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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
仁義なき決闘編
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第2話 青龍の翁

 頭上よりもはるかに高い門をくぐり、諏方たちは京都の古風な旅館かと見まごうような蒼龍寺家の屋敷、その眼前に広がる庭園を進んでいく。


 庭園もまた高級な旅館や料亭の庭を思わせるような作りとなっており、地面には砂利(じゃり)の上を歩きやすいよういくつも点在する飛び石が敷かれている。屋敷のそばには(こけ)むしった石に囲われ、ししおどしがコトンと音を鳴らす小さな池。屋敷の周りはいくつもの松の木の緑に覆われており、ヒビの入った石造りの灯籠からは庭園の歴史を思わせる風情(ふぜい)を感じさせられた。


 庭園そのものが一つの芸術作品として完成されており、屋敷の荘厳さをより際立たせるものとなっていた。松の枝に止まる鳥のさえずりすらも、池の水音に合わせて静かな和の音階を奏でているようだ。


 そんな自然あふれる庭園を四人はおそるおそる進んでいく。両脇にはスーツを羽織り、後ろ手に組んで諏方たちを見つめる何人もの『ヤクザ』たちが並び立ち、その光景だけで気の弱い人間は失神しかねないほどの圧が感じられた。


「ちょ、ちょっと聞いてないわよ、お母さんの実家がヤクザの家系だなんて……!」


「言えるわけねえだろ、親族に裏社会の人間がいるなんてよ……」


 戸惑い交りの娘からの抗議に、諏方はこうなると思ったと言わんばかりにため息をつく。


 母である碧は白鐘を産んだ直後に亡くなったため、娘は当然母の事をよくは知らない。それでも父から語られる母とのエピソードや、常に笑顔を絶やさない数々の写真を見たうえでは清楚で優しげなイメージが強かったゆえ、その母の出自がヤクザであった事実を知ってしまったのはショックも大きいであろう。


「っ……」


 白鐘はなお抗議しようとするも、混乱する頭ではうまく言葉がまとまらず、ただため息をついて閉口してしまう。


「し、しかし、スガタさんのDVDでヤグザものの映画を観せてもらったとはいえ、本物はやはり迫力が違いますね……」


「そうね、こうして彼らに見つめられてるだけで、息が詰まってしまいそう……」


 シャルエッテとフィルエッテもこの場の緊迫した空気に気圧(けお)されてしまい、表情が青ざめてしまっていた。


「青龍会……古くは明治時代を起源とするヤグザ組織で、この桑扶市や城山市を中心に関東一帯で活動している。といってもその活動内容には謎が多くて、一部では他のヤグザ組織が表で暴れないように牽制していて、警察庁と裏で手を組んでいるじゃないかって噂もあったりするんだ」


「そ、それじゃあもしかして、セイリュウカイさんっていい組織なのですか……?」


「……どうだろうな。俺が知らないだけで、案外エグい事裏でやってるのかもよ?」


 諏方の言葉の端には、どこか嫌悪めいた感情が見え隠れしていた。


 諏方にとってヤグザは映画の題材としては好ましく思ってはいるが、その実態を決してポジティブな方向では見ていない。暴対法という法律でヤクザの活動が大幅に規制されたとはいえ、彼らの行動には常に暴力が伴われる。


 元不良である本人が言えた事ではないとわかってはいるも、それでも一般市民を(おびや)かす彼らの存在を諏方は決して許容はしていなかった。


「そ、それで……お爺ちゃんはどんな人なの? もしかして、ヤグザの組長とか?」


「組長どころじゃねえさ……お前の爺さんは――」






「――全員姿勢を正せ! まもなく蒼龍寺()()がこちらに来られるぞッ!!」






 屋敷の玄関近くに立っていたヤクザが大声をあげ、諏方たちの両脇に立っていた他のヤクザたちがビシッと背筋をより整える。周囲の緊張がピシリと強まったのを、白鐘たちも感じ取った。


