第13話 余計なお世話
「なあなあ、さっきのZwitchってやつ、貸してくんね?」
俺は教室に戻った後、まずは白鐘の席の方に視線をやって、娘が進ちゃんと喋っているところを確認する。その後、二人を通り越して窓のすみでゲームをしていた四人の男子グループに声をかけた。
「お? 転校生、やっぱゲームいける系?」
「いや、俺はあんまりゲーム自体はやらないんだけど、ちょっと興味がわいてさ?」
「じゃあZwitchと、今大人気ソフトのゾンビハンター――略してゾンハン、貸してやんよ」
「サンキュ。……えっと、とりあえず電源はどうやって点けりゃいいんだ?」
ゲーム機の電源を点けるやり方する知らなかった俺に、男子グループ四人は呆れ気味に笑いながらも丁寧に教えてくれた。電源が点くとゲーム機の画面には映像が映り出し、アメリカの冒険映画のような壮大なBGMとともに、音楽の雰囲気とはまったく合わないおどろおどろしげなロゴのタイトル画面が出てくる。
「まずは自分のキャラを作って、使いたい武器を選択する。あとは町でクエストを受けて、ゾンビや生物兵器と戦うんだ」
「へー……」
正直よくわからんが、男子四人組のレクチャーを受けながらゲームを進めていく。
『ほうほう、これがげーむというものですか……!』
「お前は早く帰れよ……」
俺は小声で、興味津々に画面を覗きこんでいるシャルエッテに対してつぶやく。彼女は先ほどと同じように、俺以外には姿が見えない半透明の状態で横に立っていた。
ザワザワ――、
ゲームをプレイする転校生が気になり始めたのか、いつの間にかクラスの生徒たち何人かが、俺の周りへと集まってくる。
好奇の視線に集中的に視られて少し緊張はしたものの、四人グループの内の一人がわかりやすくプレイを教えてくれたおかげで、なんとかゲームの序盤はつまずく事なく進められた。
プレイしている内に昼休み終了を告げるチャイムが鳴るも、取り巻きたちはそのまま俺のゲーム進行を見守ってくれている。
「へえー……黒澤くん、ゲームはへたっぴなんだ? ちょっといが~い」
「そんな装備じゃあ、高難易度クエスト受けても瞬殺だぜ?」
「あー、だから防具は組み合わせ次第でパラメーターが――」
世界史の授業の時とは真逆の、期待が下回った時特有の呆れるようなクラスメートたちの反応。
――だが、俺はまさにその反応を待っていたのだ。
「ふーむ、ゲームってのは難しくてよくわかんねえな。なあ白鐘? ここから先どうしたらのいいのか教えてくれよ?」
俺はそう言いながら、娘の座っている席にへと視線を向けた。周りにいた生徒たちもキョトンとした表情で、白鐘の方へと顔を向ける。
一斉に俺含めたクラスメートたちの注目を注がれ、白鐘の表情が一気に青ざめた。
「な、なに言ってるのよ!? あ、あたしにそんなゲーム、わかるわけないじゃない……」
焦りながら娘はそっぽを向いてしまった。
俺たちのやり取りによって、また教室内がザワザワとざわめき始める。
「え~? 私、黒澤さんがゲームやるイメージないなぁ」
「おいおい、転校生って黒澤さんの従兄妹なんだろ? だったら、黒澤さんがゲームやらないの知ってるんじゃないのか?」
「黒澤さんって成績いいから、ゲームとかやる時間絶対ないって」
他のクラスメートたちの反応を見て、俺の予想は確信へと変わった。
――白鐘は、学校で優等生のイメージを持たれている。
まあ、実際かなりの勉強家ではあるし、成績優秀なのもその通りなのだが――同時に娘は、家庭用ゲームからスマホゲームはもちろん、PCのオンラインゲームなど、数多くのゲームをやりこんでいる『ゲーマー』でもあるのだ。
俺自身、小学校までは娘によくゲームに付き合わされて、何回もボコボコにされていたのが懐かしい。
「なぁ、この『サンター』って敵が倒せねえんだけど、どうすればいいんだ?」
俺はZwitchを持ったまま、白鐘の席へと近づく。そばにいた進ちゃんの気まずげな表情が、俺の確信をさらに色濃くした。
「なあ、頼むぜ白鐘? 早くしないと先生が来ちま――」
突如、机をドンッ! っと叩いて白鐘が立ち上がる。教室内の生徒たちはもちろん、俺も突然の娘の行動にビビってしまった。
白鐘はゆっくりとした動作で俺の正面にまで近づき、こちらを見下ろしてくる。前髪に隠れて目元は見えないが、その奥で光る眼光から明らかに睨まれているのがわかった。
――これは、逆効果だったか……?
