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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第25話 復讐の終わりに

「黒澤剛三郎はこちらのヘリで運び出す! 奴の部下たちは別部隊を招集してすみやかに全員確保しろ!」


 ヘリから屋上へと降り立った椿は、耳につけたインカム越しにこちらにはいない別の部下に指示を送る。そのままゆっくりと前方へと進み、手をつないでいる諏方白鐘父娘と対面する。


「まったく……無茶はするなと言ったろ、白鐘ちゃん?」


「……ごめんなさい」


 先ほどまで剛三郎相手に放っていた気迫がすっかり薄れ、白鐘は悪い事をして親に叱られている子供のように縮こまってしまっていた。


「……まあ、ここに連れて来た私にも責はある。今回はお咎めなしという事にしといてあげよう。それに――」


 呆れ気味な表情が一転、爽やかな笑みを浮かべて椿が姪っ子の頭をくしゃくしゃと優しく鷲づかむ。


「――正直、スカッとした。褒められたムーブではないが、よくやったと感じたのも本音だ。頑張ったね、白鐘ちゃん」


「叔母さま……」


「――だけど、それも今回限りだ。次また無茶をしたら……お説教だけじゃ済まさないからね?」


「は、はい――⁉︎」


 笑ってはいるが、ものすごい圧を感じさせる叔母の笑顔に背筋が凍り、ビクッとなりながら返事をする白鐘。


 その後、椿はもう片方の手を今度は諏方の頭の上に乗せようとする。


「おいおい? こんな姿(ナリ)だけど、中身はオッサンなんだから、俺まで頭撫でようとしなくても――」


 諏方の恥ずかしがりからの静止を聞かず、椿は弟の頭を強引に鷲づかむ。


「諏方もよく頑張った……三十余年の恨みは決して浅くはないはずだ。それでも、家族のためによく耐えきったな」


「っ……」


 諦めたように少し赤面しつつも、諏方はしばらく姉の好きなように頭を撫でさせる。


「……俺は…………」


 たしかに姉の言葉通り、諏方は叔父に手をかけるのを止める事ができた。


 だが正確には、あっと一歩というところで諏方の精神は崩壊しかけていた。それを止めてくれたのは、何より守るべき対象であった娘だったのだ。


 父としては娘の無謀な行動を決して褒められるわけではない。それでも、彼女の行動が諏方の復讐を思いとどまらせた事に間違いはなかった。


 娘の勇気と強さに救われ、諏方は心の中で彼女に感謝するとともに、娘の成長を何より嬉しく感じていたのであった。




「――あとは、私に任せてくれ」




 二人の頭から手を離し、椿は未だ股間の痛みで痙攣している剛三郎へとまっすぐ進む。


「っ――!」


 すれ違う寸前の姉の()()()()()()()()()()()がチラリと眼に映り、諏方は一瞬声をかけようとするも姉の覚悟を思って口をつぐみ、娘と手を繋いだまま小鳥たち(日常)側の方へと向き直る。


「…………任せたよ、姉貴」




 ――最後にそれだけを言い残し、諏方たちは今度こそ剛三郎に背を向けて、彼の元を離れていったのであった。




「スガタさん!」

「諏方さん……!」


 諏方たちを見守っていた二人の魔法使いの少女たちが、二人の元に駆け寄ってくる。


「お疲れ様でした、スガタさん、シロガネさん。二人ともカッコよかったですよ!」


「そっか? どっちかっていうと、恥ずかしいところを見せちまった気がするが……?」


「あたしも……なんか今さらになって恥ずかしくなってきちゃった」


 諏方も白鐘も、共に先ほどまで感情が爆発して冷静さを失ってしまい、その時の事を振り返り、恥ずかしさで顔が熱くなってしまっている。


「諏方さん、その……具合の方はいかがでしょうか?」


「ん?」


 最初、フィルエッテの問いの真意がわからずにいた諏方だが、おそらく薬の効果が切れて再び若返った身体の事を心配してくれているのであろうと思い至る。


「ああ、身体の方はすこぶる調子いいよ。悲しい話だけどよ、やっぱ年取ってから若い身体に戻っちまうと自分の身軽さに驚いて、こっちの身体の方がいいなってつい思っちまいそうになるな……」


