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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第7話 挨拶回り

 京風な館に京風な美人である蒼龍寺柳に連れられながら、諏方たち四人は玄関の方へと向かっていく。一番前方をゆったりと歩く彼女の所作は自然なままの優雅さに満ちあふれていて、その背中は見ているだけでうっとりしてしまいそうなほどに艶美(えんび)であった。


「挨拶回りってあれですよね? 他のヤクザさんとかに挨拶したり、自分の領地(シマ)に他のヤクザさんが入り込んでいないかを確認するとかって意味なんですよね……⁉︎」


「あらあら、シャルエッテちゃんは博識やねぇ。ヤクザに興味持つ外国人さんは少なあらへんけど、シャルエッテちゃんも興味持てはるん?」


「はい! スガタさんのお家で、いっぱいブイシネマ(ヤクザの映画)観ましたから!」


 シャルエッテは目をキラキラして熱く語っている。実際、彼女は諏方の集めているヤクザテーマの映画をすでに半分以上は観ているのだ。


「あらまあ、諏方はんもそういうのがお好きなんどすねぇ。ぜひお会いしてみたかったわぁ」


「あはは……」


 四郎(諏方)は気まずさで苦笑いしてしまう。当然、『今若返った姿でここにいますよー』なんて言えるわけがなかった。


「まあでも、そない物騒なもんでもないんよ? そら『挨拶回り』って名目で他の組を牽制しはるために顔を出すヤクザもいてはるけど、()()()()の挨拶回り言うんは……」


 五人は蒼龍寺邸の玄関へと到着し、そのまま外へと出る。時間が経っているだけあって、屋敷外の庭園に先ほどまで並んでいたヤクザたちの姿は見当たらない。


 柳はそのまま出入り口のある門へと近づき、そこから外へと出て行く。他の四人もそれに続くと、そこには――、




「いやはや、吉田の奥様は五十いうんに相変わらずピチピチじゃのう。旦那さんが羨ましくて仕方ないわい」

「あらやだ! 蒼龍寺のおじ様も相変わらずお元気で何よりだわぁ」


「蒼龍寺さん、この前の菓子折りありがとうございます! ウチの子供も大変気に入ってましたよ」

「おお、川崎さんとこの奥さん。アレは青龍会(ウチ)(もん)どもも気に入っている和菓子じゃからなぁ。よかったらまた送らせてもらおうかのう」


「源隆さん! この前はウチの旦那がお世話になりましたわ。おかげさまで、今は病院でゆっくりしてくれてますよ」

「これはこれは宮島さんとこの。旦那さん、交通事故じゃったが無事で何よりじゃのう。紹介した病院も儂の知り合いで腕は確かじゃし、入院費も安く見繕(みつくろ)ってもらえたからのう。会社も激務じゃと酒で飲みながらよくこぼしておったし、これを機会に夫婦でゆっくり過ごしておくんじゃのう」




「ふ、普通の『挨拶回り』だ……」


 門の先には柳の夫である源隆が、ご近所に住んでいるであろう数人の主婦たちに囲まれて親しげに会話をしていた。その光景はヤクザが一般人を脅しているようなイメージとはかけ離れており、まるでただのご近所同士のお付き合いかのように白鐘たちの目には映っている。


 一応源隆の横には先ほど屋敷内を案内してくれた組長の昇が無表情で立っているが、それを除けば本当にただの老人が主婦たちと談笑している光景にしか見えなかった。


「泰山さんも相変わらず男前ねえ。まだいい人いないんでしょ? 今度、ウチの娘とお見合いしてみたらどうかしら?」


「ああいえ……自分はヤクザですので、一般の女性の方との結婚は……」


「もう、そういうの気にしなくてもいいのに。でも、そういう謙虚なところも素敵よねぇ」


 主婦の一人が昇とも自然に会話をしている。どうやらあからさまなヤクザの格好の人間相手にも、主婦たちは警戒する事なく話しかける事ができるらしい。


「あの方たちは、源隆さんやヤクザの方たちを恐れてはいないのでしょうか……?」


 フィルエッテの疑問も当然のものである。ヤクザは一般の人間たちにとっては恐怖の象徴。だが、今源隆たちと親しげに会話している主婦たちからは彼らを恐れている様子は見られない。


 仮に源隆に脅されて仲がいいフリをしているのだとしても、一般人がここまで自然に違和感なくヤクザと会話をする事ができるものであるのだろうか。


「源隆はんはこうやって屋敷を出ては散歩がてら、ここら一帯に住む住民たちとの交流を大事にしてはるんよ。ヤクザとして住民を恐怖させ、支配するんやのうて、あくまで同じ街の一員となって住民を支える。そのために、源隆はんはこの『挨拶回り』を毎日欠かさずやってはるんよ」


