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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
120/322

第16話 聖域

「本当に……私も一緒について行っていいのかしら?」


 ――時刻は正午少し前。休日で車もまばらな公道を黒い車体が駆けて行く。


 車を運転する蒼龍寺青葉は不安げな表情で、隣に座る銀髪の少年へと問いた。


「……正直、青葉ちゃんを連れて行くかはちょっと迷ったけど、あの日フィルエッテに襲われた時点で巻きこんじまったようなもんだし、ここで一人置いてけぼりにするのは青葉ちゃん自身が納得いかないだろ? それに、万が一ヴェルレイン(あの女)がお前たちに危害をくわえそうになっても、必ず俺が守るさ」


 アニメや映画のヒーローが言いがちなセリフをさらっと言いのける諏方に、青葉はカッコよさと気恥ずかしさを同時に感じて赤面してしまう。


 諏方は昨夜ヴェルレインから決闘の知らせを受けた後、部屋に戻って事の詳細を電話で青葉に伝えた。ひととおり説明し終えた後、彼女に同行するかを尋ね、青葉はそれを承諾。


 戦いに出るシャルエッテ、そして諏方たちと共に見守る白鐘――四人は青葉の車に乗って、フィルエッテたちが待つ狭間山を目指していたのであった。


「……ていうか、なんで今回戦わないお父さんが特攻服着てるのよ?」


 後部座席から呆れの視線を父に向けている白鐘。彼女の言葉通り、諏方は不良時代に使っていた特攻服を羽織っていた。この服は彼自身が敵を前にして気合いを入れるために、戦闘時にのみ着用する彼にとってのいわば正装のようなものであった。


「これから見に行くのはスポーツの試合でもなんでもねえ、互いの信念をかけた決闘だからな。そんな神聖な決闘に、ラフな服装で向かうわけにはいかないだろ?」


 ラフな服装の娘にそう説く不良モードの父。


「……不良っていうのも、面倒くさいものね」


 それに対してため息を吐き出し返事する白鐘。だが口はキツイものの、その表情にはわずかに笑みが浮かんでいた。父との何気ない会話が、娘の緊張を少しだけほぐしてくれたのだ。


 そして、これから戦う事になるシャルエッテの方はというと、


「――フンス……!」


 昨日までの悲しげな様子はどこへやら、今はやる気に満ちあふれた顔で鼻息を強く吹き出していた。


「その……シャルエッテちゃんは、緊張はしてないの?」


「緊張はメチャクチャしてますが、元気は百パーセントです!!」


「……ふふ」


 青葉は諏方からのシャルエッテが立ち直ったという報告に半信半疑だったのだが、天真爛漫てんしんらんまんないつも通りの彼女の姿を確認して心からホッとしていたのであった。



 ――そんな和気あいあいとした空気も、狭間山に近づくにつれて自然と静まっていく。



「……シャルエッテ、昨日も言ったように、今回の決闘で大事なのは勝敗じゃねえ。互いの思いを全力でぶつけ合う事だ」


「……わかっています」


 やはり、先ほどまで元気いっぱいな姿を見せていたとて、シャルエッテの声には緊張が感じられた。


 同じ師の弟子であり、シャルエッテにとっての憧れでもあった姉弟子。天才と称された彼女に落ちこぼれと呼ばれた自身が挑むのだ。緊張で鼓動が早まってしまうのも無理はない。


 だから――、




「だけど、俺はお前が勝てるって信じてる。お前の背中は、俺たちが見守ってるからな」




 諏方はシャルエッテの緊張をやわらげるため、励ましの言葉を口にする。――お前は一人じゃない。お前の勝利を信じる仲間がいるんだ――と。


 その言葉を受け、シャルエッテは安堵あんどの笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、スガタさん……!」




   ◯




 さらに走行すること数分、青葉は車を狭間山入り口脇の駐車場に停車する。先ほどまで晴天だったにもかかわらず、辺りには濃い霧が立ちこめていた。


「他に車も通行人も見当たらねえな……これが人払いの結界ってやつか」


 諏方が周囲を見回しても、駐車場には車一台も停まっておらず、彼ら以外の人影も見当たらない。土日には少なからず観光客が見られる山なだけに、彼の胸に言いようのない気持ち悪さがよぎっていた。


 四人は車を降りた後、周囲を警戒しつつ、狭間山入り口をゆっくりと通り抜ける。


 最初に迎えるは見上げるほどに長い石造りの階段。それからしばらくは、木々生い茂る林道が続いていく。


 四人はしばらく無言でいた。車内である程度緩和したとはいっても、やはり決戦の場に近づくにつれて互いの緊張が強まっていたのだ。


 そんな中、シャルエッテは不思議なものを見るように、辺りをキョロキョロと眺めていた。


「この山には初めて入りましたが、とても不思議な山ですね……。この山の空気には、大量の自然魔力マナが含まれています。人間界にこれほどのマナが流れている場所は本来、人が足を踏み入れぬ秘境などにしかないのですが……」


