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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第5話 気と魔力

 バラバラとなった鎖がアスファルトへと落ちて甲高い音を鳴らすたびに、魔力で構成された鎖のかけらが霧のように霧散むさんしていく。拘束されていた全身の痛みと、鎖を引きちぎるために身体に力を込めた疲労で息が荒くなるも、諏方は自身を縛りつけた鎖から解放されたのであった。


 目の前で起きた事態が信じられず、先ほどまで表情を崩さずにいた魔法使い(フィルエッテ)が驚きで目を見開いている。そのすぐ後ろに立つ魔女ヴェルレインもまた、いつも浮かべている余裕のある笑みが消えていた。


「そんなバカな……魔力を持たない人間が、なんの補助もなしに魔力で構成されたワタシの鎖を引き裂くなんて……普通の鉄製の鎖よりも何倍も硬く構築したはずなのに……」


「いや、普通の鉄製の鎖だったら、いくら俺でもそう簡単に引き裂く事はできねえ。それができたのは、鎖がお前の言う魔力で構成されていたからだ」


 目の前にいる男が何を言っているのかがわからないと、フィルエッテは眉根を寄せていた。


「この世のあらゆる生命には、その内側に気を宿してる。いわゆるオーラってやつだな。呼吸で大気を体内に取りこみ、経絡けいらくを通って身体の内側で大気の流れを作り出し、それを気に昇華して生命力へと繋げていく。武道家とかはこの気の流れをある程度コントロールができて、呼吸方一つ変えるだけで体力や筋力を何倍にも上げる事ができるようになるんだ」


「……その気とやらで力を増幅させて、鎖を引き裂いたとでも言うの……?」


「いや、たしかにそこらの一般人よりは気の流れは読めるし、多少ならコントロールもできるけど、鉄を引き裂くほどのパワーは俺でも出せねえよ。だけど、今までお前たち魔法使いと戦ってきて一つわかった事がある。――お前らの言う魔力の流れと、俺の言う気の流れはほぼ同じものなんだ」


「――ッ⁉︎」

「ふぅん……」


 フィルエッテからはさらに驚きを、ヴェルレインからは感心したような視線を諏方は一手に受ける。


「前に魔法使いの魔力は、生命力や精神力に直結しているって話を聞いた時に思ったんだ。魔力の流れと気の流れも同じようなものなんじゃないかってな……。そして、気には必ずどこかしらに流れが弱くて脆い部分がある。その一点を突くだけで気の流れは乱されて、それを形成する肉体そのものが崩壊する。さっきの俺は鎖に流れる魔力の流れが弱い部分を探り当てて、そこに俺の気を一点に集中させたんだ。あとは俺自身の筋力にも気を集中させて、魔力が乱れて脆弱になった鎖を引き裂くだけだ」


 鎖を破った理由を説明しつつ、諏方は再び深く呼吸して体内の気の流れを整え、背後にいるシャルエッテたちを守るために両腕を構える。息一つ変えるだけで、諏方から放たれる威圧感が変わったのを目の前の二人も感じ取った。


「なるほど……急ごしらえだったとはいえ、シルドヴェールの完全結界パーフェクトシールド魔法が破られたのにも納得がいったわ。あの時、あなたは何も考えずに殴り続けていたのではなくて、魔力の脆かったわずかな一点に集中して、そこに気を練って威力を上げた拳で殴っていたという事だったのね。シルドヴェール自身の精神力の弱さも重なって、本来最強の結界魔法であるパーフェクトシールド魔法が人間に破られた……と」


「……そこまで見られてたのかよ。ストーカー女か、魔女さんはよ?」




 ――瞬間、空気が張りつめる。




 ヴェルレインの表情に不敵な笑みが戻っていたが、その目は明らかに笑っていなかった。優雅に日傘をさした体勢でいるものの、化学実験室で邂逅したあの時のように、押し潰されそうなほどの威圧感を再び放っていた。