 ヤクザが一般人と交流を図る。しかもそれは恐れさせるためのものではなく、あくまで同じ街の住民として仲良くするため。


 風体(ふうてい)が明らかに一般的な人間ではない彼らが自然と一般人の中に溶けこんでいるその光景は、白鐘たちの持つヤクザのイメージからはかけ離れており、実に不可思議なものとして彼女たちには見えていた。




「あ! 源隆おじいちゃんだ!」




 声がした方に諏方たちが顔を向けると、数人の小学生らしき子供たちが笑顔でヤクザの屋敷の横を走り通っていたところだった。


「おう、ガキども、今からサッカーでもするんかのう?」


「そうだよ! お爺ちゃんもたまには一緒にやろうよー!」


「カカッ、老人に無茶言いよるのう」


「でもでもー、この前のオーバーヘッドはカッコよかったよー!」


「また遊ぼうなあ! ジイちゃん!」


「おう。ケガだけは気をつけるんじゃあのう」


 子供たちも他のご近所さんのように源隆を恐れる事なく挨拶をして、嵐のように駆け去っていくのを老人は手を振りながら見送っていた。


「すごい……子供たちまでお爺ちゃんを慕ってる……」


 おそらく同じ近所に住んでいるであろう子供たちにも源隆は人気のようで、その様子に白鐘も驚きの表情を隠せないでいた。




「お、ゲンちゃんじゃん。おっすー」

「ノボちゃんもいるー。やっぴー」




「こ、今度はギャル……⁉︎」


 次に源隆たちに声をかけたのは、小麦色の肌が似合う二人組のギャルであった。


「この前一緒に撮った写真がヴィンスタ(SNS)でバズってさぁ。また一緒に写真撮ろうよー」


「ほう、さぞかし儂の伊達男(イケメン)ぶりに、ヴィンスタとやらでもモテモテな意見(コメント)が多かったじゃろうのう?」


「いや、どっちかってっと可愛いコメの方が多かったよ?」


「なんでじゃ⁉︎」


 老人とJKという組み合わせながらも実に親しげな感じで三人は談笑しており、スマホで写真を撮ったのちにギャルたちは「バイバーイ」と軽いノリで挨拶をして去っていった。


「――とまぁこんな感じで、源隆はんはご近所の主婦さんだけやのうて、子供たちや女子高生とかにも慕われてはるんよ」


 柳の言う通り、源隆は街の住民たちからはかなりの人気のようで、誰かがこの道を通るたびに彼に声をかけていく。本来恐れられるべきヤクザの会長が一般人と楽しげに挨拶を交わすこの光景こそが、この街での日常なのであろう。


「……先代までは他のヤクザと同じように、青龍会は恐怖でこの街を支配してはったらしいんやけども、源隆はんが会長になってからは恐怖ではなく、奉仕と親愛をもって街の人たちと接し、支える。……ウチが嫁いだ時にはもう当たり前の光景になってたんやけども、やっぱり時間はかかりはったみたいで最初は誰も源隆はんに近づこうとはしなはったんみたいよ。……それでもな、源隆はんは諦めず時間をかけて街の人たちと交流を続けはって、今の日常が目の前にあるんよ」


 悪の象徴とされるヤクザが一般の人間と仲良くする。そうなるまでにどれほど途方もない時間がかけられたのであろうか、白鐘たちは想像する事も難しかった。


「…………」


 かつてよく蒼龍寺邸に泊まっていた諏方は、もちろん源隆がこうして近所に挨拶回りをしていたのは知っている。当時は今の娘たちのように驚きすぎて思わず碧に彼が同一人物なのかと訊いてしまった事もあったなぁ……などと彼は昔を懐かしんでしまっていた。


「……でも、お爺ちゃんはこの人たちからお金を取ってるわけでもないんですよね? なのにどうして、お爺ちゃんは街の人たちと仲良くしようとしているんでしょうか……?」


「あら、ええ質問やね、白鐘ちゃん。それはやね――」






「おいゴラ、青龍会ぃぃいいいいッッッ!!」






 突如、諏方たちの背後から怒鳴り声が鳴り響く。


「他の組のヤクザか……⁉︎」


 諏方は振り向きざまに、とっさに拳を握りしめる。


 そこには、包丁を持ったスーツを纏う男が一人、息を荒げながら源隆に怒りをこめた視線を向けていたのであった。

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