第15話 お茶会への招待
「お茶会……だと……?」
とても還暦を迎えた男の口から出たとは思えない単語に、諏方は戸惑いを隠せないでいた。
『ええ。せっかく二十年以上ぶりに会えたのですからねぇ……君とは落ち着いてゆっくりお話がしたいのですよ? というわけで、今夜までに君にもボクのお茶会に来ていただきます』
諏方は剛三郎の目的がわからず、頭が混乱してしまう。だが少なくとも、その『お茶会』とやらが言葉通りの平和的なイベントではない事ぐらいは予想がつけた。
『場所はあなたの勤める会社のビルの屋上。タイムリミットはそうですねぇ……シンデレラよろしく、夜の十二時までとしましょうか。もし、十二時までに君がここに来れなかった場合……お茶会の出席者が一人減ってしまうかもしれませんねぇ……?』
「ッ……! 藤森さんに手を出してみろ……その時は本気で殺してやる……!!」
殺意のこもった諏方の声。そんな声すらも、剛三郎は鼻歌を鳴らして楽しんでいるようだった。
『ああ、そうそう……君のお姉さんである黒澤椿――おっと、今は七次椿でしたね?――には、決してお茶会に参加しないよう連絡をしないでくださいね? お茶会に工作員がまぎれこんだら、おいしいお茶も緊張で飲みづらくなってしまうでしょう?』
「っ……」
諏方としては剛三郎に相対するのに荒事に慣れている姉の助力がほしかったのだが、それも事前に封じられてしまう。
『約束を違えられれば、笛吹きは怒って子供を連れ去ってしまいますよ? 最も……相手は適齢期を越えた大人の女なので嬉しくもありませんけどね……。では、君の参加を楽しみにお待ちしていますよ?』
「おい! 待て――」
呼びかけもむなしく、電話はプツリと切れてしまった。
「くそっ……!」
スマホをベッドに叩きつけ、諏方は頭を抱える。熱とは関係ない頭の痛みで、今にも倒れてしまいそうだった。
「お父さん……今のって?」
明らかにただならぬ電話での会話に、先ほどまで無表情でいた白鐘が深刻な顔で父に問う。
「…………」
ここで隠しだてしたところでそれが解決へとつながるわけもなく、諏方は諦めて藤森小鳥について、そして黒澤剛三郎という人物について、四人の少女たちにわかりやすいよう簡潔に――長々と話す時間も体力もないため――語った。
「スガタさんの叔父さん……たしか、子供の頃のスガタさんを虐待していた悪い人なのですよね?」
「……そうか、白鐘とシャルエッテは、姉貴から話を聞いてたんだったね……」
「……でも、そのマフィアの人って子供を専門に誘拐してた人たちなんでしょ? どうして、お父さんの会社の後輩の人をさらったんだろ……?」
「……あの日、諏方おじさんと一緒に歩いてた女の人が『ショップ・リトルバード』でぬいぐるみを作ってた人だったなんて……」
三人の少女たちはそれぞれ戸惑い、諏方以上の混乱を隠せないでいる。
「……それで、諏方さんはどうしたいですか?」
ただ一人、フィルエッテが冷静な表情のまま問いかける。一人だけでも冷静でいてくれる人がいるのは、諏方にとってもありがたい事であった。
「もちろん……助けに行く。どうして藤森さんがさらわれたのかの経緯はわからないけど、少なくとも彼女は剛三郎と本来関わりのない子のはずだ。つまりは、僕のせいで彼女が巻きこまれたという可能性が高い……いや、そんなの関係なしに彼女は僕の大事な後輩だ。彼女が危険な目に遭ってるのなら、なんとしても助け出さなきゃ――ぐっ⁉︎」
急に苦しげにうめき、諏方は痛々しく頭を抑える。
「む、無茶ですよ! ただでさえスガタさんは薬の副作用で魔力が大幅に低下している状態なのです。その身体で無茶をすれば、さらに魔力を消費してしまいます。人間も魔法使いも関係なく、極度の魔力消失は最悪、命をも失いかねません……!」
命を失う――その言葉で、今まで以上に白鐘と進の表情が青ざめてしまう。
「じょ、冗談だよね……シャルちゃん?」
「はは、ジョークもさすがにそこまでブラックだと、笑えなくなっちゃうぞ……シャルエッテちゃん?」
なんとか冗談だと言ってほしい――しかし、シャルエッテの珍しいまでの真剣な表情は、言葉にせずとも白鐘たちの問いかけを否定し、二人はこれ以上何も言えなくなってしまう。
「……とはいえ、ろくにベッドからも立ち上がれない状態で、どうやって会社まで移動したものか――」
「――でしたら、ワタシとシャルエッテが、諏方さんをサポートしましょう」
「っ……⁉︎」
「ふえ⁉︎」
フィルエッテからのあまりにも突然な提案に諏方はしばし言葉を失い、名前を出されたシャルエッテも驚きで声をあげてしまった。
「だけど、あの男は俺一人を呼び出して――」
「――剛三郎という男が同行拒否を指定したのは、あくまで椿さん一人のみでしたよね? それに、今回の体調不良は我々に責任があるも同然。我々でしたら飛行魔法で諏方さんを会社まで運べますし、なにより……おそらくは向こうも、一人で待ち構えているという事はないでしょう」
「っ……たしかに、藤森さんは電話で『この人たち』と言っていた。つまり、向こうは複数人いるって事になる……!」
「相手はマフィア……ワタシも観させていただいた映画などでの知識しかありませんが、彼らは銃器などを装備してこちらを迎えるでしょう……。椿さんが同行できない以上、諏方さんが無事に藤森さんという方にまでたどり着けるよう、ワタシたちにサポートさせていただきたいのです」
