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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第23話 闘う理由

 ――本当にひでぇジジイだ。テメェ(ジジイ)のためじゃなく、あの二人(碧と葵司)の名前を出されちまったら、簡単には引き下がれねえじゃねえか――。




 黒澤諏方は葛藤していた。


 蒼龍寺源隆が提案した孫一との決闘――その闘いに、諏方が乗る意味はない。


 今彼の前で起きている事は青龍会の内部抗争であって、ヤクザでない諏方が巻き込まれる必要性など皆無といっていい。


 わかっているのに――諏方はその場から身を引く事ができなかった。




 ――少年の脳裏に二人の人間の顔が浮かぶ。




 碧、葵司――二人は共にこの家を、家族を愛していた。


 この家を壊す事を見過ごすという事は、あの二人の思いから目を逸らすのと同義。自分は関係ないからと、簡単に切り捨てられるような選択肢ではなかった。




「――黒澤白鐘(貴様の娘)は元気しているか、黒澤諏方?」




「孫一……⁉︎」


 急にかつての仲間の口から娘の名が出されて、諏方は思わず動揺してしまう。そういえばと、彼は碧の葬式で赤ん坊時代の白鐘とは会っていたのを思い出した。


「……俺は俺の守るべきもののために戦っている。だが、戦わない事で守れるものだってあるはずだ。今の貴様にとって、守るべきものとは家族じゃないのか?」


「……もちろんだ。今の俺にとって、家族以上に大事なものなんてありはしない……!」


「ならばここは身を引け、諏方。万が一貴様が俺に勝てたとして、俺の組が報復のために貴様の家族を襲撃する事だって、ありえないという話ではないのだ」


「っ……⁉︎」


 忘れかけていたが、今の彼はヤクザだ。普通の人間なら考えられないような非情な手段を、彼らは目的のために平気でやれる連中なのだ。


「……脅してるのか?」


「貴様のためを思って言っているんだよ。蒼龍寺邸の取り壊しも、俺が組長に取りなす。保証まではできないが……ここは諦めてくれ」


 孫一の忠告は真っ当なものであった。むやみにヤクザの世界に足を踏み入れれば、相応の報復を受ける可能性がある――そう事前に言葉にされるだけ、彼は有情であるとも言えるだろう。




 ――果たしてすでに亡くなった人間の思いとは、家族を危険に晒してまで守るべきものであるのだろうか?




「俺は……」


 孫一、昇、そして源隆が、真剣な眼差しで諏方を見つめる――彼の口にする答えを聞くために。




 ――なお葛藤は続いていた。




 ――言ってしまえば、すでに答えは出てるようなものであった。


 黒澤諏方にとって、娘である白鐘、そしてシャルエッテやフィルエッテ――彼女たちは何よりもかけがえのない大切な家族だ。そんな家族を危険な目に遭わせる可能性がある以上、ここで孫一と闘うわけにはいかなかった。


 わかっているのになぜ、今すぐにもここを退くための足が動かないのだろうか――?






「――――お父さん!!」






 ふいにかけられた少女()の声に振り返ると同時に空から降ってきたのは――白の特攻服であった。


 あわてて特攻服をキャッチし、声のした方向に戸惑い気味に視線を向ける。そこには腕を組んで仁王立ちで立っている白鐘の姿と、困惑の表情を浮かべていたシャルエッテとフィルエッテが青葉の横に並ぶように立っていた。


「白鐘! なんで表に出てきてんだ⁉︎ それに、これは……?」


「どうせ持ってきてるなーって思って、お父さんのカバンの中身漁ったのよ。……で、シャルちゃんから聞いたけどお父さん、その人と闘うんだって?」


「そ、それは……」


 気まずげに言い淀む諏方。孫一は人差し指で眼鏡を上げながら、突如現れた銀髪の少女を凝視する。


「あれは……黒澤白鐘か? 髪色は父親譲りだが、端正な顔つきは母親によく似ている。そしてその特攻服は……やはり黒澤諏方で間違いないのだな、貴様は……?」


 彼が掴んだ特攻服を懐かしげに見つめる孫一。


 諏方はしばらく震える瞳で自身の戦闘着である特攻服を見下ろしていたが、やがて首を静かに横に振った。


「いや、白鐘……俺は闘わな――」






「――今日ぐらいは、自分のために闘っていいんだよ、お父さん」






 ハッとなって、諏方は再び視線を娘に向ける。彼女は腕を組んだまま、真剣な瞳で父親を見つめ返していた。


「……お父さんは今まで、あたしや他の人たちを助けるために戦ってきた。もちろんあたしも、お父さんに助けられたみんなも、きっとお父さんに感謝している……だからさ、たまにはいいんだよ――お父さんがお父さんのために闘ったって」


