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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第22話 憎しみ、復讐、その先の答え

 ――爆弾が爆発したのではないかと錯覚するほどの衝撃音が、ビルの屋上の空気を揺らす。


 だがそれは、何かが爆発した音でも巨大な落下物が飛来した音でもない。一人の不良が、ただ()()()だけの音であった。


 『気』を込めたその一撃――当たれば岩だろうが頭蓋だろうが、文字通り()端微塵(ぱみじん)になっていたであろう。




「……なぜ…………なぜなのですか……?」




 声が震えている。恐怖からではない。目の前で起きた出来事に、脳が理解を拒否しているゆえの震えであった。






「なぜ! なぜ僕を殺さないのですか、黒澤諏方くんッ⁉︎」






 黒澤剛三郎は、まだ()()()()()――。






「…………」


 床に尻もちをついている剛三郎の真上で黒澤諏方は腕を突き出しながら、なんの感情も見えない瞳で憎んでいたはずの叔父を見つめていた。


 剛三郎の背後――屋上のフェンスはまるで巨大な物体を光速でぶつけられたかのように、外側へ向けて大きく破砕している。


 黒澤諏方の拳は剛三郎の頭部に放たれる寸前、軌道を変えて後ろのフェンスへと激突していたのであった。




 ――黒澤諏方は、黒澤剛三郎を殺さなかったのだ。




「なぜなのです……なぜ、ボクを殺さないのですか⁉︎」


「は? 自殺志願者かよ? そんなに死にてーなら、一人(テメェ)で勝手に野垂のた()んでろ」


 諏方は突き出した腕を引っ込め、まるで興味をなくしたかのように剛三郎から軽蔑の視線を外し、横で腕と口を縛られたまま呆然としていた小鳥へと振り向く。


 そのまま彼女に近づき、縛られた腕の縄と口を塞いでいた布を優しくほどいていく。口を塞ぐ物はなくなったものの、依然として小鳥は一言も発さず、ただ黙って銀髪の少年を見つめていた。


「あー、えっと……くわしい話はまたおいおい説明するとして……とりあえず信じられねえと思うけど、俺は藤森さんの上司の――」




「黒澤係長――ですよね……!」




「っ……!」


 本来ならば頭おかしいと思われても仕方のない名を口にする前に、彼女は全てを理解しているかのように彼の名を告げ、諏方は驚きを隠せないでいた。


「一目でわかりました。……たしかに不良っぽくて荒々しくはありますけど、どことなく優しい雰囲気は課長そのものだったので」


「お、おう……そうやって褒められるとなんだか照れるな」


 恥ずかしげに頬をかく仕草も自身の知っている上司そのものであり、それを知れた事が何より小鳥にとっては嬉しく感じられた。


「……歩けるか?」


「は、はい! ……あっ」


 少年の姿をした上司に手を取られ、歩き出そうとするもずっと座らされていたせいか、あるいは緊迫した状況から抜け出したばかりまだ緊張が残っていたためか、足はガクガク震えて小鳥は歩く事ができなかった。


「さっきまで怖い思いしてたものな。……しょうがねえ、ちょっと失礼」


 そう言って諏方は小鳥の横に回ると、彼女の身体をお姫様抱っこの要領で、ひょいと軽げに抱き上げた。


「ふぇ? …………ふええええッッ⁉︎」


 何が起きたのか即座に理解ができず、自分が童話のお姫様のように王子様に抱きかかえられた事を把握すると、途端に彼女の顔が真っ赤になる。


「とりあえず、この場から一刻も早く離れよう。安全な場所に移ったら、順にどうしてこうなったのかを説明するから」


「うぅ…………はい……」


 彼に何か言われてるのはわかっていても、もはや恥ずかしさが限界突破しそうで彼女の頭はそれどころではなかった。






「――お待ちなさい、黒澤諏方くんッ!!」






 再び響き渡る剛三郎の怒号に、呼ばれた当人は面倒くさげな表情で振り返る。


「なぜなのですか……? 貴方はボクの事をずっと憎んでいたはずだ……ボクから解放され、日常生活に戻って以降も、ボクへの憎しみの炎は消えないはず……そうならないように、ボクは君を育て上げたのです……! なのになぜ、憎き敵であるボクを前にして、その拳を振り下ろさなかったのですかッ……!!」


 全ては愛しき少年に殺されたいがため――剛三郎は幼き頃より彼の憎しみの炎がどのような状況でも絶えぬよう、じっくりと慎重に育てたはずだった。


 しかし、彼は突き出した拳を自分には向けなかった――その疑問がひたすらに脳をかき乱し、いつも余裕を感じさせる剛三郎が珍しく取り乱すほどに、諏方の行動が理解できなかったのだ。