やりすぎてしまったのではないかという恐怖に、身体が少しだけ震えてしまう。だが、白鐘は髪をかき上げて、諦めのついたような表情でため息を一つついた。
「ふぅ……いい? サンターは近くにいるトナカイゾンビが本体だから、無視してそっちに特攻。その前にその装備じゃあどっちみち倒せないから、最初のシムーンシティでサブマシンガンを取りに行く」
「……へっ?」
「あとは序盤のEランククエストの巨大ゾンビの素材が手に入ればまともな防具を作れるから、必ずそれをやること。そのついでに、同じステージの洞窟の隠しゾンビを倒せばパープルハーブがもらえるから忘れず倒しに行って。あと、ショットガンを改造する時に武器屋の好感度を上げれば安くしてもらえるから、選択肢には気をつけて。それから――」
「お、おう……」
俺を含め、クラス中のみんなが唖然とした表情で白鐘を見つめている。
普段はクールで物静かなキャラであるはずの彼女が、突然ゲームのマニアックな講義を始めたのだから、驚くなというのが無理な話だろう。
にしても……最近は一緒にゲームをする事もなかったので失念していたが、娘のゲーム知識の深さとここまで熱心に講義してくれるとは、娘のゲーム熱は予想よりも冷めてはいなかったようだ。
「えっと……あのぉ……授業……」
「あ……」
いつの間にか、教壇に立っていた定年を越えてそうな老教師が気まずそうに声をかけてくる。
「…………」
しばし無言の空気――。
少しして、クラスメートたちがあわててそれぞれの席に戻っていく。白鐘は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、それを見られないように頭をうつむけて、無言で席に座っていった。
◯
「アハハハハ! さっきは傑作だったぞ、白鐘?」
「うぅ……」
放課後、俺と白鐘――と半透明状態のシャルエッテ――は、ともに帰路についていた。朝は昔からいつも途中まで一緒に出てはいたのだが、帰りも一緒というのはなかなかに新鮮な気分だった。
「ハァ……目立たないでって言ったのに、なんであんな事をしたのよ?」
「おいおい、俺は何もしてねえぞ? ただゲームの攻略法をお前に訊いただけだ」
「それがダメだって言ってんのよ! はぁ……あんたのせいで、一気にクラスでのイメージが崩れちゃったじゃない……」
――やはり、俺の予想は正しかった。
白鐘はクラスで目立たないよう、『クールで物静か』というイメージを意図的にクラスメートたちに持たせていたようだ。
ただでさえ容姿や髪色、それに成績優秀という点で、どうしたって娘は目立ってしまう。
それでも他の生徒との関わり合いを避けるために、近寄りがたいイメージという壁を作って、クラスメートたちを遠ざけていたのだろう。
白鐘はけっこう人見知りなところがあるので、娘なりの処世術といったところか。
「はは、やっぱ猫被ってたんだな、お前?」
「うっさい! ああもう……明日からどんな顔して学校に行けばいいのよ……?」
本当にダメージが大きかったのか、予想以上に落ちこんでしまっている。ここまでくると、さすがに俺も罪悪感でいたたまれなくなってしまう。
「まあその……いろいろとすまんかった。でも……おかげで、気持ちは楽になれたんじゃねえのか?」
「――え?」
驚いた表情で、娘は顔を上げてこちらを見る。
「ゲームの攻略法を教えてくれた時、いつも無愛想だったお前がすごく活き活きして見えた。あんなお前を見るのは、けっこう久しぶりだったんだぜ?」