「俺が、俺のために……闘う……」


 特攻服を掴む腕が震えだす――心の底で芽生えていた、必死に見なかったことにしようとしていた感情が、少しずつあふれ出してくる。


「お父さんが闘う事でどうなるか……あたしやシャルちゃんたちも話し合って覚悟は決めてる。それは今まで、お父さんに助けられたあたしたちだからこそ決断できたこと……だから――今日ぐらいは自分の気持ちに正直になってもいいんだよ、お父さん……」


「っ……」


 まるで何かを我慢している子供を諭す母親のような、慈愛に満ちた優しい笑みを彼女は浮かべていた。


 その笑みに、諏方は心から安堵する――娘は父以上に、父親のことをわかっていたのだった。




「…………芯の強さは、おぬしによく似たようじゃな、碧……」


 誰にも聞こえぬ声量で、老人は孫娘を見つめながら一人つぶやく。





「――自分の気持ちに、正直に……」


 再び特攻服を見つめる諏方。だがその瞳には迷いの色が消え去り、何かを決意した強さが宿っていた。


「なっ……⁉︎」


 目の前の光景に言葉をなくす孫一。彼の目の前でかつての友はあの頃と同じように、戦闘に入る前に必ず着ていた特攻服(正装)に袖を通したのだ。


 諏方はゆっくりと特攻服を纏いながら、先ほどの孫一と昇の闘いを振り返ってゆく。






 黒澤諏方――あの時お前はあの二人の闘いを見つめながら、心の中で密かに昂揚していたのではないのか?






 孫一の拳を止めたのは、本当に泰山昇を助けるためだけだったのか――?






 家族を守る大黒柱として、抱いてはいけない感情である事は百も承知である。それでも、思ってしまったのだ――――あの頃より強くなった八咫孫一と()()()()()()――のだと。






 もちろん、碧と葵司が愛したこの屋敷を守りたいという思いに嘘はない。戦場に足を踏み入れたのは、昇を助けるためという気持ちも偽りではない。


 だが何よりも今の諏方を突き動かしていたのは、孫一と闘いたいという――純粋な闘争心だった。




「おいクソジジイ、一つ約束しろ。俺が勝ったら、テメェを一発ブン殴らせろ……!」




 白の特攻服をたなびかせ、諏方は孫一の方へと振り返る。その姿は、かつて『銀狼』と呼ばれた最強の不良そのものであった。


「……よかろうのう」


 その姿を見届け、源隆が満足げにそう返した。


「っ――! 正気か貴様⁉︎ 今の貴様に、俺と闘う事になんの利もないはずだ……!」


「大人になってずいぶんとつまらない奴になっちまったんじゃねえか、孫一? 俺ら()()にとって、闘う事に利だなんて余計な事はいちいち考えねえだろうが……! それに……特攻服を纏ったって事は、俺が本気だってのはお前が誰よりもわかってるだろ?」


「っ……!」


「いいぜ、告白してやるよ。八咫孫一……俺は、ただ純粋にお前と闘ってみたい……! この服を纏った理由は、それだけだ!」


 ――諏方は自身の意思を高らかに声にする。


 嘘偽りない、理屈なんて必要ない。ただ闘いたいから――諏方がシャルエッテによって若返って以降、彼は初めて自分のために闘うと、そう決意して孫一の前に立ったのだった。


「…………ハァ」


 強めのため息を吐き出す眼鏡のインテリヤクザ。彼に下手な理屈は通じないと高校時代に嫌というほどわかっていたのに、それが大人になってもあまり変わらないでいた事には彼も呆れざるを得なかった。だが――、


「…………フッ……いいだろう、黒澤諏方」


 そんな彼にどこか安心感を覚えたのも、孫一にとってまた偽りのない感情であった。




「もう俺は、貴様を一般人(カタギ)などとは思わん! 貴様をここで倒して、烏丸組の躍進への道を切り開かせてもらおうッ!」




 ――空気が引き締まる。






 今ここに、かつて『関東三大不良チーム』として名を馳せた『銀狼牙(シルバーファング)』――そのナンバーワンとナンバーツーの激突が始まろうとしていた。

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