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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
夕闇に吠える狼編
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第26話 不良VS半グレ

「ぐっ……クッ!」


 赫羽根の突き出された拳が震えている。込められた気は激しく、大地も呼応するように揺れていた。


 しかし、顔面の前に両腕をクロスして彼の拳を受け止めている諏方の身体はいっさい微動だにしていなかった。大地さえも揺るがす赫羽根の拳よりも、その拳を受け止めた諏方の腕力の方が(まさ)っているのだ。


「……チッ」


 赫羽根は自身の拳を引き戻すとすぐさま後方へと飛び、諏方から距離を離す。拳を受け止められただけだというのに、すでに彼の息は上がっていた。


「し……四郎……? どうしてここに……?」


 赫羽根の拳の標的(ターゲット)であった進は今起きている事態に頭がついていかず、ただ疑問の言葉を目の前に立つ少年の偽名()とともにこぼすように口にした。


「まあ、いろいろあってな……。ともかく、進ちゃんと――」


 諏方は少女の後ろで倒れている一匹(ひとり)の獣の方へ振り返る。意識は失っているようだが、かすかに息はしていた。


「……守さんが無事みたいでよかったぜ」


 ホッと安堵の息をつく銀髪の少年。しかし、少女の方はまた別の疑問が頭に浮かんでしまう。


 ――どうして、四郎は狼男が親父って事を知ってるんだ?


 だがその疑問を口に出す前に、さらなる衝撃の言葉が赤ジャージのリーダーから発せられる。




「テメェ……黒澤諏方だな……?」




「……ブフッ!!」


 盛大に吹き出したのは名を呼ばれた諏方ではなく、進の方であった。


「え? え? 目の前にいるのは四郎じゃなくて、諏方おじさん……? えっ?」


 もはや疑問だらけで頭の中がはてなマークまみれになって混乱しだす進。一方の諏方と(おじさんの名前で)呼ばれた少年は、明らかに動揺しているとわかるほどに顔中汗まみれになっていた。


「クロサワスガタ? イヤーシラナイデスネ、ソンナナマエ?」


 目があさっての方向を見ながら急にカタコトになる四郎(すがた)。どう見ても怪しさ満点である。


「いいや、俺にはわかる……テメェは間違いなく黒澤諏方だ。俺も伝聞でんぶんでしか聞いていないが、かつて不良の黄金期と呼ばれた時代で頂点に立ったと言われる三巨頭の一人であった伝説の不良……その話ももう二十数年前。年齢を考えれば、そんな若い見た目であるはずがありえねえが、俺はもうすでにテメェの後ろで倒れてる非現実的な(ありえねえ)存在を見ちまってる……。今さら黒澤諏方が若返った姿で現れたところで、もう驚きもしねえよ……!」


「……ハァ」


 これはもう何を言いつくろったところでごまかせなさそうだとため息をつく伝説の不良。後ろで未だ混乱状態に陥ってる少女にはあとで説明するとして、諏方は気を取り直して赫羽根の方にまっすぐ見やる。


「俺もテメェの事は知ってるぜ、赫羽根。半グレ集団『沙羅慢怒羅』のリーダー。族上がりで、沙羅慢怒羅結成後は裏ホステスのケツ持ちに麻薬や人身売買、その他いろいろな犯罪に手を出してる真性のクズ野郎だってな……!」


 深く静かな怒号とともに、諏方の周囲の空気が圧迫されるほどの強い気が放たれる。だが赫羽根は、一般人ならその場で意識を失いかねない彼の気迫さえも平然と受け流した。


「フン……それを知ってなんになる? 不良が正義のヒーローの真似事(まねごと)でもするつもりか?」


「……本来なら俺にとって、お前らが何をしようが関係なんざねえ……だけどよ、俺の()()とその()に手を出した以上、俺はテメェらを許すわけにはいかねえんだよッ……!」


