第13話 早朝の詰問者
「うおおおおッ……!! 嬢ちゃんたち、もう帰っちまうなんて寂しいッス!!」
諏方や白鐘たちの目の前には数十人のヤクザたちが一斉に泣き出していた。少女たちとの別れを惜しむ光景ではあるのだが、凶悪な風貌の男たちがみな大声で泣いているその様は、さながら野獣たちが雄叫びをあげているようなとてつもない迫力があった。
そんな苛烈な情景に、先ほどまでヤクザたちと親睦を深められていたはずの少女たちも若干――いや、完全にドン引きしてしまっている。なんとか引きつり気味な笑顔で返すのが精一杯であった。
「たく……若えもんが、一時の別れぐらいで泣くんじゃねえのう」
呆れ気味にため息を吐きながら、すぐにいつもの不敵な笑顔を浮かべて白鐘たちに歩み寄る老人。
「また盆あたりにでもなれば、きっと会いに来てくれるじゃろうのう。のう、青葉?」
「は? またここに来るわけないじゃないですか?」
あまりにもバッサリと娘に切られ、父である源隆はポカーンとした表情になる。
「私がここに来たのは、あくまで危篤だと聞かされたお父様がせめて孫の顔を見たいからと、娘としての最後の情けで来てあげただけです。それに関しても嘘をつかれた以上、もう二度と私はお父様に会う気はありませんし、白鐘ちゃんたちにも私から会わせる気はありません。……お葬式ぐらいは顔を出してあげるので、その時までこの家の門をまたぐ気は二度とないので、そのつもりで……!」
「うっ! うぐっ……」
少し厳しすぎる気もするが、言ってる事自体は真っ当であるために源隆も娘に反論する事ができなかった――諏方は危篤でないまでも、源隆が本当に病を患っている事を知ってはいるものの、当の本人から口止めされているために二人の会話に割って入る事はできない。
「うぐぅ……柳ぃ、娘にフラれた儂を慰めておくれぇ……」
涙目で若妻に抱きつく老人の情けない姿は、しかし諏方は少し同情的に見てしまう。
もちろんこれは青葉と源隆の二人の問題であり、諏方が二人の関係に割り込む権利などあるはずもないのだが、同じ父親として娘にこれほどまでに嫌われる事がどれほどつらい事であろうか――諏方は自身に心境を置き換えしまい、きっと自分には耐えられないだろうと心苦しくなってしまう。
「うーむ……やはり柳のおっぱいはやわくてええのう……!」
「こーら、人前で何しはっとんねん?」
――前言撤回。やっぱこのクソジジイ嫌いだわ。ていうか、柳さんもまんざらじゃなさそうなのが余計ジジイに対して腹が立つ――。
「ハァ……みんな帰るわよ」
大きくため息を吐き出して、先に停めてあった車へと向かう青葉。
「えっと……それじゃあ、いろいろとありがとうございました、おじいちゃんに柳さん……それにみなさんも」
律儀に別れの挨拶をのべる白鐘と、合わせるようにシャルエッテとフィルエッテも軽く会釈をする。
「…………」
諏方は一度源隆を無言で見つめ、視線に気づいた老人も少年を見つめ返す。互いに言葉を発する事はなく、少年は静かに彼らに背中を向けたのだった。
「……よかったのですか、会長?」
源隆の隣に立つ昇が、複雑な表情で主を見下ろす。
「いいんじゃよ。今回は儂の一度だけのワガママ。これ以上ヤクザと袂を分かった娘と、一般人である子供たちを儂らの世界に巻きこむわけにもいくまい…………と、言いたいところじゃが――」
ふいに聞こえるはタイヤのこすれる音――それは、未だ閉じたままの門の向こうより響いた音であった。
「――どうやら天運は、悪い方向へと傾いてしまったようじゃのう」
――誰一人に気づかれず、老公は邪悪な笑みを一瞬だけ浮かべた。
「来客……? この時間にいったい誰が?」
昇はスーツからスマホを取り出すと、どこかへとすぐに電話をかける。
「俺だ。誰が門の向こうに車を停めたか、特定できるか?」
