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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第26話 もう一つの復讐

 七次椿、そして黒澤剛三郎を乗せた軍用ヘリは戦いの舞台となったビルの屋上を離れ、すでに一時間以上の航空を続けていた。


 腕を拘束された剛三郎は固く閉じた扉側に背を置いて座り、その真反対に椿も機体を背にして彼と向き合うように座っている。二人以外でヘリにいるのは操縦席に座るグレイハム准尉のみ。彼以外の部下たちは他の部隊と合流し、彼女たちとは別ルートで剛三郎の部下たちを運び出していたのだ。


「ふぅ……」


 椿はすでに十本目となるタバコに火をつけ、静かに煙を吐き出す。紫煙は少しの間機内を漂った後、風にさらわれるように窓の外へと流れていく。


「ボクも口が寂しくなりましたねぇ……よろしければ、ボクも一本いただいていいですかな? 普段葉巻以外は口にしないのですが、この際贅沢も言わないでおきましょう……」


 捕まってなお余裕の態度を見せている剛三郎。椿はそんな彼に対し特に反応も見せず、ただタバコの煙を無言で口に含むだけだった。


「……まあいいでしょう。さて、もう航行してからかなりの時間が経っていますが、果たしてボクはどこに向かって運ばれてるやら……。次は海外の刑務所にでもボクを放り(ブチ)込む気ですかな?」


「…………」


「フフ、だがそれも無駄というもの。ボクには国内外問わず多くの人脈を抱えている。たとえ辺境の国の刑務所であろうと、必ずボクの人脈を使ってすぐさま出られるようにしますよ」


「…………」


「出た後はそうですね……諏方くんに殺されるために再び彼をけしかけるのは既定路線として、たしか、あなたにも小学生の娘さんがいましたよね……?」


「…………」


「黒澤椿、そして黒澤白鐘……このボクをさんざんに邪魔したあなたたちには、相応の地獄を見ていただきましょう……その時まで必ず、ボクは生きて――」






「――少しだけ、昔話をしよう」






 先ほどまで静かに剛三郎の語りを聞き流していた椿が、唐突に口を開いて彼の言葉を遮る。突然の事に彼も思わず閉口し、しばしの沈黙が機内を流れていく。


「子供の頃の私は、ヒーローに憧れていたんだ。魔法少女などが出てくる女児向けアニメはどうにも私の肌には合わなくてね、もっぱら特撮ヒーローばかりをよく観ていた」


「っ……?」


 あまりにも突拍子のない椿の過去の語りに、剛三郎は彼女の真意が読めず、ただ首をかしげている。


「大人になってみれば、ヒーローとはほど遠い職業に就いてしまったもんだ……いや、任務の先が人助けに繋がるという長期的視点で見れば、ヒーローも工作員も役割としてはそれほど変わらないのかもしれない。違いがあるとすれば、誰かを救済する過程で積み上げる死体の数といったところか……時に――」


 ガチャリ――っと、鼓膜に針を刺すかのように響く金属の接触音。


 椿はレザージャケットの(ふところ)にしまっていた拳銃をスライドさせ、黒塗りの銃身を鋭い視線で眺める。




「――貴様は間接的に多くの人間に手をかけはしたが、直接手をくだした者は少ないと聞く。さて……()()()()()()を救うために多くの()()を殺してきた私――(はた)から見て、どちらの方がより罪深いのだろうな……?」




 ――瞬間、椿の鋭い視線が剛三郎を映し、射抜く。


「っ――⁉︎」


 背筋を疾る悪寒に、全身が身震いするのを剛三郎は感じ取った。自然と生存本能が彼を立ち上がらせ、彼女から少しでも遠ざかろうとするも背中には硬く閉ざされた扉が一つ。




 ――そして、彼は振り向いてしまった。今ヘリが()()を飛んでいるのか、その瞳に映し出してしまったのだ。




「なっ……ここはいったい……どこなのですか……?」


 外から見渡せるは海。穏やかな流れの海水が、地平線の向こうまでひたすらに続く景色だけが眼下に広がり、その光景に剛三郎は唖然となっていた。


 辺りには島一つ影すら見当たらない。まるで地球上の陸地全てが海に飲み込まれたのではないかと錯覚してしまうほどに、果てのない暗い海だけが潮の音を立てながら波をゆらしていたのだった。


 心なしか、ヘリの飛空速度も飛び立った時と比べて明らかに遅く感じられる。まるでこの場所に少しでも留まろうとするかのように――この海の上こそが、()()()であると示すように。


「くっ……ここはいったいどこなのかと訊いているのですっ⁉︎」


「さあな? まあ、太平洋側のどこかの海域だとでも思えばいい。ああ、安心しろ。ここら一帯の領空権での飛空許可はすでに下りている。それと――」


「ッ――⁉︎」


 突如、轟音を響かせながら剛三郎の目の前の扉が自動でスライド式に開く。耳が潰れそうなほどに響くプロペラの音とともに発せられる風圧に身体がゆらされ、危うく真下の海に落ちる寸前で彼はなんとか足を踏みとどまらせた。




