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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第6話 不穏なる空気

 魔法使い(フィルエッテ)魔女ヴェルレインの襲撃後、諏方たちが急いで自宅に帰宅してから三十分ほどが経過した。


 リビングでは壁に背を預けて腕を組んでいる諏方と、ソファで熱いお茶を口に運ぶ白鐘の姿があった。共に難しい表情をしながら一言も発さず、時計の針の音が際立つほどに静かで重苦しい空気が流れていた。


 蒼龍寺青葉は現在、気を失ったままのシャルエッテを彼女の部屋に運んで一人で看病している。「ここは私に任せて」という青葉の言葉に従い、諏方と白鐘はこうしてリビングで彼女を待ち続けているのだ。


「…………」

「…………」


 こうして三十分、父娘二人は互いに何を話していいかもわからず、ただ無言で時を過ごしている。


 本来ならばこの時間は、シャルエッテと青葉も含めて、今日の遊園地で過ごした思い出を楽しげに語らう時間であっただろう。だが、シャルエッテの姉弟子と名乗る魔法使いと魔女の登場によって、楽しげだった雰囲気は一気にどん底へと叩き落とされてしまったのだった。



 ――時計の針が間もなく十一時に差しかかる頃、リビングの向こう側から扉が開く音が聞こえた。



「「ッ――⁉︎」」


 その音に諏方と白鐘の二人はすぐさま反応し、共にリビングをあとにしてシャルエッテの部屋へと急いで向かう。


 廊下の突き当たり、元物置であったシャルエッテの部屋の前で青葉が立っており、唇の前に指を寄せて「シー」っと急ぎ足の諏方たちを静止させる。


「シャルエッテの容体は……?」


「安心して。今は呼吸も落ち着いて静かに眠ってるわ。解熱剤も飲ませたから、一日ゆっくり休めば熱も下がると思う」


 ひとまず大事にはならなさそうであるのを確認し、父娘二人は揃って安堵のため息を吐く。


「ただ、今回の発熱は精神的なショックによるものだから、熱は下がってもすぐには立ち直れないでしょうね……」


 青葉がそう付け足し、場の空気に再び暗い影が落とされる。ヴェルレインによる横槍があったとはいえ、親しかったはずの姉弟子に直接憎しみを向けられたのだ。その精神的ショックは計り知れないものであろう。


 目覚めた彼女に何をすればいいのか、なんと声をかけてあげるべきなのか――今の諏方たちには見当もつかなかった。


「……本当は私もつきっきりで看病してあげたいけど、明日には学校もあるから、私は先に失礼させてもらうわね」


 本日は日曜日。月曜まであと一時間を切り、朝日が登れば学校も始まってしまう日であった。


「……いや、十分助かったよ。青葉ちゃんは明日の準備もあるだろうし、あとは俺と白鐘に任せてくれ」


 申し訳なさげな様子を見せる青葉を、気にせず帰宅するよう諏方はうながす。本来ならば彼女は巻きこまれた側なのだ。そんな彼女が文句一つ言わず、シャルエッテの容体を献身的にてくれたのだから、諏方は彼女に感謝してもしきれなかった。


「……学校の方には私から上手く説明しておくから、シャルエッテちゃんはしばらく休ませてあげてね。私も簡単なカウンセリングならできるから、学校が終わったらまた様子を見にくるね」


「何から何まですまねえな……」


 同じく申し訳なさげに謝る諏方に、青葉は首を横に振る。


「……私にとってもシャルエッテちゃんはもう立派な家族なんだから、これぐらいの事は頼りにしていいのよ。……それじゃ、何かあったら必ず連絡をちょうだいね?」


「わかった。……ありがとな、青葉ちゃん。こんな事態になっちまったけど、今日は本当に楽しかったぜ」


「あたしも……今日は本当に楽しかったです……青葉叔母さま」


 お礼を言う父娘二人に青葉は精一杯の笑顔を向け、黒澤家をあとにした。




 残された二人は互いに目を合わしてうなずき合い、シャルエッテの部屋の扉を音を立てぬよう、そっと開いて中の様子を確認する。


 廊下の明かりが暗い部屋の中に差しこみ、静かに寝息をたてるシャルエッテの顔をわずかに照らす。先ほどまで青ざめていた彼女の顔にも生気が戻っていたようだった。


「よかった、シャルちゃん……」


 ホッと胸を撫で下ろす白鐘。それに対し、諏方は厳しい表情のまま、一旦扉を静かに閉めた。


「……あとは俺がシャルエッテの様子を見ておく。もう今日は遅いし、白鐘は学校に備えてそろそろ部屋に戻って寝ておけ」


 ふいの父親からの指示に、白鐘は思わず目を丸くしてしまう。


「ちょっと待ってよ? あんな状態のシャルちゃんを置いて学校に行けるわけないじゃない……⁉︎」


「俺が学校を休んでシャルエッテの面倒を見る。いくら精神的ショックで熱が出たっていっても、付き添うのは一人いれば十分だろ?」


「っ……そんなの嫌よ! あたしだってシャルちゃんのことは心配なんだし、お父さんが休むんだったらあたしだって――」


「わがままを言うな。学生の本分は勉強だろ? 実際の女子高生であるお前と違って、俺は大学までの学習はすでに終えている。お前と同じ高校に通うのも、あくまで姉貴との約束にすぎねえんだ。……遊園地ではしゃいだ分、お前だってそうとう疲れてるはずだ。あとは俺に任せて、お前はもう寝るんだ」


