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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第13話 憎しみの正体

「基本、弟子を取る魔法使いはそれほど多くはありません。魔法使いのほとんどが長寿ゆえ、自身の秘術を他者に託す必要があまりないからです。『現存せし最古の魔女』と呼ばれたお師匠様も、長く弟子を取る事はありませんでした。しかし、いつしかお師匠様はワタシを含めて、三人の孤児を拾って自らの弟子として育ててくれたのです。その理由は、ワタシたちにも語られた事はありませんが……」


 ゆっくりと、自身とシャルエッテの過去を語り始めるフィルエッテ。星光る夜空を見つめるその瞳は、まるで遠き魔法界の景色を想っているようで。


「ワタシに両親の記憶はありません。ワタシの一番古い記憶ではすでに、この鎖付きのケリュケイオン以外には何もありませんでした。だから、ワタシにとっての母はお師匠様であり、そして他の弟子たちはワタシにとっての姉妹でした。お師匠様は魔法に関してはとても厳しいお方でしたが、普段はとても優しくて、師としても親としても、ワタシはお師匠様を誰よりも尊敬していました……」


 シャルエッテも同じように、自身の師のことを熱心に語っていたのを諏方は思い出す。これほど弟子たちに慕われているのだから、同じ魔女でありながらも他者の苦しみを悦楽とするヴェルレインと違い、彼女たちの師が立派な人格者である事は十分に想像できた。


「ワタシも、魔女であるお師匠様の弟子として恥じぬよう努力を重ねてきました。時には寝る間も惜しんで勉学に励み、時には命を懸けるような特訓もありましたが、それでもつらい修行の日々を乗り越え、ついには習得難度の高いトラップ魔法を扱えるようにもなったのです。……いつしか、ワタシは魔女の一番弟子とも呼ばれるようになり、それを何よりもの誇りとしてきました……」


 フィルエッテの語り口調が、少しずつトーンダウンしていく。


「ですが……誰よりも多くの魔法を会得したワタシよりも、お師匠様は才能の低いシャルばかりを見ていたのです。基礎的な魔法もなかなか覚えられず、得意と言える魔法もない彼女にばかり、お師匠様は目を向けていたのです……!」


 過去語りはいつしか、慟哭どうこくへと変わっていた。


「嫉妬……か……」


 ここにきてようやく、諏方はフィルエッテの心の奥底にあった憎しみの正体を掴めたのだった。


「……頭ではわかっているんです。シャルだってなんの努力もしていなかったわけじゃない。彼女もお師匠様に認めてもらうために必死で、だからこそお師匠様もそれに応えていただけ。決して、お師匠様がワタシのことをまったく見ていなかったわけじゃないのに……わかってはいるのに……シャルへの憎しみで……心が張り裂けそうになるんですっ……!」


 その感情は本来、誰しもが抱くであろううらやましいなどといったたぐいのちょっとした嫉妬の感情。気にせずにいればすぐに忘れられる程度の些細ささいな憎しみ。


 だがそんな小さな嫉妬心は、ヴェルレインの暗示魔法によって極限にまで増大された。そしてそれは、シャルエッテに対しての明確な殺意へと昇華してしまったのだ。


 今フィルエッテは、その憎しみと己の中で戦っているのであろう。そうでなければ、こんなにも苦しそうにしているはずがない。その事を思うと諏方もまた、心を締めつけられてしまうばかりであった。


「……俺にもわかるぜ、その気持ち」


 ふと諏方は、自身のある日の過去を彼女に重ねた。


「……適当な事を言わないでください」


「本当の話さ。ま、フィルエッテとは逆の立場での話になるんだけどな。……俺の姉貴はガキのころから優秀でな。成績も運動神経も小学校ではトップクラスで、親からいつも褒められてた。逆に俺は何をやってもダメダメでな。いっつも俺は母親に叱られてばっかだった。子供心に、俺は母親に嫌われてるってずっと思ってたんだ。だから……子供のころは姉貴が大っ嫌いだった……」


「っ……」


 フィルエッテの抱いている感情と、幼少時代の諏方が姉に抱いていた感情はよく似ていた。優秀である者と凡庸ぼんような者としての視点の違いはあれど、案外近しい者への嫉妬というのは些細なキッカケで抱くものなのであろう。