 拳を手のひらで握り、さらなる気迫を放つ。


「……ッ」


 その圧倒的な気に呑まれそうになり、赫羽根は地を強く踏みしめてそれに耐える。


「……それと、テメェらの存在を許さねえ奴がもう一人いる」


「……っ?」


 一旦声を落ち着かせた銀髪の少年の様子にわずかに戸惑いを見せる赫羽根。続いて少年が口にした名は、彼にとって最も聞きたくなかった者の名であった。




「沙羅慢怒羅……テメェらの存在は、『青龍の翁』に捕捉された」




「――ッッ⁉︎」


 絶望という名の寒気に肌を撫でられるような感覚が赫羽根を襲う。


 半グレ――いや、裏の世界に生きる者たちにとって、『青龍の翁』と呼ばれる人物は最も相手にしてはいけない存在として知られている。その人物に狙われないようにするために、赫羽根は今まで慎重に活動をしていたのだ。


「テメェ……青龍の翁の知り合いなのか……?」


「……認めたくはねえがな、一応は知り合いって事にはなる。……ま、爺さんに直接報告したのは俺じゃねえけどよ」


 先ほどまで冷静沈着であった赫羽根の表情が青ざめている。それほどに、青龍の翁と呼ばれた人物は彼にとって恐ろしい存在であったのだろう。


「……なるほど。なら、沙羅慢怒羅はもう終わりだな……。翁に存在を知られた以上、俺たちが見逃されるはずもない」


 吐き出される諦観(ていかん)のため息。赫羽根は悔しさで歯噛みするも、先に待つ絶望に拳を震わす事しかできなかった。


「……っ!」


 少しして震える拳を握りしめ、何か決意をしたかのようにまっすぐ諏方を睨みつける。


「……どうせ終わるのならせめて、テメェだけでも道連れにする……!」


 赫羽根からも諏方の気迫に対抗するように気が放たれる。もはや絶望は受け入れた。だがせめて、全てを終わらすキッカケとなった男だけでも自身の手で倒さなければ気が済まなかった。


「……いいぜ、受けてやるよ」


 呼吸を整え、一歩前へと出る諏方。赫羽根もまた、拳を握りしめて前に出る。


「…………」

「…………」


 互いに睨み合う不良と半グレ。進は未だ困惑が完全に抜けきれていないながらも、息を呑んで二人の行方を黙って見守る事にする。




 ――先に動いたのは赫羽根からであった。




 地面を強く踏みつけ、拳を構えながら一気に間合いを詰める。


「らぁッ――!」


 放たれる拳。その一撃は、彼が先ほど進や狼男となった守に放ったものよりも素早く、威力が増した『本気』の拳であった。まともに食らえば、頭蓋ごと頭部が粉々に砕けるであろう。


 ――だが、諏方は目に止まらぬその一撃を、頭を傾けて難なくかわしてしまった。


「なっ――⁉︎」


 あまりにもあっさりと本気の一撃をかわされ、赫羽根の思考が一瞬停止してしまう。


「はぁぁぁあッッ――!」


 そのわずかな隙に、諏方は拳を固めて空気を吸いこみ、気を込めた状態の拳を飛びかかった赫羽根の腹目がけて(にカウンターを)放った。


「ごぱッ――⁉︎」


 たった一撃で、赫羽根のあばらや内臓はことごとく破壊され、彼の身体はそのまま飛びかかった方向とは逆の方に吹っ飛ばされてしまう。彼の身体はそのまま倒れ、起き上がる様子を見せなかった。


「っ……」


 わずか一分にも満たぬ攻防で、怪物となった父や自身を苦しめた男があっさりと吹き飛ばされてしまったその光景を、進は唖然とした表情で見つめていた。


「……ま、こんなもんだろ」


 息一つ乱さず、拳をおさめる銀髪の少年。


「……っ」


 目の前にいる彼はクラスや近所で仲良くしていた男の子で、そんな彼が親友の父の名で呼ばれ、圧倒的な力を持った男を一撃で倒したという事実が飲みこめず、夢を見ているのではないかと進は錯覚してしまいそうになっていた。


「さーてと、半グレ野郎を倒したのはいいものの……こっちはどーすっかなー……?」


 倒すべき敵は倒し、いざ大団円――といきたいところではあったが、ある意味それ以上の問題が目の前にある現実から諏方は今すぐ逃避したい気持ちでいっぱいだった。




「あなた……いったい何者(なにもん)なの……?」




 助けられた事への礼や、敵から解放された安堵の言葉よりも先に口から出てしまった進の疑問。それも仕方のない事であろう。約二ヶ月、同じクラスで過ごしてきた男子が親友の父親の名で呼ばれたのだ。彼女から見れば、今目の前にいる少年以上に怪しい人物もこの場にはいないだろう。