 諭すように後半は口調を優しめにする父親。娘はなおも不満げな表情を見せながらも、渋々といった感じで父に背を向ける。


「こういう時ばかり、父親面しないでよね……!」


 そう吐き捨てながら白鐘は走って階段を登り、自身の部屋へと戻っていった。


 口調には棘がありながらも素直に従ってくれるあたり、いい子に育ったなと感慨深くなりつつ、諏方はシャルエッテの部屋の扉を再び開いて中へと入る。彼女の眠るベッドにまで近づき、横の棚に置かれたランプの灯りを点ける。魔法の研究などに使っているであろう、試験管などが置かれた机のイスを引っぱり出し、ベッドに向かう形に置き直してそこに座る。


 規則的に寝息をたてるシャルエッテの様子に、諏方は改めて安堵した。


 だが、たとえ身体は回復したとしても、精神面まで回復しているとは限らない。目覚めていきなりパニックになってしまう可能性だって十分にありえるのだ。


「ヴェルレインはたしか、二人の決着の場を設けるって言ってたな。だけど……今のシャルエッテの精神状態で連れて行けるのか……?」


 対峙した時間はわずかであっても、フィルエッテの実力はシャルエッテよりも上であるのだろうと諏方はすでに感じ取っていた。それでなくとも、精神的に万全でない状態の彼女を戦わせるのはあまりにも危険であった。


 なにより、諏方はヴェルレインの真意が未だ見えていない事に不安を感じていた。彼女がなんの意味もなしに、二人を戦わせるとはとても思えなかったのだ。


 ――果たして、シャルエッテを戦いの場へと連れて行って本当にいいのだろうか?


 小さな灯り一つの部屋の中で、考えても答えの見えぬ問いに諏方は瞳を閉じながら、頭の中で延々と巡らせていくのであった。




   ◯




「――――タさん、――ガタさん」


「…………ん?」


 ――誰かが、遠くから呼びかけるような音が聞こえる。


「――スガタさん。起きてください、スガタさん!」


「…………シャル……エッテ……?」


 ――どうやら、瞳を閉じてそのまま眠りに落ちてしまったみたいだ。まぶたを開けると、視線の先にあったベッドには、上半身を起こしてこちらに声をかける少女の姿があった。


「…………っ⁉︎ シャルエッテ! 気がついたのか⁉︎」


「はい……ご心配をおかけしたみたいでごめんなさい」


 諏方はすぐさまイスから飛び起き、力ない笑みを向けるシャルエッテに寄り添って彼女の額に触れる。解熱剤が効いたのか、熱はほとんど引いたみたいだった。


「具合は大丈夫なのか……?」


「はい! ……と言いたいところですが、まだちょっと頭がボーとしていますね。でも、もう少し眠れば回復すると思います」


 思った以上に元気な様子を見せるシャルエッテに、諏方もようやく心を落ち着かせて笑顔を浮かべる。


 鳥のさえずりが聞こえるということは、時刻はすでに朝を迎えているのだろう。ランプの灯りを消し、カーテンを開くと朝日が部屋の中を明るく射しこんだ。


「そのぅ……シロガネさんとアオバさんは……?」


 恐るおそる、この場にいない二人の所在をたずねるシャルエッテ。


「ああ、青葉ちゃんは学校の準備もあるからお前を看病した後、家に帰っていったよ。白鐘も学校があるから寝かしたけど、そろそろ起きるんじゃねえかな? それと、お前の体調も心配だから、今日は俺も休んでお前の面倒を見てやるぞ? だから……今日一日はゆっくりしていけよ」


「っ……」


 シャルエッテを心配させまいと、はにかんだ笑みを見せる諏方に視線を向ける事なく、薄手の掛け布団を握る自身の手を見つめるように彼女は顔をうつむけてしまう。


「……いえ、もう体調もよくなりましたし、わたしなんかにお気遣いせず、スガタさんも学校へ行ってください」


 口調はいつも通りではあったが、言葉の端々にわずかに拒絶感のようなものを諏方は感じ取った。明らかに、そこには普段の天真爛漫なシャルエッテの姿はなかった。


「……こっちこそ心配すんなよ? これでもちゃんと大学は出てるんだぜ。一日二日休んだくらいで、今さら勉強に支障が出るわけでも――」




「――ひとりにしてくださいと言っているんですっ!!」




 大声で怒鳴るシャルエッテに思わず諏方は言葉を失い、しばらく呆然としてしまう。こうして彼女が誰かに怒鳴るような姿を見るのは、諏方にとっても初めての事であった。


「……ごめんなさい。体調に関してはこれ以上心配なさらなくても大丈夫です。今はただ、一人でいろいろ考えたいんです……」


「シャルエッテ……」


 諏方が想像していた以上に、シャルエッテの心の傷は深かった。そんな彼女にかけるべき慰めの言葉など、諏方はすぐに思いつく事などできなかった。


「……わかった。具合が悪くなったら、スマホでもテレパシー魔法だっけか? それでもいいから必ず呼んでくれ」


「…………」


 彼女からの返事はなし。諏方は仕方なくベッドから離れて、部屋の扉へと手をかける。扉を開ける前に、一度彼女の方へ振り返る。


 シャルエッテは未だ顔をうつむけたまま、垂れ下ろされた茶色の長い髪でその表情は見えない。だが、悲痛な面持おももちであろう事は容易に想像はできた。


「…………っ!」


 そんな彼女に何もできない自身の無力さにイラ立ちを感じつつも、諏方は彼女に何も言葉をかけられないまま、部屋の外へと出ていくのであった。

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