第20話 姉妹弟子対決〜シャルエッテVSフィルエッテ〜④
「バースト魔法を受け止めてほしい……今あなたは、たしかにそう言ったのね?」
睨むように妹弟子を注視しながら、フィルエッテは彼女の発言を再度たずねる。
「そうです。……先ほどの遠隔型魔力砲を防がれた以上、もう正攻法ではどうあがいてもわたしはフィルちゃんに勝てません。ですので、フィルちゃんで良ければ今から勝負の内容を変えていただきたいのです」
本来追いつめられている側であるはずにも関わらず、シャルエッテは緊張も感じさせない――実際はガチガチに緊張しているのだが、それを心の奥底に必死に押し込めながら――威風堂々とした振る舞いで提案の言葉を続ける。
「今からわたしは、自分の魔力の全てを一点に溜めします。そして、溜まりきった魔力によるバースト魔法をよける事なく、フィルちゃんに受け止めてほしいのです。もちろん、結界魔法などで防いでくれても構いません。そして……受け止めきれずに倒れたらわたしの勝ち。受け止めきり、フィルちゃんが立ち上がったままでいられたらフィルちゃんの勝ち……この勝負、受けてくれますか……?」
真剣な瞳で姉弟子を見つめるシャルエッテ。その視線には、彼女にこの勝負を受けてほしいという願いが強くこもっていた。
◯
「なるほどな……万策尽きたと言いながら、まったく考えなしってわけでもなかったらしい……」
戦場に立つ家族となったばかりの魔法使いの背中を見つめながら、諏方はポツリとつぶやく。
「どういうこと、お父さん?」
「あいつの言う通り、真っ正面で立ち向かっても、シャルエッテがフィルエッテに勝てる可能性はほとんどないんだろう。だから、少しでも勝ち筋のある自分の得意なフィールドに彼女を誘導しているんだ。勝敗のルールも簡潔にし、フィルエッテを防御側に回す事で、彼女本人の攻めも実質的に封じられる。……これが、シャルエッテなりの最終手段ってやつなんだろうな」
攻める側をシャルエッテ、守る側をフィルエッテという単純明快なルールに変える事によって、フィルエッテの得意とする罠魔法による攻勢は封じられる。ともすれば、正攻法で勝てないシャルエッテにも十分に勝てる目は出るであろう。
「……でも、あのフィルエッテって子が素直にシャルエッテちゃんの要望を聞いてくれるかしら?」
青葉の懸念している通り、フィルエッテ自身にはシャルエッテの提案を通す理由などありはしない。普通に考えれば、彼女の言葉などあっさり一蹴されてしまうであろう。
「……さっきフィルエッテは、シャルエッテの全てを出し切れと言っていた。シャルエッテが最初に仕掛けた奇襲も、あいつの成長を姉弟子に見せる事でフィルエッテのプライドを刺激させて、彼女にあの言葉を引き出させたのかもしれねえ。……今は、フィルエッテの言葉を信じて、彼女が提案に乗るのを期待するしかねえさ……!」
◯
――しばしの沈黙が、戦場の空気を重くする。
シャルエッテは真剣な眼差しで姉弟子を見つめたまま、彼女の返答を待っている。フィルエッテがここでうなずかなければ、もうシャルエッテに対抗する手立てはない。
これはシャルエッテがショックで部屋に引きこもっていた時に、数日かけて考えていた作戦だった。正攻法で勝てないのなら、今なら得意魔法と自信を持てるバースト魔法を受け止めてくれるように姉弟子を誘導する。ただのたわ言だと切り捨てられないために、自身の成長を少しでも姉弟子に見せて説得力を持たせるための奇襲も成功した。
もちろん、この作戦が上手くいく可能性などほんのわずかしかないのはシャルエッテ自身が理解している。それでも――そんな彼女を献身的に支え、背中を押してくれる家族がいてくれる。それだけで、シャルエッテは憧れであった姉弟子に立ち向かう勇気をもらえたのだ。
あとはただ、姉弟子が誘導に乗ってくれるのを祈るだけ。
そして――、
「ワタシがそんなくだらない提案に乗ると、本気で思っていたの?」
――願いはむなしく、あっさりと吐き捨てられてしまった。
「……わたしのバースト魔法に耐えられる自信がないのですか……?」
「慣れない挑発はするもんじゃないわよ。……あなたの成長は認めるわ、シャル。でも、結局はワタシたちの間にある実力差はそれほど埋まってはいない。先ほどの奇襲で、より警戒を強めたワタシをかいくぐる作戦がない限り、もうあなたに勝ち目はないわ」
フィルエッテの言葉通り、この瞬間、シャルエッテの勝ちの目は潰えた。それほどまでに、二人の実力差はあまりにも開きすぎているのだ。
