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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第7話 並存する感情

「シャルエッテさんは高熱で風邪をひいたみたいで、しばらくお休みとなります」


 副担任である東野青葉は重々しい口調で、シャルエッテがしばらく学校に来れない事情を生徒たちに告げる。もちろん本当の事を話すわけにはいかず、当たり障りのない理由でごまかすしかなかった。


 クラスのにぎやかしである彼女の欠席に、クラスメートたちはみな残念な態度だったり、心配げな様子を見せていた。


 シャルエッテがクラスで人気があるのを知れたのは嬉しく感じる反面、本当のシャルエッテの欠席理由を知っている諏方、白鐘、青葉の三人は、共に複雑な表情を浮かべる。窓の向こうの空は輝かしいまでの快晴であったが、フィルエッテとヴェルレインの襲撃から一夜が明けた三人のそれぞれの心には、どんよりとした暗い雲が漂っていた。


「っ……」


 なんとはなしに諏方は頬杖をつきながら、自身の横の席へと視線を送る。いつもはやかましいぐらいにテンションの高かった少女が座っているはずの席には、今は誰もいない。


 思えばこの学校に転入して以来、隣の席の少女が休むなんて事態は初めてであった。休みの日も学校に行きたいと豪語するぐらいには、シャルエッテという魔法使いの少女はこの学校をかなり気に入っていたのだ。


 そんな彼女が体調不良もあるとはいえ、学校を休むという意味の重さが諏方の背中にのしかかる。



 ――あいつがこの席に戻ってくる時は来るんだろうか……。――



 今も精神的に苦しんでいるであろうシャルエッテに何もしてやれない自分自身にイラついてしまい、諏方は一人小さく舌打ちする事しかできなかった。




   ◯




「そう……やっぱり、すぐには立ち直れないわよね……」


 昼休み、諏方は学校の資料室にて会議などに使う資料探しをする青葉を手伝っていた。かつて、彼女に付きまとっていた元化学教師を引き離した事をきっかけとした資料探しは、二人っきりで話すには好都合ということで、今もこうして定期的に二人でやっているのだ。


 互いに背中合わせで棚の資料に目を通しながら、諏方は今朝のシャルエッテとのやり取りを青葉に報告していた。


「それで……これからどうするつもりなの、諏方お兄ちゃん?」


「……できるなら、シャルエッテの精神状態が回復するまでゆっくり療養してほしいところだが、ヴェルレインたちがいつシャルエッテを呼び出すかわからない以上、なんとか早めに立ち直ってなってほしいとは思ってる」


 シャルエッテとフィルエッテの実力差は未だハッキリとはわからないでいるが、少なくとも今の精神状態のシャルエッテでは、フィルエッテに勝つのはまず無理であろう。


 ヴェルレインが二人の決着の場を用意するまでに、なんとしても彼女に立ち直ってほしいというのが諏方の考えではあった。


「……やっぱり、二人の戦いを避ける事はできないのかしら? あのフィルエッテちゃんって子、本当はシャルエッテちゃんととても仲がいい子だと思うの。そんな二人が争い合うだなんて、あまりにもかわいそうすぎる……」


 同じ弟子であり、大切な友人であろう子と戦わなければならないシャルエッテの事を想うと、青葉はあまりの悲しみに手を震わせてしまう。


「……ゾンビ化騒動の時の馬金のように、暗示魔法をかけた本人であるヴェルレインを直接倒せるなら、フィルエッテにかかった暗示魔法も解けるかもしれねえけど……アイツとの一対一(サシ)ならともかく、フィルエッテにも確実に妨害される事も考えると、やっぱりシャルエッテも戦える状態になってくれねえとどうしようもねえな……」


 状況は明らかに悪い方向へと進んでいる。シャルエッテとフィルエッテの一対一にしろ、諏方とヴェルレインを交えた二対二にしろ、シャルエッテが戦える状態でなければ勝てる見込みはゼロと言ってもいい。


 本当ならば、シャルエッテを戦わせたくないというのも諏方の本心ではあった。しかし、ヴェルレインの要求に応じなければ、今度は白鐘や青葉が直接彼女に手出し(ターゲットに)されかねない。



 ――自分はどうすればいいのか? シャルエッテにどうしてあげるべきなのか?――



 考えても簡単には答えが見つからず、彼の心にはイラ立ちが募るばかりであった。


 そもそも、シャルエッテのあのショックさを見るに、とても仲が良かったであろうフィルエッテが暗示魔法をかけられていたとはいえ、なぜあそこまで強い憎しみの感情をシャルエッテに向けたのであろうか……そこに関しても、諏方は昨夜からずっと考えこんでいた。


「仲はいいけど、憎しみもまた同時に存在する……そんな事って、本当にありえるんかな……?」


 シャルエッテへ向けられた強い憎しみは暗示魔法によって増幅されたものとはいえ、彼女への殺意はまさしく本物ではあったと諏方は感じた。ヴェルレインの言葉通りなら、その時向けた殺意もまた、フィルエッテの心に芽生えていた確かな感情なのであろう。



 ――それほどの負の感情を抱えながら、その相手に対して仲良く振る舞うことなど、本当にできるのだろうか……?――



「うーん……あのヴェルレインって女の人には同意したくないのだけれど、好きや尊敬とかの正の感情と、憎しみや怒りといった負の感情を同じ一人の人に向けることは、決して珍しくはないと思うわ」


