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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第14話 許してはならぬ言葉

「――俺と共に『桑扶高校四天王』と呼ばれ、そして俺の隣で一緒に戦ってきた、『銀月牙(シルバーファング)』のナンバーツーだった男だッ……!」


四天(してん)……!」

「ノウ……⁉︎」

「っ……⁉︎」


 少女たち三人はそれぞれ驚きの表情を諏方に向ける――というよりシャルエッテとフィルエッテの二人はよくわからないといった疑問符が混じっており、白鐘に至っては――、




「…………だっっっさ」




 若干ドン引きしているような視線で父を見つめるのであった。


「う、うっせー! 俺だって当時からだせぇって思ってたわい! 俺が転入した頃にはもうそういうふうに呼ばれてたんだよ!!」


 顔を真っ赤にしながらつい大声をあげてしまう諏方。実際、当時の彼はそう呼ばれるのを恥ずかしがっていたのを思い出し、ため息をこぼしてしまう。


「……ていうか、お父さんの出身校初耳なんですけど。それに桑扶高校って、進学校で偏差値もかなり高い学校じゃない? なんでお父さんみたいな不良がそんな学校に通ってたのよ?」


「あそこが進学校になったのはつい最近の話だ。なんでも教育改革だかなんだかで、当時の不良高のイメージを一新したかったらしい……まあ、くわしくは俺もよくわかんねえけど」


 諏方の知っている桑扶高校は、周辺校の中でもトップレベルの不良高であった。生徒のほぼ全てが不良であり、彼の創設したシルバーファングのメンバーの大半は、桑扶高の不良たちで構成されていたのだ。


 そして諏方の視線の向こうにいる男性は共に同じ高校に通い、そして彼の右腕として共に戦ったシルバーファングのナンバーツーである八咫孫一に間違いなかった。さすがに当時よりは背丈も高く、顔つきも若干変わっているものの、面影はかなり色濃く残っており、何より遠くからでも感じられる彼の気は、常に隣りで感じていたものと同一の力強さを放っていた。


「孫一……」




   ◯




 ――諏方の記憶している限り、二人が最後に会ったのは妻である碧の葬式の日であった。



『――孫一!』


 葬儀を終えた後、諏方はまだ赤ん坊である白鐘を抱いたまま、高校卒業後に交流が少なくなってしまった旧友に挨拶のつもりで孫一に声をかけたのだ。


 名を呼ばれ、赤ちゃんを抱っこしているかつてのリーダーであった男の姿を見て孫一は――、




『貴様が赤ん坊を抱いてると、まるで誘拐犯だな』

『ブッ飛ばすぞテメェ⁉︎』

『あゔー』




 時折孫一が皮肉めいた言葉を投げかけ、諏方が猛烈にツッコむ――高校時代、二人の間で何度もあった定番のやり取りであった。


 かつては何度も交わした日常の応酬――だが、妻を亡くしたばかりである事と、不慣れな喪主をつとめて体力的にも精神的にも疲労していた諏方にとっては、何気ないこのやり取りが彼の心をわずかばかりに癒してくれたのであった。


『そういや、無事に東大卒業できたらしいな? さっすが、我が校きっての秀才様だぜ』


『フン……貴様から素直に祝われる日が来るとは思わなかったな』


『高校出てから五年だぜ? 俺だって大人にもなるさ。……んで、これからどうすんだ、お前は?』


『…………』


 諏方の問いに孫一はすぐには答えられず、彼から目をそらして中指を立てて眼鏡をクイっと上げる。この仕草は、八咫孫一が何かを考える時によく見せる癖のようなものであった。




『……俺が許されているのは()()()()だ。これより俺は、修羅の道へと行く』




『っ……?』


 あまりにも曖昧な言葉。諏方は戦友である彼の意図が見えず、首をひねってしまう。


『……貴様と会うのも今日が最後だ。まあ、せいぜい親らしく、娘を真っ当に育てておくんだな』


 そう言い残し、孫一は背中を二人の父娘に向けて立ち去ろうとする。


『孫一!』


 その背中を呼び止める諏方。孫一はため息を吐きながらも振り返ると、銀髪の青年は娘を優しく抱きしめながら真剣な表情で――、




『高校も出たんだし、そういう中二病っぽいのも卒業しとけよ?』

『あゔあー』

『ブッ飛ばすぞ、貴様……』




   ◯




 懐かしき記憶を掘り起こす諏方。


 今ほど感情が豊かじゃなかった()()()()()()()の彼にとって、屈託なく会話のできる『友人』と呼べる存在は少なかった。孫一とは口を開けばたいてい言い合いにはなったが、それは決して不快感のあるものではなく、遠慮なくど突き合えるという意味で諏方にとって、八咫孫一は間違いなく『親友』であった。


