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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
181/323

第19話 人生と結末

 ――先ほどまで穏やかだった風が突然荒れ狂ったかのように吹きすさび、少年の銀色の長髪を激しく揺らす。


 時刻は深夜零時を過ぎ、オフィスビルの屋上に立つのは白の特攻服を纏った少年と、口を布で縛られ声を発せないメガネの女性、そして彼女に銃口を向ける醜男(ぶおとこ)の三人のみ。


「っ…………」


 メガネの女性――藤森小鳥は、口を縛る布ごしに感嘆のため息を漏らした。


 目の前に立つ銀髪の不良少年――荒々しくもどこか気品すら感じさせる彼の姿はまさしく、小鳥の叔父が語った通りの伝説の不良そのものであった。


 あれが黒澤係長の若き日の姿――銃を向けられている事も忘れ、彼女は目の前の少年に見惚れていたのであった。


 ――だが、彼女の隣の醜男はそれ以上に深く息を吐き出し、口の端のシワを増やす(いびつ)な笑みを彼に向けたのであった。




「お久しぶりですね…………黒澤()()くん」




 名を呼ばれ、諏方は彼に向ける瞳を刺すように鋭くする。


「人違いっすね……俺は黒澤諏方じゃなくて、黒澤四郎っすよ」


 ぶっきらぼうげに少年は自身の(偽名)を告げる。


「ああ、なるほど……今はそういう設定でしたね。ですが、ボクはそのような茶番に付き合う気はありません。そもそも……ボクを相手に偽る事などできませんよ。いったい何年、君を()()してきたと思っているのですか?」




 ――瞬間、大気が震える。




「……教育? ……アレをテメェは、『教育』なんて(のたま)うのか⁉︎」




 ――忘れる事なんてできやしない。木や鉄の棒で叩かれ、ムチで肉が裂け、汚物同然の食事を無理やり食べさせられ、一日たりとて苦痛を感じなかった日などなかった幼き頃の記憶が、焦がすように頭を焼きつかせる。




 ――黒澤剛三郎に向ける瞳に、憎しみの炎が灯った。




「フフフ……そう、その眼です……ボクに最大限の憎しみと怒りを込めたその瞳……君がその憎しみを爆発させる時を、ボクは待ち望んでいた……!」


 怨嗟の感情を向けられてなお、剛三郎は歓喜の表情を浮かべている。


「んっっ! んぐぅッッ――!!」


 彼の横で手を縛られ、逃げられないよう服の(えり)を掴まれていた小鳥は、強い眼差しで諏方に何かを訴えているようだった。


 そして、憎しみが爆発する寸前――諏方の背後から四機の小型ドローンが、備え付けの機関銃を彼の背中へと向ける。






「――――拡散(スプレッド)型魔力砲!」






 少女のかけ声とともに、四方向に分かたれた光が上空へと放たれる。光はそれぞれ四機のドローンの機体を貫通し、小さな爆発音を鳴らしながら炎上した機体は屋上外へと墜落していく。


「――シャルエッテ⁉︎」


 白いローブを纏った少女は(ケリュケイオン)を両手で握りしめながら、諏方の背中に自身の背中をくっつけた。


「ようやく、魔力砲を放てる程度には魔力が回復しました! 背中はお任せあれです、スガタさん!」


 満面の笑顔を背中越しに少年へと向ける魔法使いの少女。彼女の笑みに、爆発寸前にまで燃え上がっていた諏方の怒りが(くすぶ)っていく。


「サンキュ、シャルエッテ。それと……フィルエッテ、特攻服持ってきてくれててサンキューな!」


 もう一人の魔法使いの少女は、入り口のフチに背中を預けて座り込みながら、疲弊しつつも同じく諏方に笑顔を向けていた。


「まだ一度しか拝見しておりませんでしたが……貴方には、その服がとても似合っていると思ったので……」


 息を吐くのもつらそうに見えるフィルエッテ。計二十もの(トラップ)魔法は、本人が想定していたよりもずっと魔力を消費していたようだった。


「これ以上はもうお力にはなれなさそうです……シャル、スガタさんを頼んだわよ……!」


「もちろんです、フィルちゃん!」


 つくづく彼女たちには頭が上がらないなっと思いつつ、諏方は再び視線を剛三郎たちに戻す。醜男は初めて目にする魔法(ファンタジー)に多少驚きはしているようだが、それほど動じている様子は見せなかった。


