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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第21話 姉妹弟子対決〜シャルエッテVSフィルエッテ〜⑤

『シャルエッテや……まだ基礎中の基礎の魔力砲も覚えられぬのかい?』


 ――それはシャルエッテが幼少期のころ、彼女が慕うお師匠様に魔法を習っていたある日の事だった。


 師から毎日魔法を教わるも、基礎魔法の一つもなかなか覚える事もできず、シャルエッテはぐずり、師はため息を吐くという光景は、もはや日常のものとなりつつあった。


『うぅ、おししょうさまぁ……やっぱりわたしには、才能がないのですぅ……」


 シャルエッテは重たそうに握っていたケリュケイオンを投げ出すと、練習場であったヴィラリーヌ家の横にある庭の地面に両膝を抱えて座ってしまう。明らかにいじけている様子を見せていた。


『……わたしは、フィ……お姉ちゃんたちと比べて、才能もないダメダメな魔法使いなのですぅ……』


『…………』


 彼女よりも先輩となる二人の弟子たちと比べ、あまりにも魔法の習得が遅いシャルエッテは、こうして自己嫌悪の言葉を吐き出す事しかできなかった。そんな彼女の頭を、師である老婆は優しく撫でる。


『シャルエッテや……たしかに、お主はダメダメで魔法の覚えも悪く、言うことはなかなか聞かんし、泣き虫じゃし、そのくせ弟子たちの中では一番の大食らいじゃし……』


『優しくするのか悪口言うのかどっちかにしてくださーい!』


『じゃがな、シャルエッテ……ワシは弟子たちの中でお主が一番努力をしていると思っておる。たしかに覚えは悪いかもしれぬ。じゃがそれでも諦めずに鍛錬に励むお主を、ワシは心から尊敬しておるのじゃ』


『お師匠様が、わたしに尊敬を……?』


『そうじゃ。そんな熱心なお主を見ているだけで、ワシはお主を拾えてよかったと思っておるよ』


 師の励ましの言葉を聞いているだけで気づけばシャルエッテの目には涙が溜まっており、彼女はそれを腕でゴシゴシと拭う。


『でも……いくら努力したって、結局魔法が覚えられなければ意味なんてありません……』


『……たしかに、いくら努力を続けても自分が思っていた通りの結果になるとは必ずしも限らないものじゃ。じゃがな……思うような結果は得られずとも、努力によって得た経験というのは必ずお主の力になるものじゃ』


『得た経験……?』


『そうじゃ。たとえばお主には、フィルエッテのトラップ魔法のような高度な魔法技術を必要とする魔法を覚える事は難しくとも、それを学ぶ過程で得た知識、魔力の構成方、それを戦いの中で応用する戦術論など――魔法そのものを習得するという結果は得られずとも、得られるものがゼロなどという事はないのじゃ。……大事なのは、学ぶ事を諦めぬ不屈の心なのじゃ』


 師は再び年老いて枯れた手をシャルエッテの頭に乗せて優しく撫で、母のように温かな表情を見せる。


『それにじゃ……お主の中には未だ秘められた才能があるとワシは思っておる』


『才能……わたしにですか……?』


『ああ……じゃが、その才能がいつ開花するのかはワシにもわからぬ。数十年、あるいは数百年はかかるやもしれん。じゃから……どうか努力する事を諦めないでほしい』


 頭から手を離し、弟子の未だこぼれる涙を拭う。


 シャルエッテは目に焼きつける。母親がわりとなった老婆の、夕日に照らされた優しげな笑みを――。




『――やらずに諦めたら、何もできなくなってしまうのじゃ……それだけは、決して忘れるでないぞ』




   ◯




 ――わたしの中にある、秘められた才能。


 ――それが本当にあるのかは、わたしには未だにわかりません。


 ――もしかしたら、お師匠様がわたしを奮い立たせるためについた咄嗟とっさの嘘なのかもしれません。


 ――ですが……もし本当にそんな才能ちからがあるのなら、今すぐ目覚めろとは言いません。


 ――ただ少しだけ、ほんの少しだけでいいのです。


 ――ほんの少しだけ今のわたしに、その才能ちからを前借りさせてください――!




