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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第8話 走れ、青春!

「位置について……ヨーイ……ドンッ!」


 スタートの合図とともに、少年は地面を力強く踏みしめ、蹴り上げる。まるで風に自然と流れていくように、しなやかなフォームで夕暮れの校庭を駆け抜けて行く。


「ゴールッ!」


 十秒にも満たないわずかな時間で魅させられたその光景に、陸上部の部員たちはみな息を呑んだ。


「記録……六秒〇一! やば、ほぼ五秒台入ってんじゃん……!」


 ストップウォッチを握っていたジャージ姿の進は、刻まれたデジタル数字を見つめて身体を震わせていた。何より彼女を驚かせたのは、五十メートルを全力で走ったはずの銀髪の少年が、ほとんど息を上げていないのだ。


「やっべ、多少加減したつもりだったんだが、思った以上にスピード出しちまったな……」


 聞かれると睨まれかねないので、小声でつぶやく諏方。下手にスピードを出してそこらの陸上部の部員よりも速い記録が付いてしまうと、彼らからしつこく部活に勧誘されかねないので、なるべくスピードを落としていたのだ。




「――ていうか、なんで俺走らされてんだよ⁉︎」




「あ、体操着に着替えて走り終えてからツッコむんだ、そこ」


 放課後に陸上部の手伝いに来るよう頼まれた諏方は、なぜか体操着に着替えさせられた後、有無を言わさず五十メートル走を走らされていたのだ。


「四郎も白鐘も、今朝学校に来てからずっとウジウジしてたじゃん? 何があったかわからないし、どうせ二人ともケンカしてたんだろうけど、そういう時は思いっきり走って汗かいて、モヤモヤした心をスッキリさせた方がいいんじゃないかって思ってね……」


 少し恥ずかしげに、顔を赤らめてそっぽを向きながら彼女は言う。


 どうやら、ただ単に進は諏方や白鐘に気を遣ってくれていただけのようだった。いつもはやんちゃで男勝りな彼女ではあるが、こうやってさりげなく人に気遣いできる優しさがあることを、諏方は改めて思い出す。


「ん? でもそれなら、白鐘も走らせなきゃフェアじゃねえんじゃねえか?」


「あー……白鐘にはすぐにバレて逃げられました」


 さすがは幼なじみにして親友。進ちゃんの性格はよくわかっているようだった――と、父は友の扱い方を心得ている娘に感心する。実際、青葉だけにシャルエッテを任せるのはさすがに頼りすぎだと思うところもあったので、気遣ってくれている進には悪いと思いつつ、白鐘が早く帰宅してくれるのは諏方にとっても助かる事であった。


 ――っと、諏方は進の優しさを嬉しく感じつつも、




「黒澤四郎くん、さっきの走りすごかったよ! ぜひ、我ら陸上部に入部してくれないかね?」




 ――背後から感じた複数の気配に、諏方は嫌な汗を浮かべていたのだった。


 恐るおそる振り返ると、数人の屈強な陸上部員たちがギラギラとした笑顔で立っていた。その中でも一際ひときわ背が高く、日焼けしてガッシリとした肉体の陸上部部長が、諏方にジリジリと寄ってくる。


「加賀宮くんとのバスケ対決の時にも思ったが、君の運動神経には目を見張るものがある! 先ほどのタイムも、私や天川さんを除けば現陸上部員の中では最速だ。今の君なら、間違いなく我が部のエースになれるだろう!」


 ここから逃がさんぞ言わんとばかりにガッシリと諏方の肩を掴み、濃い顔面をにじり寄せる陸上部部長。


「あー、いえ……俺陸上にはあんまり興味ないというか……」


「ハハハ、それは君がまだ陸上の魅力に気づいていないからさ! なに、一度入って我々と共に走れば、すぐに君も陸上の楽しさがわかるはずさ! 陸を駆けて汗を流し、共に青春を過ごそうではないか⁉︎」


