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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
蘇る銀狼編
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第11話 父はつらいよ

「いだい、いだいッ! ゲホ、ゲホ! ……そろそろ離してくれよ、白鐘!?」


 だいぶ長いことえり首を引っぱられ、人気ひとけのない渡り廊下に着いたところで、俺は乱暴に解放された。


「ごほ、ごほ、いてて……いきなりどうしたんだよ、こんな所にまで連れ出して?」


 後ろ側に引っ張られた襟に気道を圧迫されていたため、解放と同時に咳き込んでしまう。喉元をさすりながら白鐘に視線を向けると、イラつきと呆れが混じったため息を吐き出された。


「言ったでしょ? あんまり目立つような事はしないでって……!」


「う……」


 白鐘の指摘に反論できず、口ごもってしまう。娘の言う通り、あの世界史教師との攻防は悪目立ち以外の何ものでもなかった。娘からしたら、何がきっかけで俺のボロが出るかヒヤヒヤものだっただろう。


「だけどよ……あの自尊心の固まりみたいな先生センコーの横暴を、あのまま見過ごせって言うのかよ?」


「っ……だからってあんた、自分の立場がわかってるの?」


 俺を問い詰めるように、娘がこちらに身体をにじり寄らせてくる。


「魔法使いの力で若返って、娘と同じ学校に転入しました――なんて知られたら、クラス中がパニックになるってちょっと考えればわかる事じゃない⁉︎ さっきだって、あたしのフォローがなかったら正体がバレてたかもしれないのよ⁉︎ ……だいたいなんで、あんたがあたしの学校に来てるのよ?」


「いや、俺だって別に来たくて来たわけじゃあ……」


 昨夜、白鐘が部屋に戻った後のあらましについて、俺はなるべく簡潔に説明した。


「……なるほどね。叔母さまも何考えてるんだか……」


 二度目のため息を吐かれ、娘は腕を組んで鋭く俺を睨みつける。


「とにかく、これ以上目立つような行動は起こさないで。あたしだって、いつまでもあんたのフォローに回れるわけじゃないんだからね」


 一応フォローはしてくれるんだ――という部分に少し感謝しつつも、彼女の言葉はまるで俺の首を締め付けてくるかのように纏わり、息苦しく感じてしまう。


「……さっきの騒動については謝るよ。でもよ……こんな姿になっちまったからって、実の父親を『あんた』呼ばわりは、いくらなんでもあんまりじゃねえか……?」


「っ……!」


 自分で口にして、さらに胸が締め付けられていく。


 娘はしばらく無言で俺を見つめる。多少は罪悪感を感じてくれていたみたいだが、なお彼女の瞳の中に見えたのは、俺に対する疑念に満ちあふれたものだった。


「……昨日はああ言ったけど、あたしは『あんた』が父親だなんて、まだ認めてないんだからね」


 ――その言葉は、刃物のように俺の心を抉り切った。


「ちょ、ちょっと待てよ!? 姉貴と話し合って、俺を父親だって認めてくれたんじゃねえのか?」


「昨日のは……叔母さまに言われて仕方なくよ。……とにかく、あんたとあたしは仮の従兄弟(いとこ)同士。それ以上でもそれ以下でもないんだから……!」


 それだけを言い放ち、娘は俺に背を向けて立ち去ろうとする。


「待てよ、白鐘! そんなこと言われて『はい、そうですか』なんて納得するわけねえだろ! たとえ身体は若くなっても、お前と過ごした日々はちゃんと俺の胸の中に残ってる。……小学校の頃、よくピクニックに行ったりとか、中学校の頃はケンカばかりだったけど、たまに一緒に旅行に行ったりとか……高校に上がってからも――」






「――その姿で、父親(づら)しないでッ!!」






 こちらに振り向く事なく、娘は走り去って行ってしまった。あとに残ったのは、娘の決定的な一言ナイフを胸に突き刺された少年ちゅうねんただ一人。


 娘を引き止める事もできず、ただ彼女が走り去った先を、俺は無言で見送る事しかできなかったのだった。


「うぉぉぉぉ…………今のは、さすがにダメージでけえぞ……」


 娘の姿が見えなくなって数分、ショックの言葉が自然と漏れ出てしまった。去り際の娘の一言が、何度も頭を反すうする。


 ――やはり、この姿で父親を名乗る事自体、無理があったんじゃないのか……?


 かといって、俺が父親である事をすぐに納得しろと言うのも難しい話だ。父親を名乗っていても、初めて姿を見た人間を信用しろだなんて、どだい無茶な話だったのかもしれない。


 もし――もし俺が、このまま元に戻らなかったら……もう俺は、白鐘と親子として一緒に過ごす事はできないのだろうか?


