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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第19話 八咫孫一の覚悟

「う、嘘でしょ……?」


 八咫孫一と泰山昇――二人の闘いを遠くから見つめていた白鐘たち三人の少女は、視線の先の光景に絶句していた。昨日(さくじつ)、刃物を持ったヤクザ相手に圧倒していた昇があまりにもあっさりと倒れてしまったその姿は、少女たちの心に予想以上のショックを与えていたのだ。


「……ねえ、お父さん。あたしからは泰山さんがあの眼鏡の人に軽く小突かれたようにしか見えなかったけれど……あれってそんなにも威力のあるパンチだったの?」


 白鐘の目からは孫一の拳はドアを小さくノックしたかのような、そんな軽めの一撃にしか見えなかったのだ。


 そんなふうにたずねる娘に対し、諏方は少し驚いたような表情を彼女へと向ける。




「白鐘……お前、今の攻撃が見えてたのか?」




「え? あ、うん……そうだけど?」


 まさか父から問い返されるとは思っておらず、白鐘は少し戸惑い気味に返す。


 諏方はもちろん、今の孫一の動きは正確に見えていた。だが、彼の放った拳のスピードは瞬速の字の如く。普通の人間の動体視力では追いつけないほどのスピードを、白鐘は正確に捉えていたのだ。


「……俺や他の連中の戦いをずっと見てたからなのか……?」


 諏方は少しばかり物思いにふけるも、今はそれどころじゃないと頭を振って思考を追い出し、その視線を再び孫一たちに向ける。


「たしかに、今の孫一(アイツ)のパンチはそれほど威力があったわけじゃねえ。だが、アイツの拳の恐ろしいところは『外側からの破壊』じゃなくて、『内側からの破壊』なんだ……!」


「内側からの……破壊?」


 白鐘は父の言葉にまだ要領が得られず、思わず訊き返してしまう。


「……シャルエッテ、フィルエッテ、お前たちは昇に何か異変を感じないか?」


 諏方はふと、魔法使いの少女たちの方へと質問の矛先を変えた。彼女たちは緊張した表情で二人のヤクザに視線を向けたまま、静かにうなずく。


「タイザンさんの『気』があのメガネの人に殴られてから、身体の中で暴れ回っています……⁉︎」


「気が……暴れ回ってる……?」


「ええ。例えるなら、泰山さんの身体の中で嵐が吹き荒れてて、内側をメチャクチャにされているという状態といったところでしょうか……」


「……っ⁉︎」


 フィルエッテが口にする例えを頭の中で想像してしまい、白鐘の表情が一気に青ざめてしまう。


「八咫孫一――アイツの一番の強みは分析力や打撃力じゃねえ……『気のコントロール力』なんだ……! アイツはさっきの一撃で、昇の体内に自らの気を送りこんだ。人間の体内には気を循環させるための『経絡(けいらく)』って呼ばれる目には見えない(くだ)のようながあってな。その経絡に、アイツは自分の気を送りこむ事ができるんだ」


「……その経絡ってのに、気を送られるとどうなるの?」


「自分の気以外の気は毒そのもの。さらにアイツの気は経絡を通じて、相手の気の流れをメチャクチャにする事もできる。荒れ出した気はその量が多いほどに、身体の中や内蔵を傷つけちまう……昇ほどの気の量が多い奴ほど、そのダメージはかなり甚大になるはずだ……!」


 相手の気の量が多ければ多いほど、それが逆に相手へのダメージの大きさへと変えてしまうのが孫一の攻撃だった。昇の気は諏方にも匹敵するほどの力があり、自らの気によって与えられるダメージは想像を絶するものであろう。


「にしても、昇の攻撃をかわすアイツの動きや、わずか一発であれほどのダメージを与えられた一撃……孫一、お前昔よりどんだけ強くなっちまったんだ……?」




   ◯




「くっ……八咫……孫一ぃ……!」


 地面に倒れ伏しながらも、精一杯の怒りの瞳で敵を見上げる泰山昇。その先に立つ八咫孫一は息一つ乱さぬまま、冷たい視線で彼を見下ろしていた。


「これがかつて、不良界の最大勢力を築いた『蒼青龍(ブルードラゴン)』のナンバーツーか……無様なものだな、泰山昇」


「……っ」


「……貴様の実力そのものは認めている。だが、貴様がどれほどに剛腕であろうと、型にハマった戦い方しかできない限り、俺に勝てる可能性は万に一つもなかったんだよ」


 そう言いながら、昇に背を向けて今度は昇の舎弟である泰山組の組員たちへと視線を向ける。


「何をボサっとしている、猿ども。貴様らの御大将が動けなくなっているんだぞ? さっさと救急車を呼ぶなりしろ」


「――っ⁉︎ だ、誰か早く救急車を!」


 昇の舎弟たちはあわててスマホを取り出し、救急車を呼ぼうとする。そんな光景を中指で押し上げた眼鏡越しに見つめながら、背中に未だ感じる力強い視線に対して呆れのため息を吐き出す。


