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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
213/303

第22話 兄妹の愛した家

「はああああああああああああッッッッ――――⁉︎」


 怒りと困惑が混じった声で叫ぶ諏方。


 それも当然であろう。目の前に立つ老人は嬉々とした笑みで、孫一(ヤクザ)にいきなり諏方(一般人)と闘えと彼は(のたま)ったのだ。


 昔のバラエティ番組だって、ヤクザがらみでこれほど無茶な事はたいてい言わない。それをヤクザの頭目である老人は、さも簡単げにそれを口にしたのだ。戸惑うなと言う方が無理がある話だ。


「なんじゃ、聞こえんかったか? ではもう一度言ってやろうのう……おぬしら、もうメンドーだからバトって決着つけるんじゃのう」


「うわ簡略化どころか本音混じえてきやがったよ、このクソジジイ!」


 ――儂、なんか変なこと言ったか?――といったニュアンスが言わずとも伝わるようなとぼけた表情で、言葉を改める源隆。彼とはまともな思考で相手してはいけない怪物であるのだと、諏方は改めて彼の破天荒な性格ぶりを思い起こした。


「つーか、なんで俺がテメェみたいなクソジジイの言いなりで闘わなきゃならねえんだ⁉︎」


「そ、そうです! お言葉ですが、黒澤諏方()はヤクザではないただの一般人(カタギ)なのです。なんの理由もなしに拳を交えるのは、ヤクザとしての流儀に反します……!」


 諏方だけではない。孫一もまた戸惑いは抜けきらずとも、真っ当な正論を自身の直属の上司よりもさらに上の立場にある老人に(ひる)む事なく叩きつける。


「……たしかに、そこな少年は間違いなくカタギじゃろう。本来ならば、ヤクザがカタギに手を出すのは法度(はっと)中の法度。仁義を重んじるヤクザにとって、一番にあっちゃならねえ行為なんじゃのう。――じゃが、そこな少年がもし本当に黒澤諏方なのだとしたら……この中で最も青龍会の継承権を持つに足るのは彼じゃとは思わんかのう?」


「……は?」

「っ……?」


 老人の言葉に諏方も孫一も、そしてその場にいた全員が混乱をより深めてしまう。


「儂自身認めたくはないが、そやつは儂の愛娘――蒼龍寺碧の夫。つまりは儂の義理の息子にあたる男じゃ。娘は亡くなりはしたが、そやつとの(えん)が切れたわけではない……儂の三人の子供のうち二人は亡くなり、一人は権利をすでに放棄した。つまり……血はつながらずとも儂の義息子である以上、黒澤諏方はこの中で一番に青龍会会長の継承権を持っておるという事にもなるじゃろうのう」


「っ――!」


 会長の前では礼儀正しくあろうとしていた孫一も、思わず舌打ちして感情をこぼしてしまう。


 孫一たち傘下組や直系組のヤクザたちが次期会長の席を争っているのは、あくまで源隆会長の()()に会長の権利を継承する者がいないからこそ起こっているものであって、ここで正当な権利を持つ者が現れたならば――たとえそれが直接的に会長と血のつながった子でなかったとしても、他の青龍会のヤクザたちの継承権は一気に存在を危ぶまれる事になってしまうのだ。


「黒澤諏方の今の立場はたしかにカタギに(ちげ)えねえじゃろうが、青龍会の次期会長継承権を持つ以上はこの糞餓鬼が次の会長になる()()()も十分ありえるという事じゃ、本人の望む望まないに関わらずな……。そら、闘う理由としては十分じゃろうのう?」


「くっ……」


 屁理屈(へりくつ)と言えばそれまでだろう。だが決して間違ってはいない源隆の言葉に、孫一は反論の口をつぐんでしまった。


「おいクソジジイ! テメェ、俺たちをこの屋敷に呼んだのは、最初から俺と孫一を戦わせるためだったんだな⁉︎」


「はてさて、なんの事じゃろうのう? 儂は孫の顔が見たかったからおぬしたちを呼んだのじゃぞ? そこに()()なんらかの理由で若返ったかもしれぬ糞餓鬼がいて、()()烏丸組がこの屋敷に訪れた……それだけの話じゃよ」


 諏方たちを呼び出したのはあくまで『偶然』であると言い張り、飄々(ひょうひょう)な態度は崩さない源隆。


「っ……」


 あらゆる理論を展開し、たとえ本人が納得いかない事項であっても、その気持ちに寄せぬ言葉で相手を強引に説き伏せる源隆の話術――それが何よりも、諏方が源隆を嫌う要因であった。


「……つーか、何勝手に俺が会長になる前提で話を進めてやがるんだ、クソジジイ? 言っとくが、俺はヤクザになる気なんか一ミリもありゃしねえ。それが会長でって話なら余計にだ!」