 二人で他愛のない話題を話しながら、娘の作ったご飯を食べる――あのささやかな幸せは、もう二度と戻ってはこないのだろうか……。






『――あ、スガタさん! やっと見つけましたぁ!』






 渡り廊下で一人嘆いていると、どこからかシャルエッテの声がする――いや、正確には頭に直接響くように聞こえたのだ。


 だが、辺りを見回しても少女の姿は見当たらない。


 ああ……ショックでついに、幻聴まで聞こえ始めたか……。


『あれ? 聞こえなかったのかな? スガタさーん? スーガーターさーん!』


「だぁ! もう、うるさい――って、シャルエッテ?」


 俺の横にいつのまにか、シャルエッテがにこやかな笑顔で空中に浮いていた。


「おい、ここ学校だぞ⁉︎ 勝手に入って、見つかったらやばいじゃねえか!」


『大丈夫ですよ。わたしは今、ステルス魔法を使っていますので、わたしが姿を見せたい人――今はスガタさん以外には見えないようになっています。会話も通信テレパシー魔法で直接、スガタさんの頭に送っているので問題ありません』


「はぁ……?」


 言われてみるとたしかに、彼女の身体は半透明になっているように見える。身体も浮遊しているし、まるで幽霊のようだ。


『それよりすごいです、学校! この大きな建物の中に、人がいっぱいいっぱい!! その人たちが同時に、師を通じて多くの事柄を学ぶ。とても理想的な場所システムだと思います!』


 彼女はまるで初めてショーを見る子供のように、半透明な体をウキウキと揺らしていた。


「……もしかして、お前が住んでた所は学校がなかったのか?」


 そう問われると、シャルエッテの笑顔が切なげなものに変わってしまう。


『……向こうでは、学び舎に当たるような場所はありません。わたしたち魔法使いは親、もしくは師から言語等の基本的な事を学び、魔法なども全て親や師から学んでいきます。……だから、わたしたちには学校が必要ないのですよ』


『憧れはするんですけどねぇ……』っと、どこか寂しげな声が、俺の脳内に小さく響く。


「……ところで、なんでシャルエッテがこんな所にいるんだ? てっきり家で、俺を元に戻す方法を調べてくれていると思ってたんだが?」


 このままだと互いに暗い空気を吸ってしまいそうになったので、話題変えも兼ねて彼女に質問した。


『ええと、そのぉ……いろいろと方法は模索しているのですけれど、さっそく煮詰まっちゃいまして……。でも大丈夫ですよ! アイデアというのは、常に突然閃くものなのです! だからこうして、新しい世界に触れる事で新たなアイデアが――』


 ぐぅー……っと、半透明の少女から豪快な音が鳴り出した。


『うぅ~……アイデアは出ないのに、お腹の音は出ちゃいましたぁ……』


 恥ずかしそうに顔を赤らめて、彼女は自身のお腹を押さえる。


「……ぷくく、あははははは!」


『あー! なに笑ってるんですかぁ⁉︎』


 真っ赤なまま怒ったような顔で、半透明の少女がこちらに詰め寄ってくる。


「はは、わりぃわりぃ。……お前を見てると、落ちこんでた自分がバカバカしくなっちまってな」


 心の中にあった重石(おもし)のようなものが彼女とのやり取りのおかげで、少し軽くなったような気がしたのだ。


 ――シャルエッテという少女は、自由気ままでやる事なす事失敗ばかりだけど、それでも彼女には不思議と憎めない魅力があると、俺はそう感じた。


「……娘お手製の弁当でよければ食うか?」


 俺はちゃっかり持ってきていた白の布包みを少女に見せると、彼女の目がまたキラキラと輝き出した。


『ほ、ホントですか!?』


 本当にテンションの浮き沈みが激しい子だなぁ――っと、彼女を見ていると微笑ましくなってくる。こういうまっすぐで正直なところも、シャルエッテの魅力の一つと言ってもいいのだろう。


「おう、俺が娘の弁当を人に分けるなんて滅多にねえんだ。感謝しろよ?」


 本当は会社の後輩の女性に、自慢ついでによく分けたりしているのは内緒だ。


 俺たちは他の生徒に見つからないように――っと言っても、シャルエッテの姿は他の奴には見えていないんだろうが――学校内の地図を見ながら校庭に出て、人の通らなさそうな木陰を探し、そこで魔法使いの少女との二人っきりのお昼休みを始めるのであった。

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