彼が電話をかけた先は、門前を含めた屋敷のあらゆる場所に設置した監視カメラを管理している部下たち。返事は程なくして電話越しから返ってくる。
『車体は黒い外車。車のナンバーを特定……間違いありません、"烏丸組"です……!』
「っ――⁉︎」
その組名を耳にし、昇の表情が引きつった。
「バカな……会談は午後以降の予定であったはずだぞ⁉︎」
電話を切り、昇はすぐさま門の方へと向かう。
「青葉様たちは一度屋敷内へとお戻りください。こちらから指示があるまで、外に顔を出さないように……!」
道中、ただならぬ様子で屋敷に戻るよううながす昇に、青葉たちは不安げな表情で互いを見合わす。
「……ここは素直に指示に従おう。どうやら、只事じゃなさそうな雰囲気だぜ……」
つとめて冷静な声で提案する諏方に、青葉や少女たちもうなづいて車を一旦置き、屋敷へと戻っていく。
「何用だ、烏丸組⁉︎ まだ会談まで時間は空いているぞ!」
怒鳴り声同然に門の向こうへと大きく声をかける昇。向こう越しからは車の窓が開く音とともに――、
「――その声は泰山組の泰山昇か? 朝早くから失礼する。こちらの手違いで出発の時間が早まってしまったのでな。この周辺は休憩に使えるような場所もない。会談まで時間はあるが、どうかお目通り願いたい!」
――若々しさと渋みが絶妙に混ざったような、色気すらも感じさせる男性の声が返ってきた。二人の会話の内容からして、おそらく昼すぎから行われるなんらかの集まりに、烏丸組と呼ばれたヤクザたちがあまりにも早い時間に到着したという事なのだろう。
声調からして悪びれている様子もない相手の言葉に、昇は拳を握りしめて眉間に青筋を立てている。
「約束の時間を違えてなお居直るとは不遜極まりない! 青龍会の門をくぐりたくば、会談の時間までどこかで待機していろ! それが不満だというならば――」
「――――よい、通せ」
昇はゆっくりと門の近くまで杖をついて歩く自身の主に、唖然とした表情を向けてしまう。
「会長⁉︎ しかし、こいつらは――」
「儂が通してもよいと言っておるんじゃ。それとも、儂の命令が聞けぬというんかのう……?」
「っ……」
昇は言葉なく歯噛みするも、諦めたように部下たちに門を開けるのを指示する。
金具のこすれる音をたてながらゆっくりと蒼龍寺邸の門が開かれ、一台の黒い高級車が門を通っていく。
車から降りるは五人の黒服の男性。ヒゲを生やしていたり、頬に傷跡があったりと、いずれも強面の屈強な出立ちの男たちが姿勢よく直立し、源隆たちの前に対面する。
その中で一人――高身長で眼鏡をかけ、他の男たちと比べてスマートな体型をした男性が、黒いスーツを羽織って一歩前へと出た。
「こちらの勝手な都合にも関わらず、お目通り願えた事を心より感謝いたします、蒼龍寺会長……」
「世辞はよせのう。会談で他の傘下の組どもが集まる前に、儂に会っておきたかったのじゃろ? ――烏丸組筆頭若頭、八咫孫一よ」
孫一と呼ばれた男は右手の人差し指を立てて眼鏡の中央をクイっと上げ、レンズの向こうから鋭い視線を老人へと投げかけたのであった。
◯
「八咫……孫一だって……⁉︎」
引き戸のわずかな隙間から目を覗かせていた諏方が、青ざめた表情で眼鏡の男を見つめていた。
「お父さん、知ってる人なの……?」
同じく引き戸の隙間から事の成り行き見つめていた白鐘は、父親の珍しい落ち着かなげな様子に戸惑いながらも彼に問う。
諏方はすぐに答えず、目をこらして視線の先に立つ男の姿を注視する。その男は間違いなく、諏方のよく知る人物であったのだ。
「八咫孫一……俺の通っていた高校――『桑扶高校』の一個上の先輩で、そして――」
視線に気づかれる可能性を恐れつつ、しかし彼を見つめる瞳に自然と力が入る。
――思い出すは、共に白の特攻服を纏ったかつての記憶。
「――俺と共に『桑扶高校四天王』と呼ばれ、そして俺の隣で一緒に戦ってきた、『銀月牙』のナンバーツーだった男だッ……!」