「いえー、そういう暑苦しい青春はもう経験済みなんでー……おい、進ちゃん、お前からもなんとか言ってくれ――って、いなくなった⁉︎」


 助け舟を出してくれるよう、進がいた方に顔を向けたものの、いつの間にか彼女の姿が消えていたのだった。


「あいつ、逃げやがったなー……」


 進の逃げ足の速さに呆れるものの、今はこの状況を切り抜けなければと、諏方は仕方なさげに一度深く息を吐き出した。


「すんません、部長さん……!」


 諏方は一度謝罪した後、両腕を素早く上げて肩を掴んでいた部長の手を弾く。彼がひるんだ隙に身体を反転し、地面を思いっきり踏みつけて五十メートル走以上のスピードで足早にその場から逃げ出した。


「おお! まだこれほどのスピードが出せるか⁉︎ だがここで逃がせば、我々陸上部の名折れ。陸上部の未来のためにも、必ず捕まえるぞ!!」


 雄叫びを上げる部長を先頭に、屈強な陸上部員たちが一斉に走り出した。はたから見れば、まるで闘牛の群れが一人の男性を追いかけるような光景が校庭内で繰り広げられる。


「勘弁してくれえ!!」


 諏方がそう叫んでも、もちろん彼らが止まる事はなかった。


「チッ、仕方ねえ……!」


 諏方は再び息を吐き出し、気の流れを脚に集中させ、より強く地面を踏み抜いた。力強い足腰から生み出されたスピードは、あっという間に陸上部員たちから距離を離す。もちろんこれは瞬発力によるスピードの出し方であり、圧倒的なスタミナを誇る彼でも持続時間はそう長くない。


 諏方はそのスピードを維持したまま、木々生い茂る校庭端のさらに奥にポツンと建った体育倉庫の壁に身を隠す。基本的に障害物少なく開放されている校庭ではあまり隠れられる場所はなかったが、ここでなら木や体育倉庫の影などに隠れる事ができる。


 とはいえ、ここも場所が広いわけではない。相手が一人ならともかく、複数人で人海戦術を取っている以上、見つかるのは時間の問題であろう。


 彼らに見つかる前に、上手くこの場所を離れなければ――、


「っ……⁉︎」


 ――っと、頭を悩ませていた諏方の横にある体育倉庫の扉が突然ゆっくりと開き、ひょっこりと一本の手が伸びて彼を手招きする。


 罠なのでは……? ――っと、諏方も最初は身構えるも、どちらにしろこのままでは陸上部員たちに見つかってしまうだけだと即座に判断し、誘われるままに諏方は体育倉庫の中へと駆け込んで行く。


 諏方が中に入ると、すぐさま扉が閉められる。外から入っていた光は遮断され、体育倉庫は完全な真っ暗闇の空間へと化した。


 中へと誘導した人物が何者であるか知りたい欲はあったが、今は音を立てずに耳をすまして外の様子を確認する。しばらくして、体育倉庫に近づく複数の足音が聞こえた。


「むむ、見失ってしまったな。どこかに隠れたか?」


「部長、体育倉庫の中とかじゃないっスカ?」


 部員の一人であろう男子生徒が、倉庫に近づく気配を感じ取る。諏方は音一つ鳴らないように息を潜め、じっと耐える。


 直後、倉庫のドアノブが回される音が聞こえた。だが、ドアノブはずっとガチャガチャと音を鳴らすのみで、扉が開く気配は一向になかった。


「鍵、閉められてますね」


「なら中にはいないだろう。まだ部員でない彼が、鍵を持っているはずがないのだからな。このままここで止まっていては、未来のエースを失ってしまう。もう一度辺りを探すのだ!」


 部長の号令とともに、部員たちが辺りに散らばっていく音がした。


「……とりあえず、やり過ごしたか?」


 ひとまず難は逃れたのだと安堵し、諏方は大きく息を吐き出して全身の緊張を解いた。




「いやあ、あの部長から脚で逃げのびられるだなんて、本当に四郎の身体能力には感心するよ」




 暗闇から聞こえた声は、実に耳に馴染んだ少女の声であった。


「……進ちゃんか?」


「ピンポーン」の声とともに、暗闇の倉庫にわずかな光が灯る。スマホの画面の光に照らされたドヤ顔は、先ほど姿を消した天川進のものであった。

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