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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第19話 屋上でのひと時

「えー……、昨日早退した加賀宮君だが、今日も体調が優れないとの事でお休みだそうだ」


 朝のホームルームにて、担任教師は実に事務的に、欠席者の現状報告を簡単に伝えた。


 ホームルームを終え、担任が教室を出たと同時に、クラスの中がザワザワと騒がしくなる。


「あんなカッコ悪いところ見せたら、普通に学校来れなくなるっしょ」


「さすがに、昨日のはちょっと幻滅だよねぇ」


「俺は最初から、あいつが気に食わねえと思ってたぜ」


 口々に飛び交う、この場にいない者への不満の応酬。


 日ごろから、心のどこかに鬱憤を溜めていたのだろうか、彼らはここぞとばかりに、容赦なく加賀宮への誹謗を重ねる。


「あいつ、誠実そうに見えて、実は何人も女子を囲ってんじゃねえの?」


「マジ? 黒澤さんにみんなの前で告ってたから、てっきりもうちょっとピュアかと思ってたのに……」


「私、加賀宮くんに優しくされた事あるけど、今思うとマジキモイわ」


 愚痴程度の軽い悪口が、やがていわれのない罵詈雑言へと変わり、まるでウィルスのように拡大していく。


 クラス全体が、一つの大きな悪意に満たされていくようだった。


   ○


「確かに、俺もアイツの事は気に食わねえとは思ったけどさぁ。いくらなんでも、あそこまで言うことはねえだろ」


 昼休み――俺は白鐘と一緒に、学校の屋上で昼食をとっていた。この姿になって以来、娘と二人っきりで食事をとるのは何気に初めてである。


「……加賀宮君、人当たりがいいからけっこう人気だったんだけど……あたしに付きまとったり、プライドが高いところもあるから、それで嫌ってる人も少なくなかったみたい」


 確かに、あいつはいつも笑顔を浮かべてはいたが、その視線からは、他人を見下しているような蔑みを感じてはいた。


 自身が金持ちであるという驕りからか、外面そとづらは良くても根本的な部分では、他人ひとを物のようにしか見ていない邪念を持った人間なのだろう。でなければ、好意を抱いている女性をそう簡単に賭けの対象にするはずがない。


「――でも、いくら不満があるからって、こういう悪口ばかり書かれるようになるのも、あたしは怖いけどね」


 娘がスマホのメッセージアプリを開いて、クラスチャットらしきページを見せてくれた。


 そこに書かれていたのは、読むのも嫌になるほどの悪口雑言あっこうぞうごんの嵐。さっきの教室内での憎まれ口が可愛く思えるほどだ。


 昨今の学生は、掲示板やアプリを使ったイジメや誹謗中傷が問題視されているとはよく聞くが、現状を目の当たりにすると、実に陰湿さを感じて嫌な気分になる。


 ――まあ、俺が本当に高校生だった頃は、少しでも罵ろうものならすぐに喧嘩に発展していたような時代だから、どちらがいいかと問われると、なかなかに難しい問題なのだが……。


「……まあ、今回の事をきっかけに、お前に手出しをしなくなれば、俺は問題ないんだけどな」


 いくら金持ちとはいっても、性格に難があり、白鐘自身があいつを拒否していた以上、大切な娘を渡すわけにはいかなかった。


 クラスメート達の不満を爆発させるきっかけとなった事について、少しばかりの罪悪感はあるが、冷淡に言ってしまえば加賀宮本人の自業自得でもある。


 どのような理由であれ、彼が遠ざかることで白鐘の精神的な負担が減るのなら、それに越したことはなかった。


「それにしても、バスケ部キャプテンの加賀宮君相手に、よくバスケで勝てたわね。もしかして、昔部活でもやってたの?」


 そう問いかける白鐘の瞳には、まだ疑念の濁りが拭えないでいた。仕方のないことではあるが、未だに俺が父親であることを彼女は認めてくれないようだ。


「いや、バスケなんて昔の学校の授業でしかやってなかったよ。ある程度のルールとかは覚えてたけど、ボールを手にしたのなんて高校を卒業して以来だ。技術と経験の差は、間違いなくあっちが圧倒的に優位だったさ」


「それじゃあ、どうやって加賀宮君に勝てたのよ? 素人がバスケ部キャプテンに勝つなんて、普通だったらありえないでしょ」


 当然の疑問ではあった。


 スポーツなどにおいて、経験の少ない人間が熟練者に勝てるなど、基本的にはありえない事だ。経験値を才能で埋める天才というのも世の中にはいるが、残念ながら自分にバスケの才能があるとは思っていない。