「――青龍会四代目会長、蒼龍寺源隆(げんりゅう)……お前の母親、蒼龍寺碧の父親にして、青龍会を取り仕切るトップ。通称――」


 ビシッと玄関の引き戸が勢いよく開かれ、続いてカランコロンとゲタの音がまるで屋内にいるかのようにこもり響く。




 ――そして、玄関の奥から杖をついた小柄な老人が、そばにサングラスをかけた他よりも屈強なヤクザを従えながら、ついにその姿を現したのだった。




「――――『青龍の翁』」




 『青龍の翁』と呼ばれた老人は不敵な笑みを浮かべてゆっくりとゲタの音を鳴らしながら、玄関から庭園へと歩を進めていく。


「「「っ……⁉︎」」」


 三人の少女たちは共に息を呑む。


 紺色の(はかま)を身に纏い、頭頂部に髪は残っいないが側頭部から伸びる白髪は首筋にまで至る。背丈は腰を曲げているのを加味してもかなり小さく、背筋を伸ばしてもおそらくは身長の低い諏方よりもさらに小柄であろうと想像できた。


 見た目だけなら一見どこにでもいるようなただの老人と変わらない彼は――しかし、小さな身体から放たれる圧倒的なオーラを身に浴びて、まるで目の前に本物の龍がいるかのような錯覚に少女たちは一瞬襲われる。


 それは諏方のような威圧感伴うオーラではない。老人の生きた長い年月そのものを体現するかのような、生き様そのものがオーラとなって彼に纏っているのだ。


「相変わらずだな、クソジジイ……日常の中での呼吸で自然に気を纏ってやがる。普通なら集中でもしねえと気なんて練られねえはずなのによ……! こんな芸当ができるのは俺が知っている中でも二人だけ……たくっ、()()揃って化け物じみてやがるぜ……!」


 諏方の頭に浮かぶは紺色のコートを羽織ったオールバックの少年――目の前の老人とは見た目も違うが、二人が纏っていた気はたしかに同質のものであったのだと、彼は改めてその事実を実感するのであった。




「「「「「おはようございますッ!! 蒼龍寺会長!」」」」」




 両脇に立っていたヤクザたちが、彼らの腰あたり程度の背丈しかない老人に向かって一斉に頭を下げる。その異様な光景こそが、この老人が彼らのボスであるのだという何よりもの証明であった。


 そんな彼らに一瞥する事もなく、老人は部下たちに挟まれるように立っていた若者たちの存在に気づくと――不敵だった笑みが破顔し、年寄りとは思えないスピードで近づいて、杖を脇に挟んで白鐘の手を取った。




「おお! おぬしが白鐘ちゃんじゃな⁉︎」




「は、はい……」


 突然両手を握り締められて戸惑う銀髪の少女に、老人は心底嬉しそうに孫の手を上下に揺らしていた。


「カカッ、初めましてという顔をしとるな? 無理もなかろう。実際に会うのは初めてではないのじゃが、以前に会ったのはおぬしの母親の葬式以来。その頃はおぬしもまだ赤ん坊じゃったからな。いやはや、よくここまで大きくなったものじゃ!」


 まるで普通のお爺ちゃんのように、孫娘と再会した老人の喜びようは無邪気なものであった。さきほどまでの他者をひれふさんばかりのオーラを纏っていた老人と同一人物だとはとても思えなかった。


「顔立ちは母親そっくりじゃのう。髪色は……あの糞餓鬼(クソガキ)と同じ銀というのが癪ではあるが、ともあれおぬしのような美人にこそ似合うものじゃな」


 一瞬、老人の表情がどこか懐かしむような寂しげなものに変わり、彼はゆっくりと孫娘から手を離した。


「それと、そちらのお嬢さん方たちが他国からの留学生で、白鐘ちゃんの家にホームステイしているシャルエッテちゃんとフィルエッテちゃんじゃな? 話は青葉から聞いておるよ」


