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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
207/322

第16話 八咫孫一の計算

「…………」

「…………」


 視線が交差する。大柄の男はボクシングの要領で両拳を顔面の前に構え、足でステップを踏みながら一定のタイミングで息を小さく吐き出し続ける。


 一方、対峙する眼鏡の男は腕を構えながらも身体はほとんどその場から動かさず、ただ静かにレンズの奥の瞳を細め、相手を見つめ続けている。


 静と動――同じヤクザ同士でありながらも、その構え(スタンス)は在り方からして真逆のものであった。


「……不良時代、互いに『蒼青龍(ブルードラゴン)』と『銀月牙(シルバーファング)』のナンバーツー同士ではあったものの、ついぞ闘う機会には巡り会えなかったが……よもや、時を経てヤクザとして拳を交える時が来ようとはな」


「…………シルバーファングか、懐かしい名だな……もうあの頃のことは忘れたが」


 孫一からは見えていないが、屋敷の玄関から二人を静かに見つめている諏方は複雑な表情を浮かべていた。


「しかし心外だな、泰山昇。貴様は先ほど、俺と拳を交えると言ったが――」


 孫一が中指を立てて、眼鏡を押し上げる。瞬間――彼の周りの空気がひりつくように吹きすさぶ。






「貴様の実力が、未だに俺と拳を交えるレベルに同等などと――いつまで思い違いをしている?」






「――ッ⁉︎」


 ――心臓が縮まるような痛みを錯覚する。


 八咫孫一から放たれる圧倒的なる気。レンズの奥に見える獣の如き鋭き瞳に睨まれれば、常人ならその場で昏倒しかねないほどの視線と気迫であった。


 その視線の先にいる昇はなんとか耐えてはいるものの、背後に立っていた部下たち数名は身体の震えを抑えきれず、膝を地に屈してしまう。


「八咫孫一……いつからそれほどの気を……⁉︎」


「貴様が直系組というぬるま湯に(つか)っている間に、俺は貴様の想像しえない修羅場をいくつも経験してきた。泰山昇……貴様では、この俺に勝つことは絶対にできない……!」




   ◯




「なっ……なんなのよ、あの眼鏡の人……?」


 孫一の放った気は彼らから距離の離れた諏方たちにも届き、言いようのない息苦しさに白鐘は顔を青ざめている。


「で……でも、泰山さんならきっと勝てるわよね、お父さ――」


 白鐘はそれでも、包丁を持ったヤクザ相手に物怖じせず、派手な一撃を見せてくれた昇なら勝てるのではないかと、希望を持った瞳で横に立つ父へと振り向くが、彼は冷や汗を額に浮かべ、目を細めて息を呑みながら――、




「いや……多分泰山昇は、孫一に負けるッ……!」




「……ッ⁉︎ そんな……」


 無慈悲なまでの父の一言。『多分』と付け加えてはいるが、その声色(こわいろ)からして彼の言葉は断言にも近い。


 ――っと、白鐘はもう片側に立っていた二人の少女たちの異変に気づく。シャルエッテとフィルエッテ、二人は眼鏡のヤクザを見つめたまま、身体を震わしていたのだ。


「諏方さん……何者なのですか、あの男性は……? あの気迫、とても人間が放っていいようなものでありません……!」


「どういうことなの、フィルエッテさん……?」


 普段クールなフィルエッテが珍しく見せる焦りの表情。彼女のかわりに、隣で同じく震えているシャルエッテが口を開く。




「わたしたち魔法使いの『魔力』と、スガタさんたちの言う『気』を仮に同質のものであると仮定すると……あのメガネの方の魔力()は、バルバニラさんやジングルベールさんを超えています……!!」




「っ――⁉︎ ……嘘でしょ?」


 バルバニラ(ヴァルヴァッラ)ジングルベール(シルドヴェール)――かつて諏方や白鐘たちの前に立ちはだかり、彼らを苦しめた強敵たちだ。魔力と気は厳密には違うとはいえ、それを超えるというのはあの眼鏡のヤクザは、凶悪な魔法使いたち二人よりも強い可能性は十分に高いという事。


 その事実に、白鐘もまた身体が震え始めていく。


「これほどまでに強くなっていただなんて……ヤクザになって、お前にいったい何があったんだ、孫一……!」


 拳を固く結ぶ諏方。――彼らに割って入るような事はしない。する理由がない。


 ――だがそれでも、この場から飛び出してしまいそうになる足を、諏方は強く踏み留めるのであった。




   ◯




 二人のヤクザを見守るのは、諏方たちや泰山組を始めとする直系組のヤクザたちだけではない。孫一の背後に控える烏丸組の舎弟たちもまた、手を後ろ手に組んで静かに兄貴(上司)の構える姿を見届けていた。


