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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第16話 逆襲の時

 諏方の放った強気の宣言に、再び体育館中のボルテージが興奮で高まった。


 本来ならば無謀ともいえる諏方の宣言は、しかし、淀みのないまっすぐな声量と、鍛え抜かれた肉体を見て、ギャラリー達は何かが起きるのではないかと、期待を抱かずにはいられなかった。


「いいぞー! 転校生!」


「せめて一点ぐらいは取ってくれよー!」


 先程まで、完全にアウェーだった空気が切り替わった。


 そんな空気の変化すら意に介さず、諏方は銀色の髪を揺らめかしながら、スタートポジションへと着く。


「さあ、次は俺の攻撃だろ? さっさとボールを渡しな」


 彼の揺らぎのない自信に満ちた笑みに、加賀宮は心の底から、煮えくり返るほどの怒りが湧き上がった。


 この男は――この絶望的な状況でなお、心折れることなく立ち向かってくる。


 それは――バスケ部キャプテンである加賀宮にとって、プライドを踏みにじったにも等しい行為だった。

 もはや、その顔に笑みを貼り付けることさえ、我慢ならなかった。


「なら、その根拠のない自信ごと叩き潰してやるよ……」


 ボールを乱暴に投げ渡し、加賀宮もディフェンス側の位置に着く。


「ワイシャツを脱ぎ出して、筋肉自慢のつもりか?」


「ん? これか? ああ、ただ単にワイシャツが汗でべっとりしたから脱いだだけだぞ。それとも――こんなのを見せられた程度で、怖気づいたのか?」


「……なめるなよ、黒澤四郎!」


 交差する強い眼差し。館内は三度みたび、緊張で静まり返った。


 重い無音の空気は、やはり永久とわの時間が流れるかのような錯覚を起こし、その終刻を、三度目の笛の音が告げた。


 直後――諏方は強く足を前に踏み出す。


 一秒にも満たぬ時間で、目の前にまで距離を詰め、対峙する二人。


「――やっぱり、動きが直線的だなっ!」


 上半身と同じく、鍛えられていたであろう足腰の踏み出しによって生まれたスピードは、確かに驚くべき速さではあった。


 しかし、故に踏み出し途中での軌道修正は難しく、動きそのものは単調であった。


 加賀宮はそのスピードに、多少驚きはしたものの、冷静に彼に向けて右手を突き出した。


 それをけるように、諏方は彼の目の前で足を踏ん張り、上半身を左へと傾けた。


「――もらった!」


 当然、長年のバスケ経験を持つ加賀宮は、諏方のその動きを予測していた。


 彼の身体を追うように、加賀宮も上半身を右へと傾け、突き出した右手で彼の掴んでいたボールを弾き落とそうとした。


「――っ!?」


 しかし、その右手は宙を空ぶった。


 諏方は、加賀宮の身体が傾くのを確認したと同時に、ボールを持ち上げながら身体を半回転させ、彼の身体の横をすり抜けたのだ。


「ばっ、馬鹿なっ――!?」


 加賀宮は驚愕する。諏方のボールを取りきれなかった事実にではなく、彼の動きが、先程の加賀宮の動きとほぼ同じ(・・・・)である事実にだ。


 その驚愕は――加賀宮の判断を数瞬遅らせてしまった。


 彼を避けた諏方はすぐさま、バスケットゴールの下にまで走り、先程の加賀宮とほぼ同じ軌道でのジャンピングシュートを放った。


 放り投げられたボールは一時、バスケットリングの内側をグルグルと回るが、やがて吸い込まれるようにネットの中へと入っていった。


 黒澤諏方を除いた、館内の生徒達はみな唖然とし、無音の中で、ボールが床に弾く音だけが乾いて響いた。


「おしっ――!」


 確かな手ごたえに、小さくガッツポーズ。


それを見たギャラリー達がそこでようやく、諏方がゴールを入れたのだと認識が追いつき、今までで一番大きな歓声を館内に響かせた。


「ウォォォォォオオオオオオ!」


「マジかよマジかよ!? あの加賀宮相手にゴールできちまうのかよ!?」


「えっ! もしかして、黒澤君って実はすごい奴なの!?」


 興奮で湧くギャラリー達の歓声は、しかし、加賀宮の耳には届いていなかった。


 彼はただ、自身が目にしたものに、背筋を震わせていた。


「あの動き……ほとんど、僕と同じ動きだ……」


 敵を前にしたフェイントと、ジャンピングシュート。


 長年の修練の果てに習得した、加賀宮のバスケットテクニックを、たった一度、諏方は見ただけでほぼそのまま、その動きを真似する事が出来たのだ。


「……いや、これはただのまぐれだ。こんな事、あっていいはずがない」


 自らの考えを振り払うように、加賀宮は頭を横に振る。


 ――百歩譲って、たった一度見ただけで僕の動きが理解できたとしても、その動きまで模倣する事など、あっていいはずがなかった。


