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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第18話 対策の対策

「改めて未来を予知してやろう――泰山昇、次の踏み込みで、貴様は俺に敗北する」


 明らかな挑発の言葉。しかし昇はその言葉に激昂する事なく、静かに呼吸を整えて相手の様子をうかがう。


 孫一から仕掛けるような素ぶりは見られない。昇がどう動いても対処できるよう、その瞳は彼をまっすぐに射抜いていた。


「ふぅ……」


 息を吐き出し、拳に気を纏わせる――。


 鋼の如き硬質化した拳は、当たりさえすれば致命傷を負わせる事間違いはないであろう。


 だが何度相手に拳を放とうとも、その(ことごと)くをかわされてしまう。初動さえ見切られてしまえば、どんな攻撃も孫一はかわせてしまうのだ。人間としての領域を超えたその反射神経を、彼は膨大な知識量で補っている。




 ――だがこの展開は、泰山昇も予想しえたものだった。




 東大をも卒業した彼が、その頭脳を武器にしているという情報を昇はすでに掴んでいる。敵の情報を調べていたのは、何も孫一だけではなかった。


 かつて、直系組と傘下組の組長や若頭が参加した青龍会の大型会談――そこで若頭である八咫孫一を伴い、普段表に出る事が滅多にない烏丸組の組長が姿を現し、先ほどの孫一と同じ言葉をその場にいる会長やヤクザたちの前で宣言したのだ。


 当然、他の組たちからは反感を買ったものの、会長が取りなしてその場はなんとか収まった。だが、この日から昇はまた彼らが青龍会の会長の地位を狙うのではないかと危惧し、烏丸組のメンバーたちを徹底的に調べ上げたのだ。




 相手のデータを収集し、それを戦術に組み込む戦い方を得意とするインテリヤクザ――八咫孫一。もし彼に対抗する手段があるとするならば、それは相手のデータ上にない動きで()()()()()こと。




「ハァッ――!」


 わずかに身体を纏った緊張を声を張って霧散させ、昇は今まで以上に強く足を踏み込んだ。


「――ッ」


 さらなるスピードで拳を放つ。当然初発はかわされるが、構わずさらに二度三度と打ち込む。


 どれほどスピードは速くても、動きそのものは単調。だがそれでいい――八咫孫一に、泰山昇の動きは単調であると()()()()()()のが昇の最大の狙いであったのだから。




 ――会談以降、泰山昇は自らの戦い方(ボクシング)にある制限を付けた。それは、動きをなるべく単調(シンプル)化するという事。




 ヤクザ同士の喧嘩は日常茶飯事。その喧嘩の中で、昇はスピードとパワーを重視した動きで短期決戦を常に仕掛けていた。実力の低いヤクザ相手ならばその方が効率的であるのと同時に、おそらくはなんらかの手段でそれらの戦いをデータとして収集している烏丸組に、泰山昇がそういう戦い方なのだと思いこませるためであったのだ。


 そしてデータを十分に収集した烏丸組――いや、若頭である八咫孫一は、泰山昇との闘いでこのデータを戦術として組み込むはずである。




 もし、そのデータの()()()()()()であれば、果たして孫一はすぐさま対処できるであろうか――、




 たしかに孫一ほどの実力者であれば、それでも十分に対処できる可能性はある。だがあらかじめ頭に入れてあるデータ通りに動くのとは違い、予想外の動きというのは一瞬だけでも判断が遅れるはずである。




 その一瞬だけでいい――その一瞬の隙をつき、たった一撃でも入れる事ができるならば、昇の(パンチ)の威力なら彼の身体を沈める事は十分に可能なはずだ。




「ハァッ! ラアッ!!」


 拳を休まず打ち続けつつも、昇は慎重にタイミングを測っている。






 フェイント――それが、昇が孫一に対して唯一勝てるであろうと算段した戦術だ。






 フェイント自体は、ボクシングの戦術として決して珍しいものではない。だが、昇はあえてヤクザとの喧嘩でフェイントを使わなかった事によって、相手に『泰山昇はフェイントを使わない』と思いこませる事を考えたのだ。


 だが、フェイントも判断を誤ってしまえば、逆に敵に反撃の機会を作りかねない危険な賭けである。ゆえに心を冷静に、拳を振るわしつつも勢いに任せず、頭はフル回転していた。




