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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第4話 蒼龍寺の娘たち

「うわーん! ヤクザさんたち怖かったですぅー、スガタさーん!!」


「どわー⁉︎」


 諏方が案内された蒼龍寺邸での客室の窓辺にてしばらく黄昏(たそが)れていると、突如襖が開かれて隣の部屋にいたはずのシャルエッテが涙目で彼に向かって抱きついてきたのだ。


「こら、シャル、せっかく休んでた諏方さんに迷惑かけてはダメよ!」


 続いて妹弟子をたしなめるフィルエッテと、疲れが顔に出ている白鐘もそれぞれ諏方の部屋へと入室してきた。


「どうしたんだよ? 部屋分けたのにわざわざ俺の部屋にまで来て」


「別に。お父さんが一人で寂しがってるかもと思って来てあげたんじゃない? 父親思いの娘にちょっとは感謝しなさいよね」


「……そう言って、シャルエッテみたいにヤクザが怖くてここに来たんじゃねえの?」


「なっ⁉︎ そんなわけないでしょ! ほんとお父さんはデリカシーってもんが足りないんだから……!」


 そう怒りながらもテキパキと湯呑みに茶葉を淹れ始め、人数分のお茶を用意しだす白鐘。全力で怖がっているシャルエッテはわかりやすくあったが、他の少女二人もいつも通りの様子を見せつつ、表情にわずかに不安が差し込んでいるのが諏方の目に映った。


 仕方のない事ではある。普段諏方のDVDなどで見る機会はあれど、実際のヤクザの迫力はフィクションのそれとはあまりにも違いすぎた。特に会長であり、白鐘の祖父でもあるあの老人は対面しただけで自分自身が呑まれるような――あまりにも圧倒的な存在感を放っていたのだ。


 ――まるで、『日傘の魔女』を目の前にした時のような、近い恐怖感を少女たちは彼に感じていた。




 トントン――、




 ふいに、襖を叩く音が鳴り出した。何者かの来訪に少女たちは思わず身構えるも――、




「諏方お兄ちゃん、いる? 泰山さんに諏方お兄ちゃんの部屋がここだって聞いたんだけど……って、あれ? みんな集まってたのね」




 ――襖が少し開いた先に立っている見知った人物の姿を目にして、少女たちは逆に安堵のため息を吐き出す。現れたのは、先ほど車を停めに行ってから姿を見せなかった東野青葉であった。


「なんだ、誰かと思ったら青葉ちゃんか。……って、どうしたんだ、そんなところで立ちっぱで?」


 青葉はなぜか恥ずかしそうに頬を薄く赤らめ、襖を半開きにしたまま顔だけを覗かせていた。


「っ……」


 彼女は少しばかり逡巡するも、意を結したように唇をむすび、襖を思いっきり開く。


「うおおおっ……!」


 目の前の光景に諏方は感嘆の息を漏らし、少女たちも眼を輝かせた。


 青葉は振袖を着ていたのだ。ただの着物ではなく、薄いピンクの生地(きじ)にきらびやかな装飾があしらわれ、友禅(ゆうぜん)と呼ばれる華やかな花の柄がピンク色の儚さの中に力強さを合わせ、それでいて全体を崩していない絶妙なバランスの振袖は、優しげな笑顔が特徴の教師姿とは違った青葉の女性らしさを強く際立たせていたのであった。


「すごい……すごい綺麗です、青葉おば様……!」


 素直な感想をくれた姪っ子に、叔母である青葉は照れたようにさらに顔を赤くした。


「ありがとう、白鐘ちゃん。……褒めてくれるのは嬉しいけど、でもちょっとだけ複雑かな。これはお父様……あの人に言われて仕方なく着たのよ。『せっかくお客人も来られてるのじゃ。少しは召し替えて蒼龍寺の人間たらんとせんかいのう……』ってね」


 久方ぶりに父親と対面はしたものの、とても父娘仲良くというやり取りはできなかったのだろう。別れてから一時間も経っていないというのに、彼女の顔には疲労がわかりやすいぐらいに浮かんでいた。


「でも、けっこう可愛らしい感じの振袖なんだな? 勝手なイメージだけど、ヤクザの女性とかは黒いタイプの圧を感じさせる振袖を着るもんだと」


「あるにはあるけど、そこだけは断固拒否させていただきました。私はあくまでお父様に孫の顔を見せに来てあげただけで、ヤクザの家に戻ってきたつもりはないのよ」


 だんだんと青葉の表情に怒りがにじみ出している。普段優しげな部分しか知らない白鐘たちにとって、これほど感情をあらわにしている彼女の姿は新鮮味があって驚かされた。


「……これは、子供の頃に亡くなった私の母が残してくれた振袖なの。いつか大きくなったら、これを着て蒼龍寺の人間として立派に着飾りなさいって。……まあ、『蒼龍寺の人間に』という約束は守れなかったけどね……」


