った拳が突き出され、空いた諏方の丹田を狙っていく。


 当たれば孫一の気は再び諏方の体内へと入りこみ、今度こそ彼の内側を嵐のように引き裂き回って暴れ狂うであろう。






 確かな致命傷となるその一撃は――――ストレートに諏方の丹田へと当たった。






 ――――


「当たったッ――⁉︎」


 ――――


「お父さんッ――⁉︎」


 ――――


「今度こそ――兄貴の勝ちだッ!!」


 ――――


 湧き出す観客者(ギャラリー)たち。これで完全に決着が着く――――と、誰もが思っていた。




「…………ッ⁉︎」


 最初に違和感に気づいたのは、拳を放った孫一だった。確かに致命傷となる一撃――しかし、彼の拳はまるで透明な薄い膜のようなもので阻まれ、その衝撃をやわらげていた。


「まさか……貴様⁉︎」






「まんまと騙されたな、バーカ」






 孫一の拳で宙に浮かされながら、諏方はニヤリと笑みを浮かべて彼を見下ろす。


 確かに一撃は入った――しかし、諏方は腹部に気を集中させ、防御膜のように気を練り上げて孫一の拳のダメージをやわらげたのだ。


 本来であれば腹部含め、あばらさえも砕かれるであろう一撃は、一定のダメージは残りつつも致命傷を防ぐ事ができたのであった。






 ――そして今の一撃により、孫一に明確な隙が生まれた。






 この隙を生み出すために、諏方はあえて弱ったフリをすることで孫一の攻撃を誘ったのだ。その攻撃をあえて気を集中させた腹部に受け止めることで、一撃を与えるための(チャンス)がようやくおとずれた。


「今度こそいくぜッ……!!」


 諏方はあらかじめ気を溜めていた右拳を握りしめ、孫一の顔面目がけて放っていく。


「くっ……⁉︎」


 孫一が体勢を立て直すのに要する時間は一秒――それだけあれば、彼の顔面を殴りつけるには十分であった。




 わずか数秒内での形勢逆転――諏方のその一撃だけで、孫一の身体が沈むのを想像するには容易だった。








 だが――、








「…………なっ⁉︎」


 絶句の言葉を吐いたのは諏方。顔面ごと身体を吹き飛ばすほどの威力をもった拳はしかし――とっさに構えられた彼の左腕によって防がれたのだ。


 もちろんただの左腕ではない。手の先から肩まで覆うように、孫一の気が彼の腕を纏っていたのだ。


 気を纏った腕の部分はそこだけ鉄壁の袖と化し、諏方が気を纏ったことで腹部のダメージを防いだように、孫一もまた彼の一撃を最低限のダメージで済ませたのだ。


 しかし、いくら孫一が気をコントロールする達人であろうとも、諏方の攻撃を見てから腕に気を纏うなどとても間に合うものではない。






「俺を罠にかけたつもりでいたのだろうが、罠にかかったのは貴様の方だ……!」






 ――孫一はここまでの展開を読めていた。


 闇雲に攻撃し続けるほど諏方が馬鹿ではないと知っていた孫一は、攻撃をかわしつつ彼の細かな動作に意識を集中させていた。そして彼があえて弱ったフリをして隙を作りだしたのも、それが罠であると即座に看破できたのだ。


 そして孫一はその罠を逆手にとって、逆に彼を罠にハメる作戦に出たのだ。その作戦は功を奏し、今度は諏方に明確な隙が生まれてしまった。


「くっ……!」


 反射的に再び腹部に気を練り直す諏方。


 孫一は先ほどと同じように気を右拳に集中させるが、先の相手の体内に送るために練り上げた気を『柔』とするならば、今練り上げた気は破壊のための『硬』であった。




「オラァッ――!!」




 初めて孫一の口から張り出された雄叫びのような声。


 彼の拳は今までと比べて最も速いスピードで、諏方の顔面にストレートに叩き込まれたのだった。




「ガハッ――!!」




 再び諏方の身体が吹き飛ばされていく。


 彼の身体は屋敷の壁にまで飛ばされていき、轟音をあげて壁ごと彼の身体が崩れていく。




「「「っ…………」」」




 空気がしーんと静まり返り、屋敷の壁の破片が時折落ちる音だけが鳴る。


 崩れたガレキに埋もれるように、少年の小さな身体が沈んだ。長い銀髪に覆われてその表情は見えないが、気を失っているのは確かであろう。


「お父さん……?」


 か細い少女の声に、彼の身体は応えない。




「今度こそ終わりだ……黒澤諏方」




 叩きつけた勢いで腫れ上がった拳を介せず、右手の人差し指で眼鏡を上げて、先ほどまで拳を交わしたかつての盟友を見下ろす孫一。


 崩れるガレキの無機質な音だけが、彼の声に応えるのであった。

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