いつもどこか冷めたような表情をしていて、それゆえに大人びた雰囲気を纏っていた娘が、あの時だけは年相応の子供のようだった。
――いや、どのように取りつくろったって、娘はまだまだ子供なのだ。
「クラスの奴らも最初は驚いてたけど、授業が終わったらゲームを教えてくれーとか、本当は一緒にしゃべりたかったーとか、引っ張りだこだったじゃねえか? ……もうこれ以上、猫被る必要はねえんじゃねえのか? ほんの少しでいいから、もっと素のままの自分を出してけよ」
――教室の中の彼女はクールというより、どこか息苦しそうに親には見えた。それを放っておくだなんて、父親である俺にはできなかったんだ。
「それに、転校してまだ一日目だけどよ、あのクラスは明るく和気あいあいとしてて、いいクラスだなって俺は思ったぜ? アイツらなら素のお前だって、きっと受け入れてくれるはずさ」
「っ……」
娘が一瞬だけ見せた安堵のような表情。やはり娘は心のどこかで、クールな自分を演じる事に疲れていたのかもしれない。
「――って、なんであんたなんかにそんなこと言われなきゃいけないのよ⁉︎ ……余計なお世話よ」
「親だからな。余計なお世話だってかけたくなるさ」
「っ……!」
娘は言い返せず、口ごもっているようだった。
「あたしは……あたしはまだ、あんたをお父さんだなんて認めないんだから!」
逃げ出すように娘は一人、駆け出して行ってしまった。
「白鐘……」
最初は追おうとしたものの、ここは白鐘を一人にして落ち着かせた方がいいと判断して、俺は足を止める。
「はぁ……少しは距離が縮まったと思ったんだけどなぁ……」
『でもシロガネさん、昨日よりは表情が優しかったです! ……いつか、信じてもらえるはずですよ?』
隣で俺を励ましてくれる半透明のシャルエッテ。
たしかに、去り際の娘の言葉は渡り廊下の時と内容は同じだったが、その声からは拒絶の色は薄れていたような気がした。
「……ま、気長に頑張るしかねえか」
今日は少し進展したと前向きに考える事にして、俺たちはそのままゆっくりと家へ向かおうとしたところで――誰かが俺の肩にぶつかってきた。
「おい兄ちゃん、なにぶつかってんだゴラ?」
振り向くとそこには、まだ中年だった俺に昨日と同じようにぶつかってきた不良がいた。
「やベー、チョーイテーわー。イシャリョウなきゃダメだわー」
セリフまでそのまんま昨日と同じだ。
「はぁ……」
昨日は心の中でだったが、今日は直接口からため息が出てしまう。
「……シャルエッテ、先に帰っててくれ」
『え? でも……』
シャルエッテはオロオロとした表情で不良と俺を交互に見つめている。
「かまわねえ、早く」
「…………」
彼女は未だ心配げな視線を向けつつも、素直にこの場を離れていった。
「あん? なにぶつぶつ喋ってんだよ? さっさと金出せって言ってんだよゴラ」
その言葉を合図にこれまた昨日と同じ、彼の取り巻きたちが俺を取り囲んでいく。様子を見るに、やはり俺以外にも同じような手段でカツアゲをしているんだろう。
「財布の中身全部出しな? 言っとくが、ここらへんは人通りが少ねえから、助けを呼んだって無駄だぜ」
「だろうな。場所は違うが、やり方が昨日とまったく同じだ」
「あん?」
俺の言っていることがわからず、不良たちはみな首を傾げる。
「お前らアレだろ? 昨日、サラリーマンの中年親父にボコボコにされた不良どもだよな?」
「なっ――! 見てやがったのか!?」
俺を取り囲んでいた連中全員が、驚きで目を見開いた。