「……俺は登山家ってわけでもねえから、そんなに山に登った経験はないんだが、たしかにここは他よりも空気の性質が違うようには感じるな。呼吸一つ変えるだけで、身体に入る気の量が段違いだ」


 ――二つの町の間にそびえる狭間山は、昔から逸話に事欠かない。古くは神や天狗の住処すみかとされていたり、この山を舞台にした怪談や都市伝説なども多い。


 山中さんちゅうは開発も進んでおり、観光スポットにもされるゆえに休日こそ人は多いものの、自然と感じさせるその神聖さからか地元の人間がこの山に立ち入る事はあまりない。



 ――俗世と切り離された異界のようなこの山を進むこと十数分。霧が晴れ、林を抜けたその先、決闘の舞台となる山のふもとの広場へと到着した。




「フフ……約束通り、来てくれたみたいね」




 二つの町を見下ろせるベンチの横には、すでに魔女ヴェルレイン魔法使い(フィルエッテ)の二人が待ち構えていた。


「ヴェルレイン……!」


 キッ――っと、前方で優雅に日傘をさしている紫髪の女性に鋭い視線を向ける諏方。


「そう怖い眼で睨みつけないでくれるかしら、黒澤諏方。今から戦うのは私たちではないでしょう?」


 そう言って、ヴェルレインが鎖が巻かれた杖を握りしめる少女に目をやると、彼女は魔女よりも一歩前へと踏み出る。


「フィルちゃん……」


「シャル……」


 フィルエッテの表情には、昨夜諏方に見せた年相応の女の子らしい可憐さが消え失っていた。


 そんな彼女を見て、自身からけしかけたとはいえ、同じ弟子同士の二人がこれから戦う事に諏方はわずかに罪悪感を感じる。


 だが、今はそんな場合ではないと、まずは彼が昨夜疑問に感じた事を魔女に問う事にする。


「……二人が戦う前に訊かせてくれ。なぜ、この場所を戦いに選んだんだ?」


 諏方はここでフィルエッテと遭遇した際、この場所がヴェルレインたちの隠れ家なのではないかと推測していた。本来は知られてはならないであろうそんな場所をわざわざ決闘の舞台に指定していた事に、何か理由があるのではないかと彼は疑念を抱いていたのだ。


「……シャルエッテちゃんはもう感じてはいると思うけれど、この山は他の場所と比べてもマナの濃度が特別に高い。魔法使いは自身の魔力とマナを組み合わせる事で、初めて魔法を行使する事ができる。ほら、魔法使い同士の戦いとしては、これ以上ないシチュエーションでしょ?」


 ヴェルレインの言う通り、魔法使い同士の戦いにおいて重要な要素となるマナがあふれるこの山ならば、二人は十全の力を発揮して戦いに臨む事ができるであろう。


「シャルエッテちゃん、なぜこの場所が他よりもマナの濃度が高いかわかるかしら?」


「……魔女の宝玉(レーヴァテイン)の影響でしょうか?」


「半分正解。もう半分は……この場所が二つの町の境界線上にあるからよ」


 ヴェルレインの言う通り、この山は城山市と桑扶市の(境界線上)に位置している。狭間山という名が付いたのもそのためだ。


 だが、それだけではなぜこの山のマナが濃いのか、シャルエッテたちはいまいち要領が得られなかった。


「あなたたち人間にもこんな経験はないかしら? 扉やふすまのわずかに開いた隙間から、いもしない何かの気配を感じた事を。人は隙間の奥に見える闇の向こうに何かがいるかもしれないと想像をかきたてられ、恐怖を感じる」


 たしかにと、白鐘や青葉は、幼いころにわずかに開いた扉の隙間から視線を感じたりなど、その手の経験があった事を思い出していた。


「隙間――物と物の間に位置する境界線上にはね、特殊な磁場が発生するのよ。それが脳波に影響して、何かがいるかもしれないという想像を働かせる。黒澤諏方の言葉を借りるなら、気の乱れが発生しやすい場所――と言ったところかしら?」


 諏方もまた、幼いころにそういう経験はたしかにあった。もっとも、子供のころゆえ気の乱れなどの知識はもちろんなかったのだが。


「そのような特殊な磁場が発生する場所にはね、マナの濃度が他よりも濃くなる傾向が多いのよ。境界警察がなぜ境界警察と名乗っているのかは知っているかしら? 彼らの本拠地は人間界と魔法界の境界線上にある。そこに本拠地を置く事によって、両世界の魔法使いたちの治安を管理する事を彼らは名目としているけれど、その実、二つの世界の境界線上に発生した大量のマナを独占する事が、一番の目的でもあるのよ」


