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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第18話 激闘の終わりには不穏を添えて

 諏方がダンクシュートを決めた事により、数十分に及ぶバスケ対決に決着がついた。


 館内に響くは、二人の荒い呼吸音。

 その数瞬後、館内に今までで一番の大歓声が鳴り響いた。


「すげーよ、転校生! お前いったい何者ナニモンなんだよ!?」


「黒澤くぅん、すっごくカッコ良かったよ!」


「高校生でダンクシュートとか、マジやばすぎだろ!」


「ぜっ、ぜひウチのバスケ部に入ってくれないか!?」


 多くの生徒達が、輝く羨望の眼差しを向けながら、諏方の周りを取り囲んだ。まるでスポーツ中継のヒーローインタビューだ。


 しかしそれよりも、諏方は周りを見渡しながら娘の姿を探した。


 彼が奥の方を見やると、ギャラリー達の背中越しに、白鐘と進の二人の姿を確認できた。


 進はガッツポーズを見せ、白鐘は目が合うと逸らされてしまった。その顔は赤くなっていたが、表情には昨日さくじつ見せた、怒りや嫌悪の色は薄らいでいるようだった。


 その二人に、諏方は満面の笑みで親指を立てた。


 そして――先程まで激闘を演じ、膝をついて絶望の表情を浮かべていた少年の方に振り返る。


「……俺の勝ちだ、加賀宮。約束通り、二度と白鐘には近づくんじゃねえぞ」


 反応はなかった。声は届いていたが、それに反応する余力など、もはや加賀宮には残っていない。


 幾度も同じ光景を見た――。敵対し、ねじ伏せ、絶望させてきた。


 あの時と違うものがあるとすれば、敗者の姿を目にして、わずかに心に痛みを感じる事だろうか。


「……っ」


 諏方は、それ以上彼に声をかけることなく、脱ぎ捨てたワイシャツを羽織って背を向ける。


 ちょうど、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


 その場にいた生徒達は興奮に上気したまま、ぞろぞろと教室に向かい始める。


 人の流れる波に乗って、諏方は白鐘と進の二人と合流した。


「やーるじゃん、四郎くん! いやはや、一時はどうなるかと思ったけど、お姉さんは信じていましたよぉー」


「ハハッ、なんだそれ」


 背中を小突いてくる進のテンションの高さに、諏方は少し肩が軽くなったような気がした。

 彼女の人懐っこさを彼はよく知っているが、それは学校でも変わらないのだと、妙な安心感を得られた。


「……ありがと」


 隣で歩いていた白鐘が、聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で呟いた。


 顔は赤いまま、表情は変わらず、目も合わせてくれない。


 しかし、その言葉が何より諏方にとって、勝利した事への最大の報酬だった。


「――言っただろ? 勝つって」


 諏方も呟くように小さく返し、白鐘はわずか一瞬ではあったが、その顔に恥ずかしげに笑みを浮かべた。


 一度、後ろを振り返る。わずか数十分ではあったが、そこには確かに――激しい闘いがあった。


 その余韻の風に吹かれつつ、諏方は人の波に乗ったまま、静かになってゆく体育館を後にした。


   ○


「そっ、そのぉ……あの転校生が勝ったのはまぐれだって」


「そうだよ! もう一回やれば、絶対加賀宮くんが勝つよ!」


 加賀宮の取り巻きのギャル二人組が、なんとか彼を慰めようとそばに近寄る。


 だが彼はやはり、一切の反応を二人に返さなかった。


「だいたいあいつ、なんかイカサマしたんじゃないの? じゃなきゃ、バスケ部キャプテンの加賀宮くんが負けるわけないし」


「そうだよ! イケてないくせに、イケてる加賀宮くんに勝つなんてマジおかしいし。なんだったら、アタシ達があいつのイカサマを暴いて――」


「――うるさいんだよ、雌豚どもが」


 小さく、しかし確かな怒りを込めて、加賀宮が二人に向けてそう呟いた。


「えっ? ……メスブタって、アタシ達のこと?」


「……ていうか、もしかしてそれ逆ギレ? いや、ありえないんですけど」


 彼女達の哀れみの視線は、途端に蔑むものへと変わっていった。


「せっかく慰めてあげようと思ったのに、加賀宮くんってそういう奴だったんだ……」


「もう行こ行こ。なんかチョー冷めちゃったんですけど」


 呆れの言葉を吐き捨て、ギャル二人組も彼に背を向けて、体育館を去ってしまった。

 館内に残ったのは、未だ立ち上がることの出来なかった、加賀宮ただ一人だけになってしまった。


「……クソがっ!」


 悔しさで、拳を床に強く叩きつける。

 腕に広がる痛みなど、気にかけられないほどの強い怒りが内側から湧き出る。

 身体は震え、噛み切った唇からは血がにじみ出た。


 負けた――完全に敗北した。


 敵はバスケの経験が少ないのは明らかだった。それでもなお、彼は完膚なきまでに敗北したのだ。


 今まで望むものは全て手にしてきた。


 加賀宮というネームブランドだけで、多くの人間が彼に媚びへつらってきた。

 バスケに関してだけは珍しく、血のにじむ努力をしてようやく、キャプテンという地位を手に入れたのに、黒澤四郎はそれら全てを否定したのだ。


 そして彼が一番に望んでいた存在しろがねを、たかが親戚の関係でしかないあの男によって遠ざけられてしまった。


 このままでは――もう二度と彼女に接することができなくなってしまう。


 手に出来ぬものなどなかった加賀宮にとって、それは何よりも屈辱的な事だった。


「――――」


 どれほどの時間が経っただろうか。


 加賀宮はゆっくりと立ち上がり、誰もいなくなった体育館を出る。


 向かう先は教室ではなく、荷物をそのままに、怒りを地に踏みしめるように、彼は自宅へと足を進めた。


 ――学校からしばらく歩いたところに、加賀宮邸はある。普段は使用人の車に送り迎えさせているのだが、今回は連絡もない早期帰宅なので、車に乗らずに徒歩での帰りとなった。


