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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
夕闇に吠える狼編
132/323

プロローグ もう顔も思い出せないあの人

『ねぇ、ママ、今日は家族旅行だって言ってたよね? ……なんでパパがいないの?』


 少女は純朴な瞳で、もう顔も思い出せなくなった母親を見上げる。母の隣には見慣れない派手な赤のスポーツカー。普段乗る車は水色の地味めな普通車であり、今乗ろうとしている車は明らかに家族のものではなかった。


『……パパは急なお仕事が入っちゃったの。だから、今日はかわりにお母さんのお友達と一緒にお出かけしましょ?』


 スポーツカーを挟んで向こう側に、見知らぬ男性が仮面を貼り付けたような気持ちの悪い笑顔で少女を見つめていた。


『初めまして、僕は君のお母さんのお友達で――って名前なんだ。今日はよろしくね』


 彼なりに優しく声はかけてくれたのだろう。だが、まだ歳幼いながらも少女にはその声にべったりと心臓をなでるような、言いあらわせぬ不快さを感じさせた。


『……嫌だ……アタシ、パパとママの三人で旅行に行きたい……』


 それは、まだ幼い少女にとって精一杯の母へのSOSであった。なぜかはわからないが、このままついて行けば、もう元の日常に帰れない予感がしたのだ。


 だが、助けを求めた母はその意をくみ取れず、逆に困ったような表情を男性に向ける。男性の方も同じように力ない笑みを彼女に返すだけだった。


 仕方ないと諦めたのか、母は身体をかがんで娘の瞳を見つめる。


『進ちゃん……ママはね、パパと離婚しようと思ってるの。それで、この人は進ちゃんの新しいパパになる人なのよ? だから……進ちゃんにも――さんと仲良くなってほしいなぁ?』


『――ッ!』


 瞬間――目の前の女性が母のカタチをした別のナニかに見え、少女は生理的な嫌悪とともにその場で嘔吐おうとしてしまった。




 ――その日、天川進の中で、母はいなくなった(死んだ)のであった。




   ◯




「――ッ⁉︎」


 暗闇の中、飛び起きるように進はベッドの上で目覚める。全身には汗が流れており、過呼吸ぎみに息も乱れていた。


 頭痛がし、頭を押さえてしばらく呼吸を落ち着かせる。


「…………なんで今さら、あの時の事なんか夢に見んだよ……?」


 悪態をつきながらも受け止めてくれる者はなく、脈打つ鼓動がおさまるのを少し待ってから、進はベッドから立ち上がる。


 自室を出て階段を下り、電気を点けてキッチンにある冷蔵庫を開き、中に入ったペットボトルの水をがぶ飲みする。一部が口からこぼれ落ちるのもいとわず、一気に五百ミリの液体を飲み干す。ワイシャツから覗く胸元に落ちた雫が蒸気する汗と相まって、いやになまめかしさを感じさせた。


 ふと、彼女はリビングの方に置かれたテレビの方へと視線を移す。ペットボトルをゴミ箱に放り投げた後、誰もいない家の中を特に理由もなく音を立てずに歩き、テレビの方にまで近づく。


 テレビの横に置かれた小さなタンス棚。その一番下に収納されたさらに小さめの金庫を取り出す。


 小型で無機質なダイヤル式の金庫。そのダイヤルを数度左右に回すとカチッと音が鳴る。フタを開き、中身を取り出した後に金庫をテーブルに置く。


 手に取ったのは一冊の銀行通帳。名義は父の名。


 寝起きでまだ少し頭はボーとしているが、それでも様々な感情が頭の中を渦巻く。彼女は通帳をしばらく眺め、ため息とともに、


「くっだんね……」


 そう吐き捨て、少し乱暴げに手帳を金庫の中に再びしまうのであった。

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