「……偶然にゴールできたのを喜んでいるとこ悪いが、次は僕の番だ。僕が次ゴールを入れれば、その時点で僕の勝ちだ」


 未だ濁らぬ強気の眼差しで見下ろす加賀宮に対し、諏方もまた、まっすぐな瞳で彼を見上げた。


「そうだな――だが言ったろ? もうお前にゴールは入れさせねえって」


 互いに譲らぬ意思を見せ、二人は二度目の攻守交代の位置に立つ。


 ――改めて『黒澤四郎』を目の前にし、先程彼に突破された光景が脳内にちらつき、身震いしてしまう。


 ――恐れているというのか? 僕が、あんな男に!?――


 自らを落ち着けるように、一度深呼吸を行う。


 身体に纏う緊張は、まるで負けてはいけない試合の大一番の局面のよう。


 ――惑わされるな。これが入れば、僕の勝ちなんだ!――


 自身にそう言い聞かせ、まっすぐに相手を見据えた。


 まさかの事態に焦り顔だったバスケ部員はなお、自身のすべき事をまっとうするため、力強く笛を鳴らした。


 諏方へと向けて、今度は加賀宮がまっすぐ前へ突き出る。


 それに呼応し、諏方もまた対峙のため、相手の目の前へと突き進んだ。


 わずか数瞬で、互いに目鼻の先まで接近する。


 加賀宮は先程と同様に、身体を横へと傾きかけた。


 今度は抜かれまいと、より力強く、諏方はボールを弾くために、腕を突き出す構えを見せた。


「――同じ手を使うと思ったか!?」


 諏方が腕を突き出す寸前――加賀宮は手に持ったボールを、彼の背後の床へと弾くように押し出した。


「しまっ――」


 後方へと投げられたボールに気を取られた隙に、加賀宮は彼の横を通り抜けてしまう。


 そのまま、床に軽く弾かれたボールに追いつき、再びそれを手に取った。


「これで――僕の勝ちだ!」


 諏方の妨害を見事に突破し、あとはボールをゴールに入れるだけだった。


 バスケ部キャプテンである加賀宮にとって、フリーとなったバスケットゴールにボールを入れるなど、容易たやすい事――――っの、はずだった。


 突如、真後ろから押し潰されそうなほどの――猛獣の如き気配を感じ取った。


「なっ!? 馬鹿なっ――」


 黒澤諏方は、すでに加賀宮の背中にくっつきそうなほど、すぐ後ろに迫っていた。


「――らあぁっ!」


 雄たけびと共に、掴みかかるように諏方の身体が飛び出し、加賀宮が掴んでいたボールを強引に弾き叩いた。


「しまった――!」


 加賀宮の手から、ボールが弾き飛ばされてしまった


 諏方は突っ込んだ勢いそのまま、弾かれたボールと共に床を転がっていく。


「…………」


 またも館内を、重い沈黙が支配する。


「だっ、大丈夫かよ……けっこう派手に転げ回ったんじゃ――」


 ギャラリーの誰かがそう呟いた時、突然床に倒れていた諏方の身体が勢いよく跳ね上がり、空中で一回転してそのまま着地する。


「いつつ……ふぅ、さすがにちょっと無茶したな。あー、シャツにもけっこう汚れが付いちまったじゃねえか」


 フットボール並みの強引で大胆なディフェンスを見せた諏方は、まるでそれがなんでもない事のように、シャツに付いた汚れを手で軽く払った。


 そんな彼の姿に、息を呑んでいた館内の生徒達は皆一斉に、賞賛の声をあげた。


「やっべー! これマジで転校生が勝つんじゃね?」


「やばい! ウチ、黒澤君のファンになっちゃうかも……」


「あっ、裏切り者――って、私も気持ちわかるけど……」


「ていうか、加賀宮くん、ちょっとダサくね?」


 歓声はやがて、加賀宮への罵りへとシフトしていく。


 だがやはり――その声は彼の耳には届いていない。


 彼は誰よりも、今の諏方の動きがありえないことを理解していたからだ。


 普通の人間ならば、あそこですぐさま反応し、わずか数秒で相手に追いつくほどのスピードを出せるはずがないのだ。


 それは、驚異的な反射神経と瞬発力――さらに言えば、相手の動きを瞬時に見極める動体視力と、すぐさま反撃に転じる判断力がなければ出来ない芸当だ。それはもはや――プロの領域の動きだ。


 鼓動が痛いくらいに脈打つ。まだ数十分程度だが、緊張も相まってか、彼の体力は限界に近かった。


 一方の諏方は、多少汗をかいている程度で、息一つあがっていやしない。


 ――経験値はもちろん、加賀宮の方が遥かに上だ。しかし――その経験値を、諏方の圧倒的な体力と運動神経が埋めていたのだ。


 ――気づけば膝が折れている。震える瞳で、加賀宮は黒澤四郎かれを見上げた。


 ――彼はいったい何者なのだ?


 ――もしかして、僕が相対しているのは、とんでもない化け物なのではないか?


 背丈は自身よりも低いはずなのに、諏方が何倍にも巨大なおおかみのように加賀宮の目には映り、言い知れぬ恐怖が彼の身を震わせていた。

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