 静かに視線を交わし合う不良と魔女。互いにどちらか一歩前に出れば、その場で戦闘が開始されかねないほどに一触即発の緊張が走った。




「ぐっ――⁉︎ くっ……」




 そんな中、突如諏方の前にいた魔法使いの少女が苦しそうに頭を抱え、片膝を地につけてうつむく。片手で覆ったその顔には、苦悶の表情が浮かんでいた。


「っ……なんだ?」


 突然何が起きたのかわからず、腕を構えたまま諏方は放っていた威圧感を解いてしまう。


 フィルエッテの背後にいたヴェルレインは彼女の横まで歩み出ると、しゃがんで彼女の様子をうかがった。


「……フィルエッテちゃんの膨れ上がった憎悪と、彼女の心の中に残った良心が頭の中でせめぎ合っている……。今日はここらへんが限界みたいね」


 そう言うとヴェルレインは灰色の少女を立ち上がらせ、呼吸が乱れている彼女の頭を自身の胸へと抱き寄せる。


「今回はここらでお開きにしましょう。今のフィルエッテちゃんじゃ、とても戦闘できる状態ではないし……あなたの後ろにいる子も、そろそろ介抱してあげなくちゃいけないんじゃないかしら?」


「――ッ⁉︎」


 諏方があわてて後ろに振り返ると、シャルエッテもまた、両膝を地面につけて杖で身体を支え、ローブ越しにもわかるほどに汗をかいて荒くなった息を吐き出していた。この状態の彼女を放置したまま、ヴェルレインと戦うわけにはいかないと、諏方は拳を痛いぐらいに握りしめる。


「シャルエッテちゃんとフィルエッテちゃんの決着の場は、後日改めて設けさせてもらうわ」


「決着の場だと……?」


「ええ。言ったでしょ? ワタシはフィルエッテちゃんのストレスを解消させてあげたいだけだって。シャルエッテちゃんもこのままじゃ納得できないだろうし、それならいっそ二人がぶつかり合う方が、お互いのためになるとは思わない?」


 軽い口調でヴェルレインは、同じ師の元で学んだ弟子同士で争わせるという残酷な決闘を提案した。


「日時や場所はこちらから連絡を入れてあげる。それと面倒なのは嫌だから、今日あった事は境界警察にはしばらく内緒にしてね? もし、彼らが二人の戦いの邪魔をするような事があったら……あなたの家族全員、私が皆殺しにしてあげるから?」


 ヴェルレインの視線が一瞬鋭くなり、かと思えばすぐに無邪気さすら感じさせる笑顔を見せた。


「それじゃあ、次会える日を楽しみにしているわね。黒澤諏方、そして……シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん」


 そう言い残し、風にさらわれたかのようにヴェルレインとフィルエッテの姿が一瞬で消えてしまった。同時に、場を圧迫していた緊張が解かれて、ようやく空気が軽くなった。


「くそっ……!」


 またも何もできなかった歯痒さに、諏方は拳を震わせる。終始ヴェルレインのペースで完全に場が支配され、彼女のやりたいようにやらせてしまった。かといって、この場で自身の怒りのままに彼女と戦って、背後にいた三人を巻きこむわけにはいかなかった。




 ――っと、後ろから誰かが倒れる音が聞こえた。




「シャルエッテ――⁉︎」


 呼吸を荒くしたまま倒れたシャルエッテに、諏方はあわてて駆け寄る。白鐘と青葉も、心配げな視線で彼女の身体を抱き起していた。


「っ――⁉︎ 熱が出てるじゃねえか……!」


 彼女の額に触れると、火傷してしまうのではと錯覚してしまうぐらいに発熱していた。


「……きっと、緊張状態からの解放と一緒に、強いショックで熱が出てしまったのね。とりあえず、彼女を家まで運んで看病しましょう……!」


 自分までパニックになってはいけないとつとめて冷静に、青葉は両腕でシャルエッテの身体を抱きかかえて、彼女を車の後部座席へと乗せる。シャルエッテは気を失っているようではあったが、明らかな過呼吸状態になっており、すぐにでも彼女を安静させなければならなかった。


「っ……俺たちも行くぞ、白鐘」


「…………うん」


 未だこの状況になかば呆然しつつも、諏方と白鐘の二人もすみやかに青葉の車へと戻った。




 ――楽しかったはずの一日はこうして、新たな悪夢の始まりの日へと換わってしまったのであった。

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