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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第24話 境界警察治療施設

『全治療部隊緊急招集! 全治療部隊緊急招集! 今動ける回復魔法使いは、全員第一緊急治療室に急いで! 患者の容体は、大量の魔力消失による急性衰弱症によるものと思われます。回復魔法使い以外にも、魔力供給ができる者と魔力変換の専門家をなるべくかき集めて!』


 館内に響き渡る切迫した女性の声。この声は、諏方も以前聞き覚えのあるものだった。


 境界警察人間界支部、副支部長であるウィンディーナ・フェルメッテのアナウンスのもと、複数人の白衣型のローブを着た魔法使いたちが諏方の横を何度も通り過ぎて行く。彼らはみな、緊急治療室と書かれた部屋の中へと続々と入室し、赤いランプが光っていった。


 ここは境界警察人間界支部、その隣に併設している医療専門施設。境界警察の人間界支部は、この二つの大きな施設の中で運営されているという。詳細な場所がどこにあるかは諏方も聞かされていない。ここに連れて来られたのも、ウィンディーナのゲート魔法を通ってのものであったからだ。


 ゲート魔法は現在地から別の場所へと通じる門を開ける魔法であり、境界警察の使用する施設はこのゲート魔法を通してでないと入る事ができない。


 医療施設の内装は人間界にある病院そのものであり、今諏方が待機させられているこの対合室も人間界の病院の対合室となんら変わりない作りであった。


 その対合室で諏方は一人、腕を組みながら静かに、大量にあるイスの一つに座っている。


 白鐘と青葉の姿はない。倒れたシャルエッテとフィルエッテをこの施設に連れて行く際、付き添いできるのは一人までと言われたからだ。


 本来ならば、境界警察の使う施設に人間の立ち入りは禁止されている。だが、どうしても二人の容体が気になった諏方は狭間山に駆けつけたウィンディーナに頼みこみ、彼のこれまでの功績も兼ねて無碍むげにはできないと、特別に施設内に入る事を許可されたのだ。


 ――ここに入ってからどれほどの時間が経過しただろうか。


 緊急治療室に入ったのはフィルエッテの方だ。どうやら彼女の方が危険な状態であったらしく、数十人もの医療魔法使いが一斉に彼女の治療にあたっている。


 一方のシャルエッテも決して軽症というわけでもなく、彼女にも数人の治療部隊があてがわれている。


 諏方はただ、二人の無事を祈る事しかできなかった。


「…………」


 今まで娘である白鐘が大きなケガをしたという事はなく、こうして病院内で一人大切な誰かの無事を待っているしかできないという状況は、彼の妻が娘を出産する時以来であった。


 残念ながら彼の妻である碧は、白鐘を出産したと同時に亡くなってしまっている。


 またこうして大切な家族がいなくなってしまうのではないかと、諏方は胸が張り裂けそうな思いをしながらも、ただ待つ事しかできなかった。


 瞳を閉じ、ただじっと、二人が無事であるという知らせが来る事を祈りながら、彼は待ち続ける。


 ……。


 …………。


 ……………………。


 ――瞳は閉じるも、眠りにつく事はできない。


 さらに何時間が経っただろうか。ここには窓が一切ないため、外の状況もわからずじまいでいる。


 時間を確認するため、諏方はポケットからスマホを取り出そうとして――、




「――がたさん……諏方さんっ!!」




 カンコンと響く足音と、ふいに名前を呼ばれた事で身体を思わずこわばらせてしまい、諏方はスマホを落としそうになる。


 声のした後方を振り向くと、ウィンディーナが息を切らせながら諏方のもとへと走り寄る。いつもの境界警察の制服であろう濃い青のローブは身につけておらず、他の医者らしき魔法使いと同じ白を基調としたローブを着込んでいた。


「ハァ……ハァ……」


 ここまで全力で走ってきたのか、彼女は息が上がって顔を上げられないでいる。そのため、どういう事態になっているのかを表情で判断できずにいた。


「ウィンディーナさん……二人の容体は……?」


 恐る恐る問いただす諏方。


「ハァ……ハァ……まずは……フィルエッテちゃんの方からですが――」


 ウィンディーナはなんとか顔を上げ――笑顔を見せながら親指を立てる。


「無事に峠は越えました……! まだしばらく安静にする必要はありますが、じきに失った魔力も回復していくでしょう」


 彼女の報告を聞き、諏方はホッと胸を撫で下ろした。


 先ほどまで敵だったとはいえ、彼女はヴェルレインに利用されていただけであり、何よりシャルエッテの親友だ。彼女に何かあれば、それこそシャルエッテは二度と立ち直れなくなってしまうかもしれない。


