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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第14話 着信

「……うん、美味い……! おいしいよ、白鐘」


「……そう」


 黒澤諏方が倒れた次の日の日曜日、彼は上半身をベッドから起こして娘の作ってくれた梅干し入りのおかゆに舌鼓(したづつみ)を打っていた。適度な塩味と酸味が熱で脱力した全身に浸透し、活力を与えてくれる。


「経過は順調ですね。この調子なら、あと一日ゆっくり休めば後遺症なく身体も元の姿に戻れ――いえ、また若返る事ができるでしょう」


 昨日と同じ諏方の胸に手を当てていたフィルエッテが、穏やかな笑みでそう告げてくれた。


「うん……まだ身体を動かすのは少ししんどいけど、昨日よりかは幾ばくか楽に感じるよ」


「ふぅ……よかったです、スガタさんが大事にならなさそうで」


 安堵の息を吐くシャルエッテ。昨日は突然諏方が倒れてしまったという事もあり、家の中が緊迫感に包まれていたのだが、一日経って症状が安定した彼の姿にシャルエッテたちも心を穏やかにした。白鐘は相変わらず父に対してそっけない態度ではあったが、こうしておかゆを作ってくれたり、何度か彼の汗をふいたり額の濡れタオルを交換してくれたりと、献身的に父親を看病していたのだった。


 それらは諏方が就寝中の間に行われていたが、彼自身薄い意識の中で娘が看病してくれていたのには気づいていた。もちろんその事には感謝していたが、昨日の娘の発言もあって気まずさを感じ、お礼を言うのにどう切り出していいか悩んでいた。




「しっかし、まさか熱が出て倒れるなんてね? 白鐘から連絡もらった時はビックリしたよ。あ、これお見舞いの品ねぇ」




 そう言いながらフルーツの入ったカゴを渡してきたのは、白鐘の親友である進であった。彼女は今言ったように昨日親友からの連絡を受け、こうして諏方の見舞いに来てくれたのであった。


「あはは……お見舞い品は嬉しいけど、入院したわけでもないのに大げさだよ?」


「何言ってんのさ? ほとんど病気にもなった事のない諏方おじさんが熱で倒れたんだもの。こういう時ぐらいは素直にアタシや白鐘に甘えなさいな? 白鐘なんて、深夜すぎまでおじさんの看病どうしようかってメッセアプリで相談しまくってきてさ――」


「――進さん……?」


「ア、イヤ、ナンデモナイデス、ハイ」


 背後から相談主である少女に突き刺すような視線で睨まれ、あわてて進は自身の口を手でふさぐ。


「……ふふ、それじゃあ、ありがたく受け取るよ」


 見舞い品のフルーツバスケットを手に取りつつ、いつものようなテンションながらも、心配してわざわざ来てくれた娘の友人の気遣いを諏方は嬉しく感じていた。


「……改めまして、予測されていた事態とはいえ、副作用で苦しませる事になってしまい、大変申し訳ありませんでした」


 丁寧な口調で頭を下げて謝罪するフィルエッテ。少し後ろに立っていたシャルエッテも、同じようにあわてて頭を下げる。


「はは、気にしないでほしい。承知の上で薬を飲むのを決めたのは僕だし、それに……」


 諏方はこの一週間の出来事を頭の中で反芻(はんすう)する。元の年齢に戻って久しぶりに仕事ができると喜び会社に行くも、結局たった一日しか会社にはいられなかった。


 それでも――、


「この一週間、元の『黒澤諏方』として過ごせた事……それに関しては、間違いなく君たちのおかげだからね。謝られるどころか、二人には感謝してるよ」


 自身を慕ってくれる新人後輩と再会し、彼女と共に過ごせたというだけでも、元に戻ったこの一週間に確かな意味はあった。


 ――願わくば、もうあと二日は彼女といたかったのだが……。


「……まだ少し時間はかかってしまいますが、必ず薬を改良し、また以前の日常へと戻れるように精進していきます……!」


「わ、私も頑張ります、スガタさん……!」


 二人の魔法使いたちの気合いの入れようを見て、また元の年齢に戻れるのもそう遠くはないのだろうと、諏方は安心感を覚える。


「ちなみにだけど……若返ったら同じ薬を飲んでまた元の年齢に戻るというのはナシかい……?」


「それはダメです。欠陥があるとわかっている薬を複数回飲んでも、それこそ諏方さんの身体そのものを壊しかねません。改良を終えるまで、絶対に同じ薬を飲まないでください」