「まったく、懲りねえなお前らも。まあ、あのオッサンもお前らを必要以上にケガさせないように手加減してたみてえだから、つけ上がらせたのは俺の自己責任でもあるな」
「てめえ……ぶっ殺す!!」
全員が怒りの眼差しを集中放火するが、俺は気にすることなく、一歩前へと出る。
「さっきまで少し上機嫌だったのに、てめえらのせいで一気にガタ落ちだ。そうでなくても、昨日今日といろいろあってストレスが溜まってんだ……悪りぃが、昨日より少しばかり激しくやっても――」
顔を上げた俺を見て、リーダーらしき男が怯えた顔で震えた。
「――文句はねえよなぁあ!」
◯
「よ、おかえり」
「……ただいま」
俺は自宅に着き、リビングのソファでタバコを吸いながらくつろいでいる姉を見つめる。
「いいのかよ? まだここにいて」
「しばらく休暇をもらったからな。せっかくこうして可愛い弟や姪っ子に久しぶりに会えたんだ。もう少しゆっくりしたって構わないだろ?」
「……まあ、姉貴がいいなら俺も構わねえよ。それより白鐘は?」
あたりを見回せど、娘の姿は見当たらない。玄関に靴はあったので、帰ってはいるはずだが……。
「先ほど帰ってきて、今は自室にこもっているよ。……顔が真っ赤だったんだが、何かあったのか?」
「まあ……いろいろと――」
「ーーうきゃあああああっ⁉︎」
突如、少女の叫び声とともに、廊下の奥から派手な爆発音が鳴った。シャルエッテに貸した一階の物置だった部屋からだ。
「おいおい、大丈夫かよあいつ?」
「今朝から何度も爆発してるから、私はすっかり慣れてしまったよ。どうやら物を修復する魔法は得意なようで、部屋のドアは毎回直ってはいるんだけどね……」
「……そりゃあ、現実逃避もしたくなるもんか」
とはいえ、シャルエッテには頑張ってもらわなければ俺も元に戻れないので、今はそっとしておく事にする。
「ところで――数十年ぶりの高校はどうだったかな?」
実に楽しそうな顔で、姉貴は俺にたずねてきた。
「いろいろと世代の違いを感じまくりの一日だったよ。まだ初日なのに、かなり疲れちまった……」
「それもいずれ慣れてくるさ。……かつてとは違う青春を謳歌するのも、悪い感じではあるまい?」
「っ……」
たしかに、クラスの連中はみな気さくで優しい奴らが多かった。おかげでこちらの緊張もすぐにほぐれ、楽しくなかったといえば嘘になってしまう。
だが、肉体的に若返っているとはいえ、精神的にはやはり中年のままなので、高校生のテンションの高さについていくにはまだまだ四苦八苦しそうだ。
「……白鐘の様子を見るに、晩メシも遅くなりそうだな。先に少し仮眠取ってくるわ」
「うむ、白鐘ちゃんが出てきたら起こしに行くよ。ところで諏方――」
姉貴の先ほどまでの陽気な声が、突然険しいものに変わる。
「お前――――血の臭いがするぞ」
「――ッ!?」
返り血はなるべく浴びずにいたのだが、それでも感づかれてしまった。工作員の鼻は簡単に誤魔化せないようだ。
「まさか……ケンカでもしたのか?」
問いつめるその瞳は、心を突き刺すような鋭さを伴った。
「…………」
俺の無言を肯定とみなし、姉貴はため息をつく。
「――あの頃とは違う青春を送らせたい――私はそのために、お前を学校に行かせている……わかってるよな?」
「……ああ、わかってるさ」
俺は姉貴から視線を外し、不良たちの返り血がまだ薄く残っていた拳を握り締める。
「俺だって……またあの頃に戻ろうとは思ってない」
それだけを言い残し、これ以上問いつめられるのを避けるように、俺はさっさと階段を上がっていった。