 本当はそう思ってはいけないのだとわかってはいるが、つい若い頃の身体の方がいいのだと、諏方は自分の中の誘惑に負けてしまいそうになる。


「それでは、薬の方は……」


 珍しく寂しげな表情を見せるフィルエッテに、諏方は一瞬戸惑ってしまう。


「……いや、俺はあくまで黒澤諏方であって、黒澤四郎じゃねえ。今回はまあいろいろあっちまったけどよ、これからも元の年齢に戻るための方法を変わらず模索してくれると俺は嬉しいぜ?」


「っ……はい、時間はまだかかってしまいますが、必ず元の年齢に戻る方法を見つけてみせます……!」


「わ、わたしも頑張りますよ、スガタさん!」


 二人の少女の思いに触れて、諏方は改めて彼女たちにも感謝する。今回の件に関しては白鐘を含めて三人の少女たちがいなければ、こうして間違いを犯さずに日常に帰れる事はなかっただろう。


 ――子供の頃は叔父の身勝手な悪意によって、諏方は多くのものを失ってきた。だがそれでも、今は自分を思ってくれる人がこんなにも多くいるのだと、その幸せを噛みしめつつ、自らの凶行でそれらを失わずに済んでよかったのだと、胸を撫で下ろしたのであった。


「藤森さんはその……ケガとかはないかな?」


 一人、呆然と目の前の出来事を眺めていた小鳥がふいに声をかけられ、思わずあわてふためいてしまう。


「い、いえ! ……長時間拘束されていたので身体の節々がちょっと痛いですけど、気にせず全然動けますよ!」


 明るい表情で大きなケガはない事をアピールし終えた後、小鳥は諏方たちに向けて深く頭を下げる。


「黒澤係長、それに他のみなさんも、私を助けに来てくれて本当にありがとうございます……!」


 小鳥の心からのお礼の言葉。それが聞けただけでも、彼女を助けられてよかったと諏方は安堵した。


「いや、むしろこっちのせいでこんな事態に巻きこんじまったようなもんなんだ。どうか、俺から謝らせてほしい」


「そ、そんな⁉︎ 私は気にしてないので、頭を上げてください、係長!」


 謝罪の意味で頭を下げた若い姿の上司に、逆に困った表情になってしまう小鳥。だが少しして、彼女は今度はなぜか突然吹き出すように笑い出した。


「あ、あれ? なんか変なこと言ったか、俺?」


「いえいえ、違うんです。……たしかに若返ってはいますけど、係長は係長のままなんだなって気がついたら、なんだか笑えてきちゃって」


 小鳥の笑ってしまった理由に納得はしないものの、それでも彼女に笑顔が戻った事で、ようやく今回の戦いが終わったのであると諏方は改めて実感したのであった。


「……それじゃ、とりあえず帰るか、みんな」


 小鳥、そして少女たちは(みな)うなずく。


 一時間にも満たないわずかな時間ではあったが、あまりにも多くの出来事がありすぎた会社の屋上。


 諏方は最後まで振り向かないまま、家族とともにこの場所をあとにする。




 ――この日を最後に、黒澤諏方は二度と剛三郎と会う事はなかった。




   ◯




「――それじゃあ、私はここまでで」


 会社のビルを去ってから少し歩き、諏方たちは小鳥の住むマンションの入り口近くにまでたどり着いた。


「ちょっとまだわからない事だらけだろうけど、今は少しでも身体を休めてほしい。後日必ず、説明する時間は作るよ」


 本当ならばなぜこのような事態が起こったのか、なぜ上司である諏方の身体が若返り、会社に来れなくなってしまったのかを一から説明したいのは山々ではあったのだが、今は誘拐された事による疲労を取る方が先決であるのだと、まっすぐに帰宅するのを彼が提案したのであった。


 もちろん彼女に休息を取ってほしいのが一番の目的ではあったが、どこまで彼女に魔法などの説明をしてもいいのか、事前に境界警察に相談したかったという理由も含めてのものだった。