「でもな……子供を愛していない親なんてのはそうはいないんだよ。俺の両親は交通事故で子供の時に亡くなっちまってな……車に一緒に乗ってた俺と姉貴は奇跡的に助かったんだが、後から聞いた話で、母親が咄嗟とっさに後部座席に座っていた俺たちに覆い被さって庇ってくれてたんだ。……その時になってようやく気づけた。俺の両親はちゃんと、俺たち姉弟を平等に愛してくれてたんだって……。お前たち二人のお師匠さんがどんな人なのかは俺にはわからねえけど、きっと同じようにお前のこともちゃんと想ってくれてるはずだぜ?」


「それは……わかってはいるんです……でも……」


「っ……」


 やはり、言葉だけではどうしても根本的な解決にはならないようだ。フィルエッテも師匠からの愛情は十分に理解してはいるのだろう。それでも、暗示魔法によって心を占める憎しみはどうにもならない。


 諏方は考えこむ。やはりフィルエッテの心に宿った憎しみを取り払うには、二人を戦わせるのがベストな選択肢ではないだろうか?


 だが、肝心のシャルエッテの現在の精神状態では、戦いの場に立たせるにはとても危うい。



 なんとかシャルエッテを奮起させるような、そんな説得はできないのだろうか――。



 優秀な才能を持つフィルエッテでさえも、落ちこぼれと評されるシャルエッテを相手に嫉妬の感情を抱いてしまった。




 ――ならば、シャルエッテはフィルエッテに対して、どのような感情を抱いていたのだろうか?




「……あっ!」


 ようやく諏方は、シャルエッテへの説得の糸口が見えたような気がした。


「そうだ……俺はフィルエッテの憎しみの正体を知るために、彼女のことばかりを分析していた。……だけど、考えるべきだったのはずっとそばにいたシャルエッテの方だったんじゃないのか? あいつが何を思って、どういう視線でフィルエッテを見ていたのか、そこを一番に考えるべきだったんじゃねえのかよ……!」


 諏方は本来、最優先で考えるべきであったシャルエッテの感情を見落としていた事に、自身への不甲斐ふがいなさを感じていた。


「……そばにいるのが当たり前になっていたからって、勝手に視野を狭めちまってたな…………よし、フィルエッテ!」


「は、はい……⁉︎」


 突如、諏方が身を乗り出してフィルエッテの両手を握りしめ、彼女は驚きで戸惑ってしまう。


「俺がなんとかシャルエッテを説得してみる。だから……シャルエッテと全力で喧嘩(たたか)ってくれないか?」


 その言葉に、さらにフィルエッテは戸惑いを強めてしまった。


「なっ⁉︎ ……諏方さんは、ワタシとシャルエッテの戦いを止めようとしていたんじゃないんですか……?」


「そりゃまあ、喧嘩しないに越した事はねえけどよ、それじゃあ根本的な解決にはならねえ。たとえなんらかの方法で暗示魔法を解除したとしても、お前たち二人の心にはしこりが残っちまうはずさ。だったら、いっそ二人でぶつかり合って、気持ちをスッキリさせた方がお互いのためになるだろ?」


 白鐘には反対されたものの、フィルエッテの話を聞いて諏方は、より二人を戦わせるべきだと判断した。ヴェルレインの思惑通りに動いているようなのが腹立たしく感じるも、それでもフィルエッテの心に宿った嫉妬心は、戦う事で発散させるのが一番だと彼は確信したのだ。


「……俺たち不良も喧嘩ばかりの毎日だったけどよ、お互い納得するまで殴り合えば、その後互いに喧嘩仲間として認め合ったもんさ。きっとフィルエッテもシャルエッテとの戦いの中で、その憎しみを晴らす事ができると俺は思っている」


「っ……」


 フィルエッテはすぐには返事ができなかった。彼女は大好きな妹弟子と争わないよう、必死に心の中で自身の憎しみと戦い続けた。だが彼の言う通り、シャルエッテと戦わなければ心に宿った憎しみを取り払う事はできないのかもしれない。




 ――それでも、もしワタシがシャルを……してしまったら、ワタシは――、




「ところで、二人は向こうだとどんな修行をしてきたんだ? お前たちのお師匠さんもどんな人かなおさら気になってきたし、さっき話に出たもう一人の弟子の話も――」


 さらに彼女たちの魔法界での話を聞こうとしたところで、ふいに諏方は言葉を切る。瞳を鋭く細め、フィルエッテの両手を握ったまま辺りをしばらく見回す。周囲は草木が風に揺れる光景が広がるだけで、特になんの変化もありはしなかった。