「安心しろ、死にはしない。一ヵ月ほどはベッドから立ち上がれないだろうが、貴様は働きづめだと聞いている。それぐらいの休息期間はあってもいいだろう?」


 そう言いながら孫一はゆっくりと前へ歩き出す。昇が倒れた事により取り乱す直系組のヤクザたちを横切る彼の瞳は、まっすぐに源隆会長へと向けられていた。


 そして――、


「なっ――⁉︎」


 孫一はスーツを一度脱ぐとそのまま背中に羽織り、内側のポケットから取り出した()()()に、昇やその他の直系組のヤクザはみな驚きで目を見開く。


 ――彼が取り出したのは短刀(ドス)だった。(さや)を外して露出した刀身はキラリと光り、その刃の鋭さを物語っている。


「八咫孫一! お前、何を⁉︎」


 突然の彼の行動に戸惑いながらも声を上げる昇。しかし、孫一は何も答えずドスを握りしめたまま、会長へと近づいていく。


「ちょっ! 八咫の兄貴、何してるんスか⁉︎ こんなの聞いてねえっスよ⁉︎」


 今の彼の行動は何も聞かされていなかったのか、烏丸組の組員たちも驚いた表情で、兄貴分である若頭の背中を見つめていた。


「だ、誰かあいつを止めろ!!」


 直系組のヤクザたちが、一斉に孫一に飛びかかろとする。


 その直前――孫一はもう片側の内ポケットから一枚の板を取り出した。


「――っ⁉︎」


 得体の知れない物を取り出され、とっさに身構えてしまうヤクザたちの前で孫一は板を広げだした。どうやら組み立て式の何かのようで、彼は器用に板の形を整えるとそれを地面へと勢いよく突き下ろす。




 ――それは小さな木の台座だった。孫一はドスを右手に持ち替えると身体をしゃがみこませ、次に左手の小指を台座の上に置いて、さらに小指の上にドスを突き立てたのだ。






 ――それはまるで、ヤクザがケジメをつけるために小指を切り落とす光景そのものだった。






「ほう……これはなんのつもりかのう、八咫孫一?」


 意図の掴めない行動に戸惑い、足を止めてしまうヤクザたちの背中越しから、老人は実に楽しげといった表情で指にドスを突き立てている男を見下ろした。


「誠に勝手ではございますが、私闘とはいえ、会長の息子同然でもある側近を傷つけた事には変わりありません。詫びとして、俺の小指をもってケジメとさせていただきます……!」


「「「なっ――⁉︎」」」




「「「「「兄貴ぃッ――⁉︎」」」」」




 驚きの声を上げたのは直系組のヤクザたちだけでない。孫一の舎弟である烏丸組のヤクザたちもまた、目を見開いて驚愕の表情のまま固まってしまった。


「なるほど、これはおぬしの独断と見てよいのかのう?」


「その通りであります。この指詰めは詫びの証明(しるし)であるとともに、()の覚悟の証明(あかし)。この小指(ケジメ)をもって、蒼龍寺会長には烏丸組長の後継人選定をどうかご一考いただきたい」


「「「「「――ッッ⁉︎」」」」」


 孫一の真の狙いに、ここに来てようやく気づいたヤクザたち。彼は直系組最強である泰山昇を打ち伏せる事で他のヤクザたちを黙らせるとともに、それを理由(ダシ)にケジメづけと称して指を詰め、その覚悟を示す事で彼の組長への忠節心と、後継者候補への説得力を強める事が彼の目的であったのだ。


 ヤクザは面子(メンツ)を何よりも重んじる。会長本人の意思に関わらず、これほどの覚悟を示されて烏丸組長を後継者に選ばないというのは、それだけで青龍会全体の面子をも揺るがしかねない。会長に忠誠を誓う直系組は別にしても、下手すれば傘下組の青龍会への離反をも招く可能性すら作ってしまう。


 孫一のこの指詰めはケジメをつけると見せかけて、その実彼の目的はまさに脅迫そのものであった。


「驚いたのう……おぬしがそこまで奴に忠義立てておったとは、意外じゃったのう」


「……私が組に入った時点で、我が命を()すのは覚悟の上。私のような下賤(げせん)な人間の小指一つであの方が(いただき)へと至るなら、十分に安い犠牲であると言えるでしょう」


 孫一の瞳に揺らぎはない。これから指を切り落とす人間のものとは思えないほどに、彼の眼はまっすぐで清廉であった。


「なるほど、おぬしの覚悟に偽りはなさそうじゃのう。いやはや、頭が(いと)うなる」


 源隆の笑みに少しばかりの呆れが混じる。いくら傘下組が次期会長候補とは縁遠い存在だとはいえ、彼が組長のためにこれほどまでの覚悟を見せにくるとは老人にとっても予想外であったのだ。






「――じゃが、どうやら儂の側近はまだ納得をしていないようじゃのう?」






「――っ⁉︎」


 常に済まし顔でいた孫一が、初めて驚いたような顔を見せ、後ろを振り返る。


「ハァ…………ハァ…………」


「た……泰山組長ぉッ⁉︎」


 倒れ伏していたはずの泰山昇が身体を震わせ、全身から血を流しつつも鋭い瞳で孫一を睨みつけたまま、ゆっくりと立ち上がったのだった。


「馬鹿な……あれほどのダメージを受けて、まだ立ち上がるか……⁉︎」


 孫一は台座から指を引き離して立ち上がり、ドスを鞘に収めて一旦懐へと仕舞い戻す。


「ハァ…………舐めるなよ、八咫孫一」


 声もかすれ、全身がボロボロになり果てながらも、彼の心をともす灯火は未だに消えず――いや、さらに業火の如く燃え盛っていたのだ。




「お前がその指を賭けるのと同じように……私は、この命を賭してでも、お前に負けるわけにはいかないッ――!!」

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