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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第17話 ゴール下の攻防

 ――状況は序盤から完全に逆転していた。


 バスケのテクニックも上で、観客達の空気も味方につけていたはずの加賀宮は追い詰められ、逆に絶望的な状況であったはずの諏方が優位に立っていた。


 加賀宮へのギャラリー達の声援は落胆へと変わり、気づけば鼓舞の対象を、転校してきたばかりの少年へと、あっさり鞍替えする。


 まるで、それは社会の縮図のようなものだった。強き者は賞賛され、弱き者は嘆かれ、蔑まれ、見捨てられる。実にシンプルで、残酷な現実だった。


 たったこの数十分で、加賀宮が今まで築いてきたものが、少しずつ崩れようとしてい――。


「――負けないで! 加賀宮くーん!」


「アタシ達は、まだ加賀宮くんの味方だよー!」


 ブーイングの中を切り開くように、数人の女子の声援が加賀宮の耳に届いた。


「……っ」


 見上げると、教室で彼にいつも纏わり付いていたギャル二人組が、手をメガホンのように口に当て、彼のために声を上げていた。


「そっ、そうだ! 俺達も応援してるぞ、キャプテン!」


 ギャラリーの中に混ざっていたバスケ部員達もまた、自身達の理想であり、目標でもあったキャプテンを立ち上がらせようと声援を送る。


 ――そうだ、このバスケだけは譲れない。


 バスケ部のキャプテンは――大企業の御曹司であり、あらゆるものに恵まれた加賀宮かれの、唯一独力で手にした栄光なのだ。


「……そうだ。バスケでの敗北は――それだけは、許されないっ!」


 加賀宮はもう一度立ち上がる。その眼には、闘志の炎が燃え盛っていた。


 そんな彼の――おそらく初めて見た真剣な表情に、諏方もまた、それをまっすぐに見つめ返した。


 攻撃側として、諏方は三度みたび、体育館の中央位置に立つ。


 このターンで諏方のシュートが入れば、ゲームは彼の勝利となる。ここに来て、二点先取ルールでの先攻の利が生きる形となった。


 だがもし――これでシュートが決まらなければ、次の攻守交代で一気に不利に戻る。


 加賀宮の様子からして、もはや彼に油断という隙はなくなっている。そうなると、いくら基礎体力や運動神経が圧倒的に上の諏方でも、経験の差で十分に負ける可能性はあった。


 実質――この攻防で、二人の決着がつくと言っても過言ではなかった。


「――――」


 ギャラリー達も静まり、何度も訪れた無音の空間。

 しかし先程以上の緊張が、諏方の鼓動を早まらせる。


 自然と――呼吸はわずかに荒くなる。


 いつ、開始の笛がなっても動けるように、全身を強く引き締めた。


「――っ!?」


 がっ――笛のよりも先に、なぜか加賀宮がゆっくりと移動を始めた。


 彼は元いた位置よりも後方に下がり、バスケットゴールのすぐ手前を陣取ったのだ。


「……なるほどなぁ」


 諏方はすぐさま、彼の意図を理解した。


 そしてそれは――加賀宮にとって最良の判断であると同時に、諏方を最悪の状況へと追い込む一手でもあった。


   ○


「キタぞ! 加賀宮キャプテンのポジションはPFパワーフォワード。ゴール下での守備なら、キャプテンの右に出る者はいない!」


「うわっ、バスケ解説オジサンがまた喋った」


「バスケ解説オジサン!?」


 急に興奮気味に喋りだしたバスケ部員に、隣に立っていた進はまたもドン引き。


「ふっ、ふん。二度のまぐれでキャプテンを追い込んだ転校生には賞賛するけど、こうなったキャプテンは負けないぞ!」


「何をー! 白鐘、ここは従姉弟のアンタが、ガツンと一発言っちゃ――」


 進がもう片方隣の親友の方に振り向くと、彼女はこちらの会話など耳にもせず、ただ真剣な瞳で諏方を見つめていた。


 その眼差しを進は知っていた。それは白鐘にとって、父親たいせつなひとにのみ向けられる、特別なものだということを。


「へえ~……四郎くんも、隅に置けないねぇ」


 感心したような表情で、進もまた白鐘と同じく、真剣な眼差しで諏方しろうを見守ることにした。