「そんな……」


 シャルエッテは人間界での滞在手続きなどのサポートをしてくれた境界警察の存在理由を聞かされ、絶句してしまう。


「そして、二つの町の境界線上に位置し、さらにレーヴァテインによる影響バックアップを自然と受けたこの山は、魔法界と比べても遜色そんしょくない量のマナに満ちた『聖域』と化している。魔法使い同士の決闘の場として、ここ以上にふさわしい場所はないでしょ?」


 城山市に住んでからなじみ深いこの山がそんな状態になっていた事に驚きつつ、諏方はヴェルレインに説明に納得し、無言でうなずいた。


「それじゃあ、簡単にルール説明をするわね。勝敗の判定は相手を殺す、または『まいった』と言わせた方の勝ち。それ以外の細かいルールは設けず、戦いにおいてはどんな手を使っても構わない……。伝説の不良と呼ばれた黒澤諏方をリスペクトして、決闘のルールはシンプルなものにしてあげたわ」


 伝説の不良という呼称を魔女ヴェルレインの口から聞かされ、わずかながらに諏方は戸惑いを見せてしまう。


「そこまで俺のことを知ってるなんてな……やっぱテメェ、俺のストーカーなんじゃねえのか?」


「……同じセリフで二度煽るのはセンスがなくてよ?」


 再び諏方とヴェルレインの間の空気がピリつくが、今回の主役はあくまでシャルエッテとフィルエッテであるとわかっている二人は、すぐさま互いへの意識を一歩引く。


「ルールは以上。何か異論はあるかしら、シャルエッテちゃん?」


「全くありません! どんなルールでも望むところですっ!」


 生死のかかわる戦いにおいてなお、強気な姿勢を見せるシャルエッテ。親友の襲撃で絶望していた少女と同一人物とは思えないほどの変化に、ヴェルレインも少なからず驚きを隠せずにいた。


「臆病なシャルエッテちゃんがここまで変われるなんて……この数日でどんなふうに仕込んだのかしら、黒澤諏方?」


「教育の賜物たまものと言え」


 腕組みしながら誇らしげにドヤる諏方に、呆れぎみの笑みをこぼすヴェルレイン。


「それじゃあルール説明も終えたところで、ここからは私も見学人に徹するわ。存分に戦ってきなさい、フィルエッテちゃん」


「……はい、ヴェルレイン様」


 魔女の言葉を受け、フィルエッテは前方へと足を踏み出す。


「お前の思いを全力でぶつけてこい、シャルエッテ」


「はいっ!!」


 声援に背中を押され、シャルエッテもまたゆっくりとフィルエッテに向かって前進していく。


 やがて十メートルほどの距離を空けたところで互いに足を止める。殴り合いの間合いとしては距離が離れすぎているが、魔法使い同士の戦いとしてならこれが適切な距離であった。



 ――静かに睨み合う二人。少しして、先に口を開いたのはフィルエッテからであった。



「本音を言うとね、あなたには魔法界に逃げてほしかったのよ、シャル。いくら厳しいお師匠様といえど、この状況ならばあなたの帰郷を暖かく迎えてくれていたはずよ。……あなたの才能ではワタシに勝てない。誰よりもあなたを見てきたワタシだからこそ、それはよく知っている」


 それはフィルエッテの心からの懇願こんがんであった。たとえ憎しみに突き動かされようと、彼女にとってシャルエッテが大切な妹弟子である事に変わりはない。だからこそ、対峙するのではなく逃走という選択をシャルエッテに選んでほしかったのだ。



 ――本気で心配してくれた姉弟子に対し、だがシャルエッテは不敵に微笑んだ。



「フィルちゃんは冷静沈着で、戦況分析が得意だと思っていたのですが……評価を改めなければいけないみたいですね」


「……えっ?」


 フィルエッテは戸惑う。天真爛漫でありながらも臆病な性格だったシャルエッテからは、とても聞かないような挑発的な言葉を彼女が口にしたからだ。




「――だって、戦う前から勝敗を決めつける敵は負けるって、アニメや映画で学びましたから!」




 その言葉にフィルエッテはしばし呆然とする。シャルエッテの後ろで見守る諏方は笑い、白鐘は呆れ、青葉は苦笑いを浮かべている。



「……どうやら、人間界ではろくな学びを得なかったようね。いいわ……姉弟子であるワタシが、あなたの死をもって再教育してあげます!」



 鎖が巻かれたケリュケイオンを両手に構えるフィルエッテ。対しシャルエッテも、自身のケリュケイオンを同じような姿勢で構えた。



「いつも魔法で出遅れてばかりのわたしですが、今日だけはフィルちゃんに勝ってみせます!」

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