「あのー……ちょっといいっスか、先輩?」


 その中に一人ボサボサの金髪をかきながら、無精髭(ぶしょうひげ)を生やした男が隣に立つサングラスの先輩(ヤクザ)に声をかける。


「あん? ……たしか、最近入った新入りだったか?」


「正人って言います、ども。一つお訊きしたい事があるんスけど……」


 静謐な空気の中で一人、ヘコヘコしながら異様に空気の読めないような空気を纏う男が、なんの気無しに上司である孫一含めた二人の対峙するヤクザを指さす。


「なんか殴り合いでも始めるっぽいスけど、(チャカ)持ってブッ放した方が話早くないっスか?」


 物騒な内容をあまりにも軽々しく口にする新人に対し、先輩であるヤクザは呆れと怒りを交えた声色で、場の空気を壊さないように小さめに彼を怒鳴る。


「馬鹿野郎! 俺たちは別に青龍会に対して反旗をひるがえしに来たんじゃねえ! あくまで俺たち烏丸組を青龍会の後継者、またはその候補に入れてもらうよう打診しに来たんであって、そんな交渉の場にチャカなんざ持ち出してみろ? そいつぁ俺たち烏丸組を明確に潰す大義名分を、青龍会の直系組に与える事になっちまうぞ!」


「はぁ……そんなもんなんスかね?」


 正人はあまり納得をしてないのか、変わらず頭をポリポリかき続けている。


「でも、それじゃあ八咫の兄貴とあのマッチョのオッサンが喧嘩する意味とかなんかあるんスか?」


「……泰山組としては俺たちに舐められた態度を取られた以上、ここである程度ぶちのめしておかなきゃ直系組として面子(メンツ)が成り立たなくなっちまう。烏丸組(俺たち)としては直系組筆頭である泰山組の組長を潰す事で、後継者争いで一番の障害を取り除きつつ、会長や直系組に俺たちの力を示す事ができるんだ」


「……なるほど? でも、それも十分ハンキをヒルガエスってやつにならないっスか?」


「……会長が先ほどから無言になっているのに気づいているか? 蒼龍寺会長は二人の闘いを静観することで、青龍会のヤクザ同士での抗争ではなく、あくまで八咫さんと泰山昇の私闘に過ぎないのだと事を収めるつもりだ。そうでもしないと、二人の闘いは直系組と傘下組の大きな抗争にまで発展しかねないからな」


「あー……まあつまり、八咫の兄貴がここで勝てば、組長(ボス)が青龍会の会長になるのに一歩前進するってことっスな!」


「ほう、馬鹿なりに上手く噛み砕けたようだな? そして、この流れになったのは偶然じゃねえ。泰山昇の性格を分析し、この流れに彼を乗せるよう上手く誘導して、会長をも黙す状況にへと形を収められたのは全て、八咫さんの()()()()だ!」


「うおー? なんかよくわかんねえけど、やっぱ八咫の兄貴はスゲーんスね!」


 未だ混乱が残りながらも、素直に憧れの兄貴の計算高さに感動している正人。


 青龍会の中でも立場が下の傘下組である烏丸組の力を示すため、同時に厄介な存在である泰山組の力を()ぐため、全ては八咫孫一の計算の上での行動であった。彼の目論(もくろ)みは、まさにあと一歩というところまで実現が迫っていた。


「この状況に流れ込んだ時点で泰山昇はすでに、八咫さんの術中にハマっているんだよ……!」




   ◯




 ――泰山昇は相対する八咫孫一の目論みに気づいていないわけではなかった。


 だが、全てが彼の計算の元でこの状況に追い込まれていると気づいてはいても、この闘いから退くなどという選択肢は昇にはなかった。


 会長を前にしての大言壮語。そして直系組に対しての侮辱。その言葉を彼が口にしてしまった以上、昇はこの男と闘う事を余儀なくされてしまったのだ。


 ここで退けば烏丸組だけではない。他の傘下組にまで直系組のメンツを見下され、青龍会内で保たれていた秩序(バランス)が崩壊してしまう。それだけは、青龍会に忠誠を誓った泰山昇として一番あってはならない結末であった。


 もちろん、昇は孫一に負けるつもりもない。先ほど彼が放った気はたしかに自身を超えるものであったが――それは闘いの技量で十分に覆せるものだ。


 八咫孫一の目的がなんであるにせよ、昇にとってこの闘いは決して負けてはいけないものであった。




 数瞬――静寂が再び流れ、息を呑む者たちの喉の音がよく響く空気の中――、






 先に動いたのは――泰山昇からであった。

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