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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第21話 役者は揃い、舞台へと集う

「ガキはおそらくこのリビングの中だ。手分けして探し出すぞ!」


 響く野太い男の声、そしてリビングに集う複数の足音が嫌に耳に響く。心臓が音を鳴らしそうなほどに高く跳ね上がり、家に侵入してきた男たちに聞かれるのではないかと恐怖し、それが逆に鼓動を早まらせる。


 少ししてリビングに到着したのか、廊下から響くバタバタとした足音は止まり、彼らを呼び出した男とともに何やら小声で話し合っているようだ。


「リビングの広さは八畳ほどか。隠れられそうな場所は……よし。一人はキッチンを、もう一人は(ふすま)の中を調べろ。俺は他に隠れられそうな箇所を手当たり次第に見ておく」


「「おう!」」


 男たちは互いにどこを調べるかを確認し合った後、指示通りに動き出したようだ。彼らが物をどかす音が聞こえるたびに、二人の少女たちは今に見つけられてしまうのではと身を震わしていた。




 ――どれほどの時間が経っただろうか。




 意外にも、侵入者たちはなかなか白鐘たちを見つけられないでいる。とっさに隠れてしまったとはいえ、ソファの裏などすぐにでも見つかってしまいそうだと思えたが、案外そこにはいないだろうってなる場所ほど探しはしないのかもしれない。


「物影になりそうな場所や、テーブルの下にもいないか……おい、お前たちの方は何か見つかったか?」


「キッチンの方はくまなく探したが見つからん」


 イラついたような男たちの声に、同じくイラだって勢いよく閉められた襖の音も鳴る。


『……おっと、案外"敵から隠れろ!スニーキングミッション"達成できちゃう?』


『そうである事を祈りたいわね……』


 未だ見つかるかもしれない恐怖に二人の心臓は高鳴っていたが、思った以上に彼らが自分たちを見つけるのに苦戦してる事にわずかながら安堵し、このまま彼らをやり過ごせるかもしれないという希望が少女たちの心に沸き始めた。


 が――、






「あと調べていないのは――あのソファだけだな」






『『ですよねー……』』


 小声のまま互いにハモる白鐘と進。やはり現実は厳しかったようだ。


 静かな空間に響く足音。それが近づくにつれ、武器を握る白鐘たちの手の震えが大きくなる。もちろん武者震いなどではない。自分たちがマフィアたちに捕まってしまうかもしれないという恐れからくるものであった。


 改めて包丁と木刀を強く握りしめる。もちろん、相手は自分たちの想像のつかない世界で生きてきたマフィアたちだ。拳銃を所持している可能性も十分ありえる。どう転んだって、一般人でしかない白鐘たちが勝てる相手ではないのは重々承知していた。


 だが、それが抵抗せずにおとなしく捕まる理由にはならない。せめてもう片方の友人が逃げられるように彼らを足止めしようと、少女二人は互いに心の中で決心する。


 ――足音はソファのすぐ前にまで到着した。ソファに体重がかかったのが、背中越しに伝わる。


 誰かがこちらを覗き込んだ瞬間、武器を敵の顔面に目がけて振るう。白鐘と進は小さく深呼吸し、キッとしゃがんだ体勢のままソファの上を振り返り――、






 ――――ドンッ!!






 ――突然の銃声とともにガラスが割れるような音が響き、リビングが一瞬で暗闇の世界へと変わった。


「なっ! 電灯が撃たれたのか⁉︎ な、何者――ガッ⁉︎」


 次に耳に届いたのは、何かに殴られたような衝撃音と男のうめき声。白鐘と進、そしてリビングにいたマフィアたちも何が起きたのか状況を把握できず、ただただ戸惑い頭が混乱していた。


「だ、誰だ⁉︎ 誰なんだここに入ってきたのは――アガッ⁉︎」


 また一人、何者かに襲われる。白鐘たちが隠れているソファに近づいていた男は未だ混乱が抜けないながらも、銃を両手に構えて暗闇に目をこらした。


「ちくしょう! 見えないなら、手当たり次第に撃って――フゴッ⁉︎」


 だがやはり、男が引き金を引く前に暗闇にまぎれた何者かは、一瞬で最後の男をなぎ倒した。


 ――リビングが暗闇に包まれてから十秒にも満たないわずかな時間で、マフィアたちは何者かによってあっという間に制圧されてしまったのだった。


『えっと……これは、正義のヒーローが助けに来てくれたってやつかな……?』


『わからない……とりあえず、まだ警戒は解かない方がいいかも――』


 ――そう言いかけたところで再び、何者かがソファに近づく音が聞こえた。


 たしかに状況的には、何者かが少女たちをマフィアから助けてくれたのは間違っていない。だが、助けてくれた者の正体は不明で、わかるのはリビングの明かりを壊すのに拳銃をもちいたという事だけ。それだけで、無条件に味方だと思い込むのは危険すぎる。