「っ……」


 諏方は青葉たち兄弟の母親とはほとんど面識はなかった。碧と同じ病気がちであり、布団から出る事があまりなかったのだ。


 碧が亡くなってから一年後に、母親が亡くなったのは風の噂で諏方も伝え聞いていた。子供を立て続けに二人も亡くし、病気のうえに心労が祟ったためではとも聞いている。


 同じく子供を二人亡くし、妻も亡くなった源隆の心境は果たしてどんなものであったのだろうか。諏方は彼を嫌っているにも関わらず、そのようにふと思いふけった事もかつてはあった。


「ま、あの妖怪ジジイが悲しんでる姿なんて想像もできねえけど……」


 ――小さくつぶやいた言葉は、この場にいる誰にも聞こえていない。


「青葉おば様は、やっぱりヤクザが嫌でこの家から出たんですか?」


 淹れたての熱い緑茶を人数分用意しながら、特にたいした意図はなく白鐘は青葉にたずねる。


「そうねえ……青龍会はたしかに一般人に直接危害をくわえるような集団ではなく、むしろ他の凶悪なヤクザを抑えるための抑止力だなんて言われてるけど、結局は暴力で他のヤクザを統治してるだけ。ヤクザなんて、百害あって一理もない存在なのよ……!」


 本当にヤクザという存在を根っから嫌っているのだろう。誰に対しても優しく接する青葉にしては珍しく、言葉の端に激しい感情を乗せていた。


「それに……私は父とほとんど家族として接する事はなかったわ。言葉を交わしたのなんて数えられる程度。……母に対してもそう。母の身の回りを世話をしたのは私かたまに来るお手伝いさんだけで、夫婦で会話してるところなんてほとんど見た事ない。……父はヤクザの仕事にかまけるばかりで、私もお母さんも見放していた。そんなの、家族だなんて言えるわけないわ」


 思っていた以上の青葉の父に対する怒りは凄まじく、白鐘たちは彼女にかける言葉も失ってしまう。


「……母が亡くなったのをキッカケに、私は父を家族として見る事をやめた。大学に入る頃には子供の時からの夢だった教師を目指すために、この家を出て母の旧姓である『東野』を名乗って、ヤクザとの繋がりを完全に断ち切った。……もうこの家には戻らないって、心に誓ったはずだったんだけれどね……」


「……でも、父親に孫の顔は見せてあげたかったんだな?」


「っ……」


 畳に座り、優しげな笑みを向ける諏方に、青葉はしばらく無言になってしまう。


「……やろうと思えば、父は権力を使って教師をやめさせる事だってできる。結局、私は父には逆らえないのよ。……それに、老い先短いだなんて言われたら少しは情も湧くわ。家族ではなくなっても、一応は父親だもの……。まあ、あの様子じゃあすぐに死ぬだなんて事もなさそうだけどね」


 ようやく少し落ち着いたのか、青葉は座卓に湯気をふかしながら置かれたお茶を手に取り、上品にすすった。


「だから、私は碧お姉ちゃんが羨ましかった。大好きな人(諏方お兄ちゃん)の手で、この家(ヤクザの世界)から連れ出してもらえたのだもの」


 家に縛られた少女が、恋人の手によって連れ出された。まさにロミオとジュリエットのような二人の関係は、まだ幼かった青葉にとってまさに憧れのような存在であったのだ。




「…………プクク」




 ――っと、なぜか突然諏方が顔をかがめて笑うのをこらえるように小刻みに震えだし、それでも小さく笑い声が漏れ出ている。


「ど、どうしたの、諏方お兄ちゃん?」


「ああ、わりぃわりぃ。別にバカにしてたとかじゃないんだ。ただ……俺が碧を連れ出したってのは勘違いなんだぜ」


「え?」


 義兄の口に出した言葉に驚き、青葉は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


「白鐘も多分青葉ちゃんと同じイメージを母親に持ってるかもだけどよ、碧はたしかに病気で身体を弱らせていたけど、だからって病弱で清楚な女の子ってわけでもなかったんだぜ? むしろ、この家で唯一あの爺さん(父親)に対して強気に出れる、ヤクザもビックリな度胸のある女の子だったんだ。この家から出たのだって俺が連れ出したんじゃなくて、むしろ俺が碧の無茶ぶりに巻きこまれた形になったんだぜ」


 そして、諏方はゆっくりと(のち)の妻となる碧がこの家を出た時の出来事を語り出す――それは、諏方が今でも忘れる事のできない衝撃的な珍事件でもあったのだ。




   ◯




『お父様――あたし、諏方くんと結婚する事に決めたので、この家を出てく事にしますね?』


 ――それは諏方が高校三年生だった頃、雪積もる冬に起きた大事件。


 会議や宴会などで使われる屋敷の中でも一番面積の広い部屋である大広間にて、横に諏方、対面に父親である源隆を前に、蒼龍寺碧は太陽の輝きを思わせるほどの満面な笑みで、とんでもない『爆弾』を投下したのであった。

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