「その……シャルエッテの方は……」


 ウィンディーナの笑みを見るに、シャルエッテの方も無事であろうとは諏方も予測できている。それでも、彼女がどうなったのかを言葉で聞かないと不安が拭えないでいた。


「フフ……安心してください。彼女は――」




「スゥゥゥガァァァタァァァさぁぁぁぁぁんんんんん!!」




 ウィンディーナの背後、治療室に繋がる廊下の奥から声が聞こえ、患者服を身にまとったシャルエッテが諏方に向けて全速力で走ってきた。


「どわっ! シャルエッテ⁉︎」


 彼女はその勢いのまま、満面の笑みで諏方の身体へと飛びついた。とても先ほどまで治療されていたとは思えないぐらいの元気っぷりだった。


「スガタさん! わたし……わたし! 勝ちました!! 憧れのフィルちゃんに勝ちましたよっ!!」


 心から嬉しそうな声をあげて、力強く諏方に抱きつくシャルエッテ。よほど姉弟子に勝てた事が嬉しかったのだろう。彼女の身体はまだ痛むであろうに、それでもテストで百点を取れた子供のような無邪気さで、力いっぱい喜んでいた。


 そんな彼女のはしゃぎっぷりに多少呆れながらも、諏方も彼女の身体を優しく抱きしめ返す。


「だから言ったろ? お前なら勝てるって」


「はい! わたしを信じてくれたスガタさんを信じて、本当によかったです……!」


 ポタッと、諏方の肩に小さな雫が落ちる。シャルエッテは笑顔のまま、瞳から涙を流していたのだ。


 嬉しさからだろうか、達成感からだろうか、それとも仕方のなかった事とはいえ、友を傷つけた痛みからなのだろうか――その涙の意味を諏方は測る事はできなかったが、ただそっと、彼女の頭を撫でるのだった。


「ところでシャルエッテ……嬉しそうにしているところわりぃんだが――」


 諏方はシャルエッテに後ろを向くよう、あごをクイッと上げて示す。彼女が振り向くと、般若はんにゃのごとき形相ぎょうそうのウィンディーナが睨んでいた。


「シャルエッテちゃん……あなた、まだ治療を終えたばかりなんだから……病室で安静にしなきゃダメでしょッ!!」


「ふええ⁉︎ ごめんなさあああい!!」


 ――ま、そりゃ怒られるよな――っと、諏方は苦笑いしながら彼女の身体をゆっくり離すのであった。




   ◯




 治療施設内の病室もまた、人間界での病院のそれと作りは変わらない。白いベッドに白い壁。違いがあるとすれば窓がない事ぐらいだろうか。人間である諏方も見慣れている内装は、人間界のものを模倣もほうして作られたのかは定かではない。


 ウィンディーナへの恐怖に震えるシャルエッテを連れて病室に入れた後、彼女はベッドの上で治療魔法使いである中年女性から、今後どうするかなどの説明を受けている。その様子を、諏方とウィンディーナは入り口側からそっと見守っていた。


「治療魔法でシャルエッテちゃんの身体の傷はほぼ完治しました。まだ多少痛みは残るでしょうが、それも数日で自然と癒えていくでしょう」


 ウィンディーナはシャルエッテに聞こえないよう、小声で彼女の現在の細かな状態を諏方に報告する。


「ただ……魔力の消耗が激しすぎたため、強い疲労が身体に残っています。魔力はしばらくすればまた徐々に回復していくので、安静にするのはもちろん、バースト魔法などの大きく魔力を使う魔法もしばらくは極力避けるようしてください。過度な魔力の使用は、身体にも負担をかけますので」


「わかった。しばらくは無茶させないよう、釘を刺しておくよ。……フィルエッテの方も、同じ状態なのか?」


 ここにはいないもう一人の少女の様子をたずねる諏方に、ウィンディーナは少し複雑そうな表情を見せる。


「フィルエッテちゃんの状態はハッキリ言うと……シャルエッテちゃんより深刻なものです。魔力の激しい消耗による身体への負担はもちろんですが、それ以上にシャルエッテちゃんのバースト魔法によるダメージでかなり危険な状態になっていました。わたくしたちが駆けつけるのがもう少し遅ければ、最悪の事態になっていたかもしれません……」


 さすがにコレはシャルエッテに聞かせるわけにもいかず、より小さな声でウィンディーナが報告を続ける。


「境界警察の治療部隊総出による治療魔法で、なんとか彼女の一命は取りとめました。ただ……自然回復できるほどの魔力も残されていなかったため、現在は我々メンバーの中から数名の魔力を一部、彼女の身体に移植しています。この作業にはかなりの時間を要するため、その分彼女が目覚めるのにも時間がかかるでしょう……」


 諏方は話の半分もあまり理解できていなかったが、少なくとも良好な状態とは言えないという事だけは把握できた。


「このまま目覚めねえ……なんて事はねえよな?」


「それは……他者の魔力が上手く身体に馴染むかどうか次第ですね。我々魔法使いの魔力はそれぞれ異なる性質があるため、魔力をそのまま移植しても身体に馴染むかどうかはまた別なのです」


「人間でいう臓器移植みたいなもんか……移植できる臓器は誰のものでもいいってわけじゃなく、適合した臓器じゃないと拒絶反応を起こしちまう……それと同じ事が起きちまうんだな?」