「孫一……なんでお前、ヤクザなんかになっちまったんだよ……?」


 今目の前で行われているのはヤクザのやり取り。諏方が一般人(カタギ)である以上、彼らの間には踏みこめないし、何より諏方は今若返っており、この姿で孫一の前に出るわけにもいかない。


 直接問うことのできない歯がゆさに拳を握りしめながら、諏方は扉越しに彼らを見つめることしかできなかった。




   ◯




 しばしの静謐(せいひつ)の時間。向かい合うは八咫孫一、そして泰山昇とその隣に立つ蒼龍寺源隆の三人。彼らの部下はそれぞれ距離を取って後方で待機し、どちらも相手の不審な動きを見逃すまいと前方を睨みつけている。


「……会長の命令で門を通しはしたが、お前たちの目論(もくろ)みは察しがついている。どうせ、この前の()()()(のたま)うつもりでいるのだろ? ……悪い事は言わん、今すぐこの場を立ち去れ。会談の時間まで、傘下の組がここに立つ事を我々泰山組は決して許さん」


 落ち着きのある声ではあったが、昇のその言葉には明確に警告の色が混じっている。――従わなければ、タダでは済まさないぞという圧力がこもっているのだ。


 だがそれを気にする事一切なく、再び中指で眼鏡を押し上げて、孫一は口を開く。


「世迷言などとは異なことを言う。我々烏丸組は、口にする言葉に常に真剣を置いている。告げる内容は()()と同じではあるが、それは烏丸組の総意でもあるのだ」




「その先の言葉を口にするなと言っているのがわからんのか、たわけッ!!」




 空気が震える――。両手を握りしめ、言葉に全力の圧を乗せて昇は孫一を怒鳴り上げた。その圧倒的な威圧感に、孫一の部下たち数名の表情に怯えがあらわれる。


 しかし――孫一は眼鏡に指をかけたまま、一切動じる様子を見せなかった。


「泰山昇……たしかに貴様は蒼龍寺会長の側近ではあるが、これは烏丸組と会長の間にだけ交わされる交渉だ。貴様が間に入る筋合いなどない」


「ふざけるなッ! そも会長と交渉すると言うのなら、お前たちの組長が直接顔を出すのが筋というものであろう! 若頭に過ぎないお前が、どのツラ下げて会長の前に立つと言うのだ⁉︎ 恥を知れッ!」


「……烏丸組長は多忙であるゆえ、若頭である俺が代理人としてここに来ているのだ。それは蒼龍寺会長も了承の上での事だ。それに……今の言葉は我が組長への侮辱と捉えても構わんのだろうな……?」


 途端――空気が肌を刺すように荒れ始める。今この場で組同士での抗争が始まりかねないほどの緊張が、蒼龍寺邸の庭園を支配する。


「……まあ少しは落ち着くんじゃのう、昇。八咫孫一はまだ用件を口にしてはいない。せっかく遠路はるばる来てもらったのじゃ。()()()がどうするのかは、彼らが用件を話してから考えてもよいじゃろうのう?」


 この場にいるほとんどの人間が顔をこわばらせるなか、一人涼しげな表情のままでいる老人は、静かに側近をなだめるのであった。


「し、しかし会長……彼らの用件などすでにわかっている事――」




「――なあに、推定無罪というやつじゃ。口にするだけならタダというものじゃろうのう?」




 (あるじ)にそう言われ、昇もそれ以上は反論する事ができなくなってしまった。


「……恐れながらも、貴方の前で我らの思いを口にする機会をいただけた事に、これ以上ない感謝を捧げます――その上で、烏丸組長より改めて、貴方へ伝えるべき用件を述べさせていただきます」


 先ほどまで眉一つ動かさなかった孫一が、一度深呼吸を挟む。そして、昇を始めとして青龍会のメンバーにとって、決して許されない用件(メッセージ)が告げられる。






「蒼龍寺源隆会長――貴方が死去した際、貴方の持つ青龍会の全ての利権を、我々烏丸組に移譲していただきたい」

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