   ○


 ――二人の視線が交差する。


 先程まで静まっていた体育館内が、加賀宮の行動でまたザワザワとし始めた。


 その雑音に呼応するように、諏方の内心にもまた、小さく焦りが生じていた。


 諏方が先程シュートを決められたのは、あくまでゴール下に誰もいない状態で、安定してシュートを撃つ事ができたからだ。


 だが、ゴール下で敵の妨害が入ってしまえば、落ち着いてシュートを放つ事は難しい。たとえその状況でシュートを撃てたとしても、ゴールに入る確率は一気に低くなるだろう。


 いくらコート内を縦横無尽に走れる体力があったとしても、シュートの精度に関しては、それこそ経験がものを言う。


 こればかりは諏方が加賀宮に対して、どうしたって埋められない差だった。


 頭をフルに回転させ、どう動くべきかを計算シミュレートする。


 彼がゴール下にいる以上、通常のシュートではボールをネットに入れるのは至難の技だろう。彼の防御が堅い事は、最初の攻防ですでに把握はしていた。


 二度目の攻撃では彼の虚を突く事で、なんとか突破する事はできたが、ゴール下ではそのような小細工も無意味だろう。


 ならば――、


「――やった事もないし、かなり荒っぽい作戦になるけど……やるしかないよな」


 頭の中で思いついた作戦はたった一つしかなかった。

 諏方自身の経験値から考えれば、あまりにも無謀といえる作戦。


「……ふっ、なんかこういうの、懐かしくなっちまうな」


 状況は再び絶望的になったというのに、思わず顔に自嘲的な笑みをたたえてしまう。


 ――黒澤諏方が、かつて駆け抜けてきた高校せいしゅん時代は、これ以上の絶望的状況に何度も遭ってきた。

 それでも、彼自身の力でそれらを何度も切り抜けてきたのだ。


 ならば――このようなところでつまずくわけにはいかない。


 なにより―ー黒澤四郎(すがた)は今、誰よりも大切な黒澤白鐘むすめを、守らなければならないのだから――。


 ボールを床に一弾ひとはじき。

 その乾いた音で、ザワザワとしていた館内が再び静まり返る。


 ギャラリー達の誰もが、固唾を呑んでコート内の二人を見つめ、そして二人もまた、覚悟をいだいた瞳で互いを見つめ合う。


 ――同じく、緊張で身をこわばらせていた審判も、覚悟を決めて第五ラウンドのゴングを鳴らした。


 瞬間――強く脚を踏み込んだ諏方は、あっという間にゴール下まで距離を詰めた。


 加賀宮もまた、強く一歩を踏み込んで、迫り来る諏方の懐に入り込もうとする。


 ――五度目の攻防にして、二人はゴール下にて対峙した。


「――絶対に入れさせない!」


 もはや加賀宮の顔には一切の笑みはなく、鬼気迫る表情で相手のボールを奪おうと腕を構える。


「――っ!」


 前進はしながらも、ドリブルしていた手は止め、諏方は両手でボールを握り締める。


 猶予は反則トラベリングとなるまでの三秒――いや、少しでも気を抜けば、加賀宮にボールを奪われてしまう。

 三秒なんて恵まれた時間など許されない。


 覚悟を決める――。


 勢い(スピード)をそのままに、諏方は加賀宮の一歩手前で一段と強く、足を床に叩きつけた。


「負けて――たまるかぁぁぁぁぁあああ!」


 体育館特有の甲高い床鳴りが、より一層強く館内に反響し、諏方の身体が――文字通り宙に浮いた。


「なっ――!?」


 加賀宮を含め、この場にいた全員が、驚愕の表情で諏方を見上げていた。


 ――それは、凄まじいほどの高さの跳躍だった。


 諏方の鍛え抜かれた脚と、筋肉のわりに背の低さも加味した体重の低さが合わさった高い跳躍力は、軽々と加賀宮の頭上を飛び越えたのだ。


「おぉぉおおおおらぁぁぁぁああああ――――!」


 それは本来ならば――身長の高いバスケプレイヤーが得意とする技。


 諏方は跳躍しながら、右手に掴んだままのボールを、本来頭上にあるべきバスケットゴールのリングに直接叩き入れた。


 ――黒澤諏方はバスケ部キャプテンを相手に、この土壇場で、華麗なまでの『ダンクシュート』を決めたのだった。

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