「その通りです……。そのため、魔力移植の際には魔力変換技術を持つ魔法使いが必要になり、彼らが時間をかけて少しずつ魔力を移植対象者のものに変換していかなければならないのです。――これを苦もなくあっさりとやってのける恐ろしい者が、この世にはいるのですが……」


「っ……?」


 最後にボソッとこぼした言葉には、なぜか怒りが混じっているように諏方には聞こえた。彼の怪訝けげんな視線に気づいたのか、ウィンディーナはすぐに安心させるような笑みを彼に見せる。


「……いえ、こちらの話です。ですが安心してください。フィルエッテちゃんのポテンシャルは魔法使いの中でもかなり高いため、こちらの想定以上に魔力移植は順調に進み、容体も回復傾向に向かっています。おそらくは一週間もあれば、無事に目覚めてくれるはずです」


 それを聞いて、諏方は改めて安堵あんどの息を吐いた。


「なら、とりあえず二人とも無事回復はできそうなんだな……にしても、同じように魔力の消耗が激しかったろうに、まるでそうは思えないぐらいシャルエッテはピンピンしてるな?」


 感心するような諏方の言葉。しかし、ウィンディーナはそれを聞いて再び表情が曇る。


「正直な話……あれほど魔力が消耗して治療を受けたとはいえ、わずか数時間でこれほどまでに回復できたのは予想外でした。……彼女の魔力回復力、そして潜在魔力は一般的な魔法使いから考えれば……ハッキリ言ってしまうと異常とも思えます……」


「っ……」


 たしかにと――諏方が思い返しても、バースト魔法発動時の山に満ちた気の乱れようは異常とも言えた。今まで戦ってきた魔法使いたちと比べても、あれほど周囲の気が乱れる事はなかったのだ。


「……彼女は魔法界では落ちこぼれとさげすまれていましたが、もしかしたら……その内にとんでもない才能を秘めていたのかもしれません……そして、彼女の師である魔女・エヴェリア様もすでに彼女の才に気づいているのかも――」




「あの――⁉︎」




 突然、話を終えたであろうシャルエッテが諏方たち二人に向けて大声をかける。その表情はどこか切羽詰まったような感じで、先ほどまで彼女と話していた中年女性が一度諏方たちに会釈えしゃくしてから退出するのを見届けた後、真剣な表情で互いに向き合う。


 だがいざとなって、シャルエッテはすぐに言葉が出なかった。口にする事を恐れているようにも感じるが、それでも彼女が口を開くまで、二人はじっと待ち続ける。


「…………その……フィルちゃんが回復したら、彼女はどうなるのですか……?」


「…………」


 その問いに、ウィンディーナはこれまで以上に複雑そうな表情を見せる。そう問われる事は予測していたのだろう。彼女は少し間を空けてから、ゆっくりと口を開いた。


「……今回の騒動は魔女・ヴェルレイン・アンダースカイによって引き起こされたもの。暗示魔法によって実質彼女に操られていたフィルエッテちゃんには、十分に情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地が認められると思うわ。執行猶予しっこうゆうよが下されれば、勾留こうりゅうされずにすぐに釈放もされるわね」


「っ――! それじゃあ――」


「――ただし、そうなった場合には彼女は保護観察扱いになるわ。彼女の保護者は現在、あなたたちの師であるエヴェリア・ヴィラリーヌ様ただ一人。つまり、彼女は魔法界へと強制送還……という事になるわね」


「っ……そうですよね……」


 ウィンディーナの返答に、シャルエッテは残念そうにうつむく。フィルエッテの犯した罪を思えば、これでも寛大な処置であると彼女も納得はしていた。


 ただ、それでも――、


「また……離ればなれになっちゃうんですね……わたしたち」


 胸を締めつける痛みに耐えながら、ベッドのシーツを握りしめて、なんとか声を絞り出した。


 その言葉に、諏方もウィンディーナも何も返す事ができなかった。


 状況は最悪であったにせよ、離ればなれになった友と久々に再会する事ができたのだ。可能ならば、もう彼女と離れたくないのがシャルエッテの本音であっただろう。


 だが、フィルエッテの今後を決めるのはあくまで境界警察の上層部。


 諏方もウィンディーナも、これ以上どうする事もできないのがわかってるゆえ、今にも涙がこぼれるのをこらえているシャルエッテに何も言葉をかけられないでいたのだった。






「――保護観察扱いになるというのなら、諏方を保護者認定させたうえで、監視という名目で彼の家に住まわせればいいんじゃないか?」






 ――ふと聞こえたその声は、諏方にとって耳なじみのある、しかし久方ぶりに聞く女性の声であった。


 諏方はあわてて声のした方向へと振り返る。開いたままの扉の先に、黒いレザージャケットに身を包んだ肌黒の黒髪ポニーテールの女性が、彼にはにかんだ笑みを向けていた。




「姉貴――⁉︎」




「よ? 久しぶりだな、諏方」


 そこいたのは黒澤諏方の姉であり、国家組織に所属する工作員、七次椿であった。

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