「なるほど、やはり魔法というものは実在していたのですね……これで改めて、諏方くんが若返ったという事実がなおのこと保証されたというものです」


「んぐっ――⁉︎」


 剛三郎は小鳥の服の襟を自身に引き寄せて、彼女のこめかみに拳銃を突きつける。


「テメェ⁉︎ その薄汚え手を藤森さんから離しやがれッ!!」


「グフフ、落ち着きなさい……ご覧の通り、お姫さまの命はボクが握っています。もちろん、どのような交渉にも応じる気はありません……お姫さまを救うには、その手を汚す以外に方法はないとは思いませんかねぇ……?」


 剛三郎の視線が一瞬、諏方の足元の方へと向けられる。そこには先ほど、彼の奇襲で気を失った黒服の男たちが、()を握ったまま倒れていたのであった。


「……(こんなもの)を、俺に使わせる気か……?」


「数歩程度ですが、屋上中央に立つ君と、屋上端のフェンスを背にしたボクたちとではそれなりに距離があります。速度には自信がおありのようですが……果たしてボクが引き金を引く速度よりも速く、素手でお姫さまを救う事ができるのですかねぇ……?」


 明らかな挑発であった。しかし、諏方と剛三郎の間の距離はおよそ五十メートル――いくら諏方の速度が常人と比べて規格外であったとしても、彼が到達するまでに剛三郎が引き金を引くのを止める事はできないだろう。


 剛三郎の視線が示す通り、藤森小鳥を救うには諏方が足元の拳銃を広い、彼が引き金を引く前にこちらが撃つという方法が可能性としてはまだありえた。


 だが、もちろんの事ではあるが、諏方には拳銃を撃った経験など一度たりとてない。下手をすれば照準が定まらず、諏方が小鳥を撃ち殺してしまいかねない。


「さあ、どうしますか……諏方くん?」


「っ……!」


 どうするべきか判断が下せず、ただ拳を握りしめる事しかないできない不良少年。


「んんぐ! んんんっ――!」


 小鳥は言葉を発せず、ただ首を横に振るだけ。そんな彼女を掴んだまま、剛三郎はこの上ない醜悪な笑みを浮かべるのみ。






 ――そんな中、突如剛三郎の背後、フェンス越しの上空から、小さな野球ボール大の光の球が出現する。






「――――遠隔(ビット)型魔力砲!!」






 再び響くシャルエッテのかけ声と同時に、光の球から光線が放たれた。


「ぐっ――⁉︎」


 光線は剛三郎の手をかすめ、痛みと驚きで握っていた銃をその場に落としてしまう。身体も思わずのけぞってしまい、その拍子に小鳥の身体がようやく彼から離れられた。


「今です、スガタさん!」


「でかしたぞ、シャルエッテ!!」


 銃を落とし、小鳥が彼から離れたのを確認した直後――身体が動く。


 足を強く踏みつけ、わすが数秒で剛三郎の元まで身体が飛んだ。






「剛三郎ぉぉぉぉおおおおおッッッッ――――!!!」






 腕を引き、拳を握りしめ、放つ準備を整える。


「んんんッ⁉︎ んんんッッ――!!」


 小鳥は未だ縛られた口を必死に動かし、何かを諏方に伝えようとする。






 ――やめてくださいッッ、係長!!――。






 藤森小鳥は諏方を止めようとしていた。なぜなら――彼女は剛三郎の()()()()()()()からであった。




   ◯




『――どんな人間にも、共通で訪れる結末とはなんだと思いますか、藤森小鳥さん?』


 諏方たちが屋上に到着する十分ほど前――部下たちが下の階の仲間たちに連絡を取ろうと一旦剛三郎のそばから離れたのを確認すると、彼は小声で小鳥に奇妙な質問を投げかける。


『……わかりません』


 仏頂面ながらも、小鳥は剛三郎のふいの問いに対して素直に返答する。


『"死"……ですよ。人間も生物である以上、寿命の長さに差異はあれど、等しく死を持って結末(終わり)を迎えます……。ボクももういい歳です。あと十年か二十年ほどで、自然と死を迎えていくでしょう』


