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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
172/323

第10話 娘は父の幸せを祈りて

 ――そろーり、そろーり。


 白鐘と進、二人の少女は会社帰りのサラリーマンや学校帰りの学生たちが行き交う雑踏をかき分けながら、諏方と彼の横を歩く見知らぬ女性の背中をこっそりと追いかける。


 都内ではあるが田舎のように閑散とした城山市と違い、隣の桑扶市は小規模ながらもオフィス街のビルや若者向けの店が立ち並び、ゆうに三倍近い人口で賑わっている。それらの中に混ざれば、仮に気配を悟られて彼らに後ろを振り向かれても、ピンポイントで見つかる確率はそれほど高くないだろう。


 とはいえ、それでもなるべく見つからないようにと建物の影と影に移りながら隠れて尾行しているため、彼女たちを横切る何人かには奇異の目で見られてしまっており、白鐘は恥ずかしさで顔を赤くしてしまう。


「カフェに立ち寄ってコーヒーを買いに行ったり、店頭販売のクレープを歩きながら食べてたり……こりゃデートの説が濃厚になってきたね、ワトソンくん」


「だから誰がワトソンよ……」


 呆れ気味にツッコミつつ、白鐘は父親とその隣の女性の楽しそうにしている様子を寂しげな視線で見つめている。他人から見れば十中八九、二人は幸せそうにデートしている男女に写っているであろう。


「…………」


 ――母を亡くして十数年、お父さんはあたしを男手一つでここまで育ててくれた。口に出す気はないけど、その事にあたしは心から感謝している。


 ――だから、お父さんが幸せでいてくれるなら、知らない女性と再婚してもいいと、その事を応援してあげようという思いはまぎれもなく本心から来ている。






 ――なのに、






 ――――なのに、






 ――――――どうして、






 ――――――――こんなにも、心が痛いの……?






「――がね、白鐘!」


「――ッ⁉︎」


 声をかけられ、ハッと白鐘の意識が戻る。少し立ち止まっていたせいか、父親たちの姿は先ほどよりも少し遠くに見えていた。


「あ……えっと、ごめんごめん……ちょっと考え事しちゃってて……」


 少し前の方まで進んでいた友人の元まで小走りで駆け寄る。心ここにあらずといった白鐘の様子を、進は心配げに見つめていた。


「焚きつけたアタシが言うのもなんだけど、まだ二人がデート……恋人同士の関係だって決まったわけじゃないんだから、あんまり深く考えすぎんなよ?」


「……わかってるって」


 二人は気を取り直し、諏方たちを見失うわないよう、少し速度を早めてさらに尾行を続けていく。




 諏方とメガネをかけた女性の二人は、あるお店の中へと入っていく。そこは毛糸や布地などの、いわゆる手芸などに使う生地(きじ)や道具などを売っているお店だった。


 白鐘たちはお店の中には入らず、そばにあるビルの影から店内の様子をうかがう。諏方とメガネの女性は、様々な色が並べられた毛糸のコーナーを眺めていた。


「ふむ……なるほど、これは彼女への手編みのマフラーや手袋を編むための生地選びと見たね」


「……いや、今は夏まっさかりなんだけど?」


 とてもではないが、マフラーなどの防寒具を作るための生地を選ぶには季節感が違いすぎる。


 やがて二人は商品を手に取る事なく、あわせて販売されている服などのアパレル関係のコーナーへと移動した。


「むむむ、今度は服を選んでいる……シンプルに考えれば、彼女さんへのプレゼントに思えるが?」


「…………」


 諏方たちはしばらくいろんな服を眺めたり手に取ったりした後、丁寧にハンガーなどに戻して、結局何も買わないまま店を退店してしまった。彼らの動きに合わせて、白鐘たち二人も移動を再開する。


 次に諏方たちが訪れたのは、小さなぬいぐるみの専門店。ショーケースなどにはクマやネコなどのぬいぐるみが並べられており、中には子供向け映画のキャラクターのぬいぐるみなども置かれている。


 諏方たちが店内に入ると、先ほどと同じように白鐘たちもそばにあった建物の影に隠れて、再び中の様子をうかがう。


 メガネをかけた女性は特にぬいぐるみが好きなのか、興奮した様子で次々に棚に並べられたぬいぐるみを手に取り、手足をつまみながら感触を楽しんでいるようだった。


 その内の一体、デフォルメされた狼のぬいぐるみが彼女の目に止まり、手に取ると顔を赤くして嬉しそうに抱きしめている。なめ(ろう)シリーズとはまた違ったデザインではあったが、可愛らしげなぬいぐるみを抱きしめるメガネの女性はまるで親からプレゼントをもらった幼い少女のように、純粋で可愛らしい笑みを浮かべていた。


「……なんか、可愛い人だね……」

「…………うん」


 女性が本当に諏方の恋人かはわからないが、白鐘たち同性から見てもキュンとくるほどに、彼女の仕草は愛おしく感じられた。


 ぬいぐるみを抱きしめる女性を見つめていた諏方は、顔を赤らめながら彼女に何やら言葉をかけている。店外の白鐘たちからは二人の会話は聞こえなかったが、女性は焦ったように何かを遠慮するようなそぶりで片手を横にブンブン振っていた。