 だが――、


「技術と経験で勝てないのなら、それ以外で勝てる方法を見出すまでの話さ。そのために、俺は最初の一巡目を分析に費やした」


「分析?」


 首を傾げる娘。――こういう細かい少女らしい所作が、我が子ながらホント可愛い。


「そうだ。最初の俺の攻撃でボールが入らないのは承知の上だったし、その後の加賀宮の攻撃で、あいつを阻止できないのもわかっていた。だから、最初の一巡目はあいつの動きを徹底的に観察して、ドリブル、シュート、その他細かいプレイングや癖とかを、全部頭に叩き込んだ。あとはそのデータを元に、自分の体力と運動神経も計算に入れて、相手のプレイ技術にどれだけ近づけるかを割り出したんだ」


 解説しながら、おかずのミニハンバーグをつまむ。


「もちろん、技術は近づいたといっても、越える事は出来ない。だけど、一巡目と二巡目で動きの精度が変われば、相手の虚を突くことが出来る。だから二回目の攻撃で、俺は加賀宮の動きを真似る事にしたんだ。それによって、明らかなド素人相手に、ベテランである自分と同じ動きができてしまったのだと、精神に揺さぶりをかけられる。何事にもおいて、動揺は動きを鈍くしてしまう。そうすることで、あいつの動きの幅を狭くすることが出来たんだ」


「はっ、はぁ……」


 俺の話を聞いて、なぜか戸惑い気味になってる白鐘。


 ――あれ? もしかしてドン引かれてる? ていうか、さっきより人一人分距離が開いてるんだけど気のせいでしょうか!?


「まっ、まあ、最後にゴール下で加賀宮が守ろうとしてきたのは計算外だったし、あのダンクシュートもかなり強引な賭けになっちまったけどな……なーんて……」


 恐る恐る娘の顔を見る。

 うん、目を細めてる。疑いがより増してるな、これ。


「少ない時間でそこまで……なんか、四郎がますますお父さんだと思えなくなってきた」


「やっぱり! くそー、まさかの逆効果だったかぁ……お父さんな、これでも若い頃は体力には自信あったんだぞ?」


「若い頃って言われても、その見た目じゃ説得力ないし……」


 ごもっとも。


「それに……仮に四郎が本当にお父さんだとして、あたしにお父さんの昔の話なんて、してくれた事なかったじゃない?」


「うっ! そっ、それはぁ……」


 気まずさで、思わず手で口を塞いでしまう。


 ――白鐘の言う通り、俺は自分の昔話を娘にしたことがない。

 妻との馴れ初めや、どんな人だったかを話した事はあっても、俺自身の過去を語った事は一度もなかった。


『――昔のお父さんって、どんな人だったの?』


 娘が幼少の頃、そう尋ねられた事がある。

 だが、彼女に俺の過去を語るには、俺自身の覚悟がまだ足りてなかった。


 自分で言うのもなんだが、気軽に語るには、俺の過去は少し特殊すぎる。


 ――振り返れば、アレを青春と語るにはあまりにも壮絶すぎた。今でもあの頃の自分は、ドラマの世界の住人なのではないかと錯覚してしまうほどだ――よくよく考えると、今も魔法使いなんてファンタジー世界の住人と、実際に関わってしまっているのだが――。


「……まあ、別にもう気にもしてないけど。――それとは別に……その……改めて礼を言うね」


「ん? いきなりどうしたんだ?」


 彼女をもう一度見ると、なぜか頬を赤く染め、顔を見られまいと頭を俯けていた。


「だから……加賀宮君に勝ってくれた事にお礼言ってんの。あの人も、多分これ以上は付きまとわないでくれると思うから……」


「当たりめえだ。これでまたお前に付きまとったら、次はぶっ飛ばす」


 白鐘は顔を少しだけ上げて、赤くなったまま、瞳だけをこちらにジーと向ける。


「なっ、なんだよ? 食べにくいじゃねえか」


「……お父さんは、ぶっ飛ばすとか暴力的なことは言わない」


「あっ……」


 騙してるわけでもないのに、思わず目が泳いでしまった。


「あぁ、いや、中年オッサンだった頃と口調が変わっちまってるのは、わかってはいるんだけどさ……どうもこの姿に戻っちまうと、なんとなくノリも昔に戻っちまうというか……」


