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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第22話 姉妹弟子対決〜シャルエッテVSフィルエッテ〜⑥

 ――シャルエッテがバースト魔法を撃ち放った時、フィルエッテの背後から少し距離を離して立っていたヴェルレインも射線上には入っていた。


 よけようと思えばよけられた。だがあえて彼女はその場から動かず、ただ日傘を片手に持ちかえてそれを盾のように前にかざす。たったそれだけで、フィルエッテ(魔法使い)が幾重にも鎖を重ねなければ防げなかったバースト魔法をヴェルレイン(魔女)はあっさりと防いだのであった。


「…………」


 ヴェルレインは静かに、日傘越しから二人の闘争を見つめている。勝負は拮抗しているように見えたが、フィルエッテが五重結界を張った事でシャルエッテのバースト魔法を完全に耐えきっていた。


 このままシャルエッテがバースト魔法を撃ち続けても、いずれは魔力が尽き果てる。このまま事態が動かなければ、フィルエッテの勝利は確実なものであった。


 だが、ヴェルレインは眉一つ動かさず、ある問いをふいに口にする。


「――なぜ、魔法使い(あなた)たちは少しも疑問に思わなかったのかしら?」


 境界警察、魔法犯罪者――シャルエッテが人間界に訪れてからも、彼女はいろんな魔法使いたちと出会ってきただろう。その誰もが不思議に思わなかった、シャルエッテのある異常性(・・・)――。


「私たち魔法使いは、たしかに人間と比べても長寿であり、肉体が衰えるのに時間はかかる。ゆえに――ソレ(・・)を使用する魔法使いなどほとんど存在しない。でも――」


 ヴェルレインも黒澤諏方やシャルエッテたちの噂は耳にしていた。だが彼女は、魔法使いを素手で倒した黒澤諏方よりも、ある理由でシャルエッテの方に着目していたのだ。




「若返りの魔法とは本来――魔女レベルに近い、膨大な魔力を必要とする最上級魔法の一つなのよ」




 若返りの魔法を一介の、しかも落ちこぼれとおとしめられていたシャルエッテ・ヴィラリーヌに使用できるはずが本来はありえないのだった。


 だが事実、シャルエッテは諏方を若返らせる事に成功していた。しかも若返りの魔法を使用した事で多量の魔力を消費してなお、彼女は魔法使いとして活動を続けられている。


 一般的な魔法使いでは若返りの魔法を使用するための魔力をまかなうのが困難なうえ、たとえ魔力をまかなえても一度発動すれば二度と魔法使いとして活動できないほどの魔力を消費する事になってしまう。それゆえに、若返りの魔法を使う魔法使いはほとんど存在しないのだ。


 さらにはシャルエッテとシルドヴェールとの戦いも目にした上で、ヴェルレインは一つの結論にたどり着く。




 ――シャルエッテ・ヴィラリーヌには、魔女にも匹敵する膨大な魔力量をその身に有している――と。




 歪む――隠し切れないほどに邪悪に歪んだ笑みを、魔女はその顔に貼り付ける。


「エヴェリアのお婆さまがどこまで彼女の魔力に気づいていたかは知らないけれど、今はそんな事どうでもいいわね……。さあ、もっと見せなさい、シャルエッテちゃん……あなたの潜在魔力は、まだまだこんなものじゃないはずよ……!」




   ◯




 シャルエッテは、もはや体のどこにあるかもわからない魔力をさらに引き出そうとしていた。


 すでに限界は超えている。本来ならば、魔力の大量消失によっていつ倒れてもおかしくない状況であった。


 だが、現在の魔力放出量ではフィルエッテの結界を突破するにはまだ足りていない。


 フィルエッテの結界に使用された鎖の数はおよそ百を超えている。これだけの鎖を仕込むのに要する時間と魔力は途方もないものであろう。


 彼女はシャルエッテのバースト魔法を防ぐために、その全てを防御に回したのだ。その頑丈さは、結界魔法のスペシャリストであるシルドヴェールの結界にも匹敵するものであった。


