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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第15話 ワン・オン・ワン

 体育館には、多くのギャラリー達が壁伝いに立ち並んでいた。歓声が建物中に響き、壁を揺れ動かす程の勢いだ。

 それほど、学園一の御曹司と転校生の対決というシチュエーションが、彼らの心を揺さぶらしていたのだろう。


 その対決の当事者である『二人』は、バスケットコートの中央奥側で対峙している。互いにブレザーを脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚の姿になっていた。


「キャー! 加賀宮くん、カッコいいー!」


「生意気な転校生なんて、ブッ倒しちゃえー!」


 女子達の黄色い声が一気に上がる。さすがは学校のアイドル――っと、諏方は感心と呆れが混じったような、微妙な気分になる。


「ふふっ、ファンが勝手なことを言ってるみたいだけど、あまり気にしないであげてくれ」


「んなもん最初から気にしてねえし、どうでもいい。それより、どうやって勝負するんだ? 転校してきたばかりの俺じゃあ、チームなんてすぐには作れねえぞ?」


「安心しなよ。チーム戦じゃあ、互いの実力勝負にはならないからね。もちろん個人戦だ」


 そう言って、加賀宮は隅にあったバスケットボールを拾い上げ、人差し指でクルクル回す。


「ワン・オン・ワンで勝負しよう。ルールは簡単。まずは先攻後攻を決め、攻撃する側はコートの中央からスタートし、ドリブルしながらネットにシュートする。守る側はそれを阻止する。ネットにボールが入ったら一点。相手にボールを取られたり、一回シュートしたり、反則行為を行ったら攻守交代。先に二点を入れた方の勝ち。シンプルでわかりやすいだろ?」


「……サッカーのPKみたいなもんか」


「まあ、それに近いと思ってくれればいい。細かなルールは、通常のバスケと同じ。審判はバスケ部の部員だが、公平であることを約束しよう。こんなところで構わないかな?」


 銀髪の少年は、ただ黙って頷く。


「それじゃあ――勝負を始めようか、黒澤四郎」


   ○


 二人の勝負の行方を、多くの生徒達が見守っている。気づけば、その人数は少しずつ増え、クラスメート達だけでなく、他のクラスや学年の生徒まで、何事かと集まってきていた。


 それらギャラリーの中にはもちろん、賭けの対象とされてしまった白鐘と、その親友である進の姿もあった。


「んっふー、モテモテですなぁ、お嬢さん?」


「笑い事じゃないわよ。早く、あの二人を止めないと……」


「いいんじゃないの? 男同士の真剣勝負って、燃えない?」


「あんたは気楽でいいわね……」


 心配げな白鐘の視線が送られる中、二人の戦いは、静かに火蓋を切ったのだった。


   ○


「さて、二点先取なのだから、先攻が当然有利になるわけだが、それぐらいは君に譲ってあげよう」


 そう言って、ボールを投げ渡す加賀宮。その顔には、自身がバスケ部のキャプテンであるという自信に満ちていた。


「……それじゃあ、遠慮なく」


 諏方がボールを握り締めると、先程までザワザワと騒がしかった体育館内の空気が、一気に緊張で張り詰め、無音となる。


 ――聞こえるは、呼吸の音のみ。二人が睨み合うわずかな時間が、まるで永遠のようにも長く感じられた。


 そんな空気を、審判の笛の音が切り裂いた。


 ――踏み出す。力強く、確かな一歩を。


 ――はっきりと言えば、黒澤諏方はバスケの経験がほぼないに等しかった。一応、学校での授業で何度かやったことはあるものの、それだけだ。


 それでも、ドリブルや基本的なルールなどはわかっており、同じ経験値の生徒同士でのプレーでなら、彼の実力は問題のないものだった。


 だが――相手が部活に所属している実力者ならば、話は別だ。


 加賀宮は、諏方が動き出したと同時に彼の懐に踏み込み、あっさりと、彼の手からボールを取り上げてしまった。


「――っ!?」


 諏方自身、ボールを取られた事に気づくのに、数瞬を要してしまった。


 ボールを軽く奪い取った加賀宮は、造作もないといった面持ちで彼に振り返る。


「それじゃ――攻守交代だね」


 上機嫌でボールを手の中で弾ませる加賀宮に、諏方は険しい表情しか返せなかった。


   ○


「あちゃー……これはマズイんじゃないの?」


「……っ」


 たった一度目の攻防で、ギャラリー達は先の展開が見えてしまったかのように、明らかな落胆の様相を見せていた。


 白鐘と進もまたこの状況に、さすがに焦燥していた。


「やはり、ウチのキャプテンは策士だね!」


 突然、進の隣に立っていた男子生徒が、誇らしげな表情で口を開く。


「キャプテンは攻撃はもちろんだが、その真価は守備の堅さにある。派手なように見えて堅実。キャプテンのディフェンスをかいくぐれるプレイヤーは、他校でもそうはいない。あの転校生くんに先攻を譲ったのはハンデではなく、おそらく、圧倒的な実力差を見せる事によって、相手の心を折るのが目的だったんだろう」