 最初は面倒くさげに頭をかきながらダルげに口を開くも、気づけば諏方の言葉に怒気がはらんでしまう。イラだってしまえば冷静さを失い、余計に老人の術中にハマってしまうとわかっていても、老人に対しての怒りが収まらなくなってしまう。




「ほう……つまりおぬしは、此奴(こやつ)ら烏丸組がこの屋敷を壊す事になってしまったとしても、どうでもよいと言うのじゃな?」




「――っ⁉︎」


 老人は諭すように語る――それは烏丸組が青龍会の実権を握ったその後、起こり得るかもしれない未来の話。


「この屋敷は蒼龍寺葵司、そして蒼龍寺碧の愛した家。それが崩壊し、壊される事になったとしても、おぬしはそれでいいと本当に言うのじゃな?」


 耳に響き、心を侵食する老獪(ろうかい)(おと)――まともに聞くのは毒とわかっていても、耳を塞ぐための手は動けないでいた。


「待ってください、蒼龍寺会長! 我が組長が青龍会会長になったとしても、必ずしもこの屋敷を取り壊すなどという事は――」


「――あり得ぬ! ……などとなぜ言い切れよう? おぬしの主人(あるじ)たる烏丸組長は、傘下組の組織の中でも革新派の色が濃いと聞いておる。その組長が、青龍会の現在の象徴たるこの蒼龍寺邸を壊さずにいると、おぬしは本当にそう言い切れるのか、八咫孫一?」


「っ……」


 再び青年の口をつぐませてしまう老人の話術。もはや言葉では、諏方も孫一もこの老人には勝てない。


「俺は……」


 それでも意地か複雑な思いによるものか、諏方はこの闘いを承知しないままでいる。






「――待って、お父様ッ!!」






 ふいに響くは女性の声。振り向くと、屋敷の出入り口から一人の女性が諏方たちの元へと駆けつけたのだ。


「蒼龍寺青葉……⁉︎ 蒼龍寺の名を捨てた令嬢が、なぜここに?」


 孫一は驚きを隠せないでいた。源隆の残された最後の娘であり、唯一正当な継承権を持っていた青葉の存在は、もちろん青龍会所属のどの組も周知している。


 そして青葉が継承権を放り捨て、この家を出た事もまた有名な話であったため、彼女がこの家にいた事は孫一にとってまったくの予想外であったのだ。


「お父様! この継承権による争いは、私が権利を放棄したために起きている事なのですよね……? 諏方お兄ちゃんを巻き込むぐらいなら、私は――」






「一度蒼龍寺の名を捨てた小娘が、何を口走(くちはし)らせるつもりじゃ、あ⁉︎」






 ――ここに来て初めて、老人は怒りの感情をあらわにした。


「簡単に(おの)が名を捨てられる小娘に、なぜ青龍会の看板が背負えると思うたのか? ――何より、おぬしは名を捨ててでも教鞭(きょうべん)を取った身であろう?」


「……っ」


「おぬしは一度儂を裏切っておる。そのおぬしが今度は教鞭を捨て、今のおぬしの教え子たちを裏切ってヤクザになるつもりでいるのか? なめるなよ、青葉。心の定まらぬ者に、青龍会会長を背負う権利などないんじゃのう……!」


 常に何を考えているのか悟らせない表情で(わら)う老人が、自身の娘にだけは怒りを隠そうともしなかった。その怒りは自身を裏切った事によるものではない。蒼龍寺の名を捨ててでも教師への道を歩いた娘が、たとえ諏方を庇うためとはいえ子供たちを裏切るような言葉を放った事が何よりも許せなかったのだ。


「教え子たちを……裏切る……」


 よもや毛嫌いしていた父に自身の過ちを指摘されるとは思わず、青葉もまたこれ以上口出しする事ができなくなってしまった。


「青葉ちゃん……」


 それでも諏方にとっては、青葉の横槍を嬉しくも思えた。




 ――諏方は目をつむり、二人の兄妹の顔を思い浮かべる。




 葵司と碧――二人がこの家を愛したという源隆の言葉は、決して間違ってはいない。






『――俺はいずれ、親父の跡を引き継ぐ。親父やお袋、碧に青葉だけじゃない。青龍会は俺の家であり、家族だ』






『本当は嫌だった……! あの家で、最後まで大好きなお父様とお母様と一緒に過ごしたかった……!』






 ――思い起こす葵司と碧の言葉。


 もし本当に烏丸組が青龍会を乗っ取り、この家を取り壊すような事になってしまえば、それはこの家を愛した二人の兄妹の思いを見捨てるも同然と言えよう。


「――さてどうする、黒澤諏方? 卑怯な選択肢とは十分に承知したうえでの問いだが、おぬしは葵司と碧の思いを捨ててでも、我関せずを貫き通すか?」


 もはやその口調に茶化しめいたものはない。源隆の滅多に見せない真剣そのものである問い――。


「俺は……」


 諏方は顔を伏せて、震える口を開く。




 ――そんな彼の元に一人の人物が、()()()を持って駆けつけようとしていた。

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