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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
銀色の復讐編
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第2話 覚悟

 ――しばし、時が止まったかのような錯覚を、シャルエッテを除いたこの場にいる三人は覚える。


 魔法使いの少女はそんな彼らの様子を気にする事なく、右手に緑色の液体が入った試験管を掲げながら、テンション高く小躍りしていた。


「このお薬を飲めばあら不思議! スガタさんの年齢が元通りに――ってあれ? みんななんか反応薄くないです?」


 諏方たち三人はソファに座ったまま、ただボーとシャルエッテのことを見つめているだけだった。


「そっか……シャルエッテ、疲れてんだな」

「はい?」


「ごめんね、シャルちゃん……二ヶ月経ってこっちにもすっかり馴染んでたと思ってたけど、やっぱり自分が住んでた世界と違うってだけで疲れちゃうわよね?」

「はい??」


「今度、飲みに行こうぜ……進お姉さんが好きな飲み物(未成年なのでジュース)奢ってやんよ」

「あれ? わたしバカにされてます??」


 それぞれシャルエッテを見つめる瞳に哀れみの感情が混じる。三人とも、とても彼女の言葉を信じていないようだった。






「――シャルの言う通り、諏方さんを治す薬はたしかにできましたよ」






 ふくれっ(つら)になる魔法使いの少女の背後から、もう一人の魔法使いの少女がゆっくりと現れた。


「フィルエッテが言うなら、ホントに薬ができちまったのか……!」

「あれ? なんです、この信頼感の違いは?」


 シャルエッテは顔を赤くし、さらに頬を膨らませてしまう。


「はは、わりぃわりぃ、シャルエッテ。いきなり元に戻れるって言われたから、つい驚いちまってたんだ」


「ふんです! せっかく連日連夜徹夜で頑張ってお薬を作ってたのに、わたしは悲しいです!」


 珍しく本気で怒ってるようで、ふくれっ面のまま彼女はそっぽを向いてしまった。


「そうやって拗ねないの、シャル。元はと言えば、あなたが不用意に『若返りの魔法』を使ってしまったから、このような事態を招いてしまったのよ?」


「うぅ……それはそうですが……」


「それに、まだ喜ぶのは早いわよ。この薬は、まだ完成したとは言えないのだもの……」


「っ……⁉︎ それはどういう事なんだ、フィルエッテ?」


 フィルエッテの先ほどまで妹を叱咤する厳しい姉のような表情が、より真剣なものへと変わる。彼女はシャルエッテから薬品の入った試験管を受け取り、諏方の目の前にかざした。


「この薬はまだ未完成品です。たしかに、この薬を生成する際にワタシたちが構築した魔法理論が正しければ、まず間違いなく諏方さんは若返る前の元の年齢に戻ることができます……」


「っ……? 本当に元に戻れるんなら、何でこの薬が未完成品になるんだ?」


 フィルエッテは試験管を持っていない方の手を少し上げると、ピースのように指を二本立てる。


「この薬を服用するにあたって留意点となるものが二つ。一つは、この薬の効能が約一週間であるという事」


「一週間? つーことは、この薬で元の年齢に戻っても、一週間後にはまた今の姿になっちまうって事かよ?」


「その通りです。まだ薬そのものの魔力が安定していないのに加え、シャルの使用した若返りの魔法は外側から魔力を注ぐ事によって、肉体を変質させたものであるのに対し、この薬は内側から魔力を浸透させる薬となっております。よって、体内に浸透した薬の効能が切れると同時に、肉体も元の状態へと戻ってしまいます――いえ、歳を召した方が本来のお姿ならば、正確には肉体が今の状態に戻り――が正しいですね」


 フィルエッテの説明の全てを諏方は理解できたわけではないが、少なくとも一週間で薬の効能が切れ、今の状態に戻ってしまうのだけはわかった。


「そして二つ目……曖昧な言葉になって申し訳ないのですが、この薬は諏方さんの年齢を元に戻すだけでなく、ワタシたちが把握できていない他の効果があらわれる可能性がおそらくあります。そしてそれは……決して望ましい効果ではない事も十分ありえるでしょう……」


 フィルエッテの真剣な表情に暗い影が差し込む。諏方に気を遣ってか遠回しな言葉を使ってはいるが、その意味するところは彼にも察しがついた。




「つまりは……副作用があるんだな?」




 諏方の問いかけに、フィルエッテは静かにうなずく。


「……具体的にどのような副作用が起こるかまではなんとも言えませんし、そもそも副作用自体が何もない可能性もありえます。ですが……魔法というものも決して万能ではなく、常に不測の事態は起こりえるもの。場合によっては死とまではいかずとも、今の姿に戻るまで起き上がれなくなる――なんてものも十分考えられます」


 今のはあくまで、この場で言葉にしえる最悪の可能性。――だがこの場では言葉にできない、さらに最悪の副作用(リスク)を背負う可能性もありえる――語らずとも、彼女の瞳が諏方にそう伝えてくれていた。