 突如老人に振り向かれ、二人はあわてて姿勢を正した。


「ははは、はじめまして! シャルエッテです! えーと、ゲンリュウおじいちゃんさん……!」

「……フィルエッテです。お孫さんには大変お世話になっております」


「ふむふむ……二人とも良き形の魂をしておる。良き親、または師に育てられたと見える。シャルエッテちゃんは字の如く純真無垢。フィルエッテちゃんは……多少影は差しているようじゃが、それを補って余りある清廉さじゃのう」


「っ……!」

「そ、そうなんです! 自慢のお師匠さまなのです……!」


 老人はひと目見ただけで二人の少女たちの本質を即見抜きだし、フィルエッテは思わず言葉を失い、シャルエッテは師匠を褒められた事を無邪気に喜ぶ。




「それと…………おぬしがあの糞餓鬼の親戚……黒澤()()じゃな?」




「ッ――⁉︎」


 少女たちに向けていた優しげな瞳から一転、まるで射抜くような鋭い視線で、()()は義父である老人に見上げられる――まるで、四郎という上塗りの殻の奥底に隠れる諏方そのものを見つめているかのように――。


「……あ、はい。そのクソガキってのが諏方おじさんのことを差しているのなら、俺が親戚の四郎で間違いありません」


 当然の話ではあるが、諏方は源隆に自分が()()である事を隠すつもりでいる。魔法の秘匿のためなのはもちろんであるが、それ以上にこの老人は諏方のことを糞餓鬼と呼んで非常に嫌っており、諏方もまた彼のことを好ましく思っていないため、正体がバレて余計なトラブルを起こさないためでもあるのだ。


「ふむ……あまりにも似ておるのう? 姿形だけではない、魂の在り方そのものが、あの糞餓鬼とよく似通っておる――いや、まったくの同一と言ってもよい……」


「っ……」


 ――まさか、バレちまったのか……?――思わず息を呑み、老人に見つめられるがままになってしまう諏方。


 しかし、老人はすぐに呆れるように鼻で笑って、彼から視線を外してしまう。


「まあ、そんなわけもあるまいか。あやつが碧をこの家から連れ出してからすでに二十年近くが経過しておる。それほどの年月を経て当時の姿そのままでいるなど、非現実的な事もあるまいのう」


「……そ、そうですよ! 何言ってるんですか……」


 ――クソジジイは二十年前と大して変わらないように見えるけどな、この妖怪ジジイ!――と、心の中で老人に暴言を吐きつつ、それを抑えこんでなんとか愛想笑いを浮かべる。






「――それこそ、『魔法』とやらでも使わん限りな?」






「「「「ッ――⁉︎」」」」


 瞬間――顔が青ざめる。老人の口から出た『魔法』という単語に、四人は思わず息を詰まらせてしまったのだ。


 ――まさか、このジジイ……本当は気づいて――、


「――ま、そんなおとぎばなしのような存在こそあるはずもないのう。若返る魔法など、実在するのなら(ワシ)がかけられたいものじゃよ、カカカッ!」


「「「「…………」」」」


 笑いながら四人に背を向ける老人に、一瞬魔法がバレてしまったのではと焦った諏方たちはホッと胸を撫で下ろした。


「さて、手早い挨拶早々にすまないが儂はこれから忙しいのでのう。屋敷の案内(あない)は部下の者に任せる。部屋に着いたら夕食までのんびりするとよい。だだっ広いだけの古屋敷じゃが、ここから吸う空気は存外にうまいものじゃよ」


 そう言って老人は再び屋敷の方へと戻っていく。彼を嫌っている諏方はもちろん、白鐘たちにとっても対面するだけで息が詰まってしまいそうになる彼が離れてくれるだけでも、心底助かったという気持ちが彼女たちにはあった。




 その途中、老人は四人に向けて一度振り返り、背筋に寒気を感じさせるほどの――まるで死者が嗤っているかのような怖気(おぞけ)のある笑みを浮かべて、






「――改めてようこそ、蒼龍寺家へ」






「っ……」


 老人の不気味な笑みは、これから起こるかもしれない不吉な予感を告げる悪魔のように見え、諏方は人知れず静かに拳を握りしめるのであった。

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