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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第3話 龍の右腕

 蒼龍寺源隆という嵐が過ぎ去り、緊張に包まれていた庭園の空気が緩和される。未だヤクザたちが周りに立っている状況ではあったが、それ以上にあの老人の押し潰されそうなオーラに煽られるのに比べれば、今のこの空気の方が心もリラックスできるというものだ。


「あの人が、あたしのお爺ちゃん……」


 白鐘は緊張から解けて落ち着きのため息をこぼすも、すぐに複雑げな表情を浮かべてしまう。


 仕方のない事であろう。突然自身の祖父がヤクザ――それも数多のヤクザたちを束ねる会長であると、とうてい信じられないような事実を一気にぶつけられたのだ。源隆の気にあてられた疲労もあいまり、未だ彼女の頭はこの事実に思考がまとまらないでしまっている。




「どうやら、長旅と慣れない土地で疲弊されてしまっているようですね。今すぐ客室の方へ案内しましょう」




 そう言って先ほどまで源隆に付き添っていたはずの大男が、白鐘たちへ向けて一歩前に出る。


 ここに来てようやく老人以外のヤクザに声をかけられ、改めてここがヤクザたちの集う場である事を彼女たちは思い出し、思わず身構えてしまった。男もすぐにそれを察知し、強面(こわもて)を少しでもやわらげるためか、かけていたサングラスを外して胸ポケットに収める。サングラスの奥の瞳は鋭くはあったが、それでもかけたままよりは幾分か威圧感も薄まりはした。




「サングラスをかけたままでの無礼、失礼いたしました。皆様の案内を務めさせていただきます、青龍会直系、泰山(たいざん)組組長――泰山(たいざん)(のぼる)と申します」




 たとえ少年少女たちが相手であろうと腰を低くし、深くおじぎをして挨拶をする昇と名乗るヤクザ。その丁寧な物腰に、白鐘たちはいくらか彼への警戒心を解いていく。


 そんな中――、




「泰山昇ぅッ――⁉︎」




 諏方は一人唖然とした表情で、彼の名を大声で叫んでしまった。


「っ……? 黒澤四郎様ですね。私のことを存じ上げておりましたのでしょうか?」


 顔を上げて、怪訝な瞳で諏方(しろう)を見つめる昇。諏方は「ヤバ……」っという表情で思わず彼から目を逸らしてしまう。


「あー、えっと……そう! 諏方おじさんから聞いたんですよ! 泰山さんのことは……」


 うわずった声と挙動不審ぶり、あからさまに怪しさ満点な様子を見せる諏方。


「黒澤諏方が……私を……」


 だが、どうやら当の昇は特に彼の態度を不審には思わず、なぜか少しばかり呆けたような表情を見せるのであった。


「……コホン、度重なる無礼お許しを。ではどうぞ、私のあとについてきてください」


 そう言うと彼は四郎たちに背中を向け、屋敷の玄関へと向かっていく。


「……もしかして知ってる人、お父さん?」


 父が彼の名に驚きを示していた真意を、ヤクザたちに聞こえないよう小声で問いつめる白鐘。


「……ああ。泰山昇……お前のお母さん、そして青葉ちゃんの兄である蒼龍寺葵司が創設した『蒼青龍(ブルードラゴン)』。約百ものチームを傘下に置いたと言われる関東最大の不良チーム――あいつはそのチームのナンバーツーで葵司と一緒に闘い、『龍の右腕』と呼ばれた元不良だ……!」


「「――っ⁉︎」」


 以前、諏方の姉である椿からブルードラゴンについて聞かされていた白鐘とシャルエッテは、今背を向けて歩いている男がそのチームに所属していたという事実に、今度は彼女たちが驚きを隠せないでいた。


「チーム解散後は何をしていたかなんて知らなかったけどよ……まさか、ヤクザの組長になってたとはな……」


 不良が(のち)にヤクザになるのは決して珍しい事ではない。だが、諏方の記憶の中の昇は不良にしてはえらく生真面目(きまじめ)な性格であり、高校卒業後は素直に不良から足を洗うと勝手ながらに予想していたため、今こうしてヤクザ界のトップクラスの役職である『組長』になった『龍の右腕』の背中を、複雑げな眼差しで見つめるのであった。




   ○




「この屋敷――蒼龍寺邸は、三階建ての木造屋敷。古くは明治時代より建てられ、何度かの改装を経て今の姿になったとされています」


 屋敷の玄関を通り、諏方たちは昇と共に蒼龍寺邸の中をゆっくりと進んでいく。外観は古めかしいオンボロ屋敷といった様相であったが、中に入ると壁や天井はホコリ一つ見られず清潔さが隅々にまで行き届いており、顔すら映るほどピカピカな床や、部屋の(ふすま)それぞれに浮世絵のような古い日本画が描かれていて、辺りを彩る壺や掛け軸のような調度品など、もはや高級旅館と差し支えないほどの豪勢な内装が、少年少女たちの瞳の奥に広がっていた。


「一階は集会や宴会などに使われる大広間がある他に、台所や倉庫など、多岐な用途に使われる部屋が続いております。中には青龍会の関係者以外の入室を禁じている部屋などもありますので、無闇な散策はご遠慮していただいておりますが、絶景の庭園を眺められる縁側などはぜひ一度ご覧ください」


 昇が白鐘たちに丁寧に屋敷の中を説明しつつ、彼らは一階の廊下を抜けた先にある階段へと登り、二階に到達して一度足を止める。


「二階は私のような青龍会直系組の組長や組員が寝泊まりする部屋が並んでいます。もちろんではありますが、我々はカタギ――一般人に手を出すような事は決してありません。ですが……中には気が立っている組員も少なくはありませんので、二階もなるべく立ち入らないようお願いいたしています」