『『…………ッ!』』


 二人の少女は先ほどと同じく武器を構え、誰が来ても反撃できるよう体勢を整えて――、






「おばけだぞぉ?」






「「いやぁぁぁああああッッッッ――――⁉︎」」


 突如、ソファ越しから小さな明かりが上向きに灯り、アゴから上を照らしてお化けのような風貌の女性の顔だけが暗闇に浮かび上がり、少女たちは思わず絶叫してしまった。


「アハハハハ! すまないすまない。ちょっと驚かすだけのつもりだったんだ」


 そう言って女性は持っていた懐中電灯を持ち上げ、自身の正体を少女たちに知らせるために上半身を照らし上げる。




「久しぶりだね、白鐘ちゃん?」




「え……椿叔母さま⁉︎」


「え? 誰?」


 暗闇から現れた女性の正体に驚く白鐘と、彼女と面識がなくさらに頭を混乱させてしまう進。


 部屋の電灯を撃ち、暗闇で視界を塞がれて戸惑うマフィアたちを制圧したのは、白鐘の叔母である七次椿であったのだった。




   ◯




「少し前に諏方から連絡が来て頼まれたんだ。君たちが剛三郎の部下に襲われるかもしれないから、二人を守りに行ってくれ――とね?」


「お父さんが……」


 椿、そして白鐘と進の三人は明かりのつかなくなったリビングを出て、玄関を通って家の庭にまで歩き出た。


 椿は一仕事を終えてタバコを取り出し、火をつける。その様はまるで古い映画の主人公が敵を倒して一服するようなハードボイルドさにあふれ、彼女のカッコよさに二人の少女は思わず感嘆のため息を漏らしていた。


「うおお……おじさんと白鐘から話は聞いていましたが、こんなにカッケー女性だったとは……お会いできて光栄(コーエー)っス、椿さん!」


「フフ、ありがとう。私も弟からよく話を聞かされてるよ、天川進ちゃん? いつも弟と姪っ子がお世話になってて感謝してるよ」


「いえいえ、そんな! あ、よかったらお近づきの印に、メッセアプリのアドレス交換しませんか?」


 事態が過ぎたとはいえ、あっという間に自然体に戻った友人の図太さに呆れ混じりで感心しつつ、気を取り直して白鐘はスマホを操作している叔母に一歩近づく。


「叔母さま! その……お父さんは今?」


「うむ、弟から連絡が来たのは家を出る前みたいでな、まだ向こうの状況は把握できていない。というわけで……っと、ちょうどいいタイミングで来たな?」


「え……?」


 椿が見上げた先に、白鐘と進も視線を向ける。と同時に、周りが吹き荒れるような突風が突如発生し、轟音とともに何かが空からゆっくりと飛来してきた。




「へ、ヘリコプター⁉︎」




 驚きで思わず腰を抜かしてしまいそうになる進。


 風を巻き起こしながら降下してきた巨大な物体は、上部のプロペラを激しく回転させるヘリであった。しかもよく見られる丸っこいフォルムではなく、黒と灰を基調としてゴツゴツとした見た目の軍用ヘリコプターであったのだ。


「スゲー……こんなの、映画でしか見た事ねえ……!」


「っ……」


 間近で初めて見る軍用機に興奮を隠せないでいる進と、ただ無言で呆然と見上げる白鐘。


 そうこうしている内にヘリは椿たちの頭上近くにまで降下し、スライド式の扉が開いて縄ばしごが下ろされる。さらにヘリの中から右頬に傷のある外国人の大男が姿を現すとともに、椿に向かって敬礼をする。


「お久しぶりです、七次椿少佐相当官」


「うむ、素早い到着感謝する、グレイハム准尉」


 会話からして直接の上司と部下が挨拶を交わしてる間に、ヘリから軍用の装備を着込んだ兵隊が二名、黒澤家の庭へと降り立つ。




「私は今から諏方たちの元へと向かう! 君たちには護衛を付けるから、おとなしく家で彼の帰りを待つんだ!」




「ッ――⁉︎」


 ヘリの轟音でかき消されないよう、大声で白鐘たちや部下に指示する椿。そのまま彼女は淡々と縄ばしごに手をかけ、ヘリへと乗ろうとする。


「っ……」


 そんな彼女の背中を、白鐘は静かに見つめている。






 ――また、あたしはただ待つ事しかできないの……?