まっすぐな瞳で人質救出のための提案を語る魔法使いの少女。その横に立っていたシャルエッテもまた――、
「そ、そういう事でしたら、わたしも全力でスガタさんをサポートさせていただきます!」
――多少表情に未知への恐怖がチラつきつつも、押忍の構えで気合いを入れていく。
「ワタシの計算が間違えなければ、ちょうど十二時に差しかかる直前で薬の効果が切れ、諏方さんの肉体も再び若返った状態に戻ります。それまでに他のマフィアを我々が制圧し、人質へとたどり着く道を切り開ければ……きっと、藤森さんを救い出す事もできるはずです……!」
「フィルエッテ……シャルエッテ……」
――身体は未だ熱で起き上がるのも困難なほどに重苦しい。しかし、フィルエッテの言葉を受け、絶望的に思えた藤森さん救出に希望が見えてきた。
「お父さん……本当に行くつもりなの?」
声をしぼるように、白鐘は不安げな表情のまま、父にそう問いかける。
行ってほしくなんてない――なんて口には出さずとも、父を見つめる瞳は彼女の本音を浮き彫りにし、彼にも伝わってしまう。
仕方もないであろう。娘ならば、父が死地に赴く事を良しとするはずがない。元の年齢に戻り、なおかつ高熱で今にも倒れかねない状態ならばなおさらの事であった。
だが――、
「――無茶なのは承知だよ。それでも……藤森さんを放っておくなんて事が僕にはできないの、白鐘もわかっているよね……?」
「っ……」
答えなんてわかっていた――父親が自分の大切な人のために命を懸けられる人間である事ぐらい、何度も助けられた身であるからこそ、わかってはいたのだ。
「そう……なら、勝手にすれば⁉︎」
白鐘は強い口調でそう吐き捨てると、昨日と同じように父親の部屋を飛び出して行ってしまった。
「白が……ね……」
呼び止めようと手を伸ばすも、強めの睡魔が諏方を襲う。
「……その状態のままでは、ワタシたちのサポートがあっても人質を救出するのは難しいでしょう。十二時までまだ時間があります。一時間前には起こしますので、それまで今は少しでも眠って、体力を回復した方が賢明だと思います」
「っ……たしかに、そうした方がいいかもね……」
――今すぐ藤森さんを助けに行きたい気持ちはもちろん強いが、フィルエッテの言う通り、今は少しでも体力を戻すのを優先した方がいいのだろう――。
変わらず冷静でいてくれる彼女に再度感謝しつつ、諏方は襲いくる睡魔にしばし身を委ねる事にした。
◯
――時刻は夜の十一時。深夜に向けて、夜空はさらに深い黒に染まろうとしていた。
少し前に起床した諏方は両腕をシャルエッテとフィルエッテに支えられつつ、黒澤家の玄関を通って外へと出る。少し眠ったおかげか、先ほどよりも体調は良好ではあるが、未だ一人で移動するのは困難であった。
――見送りに来てくれたのは進ただ一人。娘の姿は見えない。
「……それじゃあ、さっきも話したけど、進ちゃんにはこの家で待機してもらって白鐘を守ってほしい。あの男の狙いは僕だろうけど、娘である白鐘も狙ってくる可能性は高いだろうからね……」
玄関を出る少し前、諏方はまだ家にいてくれた進に白鐘を守るよう、彼女に頼んだのだ。剛三郎が娘を狙う可能性があるというのももちろんだが、娘の親友である彼女なら白鐘の精神的ケアもしてくれるだろうと、信頼を込めての頼みだった。
「オッケー、白鐘ちゃんはアタシに任せんしゃい!」
進は胸を強く打って、諏方の信頼に応える事を約束する。彼女のその頼もしさに、彼も安心して娘を任せる事ができた。
「――では、杖に乗って移動するので、諏方さんはワタシの後ろに乗ってください。シャルエッテは諏方さんの背中を支えつつ、ワタシたち全員をステルス魔法で姿を隠しておいてね」
「了解です、フィルちゃん!」
会社まではステルス魔法で姿を透明にしつつ、飛行魔法で移動するという手はずとなった。
諏方は初めての魔法での飛行移動に内心少し怖いとは思いつつも、今はそれどころではないと、素直にフィルエッテのケリュケイオンへとまたがる。
「――――お父さんっ!!」
飛び立つ直前に父を呼ぶ声がした。振り返ると玄関から白鐘が飛び出し、そのまま父親の元へと駆け寄ると、ふいに彼に向けて拳を突き出してきた。
「…………待ってるから、絶対帰ってきてよね……!」
「白鐘……!」
娘は依然として不満げな表情でそっぽを向いていたが、突き出してくれた拳は父を送り出すという勇気を十分に示してくれた。
諏方は同じように拳を握り、娘と拳同士で突き合わせる。
「ああ……必ず帰ってくるよ……!」
「…………」
白鐘はやはりそっぽを向いたままだったが、顔はほんのり赤くなっていた。
「それでは……全速力で向かうので、振り落とされないようにしっかり捕まってください」
「わかった……頼むよ、シャルエッテ、フィルエッテ」
二人の魔法使いの少女は共に力強くうなずくと、身体を透過させると同時にあっという間に空高く舞い上がっていった。
「お父さん……」
父が突き合わせてくれた拳をもう片方の手で握りつつ、見えなくなった三人の姿を追うように、白鐘は星光る夜空をまっすぐに見上げるのであった。




