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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第23話 悪魔はなお嗤う

 ――黒澤剛三郎は自身の容姿が醜く生まれた事について、疑問を感じた事は一度たりとてなかった。


 それは男である彼でも見惚れるほどに美しい兄を持ち、心より尊敬していたがため――兄が美しい造形美(かたち)で誕生したのであれば、自分など最初から余分に生まれただけの欠陥品(ガラクタ)に過ぎないのだと、幼き頃から彼はそう是認(ぜにん)していたのだ。


 むしろ、あれほど完璧な兄を産んでおいてなぜもう一人子供を作ろうなどと考えたのか、もう一人完璧な子供が生まれるなどと思い上がっていたのだろうか――彼は自身を産んでくれた両親に対し、子供らしからぬ疑念を抱いていてきた。


 兄は容姿だけでなく、誰とでも仲良くなれる社交的な性格をしており、それがより兄の完璧さを引き立てていた。




 ――兄は等しく誰とでも接し、ゆえに誰か一人のものにはならない。




 年を取るたびに兄への盲信が強まっていった剛三郎は、本気でそう信じていた。




 ――そんな身勝手な願いを兄は知る事なく、銀髪のロシア人の女性と恋人になった事で、弟の兄への偶像は崩壊した。




「なんだ、兄もただの人か」


 あまりにも手前勝手な失望をきっかけに、彼の心は兄から離れていったのだった。




 それから数年の月日が経ち、兄とロシア人の女性が結婚し、二人の間に男の子が生まれたという情報はすでに裏社会の人間となった剛三郎の耳にも届いた。


 一人目の子供は褐色の女の子と、剛三郎にとっては射程外(興味がない)がゆえにそれほど心は動かなかったのだが――二人目が男の子と聞き、さらに母親の銀色の髪を受け継いだとの事で強く興味をそそられた。


 実家にて兄の妻(を凡人にした女)と会うのは苦痛ではあったが、それ以上に彼は生まれたばかりの薄毛の銀髪の少年に心を奪われたのだ。




 ――こんなにも美しい人間がこの世に生まれた事実に、剛三郎は人生で二度目の感謝を神に捧げた。




 同時に、彼はとある思考へと至ってしまう。






 ――黒澤諏方が生まれたのなら、兄とあの女の役目はもうとうに終わったのではないのだろうか?




   ◯




 地響きのような揺れとともに、コンクリート床の一部がえぐれる音が耳をつんざく。


「ふぅぅ……ふぅぅ…………!」


 黒澤諏方は小鳥を床に下ろした直後、倒れたままの剛三郎へと飛びかかって彼の身体を組み伏せ、押し潰さんがごとく床がヒビ割れるほどに、拘束した身体に圧力をかける。


 そのまま右拳を思いっきり振り上げるも、諏方のかろうじて残っていたわずかな理性が振り下ろされる拳を押しとどめていた。


「……どうしたのです? いいのですよ、その拳をボクの顔面に振り下ろしても?」


「ぐっ……!」


 圧力がかかり、すでに骨の何本かは折れているであろう剛三郎はしかし、少年に挑発するような笑みを投げかけていた。


「…………親父もお袋も、死んだのは交通事故でだッ!! 偶然だッ!!! お袋がかばってくれなきゃ、俺も姉貴もあの時死んでたかもしれねんだ……! 俺を手に入れたがってたお前が、そんな危険な事故を故意に起こしたとでも言うのかよッ⁉︎」


「ええ、そうですよ。アレはボクが起こした事故なのです」


 淡々と、しかし苦しむ少年の姿に愉悦するように、剛三郎はゆっくりと当時の事を語り出す。




「まだ幼かった貴方と貴方の姉……そして貴方のご両親の乗る車を()いたトラック運転手……名前はなんでしたっけなぁ……? まあどうでもいいでしょう。『彼』は運転のテクニックはなかなかのもので、一度も事故を起こした事のない優良ドライバーだったのですよ。そんな彼がなぜ()()()()()()()()()()に、トラックで事故を起こしたのか……グフ」




 剛三郎は何が可笑(おか)しいのか、嘲笑をまじえながら語りを続ける。


「そんな『彼』には一人息子がおりましてねぇ。あの当時は君よりも小さくてまた可愛らしい男の子でした……。そんな息子がいる彼ですが、実は奥さんがギャンブル狂でしてねぇ……かなりの額の借金を作って蒸発しちゃったのですよ。そして彼が妻の借金の肩代わりをせざるを得なくなったのですが、ただのトラック運転手である彼に返せる額ではとうていなくてですねぇ。彼をかわいそうだと哀れんだボクは、息子を売っていただけるなら、借金を丸々返せてなおかつお釣りが出るほどの額を彼に提示したのですよ」


