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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第12話 一夜明けて

「おはようございますぅ。昨日は宴会で飲みすぎて、二日酔いで頭(いと)うな若いもんもいてはるやろ? ほな、今日の朝食(あさげ)は梅としらすのご飯に冷奴(ひややっこ)、大根おろしたっぷりの白身魚のみぞれ煮にしじみのお吸い物。どれも二日酔いに効くお料理どす。子供たちの前で情けのう姿見せとらんで、しっかり気張りや」






「「「「「いただきやすッ――! 姐さんッ――!!」」」」」






 二日酔いで先ほどまでぐったりしていたとは思えないほどに、ヤクザたちの朝食の礼はあまりにも圧が強く、相変わらず鼓膜を痛いほどにゆらしてくる。


 昨夜、源隆会長の孫娘である白鐘とその友人たちの来訪を祝した宴会場にて、一日明けて今は朝食を食べるところである。未だ眠ったままの組員もいるのであろうか、広めの宴会場のほとんどを埋めた昨夜の宴会での人数と比べるとまばらに空いた席が目立っており、この場にいるヤクザの人数は明らかに減っていた。


 当然、諏方や白鐘、シャルエッテとフィルエッテもこの場に座っており、昨日の懐石と比べればさほど珍しくもない料理を前にしても、少女たちは目を輝かせながら口へと運んでいった。一日過ごして多少は慣れたのか、多数のヤクザを目の前にしても、彼女たちの表情からは昨日よりいくらか緊張が薄れている。


 湯気立つ目の前の料理は昨日の宴会に出された懐石ほどの豪華さはないものの、その落ち着いた見た目にどの料理からも漂う和の香りは、ヤクザたちに囲まれた状況下であっても食す者の心を癒し、それだけで未だ眠気覚めやらぬ脳みそを少しずつ再起動させてくれる。口に頬張ると広がる適度な塩分と素朴な味わいは、むしろ一般人である諏方たちには馴染み深い味であった。


「……ねみぃ」


 諏方は源隆との語らいの後、結局はすぐに眠る事ができず、意識が夢の中に落ちたのは空に日の光が昇る少し前ぐらいであった。


 睡眠時間にして一時間とちょっと。十分な休養を得ていない脳は思考を鈍らせていたが、お吸い物や魚の塩味(えんみ)がほどよく脳を刺激し、少しずつ意識を覚醒させていく。


「うおおおお……頭痛えのう……」


 宴会場奥の高座には昨日と同じく源隆と柳、そして青葉の三人が並んで座っている。三人の中で中央に座わり、この場にいるヤクザたちの(おさ)でもある蒼龍寺源隆会長は、顔を真っ青にして今にも吐き出しそうな顔で口元を押さえていた。会長としての威厳などまっさらである。


「まったく……だからあれほど飲みすぎるな言うはりましたやろ? ほら、もうあと少しで白鐘ちゃんたちとサヨナラしはるんやから、背筋よう伸ばしぃ」


 夫の背中をさすりながら、時折気合入れのために軽く叩く。まさに姐さん女房な元お医者さんであった。


「はぁ…………」


 一方の源隆の娘である青葉は、父の情けない姿を蔑みを含んだ瞳で見下ろし、すぐに視線をそらして朝食を口に運ぶ。


 ――こりゃ病気の事話したところで、仲が改善するなんて事はなさそうだな――っと、諏方も二人の様子を呆れながら眺めていた。


 諏方は再びご飯や味噌汁を口に運び、未だまどろみに酔う脳を目覚めさせていく。


 次第に――、


「…………ん?」


 意識が覚醒するというのは視野が広がるという事でもあり、諏方はそばに座っている少女たちの変化に気づき始める。






「わたしは本編も大好きなんですが、個人的には外伝版の派手なアクションシーンが大好きですね!!」


「お、意外に通だねぇ、シャルエッテの嬢ちゃん! そうなんだよ、原典の龍作(りゅうさく)監督版ももちろん至高なんだが、ちっとドラマ色が強くてなぁ。他監督の撮った外伝版ぐらいアクション映画してくれてた方が、頭わりぃオイラには十分なんだぜ!」


「いえ、ワタシは龍作監督版、特に初代をやはり推しますね。冒頭の刑務所でのシーンは序盤なのにあれほどひりつき、緊迫した場面は他のヤクザ映画ではなかなか味わえません……!」