「ハァ……」


 諏方は少し考えこむように黙った後、ため息を吐き出しながら小鳥を抱えたまま、剛三郎へと身体ごと振り返る。


「勘違いしてんじゃねえよ。別にテメェに対して憎しみが消えたわけじゃねえ。今だって許されるなら、テメェを全力で殺したいくらいには憎んでいるさ」


「……ならばなぜ?」


「…………」


 諏方はすぐには答えず、一拍置いてからゆっくりと口を開いた。






「……浮かんじまったんだよ、娘の泣いている顔が」






 ――思い返せば、娘の泣いた姿を諏方()はほとんど見た事がなかった。


 生来から気が強いところはあったが、母親を亡くし、仕事で家を留守がちにしていた父親を持つ娘にとって、泣くほどの心の余裕など幼き頃からなかったのだろう。


 そんな娘の泣いてしまっている姿を思い浮かんで(イメージして)しまったのなら、もう諏方に剛三郎を殺す事はできなかった。


「親が殺人犯になって喜ぶ子供なんていやしねえ……。あいつを泣かせちまうくらいなら、お前への復讐なんざきっぱりやめてやるさ」


 そう言い放ち、諏方は剛三郎を背にして彼からゆっくりと遠ざかろうとする。


「ありえませんッ!! ボクからの虐待で苦しまなかった日などない子供時代を過ごした貴方にとって、ボクの命が娘の涙以下の価値などありえないッ! そうならないよう、ボクはじっくりと丹念に貴方を苦しませ(育て上げ)たのですよ⁉︎ それとも……大人になって今さら復讐は虚しいなどと、つまらないことを(のたま)う気ですか⁉︎」


「別に、復讐はくだらねえとか意味がねえだとかなんて綺麗事を言うつもりはねえよ。言っただろ? 許されるなら、今すぐにでも俺はお前を殺したいほどまだ憎んでいるんだって」


「なら――」




「――でも、今の俺には何より大切な娘がいる。俺を慕ってくれる後輩がいる。俺を元に戻すために頑張ってくれた家族がいる。…………もうお前に、そいつらを悲しませる事を引き換えにするほどの価値なんざねえんだよ」




「係長……」

「スガタさん……」

「諏方さん……」


 これが今の諏方にとっての、剛三郎に対する復讐の答えだった。


 たしかに剛三郎という醜悪な男によって、諏方は多くのものを失ってしまった。


 だがあれから長い時間をかけて、今の諏方はさらに多くのかけがえのないものを得る事ができた。それらを再び失ってまで剛三郎に復讐するほどの価値など、今の彼にはなかったのだ。


「っ…………」


 諦めがついたのか、剛三郎はその場でパタリと倒れた。それを見届ける事なく諏方はシャルエッテたちの元まで、捕われていたお姫様(後輩)を運んでいく。


「お疲れ様でした。諏方さん」


「フィルエッテ! もう回復はしたのか?」


 飛行魔法や(トラップ)魔法の多用で先ほどまでうずくまっていたフィルエッテが諏方へと駆け寄ってきた。


「全快とは言いませんが、多少動ける程度には休めました。その……ありがとうございます…………家族と呼んでくださって」


 普段白鐘以上にクールなフィルエッテが珍しく顔を赤くして、恥ずかしそうにボソッと小さく言葉を漏らしていた。


「たりめえだろ? まだ(ウチ)に住み始めて少ししか経ってねえけど、もうお前さんは十分に黒澤家の一員になってくれてるよ」


「諏方さん……」


「はいはーい! わたしもスガタさんの家族です!!」


 元気いっぱいに手を上げてアピールするシャルエッテに、諏方もフィルエッテも呆れ混じりに微笑ましく笑っていた。


「っと、そろそろもう動けそうかな、藤森さん?」


 諏方は小鳥の落ち着いた様子を確認すると、優しく彼女を床へと下ろしてあげた。


「ありがとうございます…………本当はもうちょっとこのままでよかったんですけど」


「ん? なんか言ったか?」


「あっ! いえいえ、こちらの話です! その……助けてくださってありがとうございました。皆様も、ありがとうございます……!」


 彼女なりに全力でお礼を言う小鳥。いろいろとあったが、本来無関係であった彼女が無事でよかったと諏方は心の底からホッと息をついた。








 ――だが、この時諏方自身、まだ気づいてはいなかった。








「さてと、アイツに関しては姉貴にあとで任せるとして、藤森さんにもいろいろ説明しなきゃならねえし、俺たちは一旦帰――」




 ――諏方の精神は、今も細い糸が途切れるギリギリを保っている状態であった事を。




 そして――、








「――――貴方の両親を殺したのはボクですよ、諏方くん」








 ――剛三郎の言葉(ナイフ)は、諏方のか細い精神の糸を断ち切るには十分な鋭さであった。

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