 ――そして、プロペラの風切り音の中でなお響く、ガチャリとした金属音。




「――貴様を殺していいという権利も、すでに私が得ている」




 振り向く剛三郎の額に、椿の拳銃が向けられた。


「ボ、ボクを殺していい権利⁉︎ あ、ありえないッ⁉︎ 法治国家である日本で、そのような横暴が許されるはずがないッ!!」


「超法規的措置というやつさ。おそらくは政府の人間の中に貴様と繋がっていた者もいたのだろうが、その繋がりを抹消するために貴様という人間をなかった事にしたいのだろう。もう貴様に人権などというものはない。見捨てられたんだよ、国そのものにな」


「そ、そんな……ありえない……そんな事、ありえてたまるかぁ……」


 絶望に足が崩れ、その場にへたりこむ剛三郎。


「そして、私が貴様を直接殺せる権利を買い取った。貴様に復讐したいのが諏方一人だけだとでも思っていたのか? 両親を殺し、弟を長い間苦しめてきた貴様を……私は絶対に許しはしない」


 引き金にかけられる指。今目の前に死が迫っているという事実に剛三郎は青ざめ、理性の糸が途切れる。


巫山戯(ふざけ)るなぁぁぁあああああああッッッッ!!!! こんな事、あってはならない!! ボクを殺していいのは諏方くんただ一人だけだぁッ!! 断じて貴様のような『女』であっていいはずがないッ⁉︎」


「…………」


 パニックになって叫ぶ剛三郎を前にして、椿は息一つ乱さず、ただ狙いを研ぎ澄ませるのみ。


「せ、せめて難民の少年にでも金を積ませてボクを殺してくれ⁉︎ い、いや、もう贅沢は言わん! そこの操縦席の男! せめてお前がボクを殺せッ⁉︎」


 操縦席に座るグレイハムはすでに椿の行動も了承済みなのであろう、一切振り向く事なく、無表情でヘリの操縦を続けている。


「い、嫌だッ! こんな結末、こんな結末(おわり)を、ボクは望んじゃいな――」








 ――――響く銃声。








 剛三郎の額から血が噴き出し、目を見開きながら彼は後ろ手にのけぞるように倒れ、そのまま真下の海の中へと堕ちていく。


「思い上がるなよ、笛吹き。子供さらいの結末など、行方不明(姿を消す)ぐらいが上等だろ?」


 風にさらわれる硝煙をしばらく見つめる椿。笛吹き男が消えた洞窟を岩が塞ぐように、海の中へと消える剛三郎を見届けたヘリの扉がゆっくりと閉まっていく。


 椿は大きく深呼吸をし、任務中は常に冷静沈着である事を心がけている彼女にしては珍しく高鳴っている心臓を鎮める。


「お疲れ様でした、少佐相当殿。……本部到着までまだ少し時間があります。どうか、しばし休息を取ってください」


「……そうだな。今回は甘える事にするよ、グレイハム准尉」


 部下にその後のヘリの操縦も任せ、銃を懐に再びしまい終えた椿はゆっくりと瞳を閉じる。




   ◯




 ――思い起こす光景は、かつて両親とともにリビングでテレビを観ていた時のこと。


『パパ、ママ! わたし大きくなったらヒーローになって、たっくさんの人を助けるんだ!』


『はは、本当に椿はヒーローものが好きだね。女の子なんだから、魔法少女のアニメとかの方が好きになりそうなもんだけど』


『パパ! 今はたよーせーをそんちょーするじだいなんだよ?』


『あはは……ずいぶん難しい言葉を覚えたんだね……』


 呆れ気味に笑う父の隣で、眠っている赤ん坊の弟を抱きしめていた母が優しく微笑んでいる。


『ふふ、それじゃあ諏方のことも、ヒーローになったお姉ちゃんが守ってあげなきゃね?』


『もちろんだよ、ママ!』


 身を乗り出し、ぐっすりと眠っている弟のまだ小さな頭を優しく撫でる幼き頃の椿を、両親は慈愛の眼差しで見つめていた。


『諏方も、それにパパもママも、みんなヒーローになったわたしが守ってあげるんだからね……』




   ◯




 新しいタバコに火をつけ、肺に煙を流しこむ。




「終わったよ、パパ、ママ……」




 ――せめて子供たちだけでもと、後部座席に車体が当たらないようハンドルを切った父、身を挺して庇ってくれた母。


 閉じた瞳から一筋の涙を流しながら、椿は二人の『ヒーロー』に鎮魂の祈りを捧げるのであった。

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