「でも昔のことは話せないんだ?」


「やっぱ気にしてんじゃねえか!?」


「だから気にしてないよ。四郎が勝手に慌ててるだけじゃん」


 そう言いながら、拗ねたようにご飯を頬張る娘にムカッときたので、彼女の弁当箱に箸を伸ばして、唐揚げを一個横取りする。


「ちょっと!? あたしの唐揚げ!」


「お父さんをいじめる娘にはお仕置きです」


「だから! あたしは四郎をお父さんだなんて認めてません!」


 白鐘がお返しにと、俺の弁当から海老入り春巻きを抜き取った。


「あっ!? 俺の好物を!」


「先にやったのはそっちでしょ!」


 俺たちは、そのまま二人で弁当のおかずの奪い合いを始める――中身は同じなのだから、あまり意味はないのだが――。


「出し巻き卵ゲットだ!」


「あっ!? 足が――」


「って、俺の服掴むな――」


 もつれ合いながら白鐘が足を滑らせ、それに引っ張られて二人して、屋上の床に倒れてしまった。


「いつつ……大丈夫か?」


 倒れる寸前に腕で身体を支えたので、なんとか娘を押し潰さずに済んだが、頭をケガしていないかと心配して目を開く。


 白鐘は仰向けに倒れていたが、目立った外傷はなく、どうやら無事のようだった。


 ――しかし、娘の顔がなぜか、さっきよりも真っ赤になっていた。


「あっ……」


 どうやら、俺が上になって彼女を覆い被さるような体勢に倒れてしまったようだ。


「わりぃ! 今どくから――」


 慌てて立とうとするも、赤くなったままこちらを見つめてくる白鐘の瞳に惹き込まれ、力が入らなくなってしまった。


 ――可愛い……。


 そんな単純な思考に、頭の中が全て埋め尽くされてしまう。


 ――思えばこうして、娘の顔をちゃんと見るのも数何年ぶりのことかもしれない。


 母親に似た温厚そうな顔立ちなのに、目元はわかいころの俺に似て少し切れ長。

 それがバランスを崩すことなく、むしろ上手い具合に調和されて、一目見ただけで優しさとクールさを兼ね備えた印象を抱かせる。

 そこに銀色の髪が合わさって、どこか特別な人と思わせる魅力が娘にはあった。


 親の贔屓目を除いても――黒澤白鐘はやはり美少女なのだと、改めて認識させられる。


 いつの間にか、こんなに大きくなったんだなぁ――などと、親らしい思いを今更になって抱いた。


 そんな今の娘の姿を、俺以上に長く見てきたであろうクラスメート達を羨ましく感じる反面、大人びている彼女がたまに見せる子供っぽい仕草とか、ちちの前でしか見せない油断の多いラフな姿とか、彼ら(クラスメートたち)が知らない彼女むすめの姿を知っていることに、少なからずの優越感もあった。


 だけど――今俺の目の前で、赤くなった顔で俺を見つめる少女は、俺の知らない娘の顔だった。


 思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。


 ――いや、待て待てマテマテ! なに、娘相手に興奮してるんだ俺は!?


 そりゃあ、何度も言うが白鐘は可愛い。世界の誰よりも可愛いと断言できる。それは天地がひっくり返ったって曲げられない真実だ。


 だからといって、いくら若返って歳が近くなったとはいえ、父親の俺が娘に色気を感じてしまったら、いろんな意味で大問題だろ!


 ていうか、なんでお前もちょっとまんざらじゃないって雰囲気出してるんだよ!

 ここは『いやー! 変態!』って突き飛ばすところだろ!

 どきづれえよ。余計にどきづれえよ!


「おとう……さ……」


「しろ……がね……」


 ――近い。気づけば、互いの顔に吐息がかかるほどに近くなっていた。

 

 心臓の鼓動が、外に漏れ出てしまっているのではないかと錯覚してしまうほどに高鳴っている。


 聞こえるは互いの呼吸、心拍、そして飛行機が上空を通り過ぎる音――。


 少し力を入れれば立ち上がれるのに、身体が言うことを聞いてくれない。いっそ本当に、娘に突き飛ばされてしまった方が楽に思えた。


「……っ」

「…………」


 ふと――先日見た夢の内容を思い出してしまう。


 娘の顔はすぐ近くにある――。


 どこか潤んだような瞳で俺を見つめる――。


 彼女の唇の瑞々しさがなまめかしく感じ、俺は――、


 ――ガタッ。


「――っ!?」


 屋上の扉から、何かがつまずく音が聞こえ、二人して咄嗟に体を起こして正座の体勢になってしまう。


「…………」

「…………」


 娘が再び顔を俯けて表情が見えない。


 ――正直、恥ずかしさで死にたいです。


 音のした入り口に顔を向けると、わずかに開いていた扉から、一人の女子生徒がこちらを覗いていた。


「――あっ、アタシのことは気にせず、続きをどうぞどうぞ」


「……勘弁してくれ」


 気まずい空気の中、天川進は一人だけ、空気を読まないニヤニヤ笑顔を浮かべていた。

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