表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
212/322

第21話 違えることのできぬもの

「黒……澤…………諏方………………?」


 あまりの驚きに目をこれでもかと見開く孫一の拳を握り止めたのは、彼と共に多くの戦地にて拳を振るったかつての戦友(とも)と同じ姿をした『少年』であった。


 孫一の思考が一瞬止まる。それも仕方のない事だ。


 彼の渾身の一撃は並大抵の人間が見切り、止められるものではない。それを目の前の少年はごく自然に、まるで拳の軌跡そのものを捉えたかのように、あっさりと受け止めてしまったのだ。




 ――いや、そんな事などどうでもいい。




 自身の拳を止められたのがどうでもいいと思えてしまうぐらいに孫一の頭を混乱させたのは、何よりも目の前の少年の存在だった。


 容姿、髪型、そして彼を纏う闘気――そのどれもが、かつての孫一が所属したチーム『銀狼牙(シルバーファング)』のリーダーであり、共に『桑扶高校四天王』として名を上げた『最強の不良』――黒澤諏方そのものであったのだ。


「馬鹿な……貴様、黒澤諏方……なのか……?」


 自らあり得ないと思いながらも、つい彼は『黒澤諏方』の名で目の前の少年に存在を問いかける。


 ――そう、あり得ない、あってはならない。数えて()()()()()()()()になったであろうはずの彼が、()()()()()の姿で目の前に立っているはずがないのだ。


「…………」


 少年は答えない。顔は伏せられ、目元も前髪に隠れて表情は見えないでいる。


「答えろッ! 貴様は何者だ⁉︎」


 剛を煮やした孫一はドスのきいた声で、目の前の少年に再度問いかける。


「…………ふぅ」


 意を決したか、少年は一呼吸置いてから顔を上げて――、






「黒澤すがたさん? 誰ですかなーソイツはー? わてくしは黒澤四郎ですピョーん!!」






 てへぺろと舌を出してウィンクといったふざけた表情で、諏方は自身の偽名()を名乗った。


「っ……」


 しばしの沈黙の間――いや、というよりは明らかに空気が凍りついていた。






『『『『『――なんかわかんねえけど、誤魔化(ごまか)し方が下手くそだァ――――⁉︎』』』』』






 その場にいるヤクザたちが心の中で総ツッコミする。少年のふいの登場に、孫一の拳を片手で掴み取るという普通ならばあり得ない光景――からの少年の謎のテンションに、ヤクザたちの混乱は増すばかりであったのだった。




   ◯




「な、何をやってるのよ、諏方お兄ちゃん……⁉︎」


「今の動き、捉えきれませんでした……まさか一瞬で、あの場に移動して相手の拳を掴み取るなんて……」


 先ほどまで横に並んで二人のヤクザの戦いを眺めていたはずの少年が、一瞬で戦場に移動しているという事態にフィルエッテや青葉もまた頭を混乱させていた。


「シ、シロガネさん……! スガタさんが向こうに行っちゃいましたけど、わたしたちはどうしま――シロガネさん?」


 おそらくは今この場で一番に状況を理解できてないであろうシャルエッテが横の方に振り向くと、諏方だけでなく白鐘まで姿を消していた。あわてて彼女は屋敷の廊下に瞳を向けると――、


「ハァ……なんとなくこうなる予感はしてたのよねぇ……」


 ――っと、呆れ顔の白鐘がなぜか屋敷の奥の方へと向かって歩いていたのだ。


「シロガネさん……どちらに?」


 シャルエッテに声をかけられ、白鐘は再度ため息を吐き出してから、何か決意したような表情で彼女に振り向く。


「みんなはお父さんを見てて。あたしは……()()()()()()がある……!」




   ◯




「…………」


 未だ空気は凍りついたままであり、諏方は表情を変えずにいながらも、気まずさで汗がダラダラと流れている。


「…………うなよ……」


 そんな中、拳を突き出したまま孫一は声を低く(うな)らせている。




「他は誤魔化せても、この俺は誤魔化せられると思うなよ、黒澤諏方ッ!! 不良時代、どれだけ貴様の隣で戦ってきたと思っている……⁉︎ 貴様の(たけ)き獣の如き闘気、他の人間と(たが)えてなるものかッ!!」




「っ……!」


 雄叫びのように大きく声を上げながら、孫一は自身の腕を掴む少年の手を振り払う。諏方は苦そうな表情になるも、何も言い返せないでいた。


「しかし……本当にどうなっているんだ? 貴様は俺より一歳年下とはいえ、今は四十代の中年男性のはずだ。そもそも、貴様と最後に会ったのは蒼龍寺……黒澤碧の葬式の日。その時点で、貴様はたしかに年をとっていて、背丈も今より高くなっていたはずだ。だが、今の貴様はまるで高校時代にまで若返っているようにしか見えない。……本当に別人だとでも言うのか?」