「そ、それでしたら、そのぉ……」


 だが彼女はすぐにはマンションに戻らず、何を恥ずかしそうにしているのか身体をもじもじさせていた。


「ん? もしかしてやっぱどこか痛むのか⁉︎」


「あ、違います違います! そのぉ……それなら、わ、私と――」


 そして意を決したように、小鳥は精一杯の大声で告げる。






「――今度、一緒にデートしませんか⁉︎」






「…………え?」


 予想だにしなかった後輩女性の提案に、諏方はもちろん、その場にいた少女たちも皆ポカーン顔になってしまう。


「あ…………いえ! 説明をしてもらうのもお話が長くなってしまいそうですし……それなら二人っきりで、ゆっくりお話を聞きたいなぁ……なんて」


 言った後にさらに恥ずかしくなってしまったのか、すっかり小鳥の顔が真っ赤になってしまっている。


「そ、そうだなぁ……ま、まあ、俺もやぶさかではねえんだが――」


「――って、なんでこっち見るのよ、お父さん?」


 ふいにどうするべきか困っているような視線を父から向けられ、娘はため息をついてから呆れ気味な表情を父に返す。


「……好きにすればいいんじゃない? 今度は変に追っかけないようにするわよ」


 娘の許可を無事に受けると同時に、諏方もわりととんでもない流れになっている事に改めて気づき、途端にまた恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。


「そ、それじゃあ……落ち着いたらまた連絡するよ」


「は、はいッ! 楽しみにしていますね……!」


 小鳥は赤くなったまま、誘拐された後とは思えないぐらいに満面の笑顔になり、そのままマンションの玄関へと向かっていく。


「それではみなさん、改めて、助けてくださって本当にありがとうございました……!」


 最後にもう一度お礼の言葉を述べ、そのまま小鳥はマンションの中へと消えていった。


「それじゃあ、わたしたちも帰りましょうか! もうお腹ぺこぺこですぅ!」


「はいはい、二人とも頑張ってくれたし、今日はご馳走作ってあげるわよ」


「わーい! わたしハンバーグがいいで――」






「――あ、ちょっと待ってくれ」






 すっかり帰宅ムードになったところを、突然諏方が少女たちを止めた。


「わりぃんだけど……ちょっと白鐘と話したいことがあるから、シャルエッテとフィルエッテは先に帰ってもらってもいいか?」


「あたしに?」


 ふいの諏方のお願いに白鐘は首をかしげ、シャルエッテは明らかに不満そうな表情を見せる。


「えー? せっかくみんなと帰れるのですから、スガタさんとシロガネさんと一緒がいいで――あでで⁉︎」


 駄々っ子のように文句を言うシャルエッテの耳を、呆れ顔でフィルエッテが引っぱり上げる。


「あなたはもうちょっと空気を読めるようになりなさい。それでは諏方さん、ワタシたちは先に家で待っていますね?」


 フィルエッテは妹弟子の耳を引っぱったまま、諏方の要望通りに先に家で待つ事にする。


「それじゃあ行くわよ、シャル」


「いだいです⁉︎ フィルちゃんいだいですぅ!!」


 シャルエッテの断末魔を残したまま、二人は先に黒澤家へと向かって行った。


「……サンキューな、フィルエッテ」


 おそらくは何か察してくれたのであろう。すぐさま行動を起こしてくれたフィルエッテの背中に、諏方は小さく礼を告げる。


「……んで? あたしに話って何? ……もしかして、今からお説教?」


 今回強引に動いた件で怒られると思ったのだろう。白鐘は身構えてしまうも――、


「――って、お父さん⁉︎」


 突然、父親が白鐘の胸に頭を乗せてきたのであった。


「な、何いきなり娘の胸に顔うずめてきてんのよ――」




「――わりぃ…………ちょっとだけ、このままでいさせてくれ」




「……お父さん?」


 父のくぐもった声にはわずかではあるが、嗚咽(おえつ)のような響きが混ざっていた。


「……うっ、うぅ…………」


「っ――⁉︎」


 白鐘は驚いた。彼女は初めて見たのだ――父親の泣いている姿を。


 ――三十年以上もの長い間、心の底に沈んでいた憎しみ。積もりに積もった感情が、終わりを迎えて決壊したのだろう。


 それがどれほどの深い憎しみであろうか――父の半分の年月も生きていない白鐘は、その全てを理解できていたわけではない。


 それでも――、




「……いいよ。今だけは、あたしがお父さんを受け止めてあげるから」




 復讐を完全な形で成し遂げたわけではない。当然、行き場のない憎しみは父の中にまだ残っているはずだった。


 ――ならば、父が娘である自分を頼ってくれたのなら、受け止めてあげよう――白鐘は優しく、諏方の小さな身体を抱きしめてあげた。








「うぅぅぅ……………………うああああああああああああああ――――!!」








 慟哭(どうこく)――それはまた明日から、いつも通りの日常を迎えるために必要な儀式。


 その慟哭をただ一人――娘である白鐘は、父の悲しみを静かに抱き止めてあげたのであった。

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