 少しして女性が真っ赤な顔で何かうなずいた後、ぬいぐるみを抱きしめたまま彼女はレジへと向かい、その横で諏方はスーツのポケットからサイフを取り出した。どうやら、狼のぬいぐるみを彼女へと買ってあげようとしているみたいだ。


 会計が済むと、女性はぬいぐるみを抱きしめたまま諏方とともに店外へと出る。嬉しげな表情で彼女から感謝の言葉を告げられているのだろう、諏方は照れたような笑みを彼女へと返していた。


「…………」

「…………」


 やがて諏方たち二人はまた移動を始める。白鐘も進ももはや言葉を発さず、ただ黙って二人のあとをついて行った。




 気づけば、夕焼け空はすでに(くろ)に染められていた。


 しばらく歩いたのち、諏方と女性はとあるマンションの中へと入り、エレベーターを使って上への階へと登っていく。


 エレベーターで三階を降りてから、各部屋の入り口前の廊下へと出る二人。その様子を、マンション前の駐車場の車を影にして白鐘たちは見上げていた。


 やがて女性の住んでいる部屋であろう玄関の前に立ち、彼女が鍵をあけて開かれた扉の中へと二人は消えていってしまった。


「……こりゃ、ほぼ確定と見ていい感じかねぇ……」

「…………」


 白鐘は何も言葉を返さない。ただじっと、閉められた扉を見つめていた。


 二人の男女が共に一室へと入っていく理由など、まだ子供とはいえ高校生ならばだいたいの想像はつく。少なくとも、諏方とメガネの女性はマンションの一室に二人っきりで入れるくらいには親しい関係と見て間違いはないだろう。


 他にも、二人の友人などが同じ部屋にすでに入っていたり、あとから来る可能性だって十分ありえる。だがそれが思いつかないぐらいには、二人の思考は冷静ではいられなかった。


 特にここ最近、諏方の帰りが毎日遅かったというのもあり、二人が男女の関係であるという可能性にさらに説得力を付け足してしまっていたのだった。


「…………」

「…………」


 夜空の下の駐車場に二人っきり。気まずい空気が流れ、共に無言のまま立ち尽くしている。




 ――やがて、少女のすすり泣く声が聞こえた。




「っ――⁉︎ 白鐘……」


 銀髪の少女の頬を伝う涙。その涙の意味を、進はあえて問わない。ただ、彼女が涙を拭うのを黙って見ている事しかできなかった。


 数分が経ち、涙を拭い終えた白鐘の口が開かれる。


「……帰ろっか、進?」


 あっけらかんと軽く放たれた言葉。その声に、諦めの感情が混ざっていたのを親友は感じ取ってしまう。


「……いいのかよ、白鐘? スマホで諏方おじさん呼び出して、二人の関係をここで訊く事だってできるんだぜ?」


「そんな野暮な事するほど、あたしも子供じゃないよ。……たしかにあの二人の関係は気になるけど、もしあの女の人がお父さんの恋人だったとしても、あたしは受け入れるし、お父さんが幸せになれるなら、あたしは祝福する。……この気持ち、進ならわかるでしょ?」


 そう口にする白鐘の瞳は、涙でまだ少し潤んでいた。


「っ……」


 進の父親も最近になって、一人の女性と親しくなる出来事があった。一時的に障害はあったものの、今では面会時に仲睦まじげにしている二人を見て、進もそれを嬉しく思っている。


 だからこそ、白鐘の判断を否定するなど進にできるわけがなかった。少なくとも葛藤はあっただろう。それでも、父親の幸せを願うのは同じシングルファーザーの娘である進だからこそ、理解できてしまうのであった。


「……しょーがない。今日は白鐘の失恋記念に、進おねーさんが珍しくご飯を奢ってあげましょう」


「別に失恋じゃないし……ま、ありがたく奢られてはあげるけどね?」


「はは、ちょーしいいやつ」


 自然と、二人の表情に笑みが戻る。


 互いに心は、未だ複雑な感情がぐちゃぐちゃになったままでいるだろう。それでも、二人が諏方の幸せを祝福したいという気持ちに嘘はない。


 だからこそ、少しでも吹っ切れるように、二人は互いの心を慰め合おうとマンションから立ち去ろうとする。






「――――もし、そこのお嬢さんたち?」






 ――ふいにかけられた、沼の底から発されたようなねっとりとした声に、二人は硬直する。


 気配を感じる。先ほどまで誰もいなかったはずの背後に、誰かがいる。


 ――二人は本能で悟る。後ろにいる誰かの声に、応えてはいけないと。


 それでも、駐車場を出るには後ろの道しかない。白鐘と進は恐る恐る、後ろへと振り返る。




「――お嬢さんたち、よければ一つ、おたずねしたい事があるのですが……よろしいですかねぇ?」




 再度、ねっとりとした声を発するは、黒のスーツを纏って中折れ帽(フェドラ)目深まぶかく被った、小太りで初老の男性であった――。

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