 目の前の少年から感じ取った気――そしてその姿は、間違いなく往年の黒澤諏方そのものであった。しかし、彼は孫一の言う通り、本来ならば四十代の中年男性のはずである。


 纏う気はたしかに別人ではありえないのに、常識で考えれば目の前の少年は諏方と同一人物であるはずがないのだ。納得のいく答えは出ず、全ては少年の口が開くのを待つばかり。


 しかし少年は口を開かず、代わりに――、






「おやぁ……そこな少年は黒澤()()であって、黒澤()()であるはずがないんじゃがのう……」






 (みな)の混乱が解けないまま、口を挟んだのは一人飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さずにいる蒼龍寺源隆であった。


「普通に考えるならば、いい年したオッサンになったであろう黒澤諏方が、昔の姿でその場に立っているはずがないんじゃのう……まあ、()()()使()()()()()()などと反則技でも使えば、その限りではないんじゃろうがのう……?」


 魔法という単語(ワード)を出しながらニヤリとした黒い笑みを諏方に向け、彼は全てを察する。


「ジジイ……テメェ、やっぱり気づいていやがったなッ⁉︎」


「はて? なんの事かさっぱりわからんのう……カカカッ!」


 老人の心の底から楽しそうに(わら)うその様は、明らかに諏方の正体を知っていてのものであった。


 ――かつてマフィアに誘拐された諏方の会社での後輩である藤森小鳥は、黒澤剛三郎から『裏社会では魔法使いの存在が噂されている』と話されたのを、解放された後の彼女から聞いていた。


 剛三郎以上に長く裏社会の重鎮として身を置いている蒼龍寺源隆ならば、同じく魔法使いの噂を耳にしている――いや、彼ならば魔法使いが実在している事自体知っていてもおかしくはないであろう。




 だが――正体(諏方である事を)を知っていたならなぜ、昨日は気づかないフリをしていたのだろうか――?




「……っ、まだ不可解な事だらけではあるが、今は捨て置こう。黒澤諏方、そこをどけ。今、貴様の出る幕ではない」


 納得はしていないながらも、孫一は頭を切り替えて、諏方の背後に片膝を崩したままでいる昇へと視線を向け直す。


「なっ――泰山のぼ……泰山さんは、もう戦えねえだろうが⁉︎ テメェの勝ちは決まってるのに、これ以上傷つける意味がどこにありやがる!」


「……フン、かつて多くの不良から『銀狼』と恐れられた貴様が、ずいぶんと丸くなったもんだな。……いや、長くヤクザの世界に身を置いたせいか、俺の方が尖ってきてるだけなのかもしれんな……」


 自嘲(じちょう)気味に笑いながらも、孫一はすぐに表情を厳しくして、中指で眼鏡を押し上げながら一歩近づいていく。


「再度言う。そこをどけ、黒澤諏方。一般人(カタギ)である貴様に、ヤクザ(裏社会の住人)同士の抗争に横入りする権利などありはしない……!」


「そ、それはそうだけどよ……」


 孫一の言葉は最もだった。今は一般人に過ぎない諏方に、ヤクザ同士の戦いに口を挟む権利などありはしなかった。


 それでも、これから行われるのは戦いではなく、一方的な暴力でしかない。無意識に飛び出してしまったとはいえ、この場に立った以上おいそれと昇を見捨てる事など、諏方にはできなかった。


「四郎様……いや、諏方さんでしょうか……? どちらか今は存じ上げられませんが、どちらにせよそこをおどきください」


 ヨロヨロと不安定ながらも、昇はまた立ち上がる。もう反撃する余力も残っていないはずなのに、それでも彼の闘志は未だ消えないままでいた。


「私が敗北すれば、この家は彼ら烏丸組の物になってしまうかもしれないのです……それだけは、たとえこの命を捨ててでも止めなければならないのです……!」


 呼吸とともに吐き出される血。喋るだけでも激痛が走るであろうに、それでも昇は少年を巻き込まんと、彼の前へ出ようとする。


「無茶言ってんじゃねえ! このまま戦おうとしたら、本当に死んじま――」




「――うむ、たしかに昇は優秀な部下じゃ。私闘とはいえ、おいそれと死ににいくのは見過ごせんのう……そうじゃ」




 源隆はまるで()何かを思いついたかのように手を叩き、邪悪さのこもった笑みで諏方たちを見つめる。






「八咫孫一、おぬし黒澤諏方と闘ってみるのはどうじゃ? 勝てばおぬしの提案、優先的に考えてやってもよいぞ?」






「は……?」

「なっ――」




「はああああああああああああッッッッ――――⁉︎」




 怒りと困惑の混じった諏方の叫びが、広い庭園中へと響き渡るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