 珍しく切なげな表情を見せる剛三郎。その様子が逆に、彼の不気味さをより引き立たせていた。


『……私は、今すぐにでもあなたに死んでほしいですけど』


『……グフフ、あなたは良くも悪くも、言葉を飾らないお方ですねぇ。……まあいいでしょう。さて、ここからが本題ですが……ボクの持論にはなりますが、人はどんな死を迎えたかによって、その人の人生が良きものであったかどうかが決まると思うのです』


 口から葉巻の煙を吐き出し、醜男は目を細めて空を見上げる。


『たとえその人の人生の過程がどれほどに裕福なものであったとしても、事件や事故、あるいは重い病などで悲惨な結末を迎えれば、その人間の人生は無意味なものになる。逆に過程がどれほど(いた)ましいものであったとしても、その人間が望んでいた終わりを迎えたならば……その人間の人生は意味のあるものになるとボクは思っています』


『…………』


 小鳥は未だ剛三郎の言葉の真意をはかりかねている。だがなぜか、彼の言葉を聞いているとおぞましいほどの寒気で鳥肌が立ってしまうのであった。


『……ボクは嫌なのですよ。望まぬ結末()を迎え、ボクの人生が無意味に()してしまうのが何より恐ろしいのです……。さて、もう一つ質問になりますが……果たして幸福な結末というのは、どのようなものがあるとあなたは考えますか?』


 小鳥はしばし思考する。彼の存在には未だ嫌悪を感じるも、彼の語るテーマそのものは彼女なりに興味をそそられるものではあったのだ。


『……重い病気とかで苦しまずに、家族に看取られながらゆっくり寿命を迎える……とかですか?』


 小鳥の答えに、剛三郎は満足げにうなずく。


『うむうむ、ありきたりではありますが素晴らしい答えだと思います。……ですが、ボクも上澄みではあれ、裏社会の人間です。そのような普遍的な結末を迎えられるなど、おこがましい考えはとうに捨てています。ボクの死は十中八九、ボクを恨む無数の人間の誰かからふいに殺されるものだとボクは思っております。グフフ……想像するだけで、とても恐ろしくて震えが止まらないですねぇ……?』


 恐ろしさというよりはどちらかといえば、彼は興奮で身体を震わしてるように小鳥には見えた。




『そして、ボクは考えたんですよ……どうせ誰かに殺されるかもしれない結末()を迎えるなら、せめて()()()()()()()()()()()()に殺されたい――ってね?』




 いつも以上にしわくちゃになった醜い笑顔を見た瞬間――小鳥は彼の真意を理解し、表情が青ざめ、全身が悪寒で激しく震えた。


『まさか……あなたの目的は、黒澤係長に殺され――んぐっ⁉︎』


 言い切る前に口を塞がれ、さらに口を布で縛られてしまう。


『おっと、今の話は部下たちには内緒ですよ? 彼らはボクを起点に、"組織(ハーメルン)"の再編を望んでいるのです。彼らに知られると、ボクの目的を阻止されかねませんからねぇ。さて……』


 小鳥の口を縛り終えた後、剛三郎は腕時計で時刻を確認する。零時まであと二分を切ったところだった。


『グフフ……黒澤諏方くん、君がボクを殺すために身体を鍛えていたのを、ボクが気づいていないと本気で思っていたのですかねぇ? この日のために、果実(きみ)(成長す)るのをボクは待っていたのです……。さあ諏方くん、ボクに素晴らしい結末を迎えさせてください……! そして、ボクの死を君の心に永久に刻みつけるのですよ……!』




   ◯




「剛三郎ぉぉぉぉおおおおおッッッッ――――!!!」


 鼓膜をつんざくほどの雄たけび。実った果実(愛しき者)からの怒りの感情を向けられただけで剛三郎は心から歓喜し、陶酔の笑みをこぼす。






んぐっっっっっっ(だめぇぇぇえッッ)――――!!」






 布越しに漏れ響く小鳥の叫び。


 そして――、




 ビルをも揺るがす轟音が、星空の下で鳴り響いた――。

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