 静かに、だが厳しめの声で(たし)なめるフィルエッテ。「そりゃそうだよねぇ……」と言いながら、トホホと情けない顔で諏方は悲しそうにする。


「だ、大丈夫ですよ、スガタさん! お年を召したダンディなスガタさんもカッコいいですが、若くてシャキッとしたスガタさんもカッコいいですから……!」


「それ、慰めになってないわよ、シャル」


 なんとか励まそうと必死になるシャルエッテと、呆れ気味に彼女にツッコミを入れるフィルエッテ。そんな二人のやり取りを見て諏方も自然と笑みが浮かんでいた。昨日のゴタゴタと発熱ですっかり体力が奪われて憂鬱気味になってしまっていたが、彼女たちのかけ合いの微笑ましさに心が癒される。


 ――それぞれの形で自身を支えてくれる四人の少女たち。彼女たちがいなければ、未だ発熱が続く身体を起こす元気も湧かなかっただろう。


 少女たちの存在のかけがえのなさに、諏方は改めて心の中で深く感謝するのであった。


 切迫して重苦しかった昨日までの空気はまるで浄化され、穏やかなものに変わっていった。






 ――そんな空気を切り裂いたのは、突然鳴り出した着信音だった。






「っ……僕のスマホからだ」


 音は諏方が先ほどまで頭を乗せていた枕の横に置かれたスマホから。着信画面には、後輩である藤森小鳥の名前が載っていた。


「あ、えーと……」


 気まずそうに娘の方へと視線を送る諏方。娘の方は父を一瞥しつつ、面倒くさげにため息を吐き出している。


「別になんとも思ってないから、気にしないで電話に出たら?」


 いや、絶対気にしてるだろ?――とは思いつつ、出ないのもそれはそれで電話をかけてくれた後輩に失礼だろうと、諏方は電話に出る事にする。


 ――そういえば、進ちゃんは『ショップ・リトルバード』のぬいぐるみの大ファンなんだから、せっかくだから藤森さんに訊いて、可能なら彼女に紹介するのもありじゃないだろうか?――などとサプライズじみた事を考えながら、諏方は通話ボタンに指をかけた。


「もしもし、藤森さ――」






『――いやぁ、諏方くん……お元気ですかな?』






 ――電話の向こうから聞こえたのは、諏方にとってこの世で最も醜悪な男の声であった。


「なっ……⁉︎ なんで藤森さんの電話から、お前の声がッ⁉︎」


 動転し、思わず大声で怒鳴ってしまう。諏方の突然すぎる怒鳴り声に、白鐘たちは驚いて身体がビクついてしまった。


 ――黒澤諏方の部屋の空気が、一気に緊迫したものへと変わった。


『グフフ、躾がなっていませんねぇ……お前ではなく、剛三郎叔父様と呼びなさい』


「ッ……!」


 聴くだけで全身の毛がゾワリと逆立つような嫌悪感を感じさせる声は、間違いなく黒澤剛三郎のものであった。


「……なんで藤森さんの電話から『お前』の声がするんだと訊いているんだ! 藤森さんはどうした⁉︎」


『グフフ、まあ落ち着きなさい、諏方くん。彼女は無事ですよ。せっかくですし、お声でも聞きますか?』


 直後、何やらガサガサと音が聞こえてから少しして――、


『ハァ……ハァ……係長! 聞こえますか、係長⁉︎ ダメですッ!! この人たちの言うことを聞いては――ぐっ⁉︎』


「藤森さんッ⁉︎」


 またもガサッという音が聞こえ、小鳥の声が遠ざかってしまった。おそらくは何かで彼女の口がふさがれてしまったのであろう。


『ほら、元気に生きてるでしょ?』


 再び聞こえた男の声に、諏方は血管が切れそうなほど怒りが昇る。


「テメェッ!! 藤森さんに何をする気だ⁉︎」


『落ち着きなさいと言ったでしょ? 安心してください、今のところどうこうする気はありません。ただ――』


 一拍置かれ、そしてゆっくりと、剛三郎は(おの)が目的を口する。






『――君とのお茶会(・・・)に、彼女にも出席していただこうと思っています』

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