 さらにバースト魔法の威力を高めねば、フィルエッテの結界を突破するのは不可能であった。だが、もはやシャルエッテにその余力は残されていない。


「……嫌です……ここまで頑張ったのに……やっと背中に手が触れそうなぐらいにまで近づけたと思ったのに……これ以上進められないなんて……!」


 やはり姉弟子は優秀であった――その事実を、シャルエッテは今日だけで何度も突きつけられてしまっていた。


「…………でも、これでいいのかもしれませんね」


 いつも背中を追って走っていただけの自分を相手に、姉弟子は必死になって戦ってくれた――ただその事実だけでも、シャルエッテにとっては心底嬉しく感じてはいた。


 ――少しでも近づけたと思っていたのに、それでも姉弟子はそのさらに一歩先を歩いていた。


 ケリュケイオンを握る手が少しゆるむ。これ以上は無駄であると、彼女はすでに悟りきっていた。


 ――瞳を閉じる。すでに死は覚悟している。


 きっと、自身の死によって姉弟子を悲しませる事になってしまうだろう――それだけが、シャルエッテにとっての心残りではあった。


「ごめんなさい、フィルちゃん……わたし、ここまでが限界みたいで――」




「――――諦めないでよ、シャルちゃんッ!!」




 背後から聞こえた叫びにも近い大きな声。シャルエッテが振り向くと、人間界での親友である白鐘が父の腕を握りながら彼女を睨んでいた。


「シャルちゃんが死んだら、一生あなたの事を許さないから! だから……諦めたような顔をしないでよ!」


「シロガネさん……」


「私も……あなたに助けてもらった恩をまだ返せていないのに死ぬなんて……先生は絶対に許しませんよ……!」


 もう片腕にしがみついていた青葉もまた、必死に声を出してシャルエッテを励ます。


 ――そして、諏方もまた地を踏みしめ、腕を組んだ姿勢でシャルエッテをまっすぐに見つめていた。


 彼は言葉をかけない――だが、彼のその瞳だけで、真意は十分に伝わった。


 ――それは信頼の瞳であった。シャルエッテの勝利を疑わず、フィルエッテに打ち勝つという絶対の信頼が、彼の瞳に宿っていたのだ。


「…………そっか」


 シャルエッテは失念していた。自身の死を悲しむのは決してフィルエッテ一人だけではない。


 この人間界に来てから出会い、共に同じ時間を過ごし、頼りない背中を押してくれた大切な家族が見守ってくれているのだ。




 ――ああ、なんて贅沢な幸せだろう。魔法界でも人間界でも、わたしには信頼してくれる家族がいる。




「…………やらずに諦めていたら、何もできなくなっちゃいますからね」


 ――とうに魔力は尽きている。だが、それを諦める理由にしてはいけない。


 瞳を閉じて深呼吸を一つ。心の奥底、そのさらなる底を注意深く探る。




「もし……わたしにまだ魔力が眠っているのなら、お願いします……大切な人たちを悲しませないために、どうか……あと少しだけでもいいので、魔力を貸してくださいッ……!」




 ――――。




 深く、深く、暗い水底みなそこに――小さな灯火ともしびが灯った。




 ほんのわずかに、時が止まったかのような静けさが訪れる――直後、先ほどよりも強大な魔力が爆発的に発生した。


 魔力の爆発は、山そのものを揺らがせる。その揺らぎに、鎖の中にいたフィルエッテは驚きで目を見開かせていた。


「そんな……⁉︎ まだ眠っていた魔力が残っているとでも言うの……シャル……?」


 さらに膨れ上がる魔力。シャルエッテのケリュケイオンを握る腕は幾重にも引き裂かれて血だらけになり、さらにその腕を燃やさんが如く魔力の熱量も上がってゆく。もはや激痛を通り越し、腕そのものが焼けただれ、切り離した方がマシと思えるほどの苦痛に襲われてしまう。


 それでも、シャルエッテはケリュケイオンを離さない。背中を追い続けた姉弟子の隣で歩くために――家族とまた一緒に笑い合うために――!


「フィルちゃん……これが、わたしの全力ですッ――!」


 心に灯った小さな灯火が激しく燃え上がる。身体の内側に眠る魔力全てをケリュケイオンへと流しこみ、そして――、





限界突破オーバーバーストォオッッ――――!!」





 ――バースト魔法の威力は、さらに数倍膨れ上がったのだった。


 極大のレーザーは大地をえぐり、周囲の木々が爆風によって吹き飛ばされていく。


「ぐっ――くっ……」


 フィルエッテを防護する鎖にヒビが入る。魔力のほぼ全てを注ぎこんだ結界は限界突破したバースト魔法の威力に耐えきれず、徐々に崩壊していく。鎖の修復に魔力を回すも、崩壊のスピードにはとても間に合わなかった。


「……グフッ⁉︎」


 吐血――。シャルエッテと同じように、フィルエッテもすでに魔力に限界を迎えていた。身体に鞭打ってなんとか魔力を引き出そうとするも、反動で内臓を潰されたような痛みに襲われるだけだった。




 シャルエッテに敗北する――そんな可能性など、ほとんど考える事もなかった。




 彼女の成長は、フィルエッテの想定を遥かに超えていた。もちろん、彼女なりのやり方で人間界に来てからも特訓はしてきたのだろう。だがそれ以上に、黒澤諏方を始めとした今の彼女を支える仲間たちが、彼女の精神をより強く成長させたのだろう。


 魔力と精神力は直結する。今の環境こそが、シャルエッテ・ヴィラリーヌを何よりも強くしていったのだと、壊れゆく結界を眺めながらフィルエッテは悟る。




 ――何が誰よりも見ていたよ……ワタシはただ、妹弟子の成長から目をそむけていただけじゃない……。




 闇に閉ざされたドーム状の結界が壊され、バースト魔法の光がフィルエッテの視界を覆う。




 ――ああ……なんて優しい光なんだろう。




 気づけば涙を流していた。悔しさからではない。ただ、あまりにも身体を包む光が暖かかったから。


 ――意識が消えゆく直前、視線の先に映るはよく知るはずの妹弟子の姿。彼女はまっすぐに、揺らぎない瞳でワタシを見つめていた。


「…………気づかなかった」


 憎しみで曇ったまなこは、よほど視界を狭めていたのであろう。


 意識は薄れゆくも、彼女は一人前になった妹弟子の凛々しい顔を、しっかりとこころに焼きつける。




「いつのまにか、大きくなっていたのね……シャルエッテ…………」

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