 そして――、






 ――ズサッ、






 わずかだが、砂利(じゃり)をすり込むように孫一の足が地面をスライドした。






 ――ここだッ!!――






 左腕からフックを仕掛ける。そして予想通り、孫一は最小の動きで顔を左側に傾け、拳をかわそうとする。


 ――だが、放たれるはずの左腕を昇は途中で止め、すぐさま彼の(あご)めがけて右腕を勢いよく振り上げる。






 ――この一撃で、終わらせるッ!――






 振り上げられた拳は孫一の顎へと直撃し、間違いなく顎の骨を砕いて脳しんとうを起こさせ、彼の意識を沈めさせるであろう――。




 がっ――、






「――ようやくフェイントを仕掛けたな、泰山昇」






 顎へと直撃するはずの拳は宙を空振りし、ただむなしく風を切るだけだった。


「なッ――⁉︎」




 ――信じられない、これ(フェイント)すら読んでいたというのか⁉︎――




 動きが止まる。渾身の一撃が当たらなかったという事実に思考が(しら)んでしまったのと、単純に当てるつもりで思いっきり振り上げた拳は引き戻すのに時間がかかってしまうのだ。


 だがそれでも、昇は常人よりも早いスピードで体勢を戻す事はできた。だが、そのわずかな隙は――、






「――終わりだ」






 ――八咫孫一の反撃を許すのに、十分な一瞬(時間)であったのだった。


 昇の拳をよけるために上体をそらし、屈み、胸とお腹の間ぐらいの位置に己の拳を叩きこむ――これらの動作を、孫一は眼から脳に映像信号が届くよりも速く終えてしまった。




「……がはッ!」




 一撃を受けた昇は吐血し、身体を震わせながらゆっくりと後ろへと下がっていく。


「組長――⁉︎」


 彼の舎弟たちが昇へ駆けようとするも、彼は左腕で腹部を抑えながら、もう片方の手で舎弟たちを制す。


「八咫孫一……なぜ、私のフェイントまで読んでいたのだ……?」


 孫一は昇に追撃する事なく、冷静に人差し指で眼鏡を押しこむ。


「泰山昇……俺はこう見えて、貴様のことは高く評価しているのだよ。俺の腕力じゃ、正攻法では貴様にはかなわん。そして貴様は頭もいい。あの会談の後ならば、貴様はきっと俺たち烏丸組のことを調べ上げ、『対策の対策』を講じると踏んでいた……それを俺は、さらに逆手に取る手段に出たのだ」


「ぐっ……まさか、私がお前たちの情報を調べるところまで……」


「そも、あの会談よりも前に俺は青龍会のメンバーの情報はあらかた調べ上げている。以前の貴様は機会自体は少ないながらも、フェイントも己の戦術に組み込んでいたのも知っている。それがここ数ヶ月でパッタリと使わなくなったのだ。そこから貴様の狙いを読むなぞ、容易(たやす)いものであろう?」


「……ッ」


「貴様が俺に『泰山昇はフェイントを使わない』と思いこませようとしたように、俺も『八咫孫一は泰山昇がフェイントを使ってこないと思いこんでいる』と思いこませる事にしたんだよ。……誇るがいいさ、泰山昇。貴様はここまで対策を講じなければならない相手であったというその実力を」


 眼鏡の奥の鋭い瞳で昇を見つめ続ける孫一。その言葉に、嘘偽りなどなかった。それほどに警戒しなければならないほどの実力を彼は備えていたのだ。


 プロ級のボクサーの技術、そして圧倒的なパワーとスピードを持ちつつ、それらに頼りすぎず頭の回転も早い――そんな相手だからこそ、孫一も十全に彼に対して対抗手段を練っていたのだった。


 孫一の言葉は、まさに昇に対しての称賛にも等しかった。


「…………」


 変わらず腹を手で押さえつけ、血を口から流しながらも息を整える昇。そんな彼の背中を見つめ続けて不安視するも、泰山組の舎弟たちは不安を払いのけようと渇いた笑いをこぼし出す。


「ま、まだ一回パンチをくらっただけだ。しかも見た感じ、そんな重い一撃だとは思えなかった。泰山組長がその程度の一撃で、負けるはずなんか――」






「――いや、この一撃で十分だよ」






 孫一がそう言い終えると同時に――、




「――ぐはッ⁉︎」




 ただ立っていただけの昇の口からさらに、大量の血液が吐き出された。


「く、組長⁉︎」


 舎弟たちの驚きの声を背に、昇は膝から崩れ落ちてそのままうつ伏せに地面へと倒れてしまった。






「言ったはずだろ? 次の踏み込みで、貴様は俺に敗北するのだと」

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