   ◯




 ――瞬間、狭間山に嵐が吹き荒れた。


「――ッ⁉︎ これは……?」


 フィルエッテは驚きで目を見開く。目の前の光景に対してではない。シャルエッテを中心として、山の自然魔力マナが荒れ狂っていたのだ。


 マナが荒れ狂う――などというのはそうそうありえる事ではない。魔法を使用する際に必要な魔力量は術者本人の魔力に対してマナは約一割ほど。それ以上のマナの使用は術者そのものに大きな負担がかかるため、大量のマナの使用は危険とされているのだ。


 ゆえにマナが乱れるという事は、身体に危険が及ぶほど大量のマナを使用する――あるいは、術者が大量に魔力を使用する際に、その魔力に呼応して乱れ狂うかのどちらかしかない。


 乱れが生じるほどのマナを使用する魔法技術をシャルエッテは持ち合わせていない。ならば、彼女の周りで生じるマナの乱れの要因は後者によるもの。


 だがマナを乱せるほどの膨大な魔力量など、普通の魔法使いが死ぬまでに蓄積できる魔力量の数倍は必要だ。


 ましてや、狭間山は聖域と化したほどに山そのものにマナが満ちている。そんな大量のマナを乱れさせるほどの魔力など、それこそ魔女にも匹敵するレベルの魔力でしかありえない。