 二人は手を止め、互いに振り返って視線を合わせる。わりとあっけらかんと言う青葉に対し、諏方は少し意外だといった顔を見せた。


「あのフィルエッテちゃんって子の気持ちはわかる……なんて大きく言うつもりはないけれど、私も父に対しては似たような感情は抱いてるから、まったくわからないとも言えないのよね……」


「親父さんにか……?」


 青葉は窓の方に顔を向けると、いろんな感情が入り混じったような複雑そうな表情を浮かべる。


「私は父を親として嫌っている……家にいてもろくに顔を合わせた事なんてあんまりなかったし、喋る機会もほとんどなかった。……葵司兄さんの葬式の時も、碧姉さんが亡くなったって聞かされた時も、涙を見せる事なんてなかった。家の事情で忙しいのはわかっているけれど、それでも父から親としての愛情をもらえてただなんて一切思わない。……けれど」


 瞳を細め、次の言葉を口にする前に一拍置いてから、


「――けれど、そんな大っ嫌いな父親でも、一人の人間としては尊敬しているの。父は多くの人間を不幸にしてきたけれど、同時に父のおかげで救われた人たちだって大勢いる……だから、父がどんなに多くの人に嫌われていても、あの人の周りには常に支えてくれる人たちもいっぱいいる。……本当は認めたくないし、父とも思いたくない人ではあるけれど……それでもどうしたって、私は父を尊敬してしまっているのよ」


 青葉のその言葉は諏方にとって少し驚きを感じさせるものであった。先日、彼女の父について質問した際の様子からして、彼女は父親の事を嫌っていそうではあったと思っていたが、ただ単純に嫌っているわけではないというその思いは、想像しているよりもずっと複雑な感情なのであろう。


「嫌ってはいても、尊敬はできる……か」


 フィルエッテがシャルエッテに対して、似たような感情を抱いていたかはわからない。だが、一見共存しそうにない二つの対照的な感情は、この状況を打開できるヒントになるのかもしれない。



 ――っと、そこまで考えたところで、ふいに諏方の制服のポケットにしまっていたスマホが鳴り出した。



「っ……進ちゃん? ……げっ」


 白鐘の親友である進から届いたメッセージを見て、明らかにげんなりとした顔になる諏方。


「どうかしたの?」


「あー、いやー……今日の放課後、進ちゃんからまた陸上部の臨時マネージャーをやってくれって頼まれてな……」


 かつて、ひょんな事でやらされるハメになった陸上部の臨時マネージャー。青葉への資料探しの手伝いと同じように、諏方は今もこうして進に頼まれて陸上部の臨時マネージャー(雑用係)として定期的に駆り出されているのだ。


 当時の進に対する罪悪感による発言がキッカケだったとはいえ、備品の片づけなどをほとんど一人でしなければならず、諏方の体力的には問題なくても非常に面倒な仕事であり、できるなら避けたいのが彼の本音であった。


 明らか面倒くさげな様子を見せる諏方に青葉はクスッと小さく笑いつつ、


「面倒くさがらずに、手伝ってあげてもいいんじゃないかしら? 今は忙しく動く事で、気をまぎらわせるのも大事だと思うわ」


 青葉の言う通り、諏方は今朝から精神的に陰鬱な状態が続いている。よどんだ精神きぶんを少しでも紛らわせるために、身体を動かすというのはい提案なのかもしれない。


「……だけど、早めに帰ってシャルエッテの様子を見なきゃいけねえし、そんな暇はやっぱり……」


 諏方が進の要請に乗り気になれなかったのは、ひとえにシャルエッテの様子を心配しての事もあった。熱は下がったとはいえ体調はまだ万全とは言えず、何より彼女の精神面を一番に彼は心配していた。


 シャルエッテなら大丈夫だ――と思いたい反面、最悪自殺にでも走りかねないのではないかと、そんな考えが時折彼の頭をぎっていたのだった。


「……安心して。今日のデスクワークはほとんど終えているから、学校が終わり次第、私がシャルエッテちゃんを診に行ってあげれるわ。白鐘ちゃんもすぐに帰れるだろうし、シャルエッテちゃんは私たちに任せて、諏方お兄ちゃんは天川さんを手伝いに行ってあげて」


 そこまでお膳立てされてしまっては諏方も断りにくくなってしまい、苦情気味ながらも「じゃあ、よろしく頼むよ」と、シャルエッテを彼女たちに任せる事にした。



 ――っと、ここで昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。



「あら、いけない! たしか、諏方お兄ちゃんたちの次の授業は移動教室だったわよね? 今日も資料集め手伝ってくれてありがとう。今回はそんなに量は多くなかったし、あとは私一人で運ぶわ。次の時間に私は授業ないからゆっくりできるしね」


「やっべ、もうそんな時間だったか。わりぃ、それじゃあ先行くわ」


 諏方はすぐさまきびすを返して、教科書などを取りに一旦教室の方へと向かう。そんな慌ただしく動く彼の背中を、青葉は優しい目で見送った。


「……シャルエッテを元気にさせなきゃいけねえ俺が、いつまでも鬱屈してても仕方ねえよな」


 諏方は気持ちを切り替えるため、走りながら自らの頬を両手で叩き、自身の心に気合いを注入していくのだった。

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