「っ……⁉︎」


 剛三郎にかかる圧が強まり、彼の身体がさらに床にめり込んでいく。にも関わらず、彼は痛みでうめくどころか、その笑みをさらに(いびつ)にゆがめる。


「ですが、彼は息子だけはどうしてもと泣きながら土下座をしてきましてねぇ……仕方がないと、ボクはある提案をしたのですよ――()()()()()()()()()()()()をあなたのトラックにぶつけなさい。その際に、あなたの生死は問わない――とね?」


「うっ……⁉︎」


 突如、胃の中の物が喉へと迫り上がり、それをなんとか体勢を変えぬまま抑えこむ諏方。


「彼の腕はボクも見込んでいましたからねぇ。彼は息子を救いたい一心で、ボクの望み通りに前部座席だけを見事轢いてくださいました。……まあ、彼もお亡くなりになってしまったのは実に……グフフ……残念な結末になってしまいましたがねぇ……。ああ、余談ですが彼の息子は子供好きな誰かさんに無事に()()()()()()()()よ? ほら、ボクは君に付きっきりにならなきゃいけなかったし、少年も()()()()()()()()()()()()誰かさんに保護してもらえた方が嬉しいでしょ?」


「テメェッ……!」


「これでもボクとしては寛大な処置なのですよ? 万が一にでもあの事故で君が死んでいたら、少年はより(むご)結末(さいご)を迎えたでしょうからねぇ……」


 両親だけでなく、自己のエゴのために巻き込まれた見知らぬ誰かの無念も合わせて、諏方の怒りがさらに重なっていく。




 あとわずか――あとわずかで諏方の理性の糸、その最後の一本が切れる寸前――、




「…………そんなはずねぇ……だって、あの時はたまたま滅多になかった家族旅行で出かけた日だったんだ。そんな日に俺の家族の車を狙うだなんて、そんな偶然あるわけがねぇッ!!」


 あの時の事故は偶然なのだと、まるで自分に言い聞かせるように諏方は大声で叫ぶ――その後に続く剛三郎の言葉が、たとえ()()()()()()()()であったとしても。






「ああ……あの家族旅行のチケット、ボクが兄に(プレゼント)したものなのですよ」






「ッ…………」


 ――わかってはいた。ここまで用意周到な男が、最後の最後でただの運などに任せるはずがなかったのだ。


「グフフ……成人してから滅多に交流のなかったボクからのプレゼントがよほど嬉しかったのか……あの時の兄の喜んだ顔は未だに忘れられませんねぇ……ああ、兄はあの女に(けが)されてなお、美しい兄であったのだと……まあ、貴方を手に入れられる喜びの前にはもはやその美しさも霞むほどでしたが」






「――――ごうざぶろおおおおおッッッッ!!」






「そうです! その怒りです!! 貴方の三十余年の憎しみは、綺麗事などで片付けられるものではないでしょうッ!! さあ! その拳を振り下ろしなさいッ! ようやく巡った復讐の時なのですよ⁉︎ その拳でボクの頭蓋を打ち砕き、ボクに素晴らしい結末(ハッピーエンド)を迎えさせてくださいッッ!!」


 死を望む狂気の瞳――もはやそれすら、今の諏方には映らなかった。


 ただ――ただ、目の前にいる両親の仇を、自分の半生を地獄に突き落としたこの男を『殺す』。ただその一点のみに意識を集中させる。


「ダメです、スガタさんッ!」

「やめてください、諏方さんッ!」


「やめて、係長ッッ――!!」


 小鳥と少女たちの叫び声がこだまする。


 彼女たちは止めようと思えばいつでも声をかけられた。身を乗り出す事ができた。


 だができなかった。諏方を苦しめる男の語る言葉があまりにも邪悪すぎたがゆえに、諏方の彼に対する憎しみを否定する事ができなかったのだ。


 それでも、彼を殺人者にすまいとする良心が、最後に叫びとなって彼を止めようとする。




 だが、そんな彼女たちの声すら、やはり諏方の拳を止める事はできなかった――。




 振り下ろされる拳は、剛三郎の額へとまっすぐに向けられ――、








『そこまでだよ! お父さんっ!!』








 ――この場にいないはずの少女の声に反応し、諏方の拳が止まった。


「…………この声は……?」


 スピーカー越しのような、雑音混じりの少女の声に困惑する諏方。彼だけではない。組み伏せられたまま愉悦の笑みを浮かべていた剛三郎も、小鳥や二人の魔法使いたちも、突如鳴り響いた少女の声に混乱を隠せなかった。


 ――次に聞こえたのは嵐のような轟音。同時に、巨大な物体が屋上のさらに上空から飛来してくる。


 それは一機のヘリコプターだった。それも一般的なヘリの形状ではなく、軍が使うような無骨な形の大型のヘリだ。


 ゆっくりと降下するヘリの開いた扉の先。そこに立っていたのは、先ほど聞こえた声の持ち主である少女であった。




「しろ……がね…………?」




 黒澤白鐘はヘリの扉手前で片手に拡声器を握り、諏方とその先にいる男を睨みつけるように、鋭い瞳で前方を見つめながら仁王立ちしていたのであった。

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