「もちろん、ワタシもシャルエッテもこの薬の服用を諏方さんに強制する気は一切ありません。ただ……はっきり言って、この薬の確実性をさらに高めるためにはあと数年の歳月が必要となります。……若返りの魔法はそもそも使用例自体が少なく、未だ研究が進んでいない分野であるゆえ、サンプルの少ないまま薬という形にもっていけただけでも奇跡と言えるでしょう」


「っ……」






 ――この薬を飲めば、たった一週間でも元に戻れる――。






 そうだとわかっていても、諏方は手を伸ばす判断をすぐにはくだせなかった。


「……再度申しますが、この薬を飲めば一旦元の年齢には戻れても、ワタシたちがまだ観測しえていない副作用が起きる可能性があります。……それでも、たった一週間でも、相応のリスクを覚悟の上で元に戻りたいと願うのなら……この薬を飲んでください」


「…………」


 諏方が躊躇している理由は、何も副作用を恐れてのものだけではない。仮に無事中年の姿に戻れたとして、たとえ一週間であってもまた生活が大きく一変してしまう事態に、言い知れぬ不安を感じてしまっていたのだ。


 ――もし元に戻れたとして、やはり若い今の姿(四郎)を惜しんでしまえば、もう(諏方)に戻りたくなくなるのではないのだろうか――そんな(よこしま)な欲望を抱いてしまいそうで、彼は薬を手に取る事を悩んでしまっているのだ。


 ――ふと、一度周りを見渡す。


 不安になっているのは何も諏方本人だけではない。薬を作ってくれたシャルエッテやフィルエッテ、さらに今の自分(四郎)を受け入れてくれた白鐘や進も、同じく不安げな表情で彼を見つめていた。


 ――たった一週間だけってのはわかってる。それでも、白鐘たちやクラスのみんなとの日常を、俺は捨て切る事に果たして耐えられるだろうか……。


「……っ」




 ――だが、同時に思ってしまった。


 学校(あそこ)は本来、少年少女たちがそれぞれの青春を歩み、成長していくための場所のはずだ。そのような場所に、俺みたいな子供の親というだけの立場でしかない大人が混ざっていいはずがないんだ――と。




「「「「ッ……!」」」」


 諏方がフィルエッテの手から試験管を受け取り、四人の少女たちはそれぞれ驚いた様子を見せた。


「……いいんですね、諏方さん?」


 再度の確認を問うフィルエッテ。諏方は今この場で薬を彼女に返そうと伸ばしたい手をぐっとこらえた。


「その……スガタさん……! さっきまではしゃいではいたのですが、やっぱり自分で作っておいて、わたし不安になってきちゃいました……。よかったら、お薬を飲むのはまた今度に――」


「――大丈夫だ、シャルエッテ。……俺はお前たちが頑張ってくれた事を信じてるし……それに、お前がいつも言ってるだろ? ――やらずに諦めたら、なんにもできなくなっちまう――って」


「スガタさん……」


 諏方の言葉で覚悟を決めたのだろう。シャルエッテもフィルエッテも、これ以上は彼に何も言わなかった。


 ――一度だけ、娘の方に振り返る。


「お父さん……」


 彼女はいつのまにかソファから立ち上がっており、真剣な眼差しで若い姿の父親を見つめている。


 諏方は何も言わず小さくうなずき、手に取った試験管に視線を移す。




 ――これを飲めば、元の年齢に戻れる。




 深呼吸一つ。覚悟を決めて、諏方は中に入った緑色の液体をぐっと一気に飲みこんだ。






 …………。






 ――しばらくの静寂。心拍数が上がっているのだろう。この場にいるみんなのいつも以上に早いリズムの呼吸が、いやに耳に痛く響く。




 そして――、




「――――ウッ⁉︎」


「お父さん⁉︎」

「スガタさん⁉︎」


 突然胸を抑えながらその場でうずくまる諏方にあわてて駆け寄ろうとする四人に、彼はもう片方の手で制した。


「ぐっ……うっ…………!」


 彼の周囲を緑色の光が発光し、身体中に痛みが疾る。体内を通る気が激しく乱れ狂い、気を抜けば身体そのものが崩壊してしまいそうなほどに熱がこもっていく。




 …………。




 ……………………。




 ――どれぐらいの時間が経過しただろうか。全身を熱する熱さは徐々に引いていき、身体を覆った光もゆっくりと消えていく。


「はぁ……はぁ…………」


 ――重い。鉛が纏わりついたかのように、身体全体が重く感じる。吐き出される息とともに発せられる声には、若干(じゃっかん)のかすれが見られた。


「っ…………」


 ――ゆっくりと立ち上がる。見下ろしても低く見えていた床は少し遠ざかってしまい、上げた手のひらにはシワがいくつも増えていた。


「スガタさん……!」

「おじさん……!」

「これが、本来の諏方さん……!」


 信じられないものを見るような――しかしどこか懐かしいものを見るような目で諏方を見つめる少女たち。




「お父……さん…………」




 ――こちらを見つめた娘の瞳には、なぜか涙が流れていた。




「っ…………元に戻れたんだね……()は……」




 本来の年齢へと元に戻った黒澤諏方は、少し疲れたような――だがどこか穏やかげに、涙を流す娘に小さく微笑んだ。

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