「おお、フィルエッテ嬢! やっぱあの冒頭シーンが最高だってわかってくれるなんて、オラ感激だべよ!」






「っ……」


 いつの間に仲良くなっていたのだろうか。シャルエッテとフィルエッテは数人のヤクザに囲まれながら、しかし昨日のように恐怖している様子も一切なく、ヤクザ映画の語り合いに興じていた。


 昨夜、宴会での食事を終えた後、その場で龍作監督作『節義なき戦い』の上映会が行われたのだが、まさかそれだけでシャルエッテとフィルエッテが映画ファンである一部のヤクザたちと打ち解けるとは、以前から彼女たちに自身がコレクションしているヤクザ映画を観せていた諏方であっても予想だにしなかった事であった。


 青龍会のヤクザは一般人(カタギ)に決して手を出さない分、仲良くなる事に越した事はないのだろうが、それでもヤクザたちに何かされてしまうのではないかと内心ハラハラが止まらなかった。




 一方、白鐘の方とはいうと――、






「なるほど、関西出汁(だし)は薄口醤油を使ってるから、関東のより色合いが薄めなのですね、師匠……!」


「そうなんよ。出汁の色は薄めやけれども、味は適度に濃くて美味しいんよ? このお吸い物にも関西だしを使(つこ)うてはるんよ」






 ――いつの間に仲良くなったのか、すでに朝食を食べ終えた白鐘が柳のそばへと近寄り、料理のアドバイスを受けていたのだ。――ていうか白鐘も料理上手ではあるんだが、それでも師匠呼びされるなんて柳さんすげーな⁉︎――。


「ズズズ……」


 昨日まであれほどヤクザたちに怯えていたとは思えないほどに、少女たちはすっかりこの場に馴染んでしまっていた。昨日と同じ場所にいるとは信じられない不思議な光景を、諏方はしじみのお吸い物をすすりながら眺めている。


 もちろん諏方としても娘たちが怯えたままでいるよりは、彼らと仲良くしてくれている方が喜ばしい事ではあるのだが、それにしても少女たちの順応性の高さにはさすがの彼も驚かされてしまっている。




(あに)さん! 兄さんも『節義なき戦い』の感想会しやそうぜ……!」




 シャルエッテとフィルエッテを囲っていたヤクザの一部数人が、『節義なき戦い』のブルーレイボックスを両手に持ちながら、キラキラとした顔で諏方に近づく。


「あ……いや、けっこうッス」


 愛想笑いを浮かべつつ、微妙に彼らから距離を取る諏方。彼も『節義なき戦い』のブルーレイボックス限定エディション(主人公のフィギュア付き)を入手しているほどの作品のファンではあったが、ヤクザとは馴れ合いたくなかったがために話題に加わるのを遠慮する。


 悲しそうな顔で離れてゆくヤクザたちに多少罪悪感を感じながらも、諏方はホッと息をつく。彼にとってヤクザはエンタメとして楽しむ対象ではあっても、現実では一線を引くべき存在であった。


 たとえ青龍会がヤクザ界の中でも仁義に熱い組織であろうとも、彼らが『悪』であるのに変わりはない。諏方としてはこれ以上、彼らに情を抱くわけにはいかなかったのだ。






「…………フフ」






 ほくそ笑むような声が聞こえ、諏方はチラッと高座を見上げる。


 源隆は未だ顔を青くしたままでいながらも、その表情に穏やかな笑みをたたえていた。




 ――まるで、()()()()()()()で、今目の前にしている幸せを享受するかのように――。




「…………」






『一応言っておくが、儂が本当に病にかかっているのは孫や嬢ちゃんたちには内緒にしておくれのう。知ったところでいらぬ心配ではあるが、余計な同情はいらぬからのう』






 昨日の縁側にて、源隆と交わした言葉を思い出してしまう諏方。


「素直になりゃいいのに、クソジジイ……」


 誰にも聞こえないほど小さく言葉をこぼしながら、諏方はしじみのお吸い物を飲み干していった。




 ――間もなく別れの時間が来る。朝食を終えたのちに、諏方たちは青葉の車に乗って帰る予定であった。




 このまま何もトラブルが起きず、無事に帰れるのならそれに越した事はない――そう願いながらも、諏方はまだ気づいていなかった。






 ――今もこの瞬間、一台の黒い高級車が蒼龍寺邸へと近づいている事を。

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