「……話はここまでにしよう。お前たちの戦いがいつになるかはわからねえけど、それまでには必ずシャルエッテを説得してみせるよ」


 諏方はフィルエッテの両手を離し、鋭い視線のまま立ち上がって彼女から背を向ける。


「今日はいろいろと話を聞かせてくれてありがとうな? もし機会があれば、また一緒にコーヒーでも飲もうぜ。ウチの娘の淹れるコーヒーは絶品なんだ」


 それだけを告げ、諏方は山を降りる道へと足を踏み出す。


「待ってください! ……最後に一つ、聞かせてください」


 ベンチから立ち上がり、ケリュケイオンを握り締めながら彼の背中に言葉を投げかけるフィルエッテ。




「もし……シャルとの戦いで、ワタシが彼女を殺してしまったら……諏方さんはどうするのですか?」




 ヴェルレインによって増大された憎しみは、シャルエッテを前にして制御する事はできないであろう。たとえ望まずとも、フィルエッテが彼女を手にかける可能性は十分にありえた。


 諏方は立ち止まり、ゆっくりとフィルエッテの方へと振り向いて――、




「――――殺すよ?」




「っ――⁉︎」


 その声は、先ほどまでフレンドリーに話しかけた男性と同一の声とは思えないほどに冷たく、振り返った彼の瞳は、月明かりの下でもハッキリとわかるぐらいに暗く濁った光を宿していた。


「シャルエッテは俺にとっても大事な家族なんだ。その家族を殺されたなら俺だって殺し返すさ。俺がお前たちにしてほしいのは喧嘩であって殺し合いじゃねえ。殴り合いで傷つけ合う事はあっても、殺しはご法度はっとだ。そのラインを越えちまったんなら……その時は俺もラインを飛び越すさ」


 その言葉は本気なのであろう。感情の乗っていない彼の声に、フィルエッテは心の底から恐怖を感じてしまった。



 ――確信する。魔法使いの中でも優秀であると自負する自分であっても、彼にはかなわないのだと。



「――ま、安心しろよ? シャルエッテだってこの人間界に来て、いろんな戦いを経験してきたんだ。魔法使いとしての技量がフィルエッテと比べてどれほど差があるかはわからねえが、そう簡単にはお前に負けはしねえさ」


 最後に爽やかな笑みでそう言い残して、彼は足早に山の広場から立ち去ってしまった。



「…………」


 フィルエッテは彼が去っていった先を無言で見つめる。身体の緊張は解かれたものの、彼が最後に見せた瞳が頭から離れず、恐怖によって動悸が早まっていた。




「――さすがは黒澤諏方ね。一瞬だけ漏れ出た私の気配を察知して、すぐに話を切り上げて立ち去るその判断力は見事だったわ」




「ヴェルレイン様……⁉︎」


 突如闇より姿を現した魔女に、フィルエッテは驚愕してしまう。


「今日は別件で山には来ないとおっしゃっていましたのに……いつからここに?」


「ついさっきよ。たまたまここに用事があったのを思い出して戻ってきたのだけれど、黒澤諏方が狭間山に来ていたのは想定外だったわ」


 魔女は日傘をさしたまま、ゆっくりとフィルエッテへ近づく。


「……彼に何を吹き込まれたかは聞かないであげるけど、彼に脅されてすっかり怯えてしまっているわね」


 ヴェルレインは日傘を持った両手から右手だけを離し、フィルエッテの背に腕をまわして、震える彼女の身体を優しく抱きしめる。


「安心しなさい。戦いの結末がどうであれ、黒澤諏方はあなたに手出しはさせないわ。だから……フフ、安心してシャルエッテちゃんを殺してあげなさい」


 耳元で優しくささやかれ、フィルエッテの頭が徐々にまどろみに襲われる。やがてヴェルレインの胸の中で、彼女はゆっくりと眠りに落ちた。


「フフ……そろそろ私も動いた方が良さそうね……」


 月明かりの下でフィルエッテを抱きしめながら、魔女ヴェルレインは邪悪にほくそ笑んでいたのであった。

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