「うっ……」


 二階の廊下の先にはいくつもの襖が並んでいる。それぞれの部屋にヤクザたちが今も中にいるのを想像すると、白鐘たち少女は血の気が引きそうになった。


 その後、昇は再び階段に足をかけて登り始め、諏方たちも彼へとついていく。三階に到着したところで階段が切れ、二階と同じような襖が並ぶ廊下が先へと広がっていた。


「三階は全て来客用の客室となっております。一般の人間を屋敷に招く事自体ほとんどありえないのですが、それでも危険が及ばないよう、二階とは逆にこの階は組員の立ち入りを禁じていますのでご安心ください」


 実際、ほとんど使われていないのであろう各部屋は静けさに満ちていた。二階では声こそ特に聞こえてはいなかったものの荒々しい気配に支配されていて、同じ建物の中とは思えないほどに雰囲気がまったく異なっていたのだ。


 使われていないからといってホコリっぽいわけではなく、白鐘たちが来る事がわかっていたとしても普段から清掃を(おこ)たっていないからこその清潔さが自然なものになっていた。


 古いオンボロ屋敷を思わせながらその実、下手な高級旅館よりも整っている内装は、この家に住まうヤクザたちがただのチンピラとは一線を画す存在である事をまざまざと感じさせるのであった。


「客室は十ほど用意はしていますが、このような場所で一人で寝泊まりするには不安でしょう。女性方三人には、こちらの部屋を一つで一緒に泊まっていただきます」


 そう言われて案内された部屋の襖は、他の部屋よりも一段階大きいものであった。そして昇がその襖に手をかけ、開かれた先の部屋は――、


「ワァー!!」

「これは……」

「す……すご……」


 通された部屋は十畳ほどの畳敷の広い和室だった。壺に生けられた花や掛け軸、真ん中に置かれた座卓には茶葉の入った小さな茶つぼに急須やポッドなどのお茶くみ一式が揃っている。


 もはや部屋の内装は完全に旅館そのものであり、開放された窓からは松の木が覗き、外からの穏やかな風を浴びるとここがヤクザの住む屋敷である事も忘れて、女性陣は興奮気味に窓の外の景色を眺めていく。


「きれい……」


 思わずつぶやく白鐘の視線の先に広がる緑の庭園。三階からはその全体像が眺められ、改めて芸術性の高い庭園の作りに、先ほどまで疲弊していた心がやすらいでいった。


「……四郎様には申し訳ありませんが、一応は男女別という事で、お隣の部屋に一人で泊まっていただく事になります」


「あ、はい……それで構いません」


 景色にうっとりしている娘たちをよそに、諏方は昇に案内されるがまま隣の部屋へと入っていく。白鐘たちの部屋と作りはほとんど同じではあるが、六畳ほどと多少は狭くなっている。とはいえ、一人で泊まるものと思えば十分な広さはあった。




 ――そして、諏方はこの部屋をよく知っている。




「懐かしいな……って、泰山さん?」


 部屋に入った諏方が視線を感じて後ろを振り向くと、部屋へと案内した昇がなぜか彼をジーと見つめていたのであった。


「やはり、よく似ている……いや、似すぎている」


「っ……!」


 思わず唾を飲みこんでしまう。まさか、気づかれたのでは……? っと、諏方は自然と身構えてしまう。


「……先ほど、黒澤諏方が私のことを話していたとおっしゃいましたね? 彼は……私のことをなんと?」


「そ、それは……」


 不良の現役時代、諏方はライバルである葵司とは何度も対面していたものの、その側近である昇とは実はそれほど交流があったわけではない。彼は決して多くない昇との記憶をなんとか掘り出そうとする。


「……不良を名乗るわりにはどこか真面目すぎてて、本当に不良なのかと疑問には思っていたけれど、実力はたしかにあって、何より葵司に心から信頼されていたのがわかる…………って、諏方おじさんが言ってました」


「……っ! 驚きましたね、彼がそのように私を評していたとは」


 少し嬉しく思ったのか、彼の表情にわずかに笑みが覗き見えた。


「……ですが、彼に高く評されるほど私は立派な人間ではありません。リーダーの最期に隣に立つ事すら叶わなかったのですから……それを思えば、黒澤諏方こそ立派な不良でありました。歴としては浅いながらも早くから頭角をあらわし、わずか数ヶ月で三巨頭として葵司さんと並ぶほどの(おとこ)になった……葵司さんとは別の形で、私は彼を尊敬しています……こんな事、当人にはとても言えませんがね――って、四郎様?」




 ――ごめん、メッチャ聞いてる! メッチャ当人に聞かれてます!――。




 真っ向から褒めちぎられて顔が真っ赤になるのを隠すように、諏方は彼から全力で顔を逸らしていた。


「……っと、そろそろ私も会長の方に顔を出さねばなりません。夕食は白鐘様たちの歓迎を兼ねて大広間にて摂る手筈となっております。それまで、ごゆっくりおくつろぎください」


 そう言い残して今一度頭を深く下げて、昇は客室をあとにした。彼が階段を降りるのを確認した後、諏方は大きく息を吐き出す。


「ハァ……まさか、泰山昇がヤクザの組長になってたとはなぁ……ま、理由はなんとなく察せられるけど」


 諏方は荷物を部屋へと下ろすと窓に近づく。


 窓の外に広がる和の景色――諏方はこの部屋からの景色を見るのは初めてではない。かつて、不良時代に彼はこの部屋に何度か泊まった事があったのだ。


「碧……お前が亡くなってから、まさかここに戻る日が来るだなんてな……」


 かつて愛した女性の名を口にする彼の視線は、まるで庭園よりも先の空を見つめるかのように細められ、その瞳はわずかに悲しみの色が帯びていたのであった。

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