エピローグ プレゼント・フォー・ユー
「マッ⁉︎ ママママママ、マジっすか⁉︎」
黒澤家のリビングにて、たまたま遊びに来ていた天川進の雄叫びがこだまする。
「おう。藤森さんからみんなに助けてくれたお礼にだとさ」
そう言って小鳥とのデートから帰宅したばかりの諏方は、彼女から手渡された紙袋の中身を取り出した。
紙袋の中に入っていたのはぬいぐるみだった――。
学ランを着た狼のぬいぐるみ、いわゆる『なめ狼』シリーズのぬいぐるみではあったが、以前進が諏方に見せた大きめのぬいぐるみとは違い、手のひらに乗っかる小さなサイズでさらに学ランではなく白い特攻服が着用されていたのだ。
「こここここ、これは……十名限定で販売され、発売開始直後に瞬殺どころかアクセス過多で販売サイトがサーバーダウンしたという幻のなめ狼……その名も『シルバーなめ狼』……⁉︎」
「うぐっ……!」
ネーミングセンスとデザインにものすごい既視感を感じ、恥ずかしさにその場で吐血しそうになるのを抑えながら、諏方は興奮値マックスな少女に特攻服のなめ狼を渡す。
「進ちゃんが藤森さんの大ファンだよって教えてあげたら、サンプル用の在庫が残ってたから用意してくれたんだとさ」
「フォーウ⁉︎ アタシ特に何もしてないのに、メッチャ嬉じいいいいいッ!!」
泣くほど全力で喜んでいる彼女に若干引きつつ、諏方はさらに紙袋から新しい手のひらサイズのぬいぐるみを二つ取り出し、それらを進の後ろで見ていたシャルエッテとフィルエッテの二人に手渡す。
「うおおお! こ、これは……!」
「な……なんと……⁉︎」
二人が驚くのも無理はない。少女たちに渡されたのは、それぞれをモデルにしたオリジナルのぬいぐるみだったのだ。
「すごいですね……本当にわたしたちが小さくなったと錯覚するぐらい、精巧に作られています……!」
実際にはぬいぐるみ化にあたってもう少し簡略化されているのだが、それでも十分に特徴を捉えた秀逸なデザインをしており、紙袋を見た時の諏方も驚いたほどであった。
「スガタさん! いいんですか、こんな素晴らしい物をいただいちゃって⁉︎」
「お前たちが頑張ってくれたおかげで、藤森さんも助かったからな。あの子の気持ち、遠慮なく受け取ってやってくれ」
小さい子供のようにはしゃぐシャルエッテとは対照的に、フィルエッテは真剣な表情で自分によく似たぬいぐるみを見つめていた。
「ここまで精巧に作られた人形……傀儡魔法に使えそうね……!」
「フィルちゃん、わたしから見てもそれメッチャ失礼です」
「あら? シャルにまともにツッコまれるなんて、明日はバースト魔法の雨が降ってきそうね」
「うん、今度はわたしに対して失礼ですね」
いつもとシャルエッテとフィルエッテの役割が珍しく逆になっている二人に、諏方は思わず吹き出しそうになってしまう。
「冗談はともかくとして、こうして感謝の品をいただけるのは素直に嬉しいです……ありがとうございます」
「っ……!」
ふいに見せたフィルエッテのはにかんだ可愛らしい笑みに、諏方は思わずドキッとして顔を少し赤らめてしまう。
「ほえ? どうかしました、スガタさん? ……まさか、まだ薬の副作用が――」
「違う違う! 気にすんな、シャルエッテ! ……そ、それより、白鐘の姿が見当たらな――」
「あ、もう帰ってたんだ、お父さん?」
あわててリビングにはいなかった娘を探していると、ちょうど階段の上から彼女が降りてきたところだった。エプロンを着用しており、これから晩ごはんの支度をするところだったのだろう。
「ちょうどよかった、白鐘。これお土産」
そう言って他のみんなと同じように、小鳥お手製の白鐘をモデルにしたぬいぐるみを彼女に渡した。
「すご……これ、藤森さんが作ったの?」
「おう、今回のお礼にって。それと、剛三郎を蹴り飛ばした時の白鐘もカッコよくてスカッとしたってさ」
「ッ――いやまあ、あの時のあたしもブチギレすぎてて思わずやっちゃったというか……」
改めて振り返るとずいぶんと大胆な攻撃をしてしまったなと、白鐘は少し恥ずかしそうにぬいぐるみで口元を隠す。
「そ、それと…………こ、これも渡さなきゃだな!」
急に緊張したようなこわばった声で諏方は紙袋の中をあさり、もう一つ小さなぬいぐるみを取り出して、震える手で娘に渡した。
「……何これ?」
先ほどまでの感心のこもった視線から一転、呆れが混じったようなものに変わる。
新たに手渡されたぬいぐるみは同じく、白鐘を模したものになっている。だが、目に当たる黒い点は左右でズレており、口も左向きに斜めって、髪もところどころほつれていた。小鳥の作ったぬいぐるみと比べるとクオリティがあまりにも低すぎる。
「えーとー……日ごろ頑張ってる白鐘へのお礼というか……せっかくだから、何か手作りのものを渡したかったというか……」