 自宅に到着し、メイドや使用人達の驚く顔を無言で通り過ぎながら、まっすぐに自室へと入っていった。


 部屋へ入ると同時に、彼は部屋の私物を乱暴に、次々と壁へと投げ飛ばした。


「クソッ! この僕が負けるなんて……そんなのありえない!」


 罵詈雑言を吐き出し、次第に綺麗に片付いていた洋風の部屋が荒れていく。


「ハァ……ハァ……」


 数分経ってようやく落ち着きを見せるも、彼の腹は依然、怒りで煮えくり返ったままでいた。


 物に当たったところで、何かが返ってくるわけでもない――わかってはいるのに、どうしようもない衝動で、激しい怒りで、身体の震えが止まらなかった。


 ――コン、コン。


 不意に、部屋のドアのノック音が聞こえた。


「――私です、坊ちゃま。少々よろしいでしょうか?」


 ドアの向こうから聞こえた、落ち着きのある男性の声に、加賀宮はわずかに冷静を取り戻した。


仮也かりやか……入れ」


 そう言うと同時にドアが開き、黒い執事服を着た若い男性が部屋へと入る。


 仮也と呼ばれたこの男は、加賀宮家の執事であり、彼が最も信頼を置いている人物でもあった。


「失礼いたします。迎えに上がる前に帰宅されたとのことで、様子を伺いに来ました」


 相手を安心させる微笑と声音こわねに、加賀宮のざわついた心もようやく平静になる。


「……すまなかった。学校の方で、いろいろとあってな……」


「そうでしたか――この仮也でよろしければ、相談に乗れませんか?」


「…………」


 一番に信頼できる彼にさえ、語ることを少しためらってしまうが、吐き出すだけでもいくらか楽になるだろうと、脚色の一切もなく、先程までの出来事を彼に語った。


 ――仮也は、一時期落ち目の状態にあった加賀宮家をサポートし、再興させた人物でもある。


 両親も彼を一番に信頼しており、加賀宮自身もまた、彼の言葉に救われることは多かった。


 プライドの高い加賀宮が、誰かに弱音を吐く姿など、普段の彼の振る舞いからはとても想像のできない光景だ。それだけ仮也という人物は、加賀宮にとってとてつもなく大きな存在なのだ。


「――なるほど、好意を持ったその方への恋慕を、転校してきたばかりの少年に邪魔されたと?」


「……自分でも情けないとは思っている。それでも僕は、白鐘さんを手に入れたかったんだ」


 偽りのない本心を吐露する。


 加賀宮家の執事は少しばかり考え込むと、自身の主を安心させようと、笑みを再び浮かべた。


「私が昔、坊ちゃまに教えたことを覚えていますか?」


「えっ?」


 唐突な質問に呆気を取られる主に、仮也は人差し指を立てて、蠱惑こわく的な声で静かに語る。


「人は、他人を糧にして存在できる生き物なのです。そして我々は、搾取する側に常にあります」


「……っ!」


「そのような、正当な勝負にこだわる必要はありません。たとえ、あらゆる手段を講じても、その少女を少年から奪い取ればいいのですよ」


「そっ、それは……しかし……」


 変に生真面目なところもある加賀宮には、勝負事での約束を反故ほごにするのは、彼なりにはばかられる行為だった。


 そんな彼を諭すように、仮也はさらに続ける。


「――加賀宮家の御曹司である坊ちゃまには、正当な権利がございます。罪悪感など感じる必要はありません。私でよければ、坊ちゃまのサポートに全力を尽くしましょう」


「仮也……」


 彼の言葉には、恐ろしいほどに引き込まれるものがあった。


 仮也が言うならば、それは正しいと思えることであり、彼に従えば全てが上手く行くことに、何の疑いも抱かなかった。


「そうか……お前がいてくれるなら、これほど頼りになる者は他にいない。だがどうすればいい? あの男から、白鐘さんを奪うのは簡単じゃないぞ?」


 ――口にして、再び背中がゾクリと震える。


 技術面で劣っていたにもかかわらず、黒澤四郎はバスケの勝負で、加賀宮に勝てるほどの出鱈目でたらめな運動神経とセンスを持っていた。


 彼から感じた、獣のような恐ろしい威圧感に、未だ恐怖心が拭えないでいる。

 そんな彼から一人の少女を奪い取るなど、容易でない事は明らかだった。


 そんな恐怖で震える加賀宮に対し、仮也は「フフッ」と不気味に笑った。


「――大丈夫ですよ、坊ちゃま」


 ――震えが止まる。

 たった一言で、先程まで抱いていた恐怖心は、霧散したかのようにスッキリと消え失せた。


「私にお任せください。明日には、そのお嬢さんは坊ちゃまの手に渡る事を約束しましょう」


 仮也の口から聞こえるは――深淵から響くような誘惑の声。


 その声に誘われ、加賀宮の中で次第に黒い感情が渦巻いていくのを、本人はまだ気づいていなかった。

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