「……ワタシの目的はあなたと対等に戦うのではなく、あなたに勝つ事。勝つためならワタシは、相手の勝てる可能性の全てを徹底的に排除する。……あなたが勝てる可能性を少しでも上げる選択肢を選ぶだなんて、ワタシがそんな甘さを持たない事ぐらい、あなたならわかっていたはずよ、シャル?」
「…………」
フィルエッテが向ける視線は、寒気を感じさせるほどに冷徹なものであった。こうなった彼女を相手に、勝てる魔法使いはそう多くはない。
――やはり、暗示魔法にはかかってはいても、姉弟子は完璧であった。
負ける事が確定してしまい、それに悔しさを感じつつも、完璧である姉弟子の姿を見れてシャルエッテはどこか誇らしげでもあった。
力なく杖を握る腕を下ろすシャルエッテ。そんな妹弟子の諦めた姿を前にし、ジャラっと鎖の音をたてながら、フィルエッテはケリュケイオンを彼女に向ける。
「ワタシに少しでも傷を付けられた事……あなたの成長をこの眼で見れて、本当に嬉しく思っているわ、シャル。でもごめんね……もう、ワタシ自身が止まる事ができないの。だから……せめて痛みを感じないよう、一瞬で殺して――」
「――シャルエッテちゃんの提案、受けてあげてもいいんじゃないかしら……フィルエッテちゃん?」
――重苦しい空気の中をゆらめくように、透き通るような声が聞こえた。
「ヴェ、ヴェルレイン様……?」
戸惑いの表情を浮かべたまま、フィルエッテは後方へと振り返る。彼女の背中を見守っていたヴェルレインは日傘をさして妖しげな笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「このまま戦えば、フィルエッテちゃんの勝利は必然でしょう……でも、先の見える戦いに勝利したところで、あなたの心の底に巣食う憎しみは果たして払われるのかしら?」
「それは……」
「あなたは先ほど、シャルエッテちゃんの全てを叩き潰すと言っていたじゃない? なら、シャルエッテちゃんの奥の手であろうバースト魔法を受けきって、その上で勝利しなければ、あなたの心にしこりはずっと残ったままになると思うわ。そのしこりはシャルエッテちゃんを殺したところで払われず、永久にあなたの心を縛りつける。そうなれば、私の暗示魔法も永久にあなたの脳を蝕み続けるでしょうね……」
「っ……」
ヴェルレインの言葉通り、完全なる形で勝利しなければ、フィルエッテの妹弟子に対する憎しみは取り払われる事はないだろう。
仮にその感情を残したままシャルエッテを殺してしまえば、残るのは後悔とぶつけどころをなくした憎しみだけ。それらはやがてフィルエッテの脳を犯し、精神をズダボロになるまで喰い荒らしかねない。
フィルエッテは逡巡する。完璧主義である彼女にとって、相手にチャンスを与えるという行為は愚行もいいところだ。
シャルエッテの魔力量から見て、彼女のバースト魔法は十分に防げるものだとは判断できている。しかし、万が一にも彼女が自身よりも高い魔力でのバースト魔法を撃てたとしたら――その可能性を少しでも考えると、フィルエッテはすぐに提案を受け入れる事ができなかった。
◯
「妙だな……」
一連の流れを見守っていた諏方は、腕を組みながら訝しげな視線で、フィルエッテよりも向こうに立つヴェルレインを見つめる。
「あのまま提案に応じずに戦えば、フィルエッテが勝つのはほぼ確定だったはずだ。なのに……なんでヴェルレインは、あえてシャルエッテが勝てる可能性のある提案を受けさせるようにフィルエッテを促したんだ?」
ヴェルレインが促した事によって、潰えたであろうシャルエッテの勝利できる可能性が出てきた。だがもし、ヴェルレインの目的がフィルエッテにシャルエッテを殺させる事だとすれば、彼女の行動は余計な事でしかない。この状況においてのヴェルレインの言動は、あまりにも不可解なものであった。
「……もし、ヴェルレインの目的がフィルエッテを勝たせる事じゃないとしたら、あの女は何を考えてやがるんだ……?」
◯
一方のヴェルレインは、数週間前のとある場面を頭の中で回想していた。
――それはたまたま、彼女が狭間山から町を見下ろしていた時の出来事であった。
人間界ではなかなか感じ得ない強大な魔力を感知したヴェルレインは、すぐさま遠見の魔法でその場所を遠くから見通した。
そこは、シャルエッテと結界魔法のスペシャリストであるシルドヴェールの二人が戦った廃工場であった。強大な魔力は、シャルエッテがバースト魔法を撃つために溜めていた時のものだったのだ。