しどろもどろになる父親の様子に渡されたぬいぐるみの正体を察し、白鐘は驚いた表情で若返ってまた背が低くなってしまった父親を見下ろす。
「もしかして……これ、お父さんが作ったの……?」
「………………イエス」
ここに来て恥ずかしさが頂点に達し、諏方の顔が真っ赤になって娘から目線を逸らしてしまう。
「わかってるさ、メチャクチャ下手に作っちまったなぁってぐらい……。これでも、仕上げは藤森さんがしてくれてマシになったんだぜ……」
「っ……」
たしかに諏方の言う通り、彼手製のぬいぐるみは決して出来がいいものとはお世辞にも言えるものではなかった。だが、初めて作ったであろうそれは一目で白鐘であるとわかる程度には形として最低限纏まっており、こういうコンセプトで作ったと言えば納得できるぐらいの最低限のクオリティは保たれているとも言えるであろう。
――何より、このぬいぐるみを慣れない手つきで作った父の想いが込められているのをなんとなく、白鐘も感じ取る事ができたのだ。
「……もしかして、これを作るために藤森さんのマンションに通ってたの?」
「うん……彼女からぬいぐるみの作り方を教わるためにな……でもやっぱこんなのもらっても、白鐘は嬉しくねえよな……わりぃ、これは俺が責任持って引き取るわ」
そう言って娘の手から自分の作った低クオリティのぬいぐるみを取り上げようとするも、とっさに白鐘は腕を上げて父の手をかわした。
「白鐘?」
「ぶっちゃけダサい。いくら初めてだからってもうちょっといい物が作れるでしょ? というか、これで娘の気を引こうとするあたりがオッサンくさくてなおダサいです」
「んな自覚はしてらぁ⁉︎ だから、そのぬいぐるみは俺が持っておくって」
恥ずかしさと情けなさで無理やりなかった事にしようと娘からぬいぐるみを取り戻そうとするも、華麗な動きで娘は父の手をことごとくかわした。
「いいえ、これは娘にさんざん心配をかけたお父さんへの罰です。それに、出来が悪いとはいえあたしがモデルのぬいぐるみなんか、お父さんの手元に置いとけるもんですか」
そう言って白鐘は二つのぬいぐるみを持ったまま、小走りで階段へと駆け上がってしまう。
「このぬいぐるみたちは、あたしの部屋に並んで飾らせてもらいます。フフン、せいぜいクオリティの違うぬいぐるみを並べられて、一人悶絶するがいいわ」
「やめて⁉︎ 二つを並べられるのはあまりにも恥ずかしいのだぜ!」
だが娘は父の静止を振り切り、自室へと入ってしまったのだった。
「うぅ……そりゃないぜ、しろがねぇ……。ていうか、お前らもなに笑ってんだよ?」
後ろでことの成り行きを見守っていた少女三人は、微笑ましいものを見るようにクスッと笑っていた。
「いやー、白鐘もおじさんも、可愛いところあるなぁってね」
「……っ? なんだよそれ?」
進の言葉の意図がくみ取れず、自身の作った下手くそなぬいぐるみが今ごろ娘の部屋に飾られていると思うと恥ずかしさと溜まっていた疲労で、諏方は大きくため息を吐き出すのであった。
◯
「っ…………」
白鐘は自室に入ると、父親の作ったぬいぐるみをしばらくボーと見つめる。そんな彼女の頬は、ほんのりと赤に染まっていた。
「…………ほんっと、お父さんってばダサいんだから」
呆れるように、しかしどこか上機嫌なのを隠しきれない声でつぶやきながら、白鐘はベッドの脇に置かれている棚の上に、二つのぬいぐるみを乗せた。
並べるとやはりクオリティの差が段違いであった。大人気のネットショップを運営してるだけあって、小鳥のぬいぐるみの完成度はあまりにも高かったのだ。
そんなクオリティの高い自分だけのぬいぐるみを作ってくれた彼女にも感謝しつつ、その視線は自然と隣の不出来なぬいぐるみに注がれていく。
「…………しょうがない。今日もお父さんの好きななめろうでも作ってあげますか。お酒は飲めないから、ハンバーグにして焼いてあげた方がいいかな?」
そんなふうにひとりごとを喋る彼女の顔には、心の底から嬉しそうな笑みが浮かんでいたのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回で『銀色の復讐編』は完結となります。
初期にも登場していた新ヒロイン藤森小鳥、そして諏方の過去の決着と父を思う白鐘の物語、楽しんでいただけたなら幸いです。
重たいお話にはなってしまいましたが、主人公である諏方をメインとした物語を久々に書けて、今回は諏方と白鐘がちゃんと主人公&ヒロインしてたのではないかなぁと思います。
次回からは新章『仁義なき決闘編』がスタート。
ダークなストーリーが続いてしまったので、次回はバトルマシマシな回になる予定です。
作中でキーワードとして何度か出てきた『青龍の翁』の正体も明かされるかも……?
お楽しみに!