 非日常的な光景が目の前で進んでいく中、胸に手を当てて拳を握りしめる。


 ――わかってはいる。今父がいるのは危険地帯だ。現場に向かうなら、荒事のエキスパートである工作員(スパイ)の椿のみが向かうのは理にかなっている事だろう。




 ――わかってはいる――――それでも――、








「――叔母さま! あたしも…………あたしも、お父さんの所に連れてってくださいッッ!!」








 ――それでも、声を上げずにはいられなかった。




 白鐘の突然の発言に、当然周囲は驚きの視線を彼女へと向ける。


「……父親が心配なのはわかる。だが、向こうは戦場だ。そんな場所に、一般人である君を連れて行くわけにはいかない!」


「わかっています!! でも…………嫌なんです! いつも何もできないで、ただ待っているだけなのはもう嫌なんですッ!!」


 学校でのゾンビ騒動の時も、親友とその父親が巻き込まれた事件の時も、白鐘はただ待つ事しかできなかった。


 それも当然だ。椿の言う通り、白鐘は力もない一般人に過ぎない。魔法を使えるシャルエッテやフィルエッテならともかく、彼女が父の側にいたところで足手まといにしかなりえないだろう。


 ――頭ではわかっている。今父がいる場所に向かったところで、できる事など何もない。


 ――それでも、叫ばずにはいられなかったのだ。なんでもいい。父の力になりたい。






 ――ただ待っているだけなのは、もう嫌なのッ!!――。






「っ…………」


「軍用機をここに長く待機させるわけにはいきません。早めの指示を、少佐相当官」


 椿は真剣な眼差しで、姪を見つめる。


 軽はずみな発言ではない事はもちろん承知している。だが、万が一にでも彼女を戦場に連れて行き、傷つけさせるわけにはいかなかった。


「ハァ……」


 ため息一つ。常識的に考えれば、一般人である彼女を連れて行かないのは当然の判断であろう。本来、悩む必要のない事項のはずだった。


 だが――、




「無茶な事はしない…………それだけは、守ってくれるかい?」




「っ――⁉︎」


「少佐相当官⁉︎」


 白鐘を含めたその場にいた誰もが、椿の承諾に驚きを隠せなかった。


「……今回に関しては、諏方の家族としての問題でもある。まるっきり、白鐘ちゃんが無関係というわけでもない。それに――」


 椿には一つ、懸念している事があった。頭に浮かぶは、ありえるかもしれない最悪の光景――、




「――白鐘ちゃんなら、最悪の結末を回避できるかもしれない」




 確信があるわけでもない。だが、自分にはできなくて弟の娘である白鐘にならできる事があるかもしれないと、椿はそう判断したのだった。


「……神月司令官に知られたら、今度こそ始末書などでは済まなくなりますよ?」


「その時は一緒に言い訳を考えてくれたまえ、准尉殿?」


 上司の無茶ぶりに呆れのため息を吐き出しつつ、グレイハム准尉はそれ以上彼女の判断に口を挟まなかった。


「そうとなれば、すぐにでも諏方たちの元へと向かおう。白鐘ちゃん……さっきも言ったように、無茶だけは絶対にしないようにね!」


「……はい!」


 椿がヘリに乗ったのを確認した後、白鐘もゆれる縄ばしごに苦戦しつつも、慎重に足をかける。




「白鐘ッ!!」




 後ろから進が大声で親友の名を呼ぶ。いつものおちゃらけた感じが消え、真剣な表情で危険な地へと向かう彼女を見つめていた。


「……必ず、おじさんと一緒に無事で帰ってこいよ……!」


 止めるような言葉は言わず、親指を立てて親友を見送る決心をした進。そんな彼女の気持ちに応えるように、白鐘もまた親指を立てて約束を守る事を親友に示す。




「待っててね、お父さん……!」




 ――何ができるかはわからない。それでも、せめて父の『戦い』を見届けるために、白鐘も舞台(戦場)へと椿たちと共に向かっていくのであった。

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