「……あの魔力は、たしかに彼女たちの師匠である『現存せし最古の魔女』エヴェリア・ヴィラリーヌの魔力も混ざっていた。たとえ魔力札に込められただけのわずかな魔力とはいえ、そこらの魔法使いとは比べられないほどの十分な魔力量はあった。だけど……あのバースト魔法を形成した魔力の半分以上は、少なくともシャルエッテちゃんのものだったわ……」
シルドヴェールが結界魔法で防がなければ、工場を木っ端微塵にしたであろう破壊力を持ったシャルエッテのバースト魔法。そこに使われた魔力の大半は彼女の師によるものではなく、シャルエッテ本人による魔力であったのだ。
その魔力量は、平均的な魔法使いが有する魔力量の数倍。魔女クラスとまではいかずとも、魔法使いとしてはトップクラスの魔力量が彼女の内に秘められているのだと、その時ヴェルレインは確信したのであった。
「ふふ……あなたの潜在的な魔力量がどれほどのものか、見極めさせてもらうわよ……シャルエッテちゃん?」
◯
フィルエッテは地面を見下ろしながら、未だ結論を出せずにいた。確実な勝利か、憎しみを払うために譲歩するか――二つの選択肢が、彼女の頭の中でせめぎ合う。
ヴェルレインの言う通り、シャルエッテの提案を退けばおそらくは暗示魔法によって、精神崩壊を起こす可能性は十分ありえる。
かといって、戦略戦を得意とする自身がそのまま彼女の提案を飲んでしまえば、それはシャルエッテに己の戦い方を否定され、覆されるも同然。フィルエッテにとって、そのような理由で負ける事は何よりも許されないのであった。
誰もが言葉を発さず、重苦しい静けさの中を風が吹きすさぶ。
「――わたしはお師匠様の弟子として、本当にダメダメだったと思っています」
――そんな中、最初にポツリと言葉を発したのはシャルエッテからであった。
「お師匠様がどんなに厳しく指導してくれても、いつまで経ってもわたしは基礎魔法ですらなかなか覚えられませんでした。他の二人の弟子は優秀なのに、わたしだけいつも遅れてばかりでいました。でもわたし……魔法を覚える事が大好きなんです……!」
「シャル……」
「一個魔法を覚えるたびに、まるでお誕生日を迎えたような嬉しさを感じていました。その魔法が誰かのお役に立てたり、誰かの命を助ける事ができたのが、落ちこぼれであるわたしなりの誇りだったのです。だから……諦めませんでしたっ……! いくら落ちこぼれだと言われても、わたしはその嬉しさのために、魔法を学ぶ事を諦めてこなかったのです!」
シャルエッテはまっすぐに、今まで以上に真剣な瞳で、憧れであった姉弟子を見つめる。
「でも多分……わたしが何より欲しかったのは、憧れである貴女にわたしの成長を認めてもらう事だと思うんです……今は貴女の背を追う事しかできていませんが、それでも時々でいいから振り返って、少しでも近づけてるかもしれないわたしを見ていてほしかったんです……」
「…………」
――ずっと、シャルのことは見ていたつもりだった。彼女のことは、姉弟子である自分が誰よりも知っているのだと思いこんでいた。
――でも、ワタシは知らない。誰かが抱き止めないと壊れてしまいそうなほどに弱々しかったはずなのに、こんなにも強い瞳をしているシャルを、ワタシは知らない……。
「……とても勝手な提案だとはわかっています。それでも……わたしはフィルちゃんに見てほしいのです。わたしの成長を……わたしがこの人間界で学び、得られたもの全てを……!」
「…………ハァ」
ため息を吐く。それは呆れから来るものではない。彼女を知っていたつもりで、何も知らなかった自身に対する怒りから来るため息であった。
「……いいわ。あなたの罠に、まんまと嵌ってあげる」
顔を上げるフィルエッテ。冷徹であったはずの彼女の表情には今、戦いに燃える闘志が宿っていた。
「だけど、必ずあなたのバースト魔法をワタシは防いでみせるわ。だから――その一撃は、命懸けである事を覚悟しなさい……!」
「っ……! ありがとうございます、フィルちゃん……!」
シャルエッテは、ケリュケイオンを両手に握りしめて斜めに構える。
フィルエッテもまた、いつでも受け止める体勢に入るため、呼吸を整える。
誰もが確信する。このぶつかり合いで――、
「このバースト魔法で――」
「あなたのバースト魔法を防いで――」
二人の勝敗は決すると――。
「――わたしは貴女に勝ちます、フィルちゃん!!」
「――ワタシはあなたに勝つわ、シャル!!」