 諏方は困ったように頬をかきながら、


「えーと、まあそうだなー……とりあえず、今起こった出来事も、見聞きした話も、全部なかった事にできねーかなー? …………なんて――」


「できるわけないでしょーがッ!! え? 結局あんたは四郎なの? それとも諏方おじさんなの? 白鐘はこの事知ってんのッ⁉︎」


 矢継ぎ早に放たれる質問攻め。先ほどまで半グレ相手に無双していたとは思えないほどに、諏方は縮こまってしまう。


「わーた! わーた、わーたから! あとでちゃんと全部説明するから、今はともかく、進ちゃんも守さんも安全なところに一旦移動して――」


「――ッ⁉︎ 四郎、危ないッ⁉︎」


 一気に顔が青ざめ、四郎の後方を指さす進。――だが、振り向いた時には遅かった。


 先ほど殴り飛ばされたはずの赫羽根が諏方の背後に音もなく近づき、手にしたスタンガンを彼の背中に押しこんだのであった。


「――ッ! あがッ――⁉︎」


 全身に電流が流れ、諏方はうめき声とともにその場で倒れてしまった。


「油断したな、不良……。感覚を研ぎ澄ませていれば、俺の気配にも気づけただろうに……」


 赫羽根たち沙羅慢怒羅の制服とも言える赤いジャージはボロボロになり、痛みで呼吸も荒くなってはいるが、スタンガンを振りかざす力はまだ残っていたのだった。


「そんな……四郎⁉︎」


 倒れたクラスメート(隣の家のおじさん)に駆け寄る進。電流を浴びた影響か、彼の全身は痙攣していた。


「さすがは伝説の不良……とっさに腹に気を込めたとはいえ、テメェの一発は内臓がグチャグチャになるほどの威力だった……だが、さすがにスタンガンの電流をまともに浴びれば、いくらテメェでもしばらくは起き上がれ――」


 赫羽根、そして進――両名ともに、目の前の光景に言葉を失う。


 ハァハァ……と息を荒げながらも、白い特攻服を纏った少年がゆっくりと立ち上がったのだ。


「バカな……このスタンガンは特注品で、最高出力百万ボルトの電流をその身で浴びたんだぞ⁉︎ 死にはせずとも、こんなすぐに立ち上がれるはずがないッ⁉︎」


 先ほど狼男が現れた時にも、赫羽根は驚きこそしたものの、特別恐怖を感じるまでには至らなかった。だが、今目の前にいる少年こそが、人間の姿をした怪物なのではないかと――彼は初めて恐怖する。


「たしかに、俺はお前を侮っていたみたいだな……。これからどうするかばかりを考えちまって、テメェの気配を読みきれていなかった……。これはテメェへの侮辱になっちまうな。謝らせてもらうよ。だから――」


 一拍、息を吐き出す――瞬間、諏方の身体の痙攣が治まり、同時に大気が震え出した。






「――ここからは、本気を出す」






 静かに、銀髪の少年はそう宣言する。


「――ッッ⁉︎」


 直後、赫羽根には見えてしまった。鋭利な爪に巨大な牙、美しく輝く銀色の体毛に光る鋭い瞳。


 ――今、赫羽根の目の前にいるのは人間ではない。狼男とも比較にならない、本物の(かいぶつ)がそこにいた。


 赫羽根は間違いなく強者である。ゆえに、彼には見えたのだ。黒澤諏方の(オーラ)を形造る(ぎんろう)の姿を――。


「っ…………」


 ―― 俺たち半グレにとって、悪人のつもりでいるだけの不良(ガキ)どもなんぞ、虫ケラ同然の存在だった……。


 ――なのに、


 ――勝てるわけがない……銀狼()とは、あまりに世界(レベル)が違いすぎる……。






「…………俺の……負けだ」






 蜥蜴(とかげ)は膝を折る。その敗北宣言は、爬虫類が獣から身を守るための最良の選択であった――。

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