 それほどまでに、シャルエッテのケリュケイオンの先端に集中している魔力の量は膨大であったのだ。


「シャル……あなたはいったい何者なの……?」


 目の前の少女に集約する大量の魔力。少なくとも、フィルエッテの知っている妹弟子ならばこれほど大量の魔力を保有できるはずがないのだ。


 フィルエッテがこれほど強大な魔力を持った魔法使いに出会ったのは、彼女の師であるエヴェリア・ヴィラリーヌと、背後に立つヴェルレイン・アンダースカイの二人だけ。


 間違いなく、目の前の少女がケリュケイオンの先端に集めている魔力は魔女の魔力に匹敵するほど強大なものであったのだ。



 荒れ狂ったマナは突風となって周囲の草木を激しく揺らしている。シャルエッテの背後に立つ諏方は腕を前にして突風を防いで、身体が飛ばされないように脚を強く踏みしめる。


「白鐘! 青葉ちゃん! 俺の腕に掴まってろッ!」


「うん!」

「はい!」


 白鐘たちも突風に飛ばされないようにと、必死に諏方の両腕を握りしめる。


「……なんちゅー気の乱れだ。まるで山そのものが叫んでるみてぇだ……シャルエッテ、無茶だけはすんじゃねえぞ……!」


 一方、もう一人の観客であるヴェルレインは何も言葉を発さない。


 ただ――その顔には歪な笑みが貼り付いていた。



 突風が吹き荒れる中、シャルエッテのケリュケイオンの先端に集まった魔力は徐々に光の球となって形を形成する。


 球はすでにバスケットボールほどの大きさにまで膨れ上がっている。これほどの大きさのバースト魔法の威力がどれほどかなど、フィルエッテには想像する事もできなかった。


 ――だが、黒きローブの少女ができる事は一つだけ。


 フィルエッテはケリュケイオンの柄先えさきを地面に突き刺す。同時に、彼女の周囲に隠していた数十の魔法陣が一斉に浮かび上がった。


「来なさい、シャル! あなたのバースト魔法、ワタシが全力で受け止めてあげる……!」


 その言葉を聞き、シャルエッテは心から安堵あんどする。ほんのわずかに、自身のバースト魔法で姉弟子が死んでしまうのではないかという懸念が彼女にはあった。


 ――だが、姉弟子は必ず受け止めてくれる。フィルエッテの強さを何よりも、シャルエッテは信用しているのだ。


 構えるケリュケイオンをさらに強く握りしめる。強大になった魔力の反動で、腕の皮が裂けてしまいそうになるほど杖が激しく振動している。


 意識をさらに集中する。少しでも集約した魔力を乱せば球は破裂し、少女の身体は弾き飛ばされてしまうであろう。


 自身でも経験した事がないほどの大量の魔力がケリュケイオンに集まる。だが、これほどの魔力でなければ、彼女が尊敬する姉弟子に勝てるはずもない。


 ――そして、自身の限界を超えるほどの魔力が溜まり(チャージし)終えた。


 ――あとは、これをフィルエッテへと放つだけ。


「いきますよ、フィルちゃん……!」


 斜めに構えていたケリュケイオンの先端を、まっすぐにフィルエッテへと向ける。




 そして、わずか一瞬だけ――嵐が止んだ。




「バァァァァァストまほぉぉぉぉおおおおおッッッッッ――――!!!」




 轟音とともに魔力の球が弾け、巨大なレーザーとなって放たれる。まともに触れれば、全身を一瞬でちりにしてしまうほどの威力を持ったレーザーであった。


 フィルエッテはその場から動かず、呼吸を乱さず冷静に、自身の周りに大量展開した魔法陣へと意識を集中させる。




「トラップ魔法――結界の型(シールド・モード)!」




 魔法陣から一斉に飛び出した鎖はフィルエッテの周囲を囲むように巻きつき、鎖によるドーム状の結界が張られた。


 そして、巨大な爆発音とともにシャルエッテのバースト魔法とフィルエッテの結界が接触する。


「「ッッッ――――!!」」


 シャルエッテはバースト魔法の反動で、フィルエッテは結界に触れるバースト魔法の威力で身体が弾け飛びそうになるのを地を踏みしめて耐える。


「ッ――⁉︎」


 結界の中にいるにもかかわらず、フィルエッテの身体中に次々と傷がはしる。今の結界ではバースト魔法を完全には防げず、漏れ入る魔力だけで皮膚が裂けているのだ。


 ――予想以上であった。これほどのバースト魔法の威力、並大抵の結界魔法では耐えきれるはずもない。


 フィルエッテが展開した鎖型の結界魔法も、このままでは耐えられずにいずれ崩壊してしまう。


 痛みに耐えながら、彼女は再び意識を集中させる。


 ――これだけでは足りない。ありったけの鎖を、この結界に注ぎこむッ――!


「二重結界ッ――!!」


 さらに数十の魔法陣が出現し、ドーム状の鎖を新たに鎖が覆う。


 先ほどよりも結界の防御力は二倍以上になった。だが――それでもバースト魔法の威力に耐えるにはまだ足りない。


「三重結界ッ――!!!」


 もっと多くの鎖で覆わなければ、シャルエッテのバースト魔法に耐える事はできない。


 だが、フィルエッテはすでに限界値を迎えていた。展開できる(魔法陣)の数も決して無限にあるわけではない。だがそれ以上に、魔法陣を複数展開する魔力の許容値をすでに超えていたのだ。


 これ以上魔法陣を展開すれば、バースト魔法を防ぐ以前に魔力の使いすぎでフィルエッテの身体そのものが崩壊しかねない。




 ――ならばいさぎよく、敗北を受け入れればいいだけではないか。




 なんのことはない。敗北を受け入れれば、ヴェルレインによる暗示魔法はおそらく浄化される。たとえ浄化されずとも、境界警察によって身柄を拘束されればシャルエッテにこれ以上の危害を加える事はできなくなり、魔法界に強制送還ともなれば彼女の師によって暗示魔法を解くための治療もしてもらえるだろう。


 ――ただ敗北を受け入れるだけでいい。そうすれば、全てが丸く収まりハッピーエンドで終わる。


 理屈ではわかっている。なのに――、




「ワタシは……シャルに負けたくないッ!」




 この意思は、決して暗示魔法によるものではない。シャルエッテが自身よりも劣っていたはずだからなどというくだらないプライドのためでもない。




 ――ただ、一人の魔法使いとして、シャルエッテに負けたくなかったのだ。




「五重結界ッッッ――――!!!!!」




 限界を超え、さらなる大量の鎖による結界が形成される。


 これが今できるフィルエッテの到達地。今彼女が展開しうる最大の防御けっかい魔法であった。


 一方、シャルエッテもバースト魔法を放ち続ける限界をすでに迎えていた。


 五重に巻きつかれた鎖のドームは今の威力を持ってなお、突破する事は容易ではなかった。すでにケリュケイオンを握る両腕は魔力の許容量を超え、皮膚が裂けて血だらけになっている。


 これ以上バースト魔法の威力を上げればフィルエッテと同じように、シャルエッテの身体がもたずに崩壊してしまう可能性があった。




 ――だが、すでにシャルエッテに迷いはなかった。




 この戦いに負けてしまえば、どちらにしろフィルエッテに殺されてしまう。


 死ぬ事そのものが怖いわけではない。ただ――自分を殺した事実に姉弟子が哀しみ、苦しむ事が何より嫌だったのだ。


「……たしかにフィルちゃんは、わたしにほんの少しだけでも憎しみがあったのかもしれません。でも――」


 これは彼女がフィルエッテに愛されているなどという傲慢ではない。たとえ普段は冷徹であっても、誰かの死を哀しむ優しさを姉弟子が持っている事を誰よりも知っていたからこそ、彼女に自身の死を理由に苦しんでほしくない。


 ――そのために、シャルエッテは痛みに耐えながらさらに自身の限界を振り絞っていくのであった。




「フィルちゃんを哀しませないために……わたしは、負けるわけにはいかないのですッ!!」

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