「はっ、はぁ……」


 加賀宮と同じバスケ部員であろう男子生徒の、唐突なドヤ顔解説に、いつもテンションの高い進もさすがに引き気味だった。


「四郎……」


 白鐘は不安げな眼差しを諏方に向けながら、それを抑え込むかのように、震える拳を握り締めた。


   ○


 二人は、先程とは逆の位置に着き、諏方がバスケットゴールを背にする形となる。


 ――再び走る緊張。


 気づけば、諏方は汗でワイシャツが透け始めており、一方の加賀宮は対照的に汗一つかかず、余裕の笑みをたたえていた。


 ――そして、二度目の笛の音が、再び緊張を切り裂いた。


 加賀宮が前を踏み出し、諏方も呼応するように彼へと近づく。


 諏方が加賀宮の目の前まで潜り込んだ瞬間、彼の身体が、揺らめくように傾いた。


「くっ――」


 彼の身体に手を伸ばそうと、諏方は右手を突き出すが、


「――遅いよ」


 加賀宮は一瞬で体勢を立て直して、諏方の横を素早くすり抜けてしまった。


「はやっ――」


 諏方が後ろを振り向く頃には、すでに彼はバスケットゴールの下に到着しており、優雅にジャンピングシュートを放ち、ボールは軌道を迷わず、バスケットリングに当たることもなくネットに入ってまった。


 ――瞬間、体育館中を歓声が埋め尽くした。


「キャー! やっぱり加賀宮くん、かっこいー!」


「おいおい、転校生! 情けねえぞー!」


 館内の空気は、完全に諏方がアウェーの風向きになってしまった。もはや、白鐘と進を除いて、誰も加賀宮の勝利を疑う者はいなくなった。


「ふむ……あれだけ威勢のいい事を言ってきたのだから、どんなものかと思えば……はっきり言って、拍子抜けもいいところだよ」


 もはや敗北はないと確信し、挑発するようにボールを弾ませる加賀宮。


 ――しかし、そんなアウェーの空気も、加賀宮の挑発も、諏方には一切耳に届いていなかった。


 諏方は一人――本当にその場に一人しかいない、まるで自分だけの世界を作って、そこに中に一人だけいるような――そんな異質な空気を纏って、彼はただ何か、ブツブツと呟いていた。


「……っ!?」


 そんな彼に、加賀宮は正体不明の身震いを感じた。それが恐怖かどうかはわからない――いや、恐怖であるはずがない――っと自身に言い聞かせる。


 ――ならば、一瞬感じたこの震えは何だ?――


「まさか――ここに来て怖気づいたとか、言うわけではあるまい?」


 自身の中に抱いた違和感を振り切るように、先程よりも声量強めに、加賀宮は彼に声をかける。


 そこでようやく、諏方はハッとなって、加賀宮に視線を向けた。


「――おっと、わりぃわりぃ。……ちょっと考え事をな」


 彼がいつもの様子に戻ったのを確認し、人知れず、加賀宮は安堵の息を吐く。


「……もしかして、黒澤くんはバスケが得意ではなかったかな?」


「んっ? まあ、ずいぶん昔に、授業でやって以来だからなぁ」


 諏方が言う『ずいぶん昔』は、数十年も昔という意味になるのだが。


「そうだったか……なら、種目を変えよう。正直ここまで実力差があると、僕としても勝利したところで、なんの誇りにもならないからね。そんな勝ち方では、僕も白鐘さんを迎えるのにふさわしくはない」


 その提案を聞いた諏方は、意外そうな顔を見せた。


「へー、勝ち方にこだわる辺り、根っからのゲス野郎ってわけじゃねえんだな。そこだけは、少し見直しておくぜ」


 ――諏方は、初対面の時の加賀宮を少し振り返る。


 あの時は、娘に馴れ馴れしかったのもあって、確かに彼に不信感は抱いたが――不思議と嫌悪感はなかったのだ。


 出会い方が違えば、もしかしたら、友人になりえる可能性もあったかもしれない。


 ――だがそれでも、彼がしろがねを賭けの対象にしたのは事実であり、父親として、それは絶対に許してはいけない事だった。


「種目は――このまま続行でいい。言っただろ? てめえの得意なもんで叩き潰してやるって。それに――」


 諏方は、すっかり汗でびしょ濡れになったワイシャツを脱ぎ捨てた。


「――っ!?」


「なっ、なんだアレ?」


 ワイシャツを脱いだ諏方を見て、加賀宮を含めた、館内にいた者全員が、気圧されたように息を呑んだ。


 ――諏方の身体は、ワイシャツの下に着込んだアンダーシャツに隠れきれないほどの、筋肉質な体つきをしていた。


 決して、筋骨隆々というほどの派手さはないが、適度に細めで、しかし、しっかりと鍛えられたであろう筋肉の凹凸おうとつは、感嘆のため息が漏れ出てしまうほど、その体つきは美しいと形容せざるを得なかった。


 そんな筋肉を自慢するというわけでもなく、ただ単に暑苦しくなったから脱いだだけの、アンダーシャツ一丁の銀髪の少年は、力強く敵対相手を指差した。


「――加賀宮、俺はもう二度とお前からボールを取らせねえし、お前にもこれ以上、ボールは入れさせねえ!」


 ――状況が最悪にもかかわらず、諏方の顔に浮かんでいたのは、絶対的な自信による笑みだった。

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